私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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季節の合間に

 練習をして、煙草を嗜んで、日々の鍛錬を続ける中で、季節は移ろい続けるものだなぁと感じていた。気がつけば春からいよいよ夏に、まぁ、強いて言えば梅雨時という奴だ。

 

「こういう空も嫌いじゃないけどね」

 

 学園の屋上から見る空も、じめりとした纏わりつく空気とともに、どんよりと雲が覆っている。

 

「よぉ、シービー。見てくれたか?アタシの宝塚」

 

 憂鬱な天気を楽しみながら、喫煙所でベンチに腰掛けて煙管を吹かしていると不意に扉が開き、見慣れたウマ娘の声が耳に飛び込んできていた。カツラギエース、そのウマ娘だ。私の高松宮の後、彼女は見事に宝塚を獲ってみせた。シニアになってからはミスターシービーだけじゃなく、カツラギエースも強いなぁんて言われ始めている。実に鼻が高い。

 

「もちろん。さすがエースだ。これで、シニア級中距離最強のウマ娘の称号はキミのモノだね」

「まぁな!」

 

 ドカ、と音を立てながら、私の横に座るエース。いやキミ、ここは煙草臭くて普通のウマ娘は近寄らないんだけど、大丈夫なのかな?

 

「ただまぁ、最強最速のウマ娘があたしじゃねーのが気に入らないけどな」

「そりゃあ贅沢な話だよ。ルドルフもいるし、マルゼンだっているんだからさ」

「違いないな。だけど」

 

 煙を吐きながらそう言葉に出してみると、ずい、とエースがこちらの顔を覗き込む。

 

「そんな会長さんとかマルゼンスキーを差し置いて、一番の頂、日本のてっぺんに立っている奴があたしの目の前にいるだろ?」

「へぇ、エースの目の前にはそんなすごい奴がいるんだ。まったくもって心当たりがないや」

 

 目を逸しながら、口角を上げてみせた。ついでに、肩もすくませておく。

 

「ふふ」

「あはは」

 

 自然と、お互いに笑い声が溢れてしまう。うん、こういうの、結構好きだな。

 

「今まで負け知らずだもんなぁお前」

「幸いにね。ま、でも、冷静に見ればある程度は順当なんだ」

「そうかぁ?」

 

 首を傾げたエース。

 

「後付論だけどさ」

 

 ワンクッションを置いて語ってみよう。

 

「幸い私は年齢が上じゃない?だから、経験豊富だったんだ。だから、クラシックは勝てたと思う」

「ああー。そういえばそうだったなぁ」

「でしょ?コレも合法的にやれてるし」

 

 煙草を指さしながら、笑みを作る。それにトレーナーとの酒もなかなかの旨さだ。ま、もちろん学園じゃ呑めないけどね。

 

「それと、ジャパンカップは幸いに日本を舐めていた外国勢っていう図式があったから、やり切れたところもあるよ。マルゼンがハイペースでスタミナ削ってたし」

 

 思えばあのペースは異常だろう。いきなりの慣れない場所でハイペースに連れて行かれた外国勢の驚きたるや。だからこそ、付け込めたといってもいいだろう。

 

「でも、有マ記念は?」

「それこそ。言葉はきつくなるけれどさ、あの中では私が一番だったってだけだ。マルゼンなんかも実際、そろそろドリームじゃないの?なんて言われるぐらいタイムが落ちていたしね。運が良かったんだ。私はね」

「…うーん」

 

 解りたくないけれど、解る。そんな雰囲気を醸し出すエース。ま、そこへんは肌感もあるだろうね。ただ、今年に入ってからは正直全く予想がついていない。マルゼンも再びタイムを上げてきた。ルドルフも実力を付けてきた。今年のジャパンカップはきっと、海外勢は油断なしで来るだろう。

 

「でも、エースは怖いね。なんせさー、練習のタイムが私と同じぐらいじゃん」

「頑張ってるからなー!年末お前に勝つために走ってるからよ」

「そりゃあ頼もしい。ついでにルドルフも下してくれると助かるんだけど」

「うーん…それはちょっとまだ荷が重そうだなあ」

「今のままタイムが伸びれば、きっと、私とルドルフを抜いてもお釣りが来ると思うよ?」

 

 …などと分析してしまうのは、男のときにバイクのレーサーだったからだろうか。正直、事前のレース結果、練習状況、タイム、車体の状況で、大体の結果は判ってしまうのが正直なところだ。だからこそ、入選したり優勝した時にはもうお祭り騒ぎってもんだしな。

 

「なぁ、シービー」

「ん?なぁに、エース」

「なんか弱気になってねーか?」

 

 む、そう見えたか。首を強く振って、はっきりと否定しておこう。

 

「そんなことはないよ。むしろ、強いウマ娘とレースが出来るんだし、楽しみ」

「そっかそっか」

「弱気な方が嬉しいのかな?」

「んなわけねぇじゃん。シービーとは全力でレースしたいからなぁ!」

「同感。ふふふ」

「あははは」

 

 ひとしきり笑って、再び煙管を咥えたところでエースがこちらに視線を向け直した。なんだろう?

 

「それ、あたしにもくれないか?」

 

 煙管を指さしながら、そんな事を言い始めた。はは、面白いことを言うね。でも、当然。

 

「それは無理だね」

 

 肩をすくめながら首を横に振る。これは私の特権だ。それに、煙草は健康に悪い。キミみたいにちゃんとしたウマ娘には吸わせるわけにはいかないさ。

 

「ケチ」

 

 唇を窄めて、不機嫌そうなエース。ちょっと微笑ましいね。

 

「何とでも言うといいよ。ま、エースが大人になったら考えたげる」

 

 煙を吐きながら、肩をもう一度竦めた。ほら見たことか。この煙の香りだけでもキミは眉間に皺が寄っているじゃないか。まだまだこれは、キミには早いよ。エース。

 

「…っと、そろそろ練習だ。またな、シービー」

「ん、またねー」

 

 

 再び、鈍色を眺めながら煙管を付加していると、入れ替わるように喫煙所の扉が開いた。現れたのは我がトレーナーだ。夏合宿の打ち合わせなんかをしていたらしいけれど、一段落したのだろうか?

 

「休憩だよ。少し用意する書類が多くてな」

 

 疲れた顔をくしゃりとさせて笑うトレーナー。十中八九私の我儘によるものだろう。ライブを合宿先で行うなんて前代未聞だろうしね。

 

「おや?」

 

 クン、と鼻に慣れない香りが刺さった。はて。

 

「トレーナー、なんか変わった煙草持ってない?」 

 

 私がそう言うと、トレーナーは少しだけ目を見開き、懐に手を伸ばしていた。

 

「判るのか?」

「香りがね。見せて見せて」

 

 トレーナーの懐から出されたのはハードケースだ。水色で、なにやら羽のようなロゴが書いてあるな。あんまり見ない銘柄だ。

 

「えーと…ご…がうろ…?」

「ゴロワーズ・カポラル」

 

 ゴロワーズ。名前は聞いたことがあるぞ。たしかどっかのアニメとか映画のキャラも吸ってたような。なるほどね、これが実物か。

 

「どこの煙草?」

「フランスの煙草だ。他の学園の関係者から土産にもらってな。一本やるか?」

「へぇ。どれどれ」

 

 クイ、と一本箱から出された煙草を受け取って、しげしげと観察する。

 

「はー、日本の煙草に比べると黒い葉が多いね。で、両切りかぁ」

 

 感じとしては缶ピースのような感じだろうか。

 

「ほい、マッチ」

「マッチ?」

「こいつはマッチで着けるのが通らしい。その人いわく、だけどな」

 

 そういうもんなのか。なら、その作法に合わせてみよう。軽く叩いて葉っぱを寄せて、と。

 

「…ぐへ、あんまり好きじゃないかも」

 

 紙巻き、そして慣れない煙草。どうやら体は受け付けないらしい。おもわず咳き込んでしまった。

 

「はは、そうか」

 

 私の姿を見ながら、トレーナーも早速と火を付けて、紫煙を燻らせた。…少し眉間にしわが寄ったあたり、私と同じ感想であるらしい。

 

「しっかし、これをお土産だなんて。物好きだね」

「まぁ、フランスと日本を行き来している人だからな」

「そりゃまた凄い人だね。ちなみにその人の名前は?」

 

 口から煙草を離して、煙管の皿にゴロワーズを差す。これで少しはマイルドになるだろう。

 

「佐岳っていう人だ。学園長との馴染みの仲らしい」

「へぇ。学園長ね。というか、その佐岳って人はトレーナーではないんだ?」

 

 軽く吸口から息を吸う。…んー、あんまり変わらないな。多少、キツさはなくなったけど、独特の香りはそのままだ。

 

「ああ。ま、そのうち発表になるだろうが…」

 

 トレーナーは煙草を灰皿に置いてしまった。どうやら、完全に口に合っていないらしい。ならばと、予備の煙管を渡して吸うように促す。私と同じように皿にゴロワーズを差し、再び口をつけたトレーナーの眉間には、皺は寄らなかった。

 

「フランスで一旗揚げようっていう、ロマン溢れる人さ」

「フランス」

 

 フランスか。フランスね。フランスで一旗揚げようってなると…。まぁ、十中八九アレだろうなぁ。

 

「それは、かなりのロマンチストだね」

「だろう?というか、最後のひと押しはお前だ。ジャパンカップの走りを見て決心したらしいぞ」

「そりゃまたなんで?」

 

 ゴロワーズを蒸しながら、トレーナーに問いかける。うーん、なかなか、この味には慣れなさそうだな。

 

「海外にも日本のウマ娘は通用すると証明してみせただろう?だからこそだ」

「へぇ。そりゃあ面白い。トレーナー。その話、進展あったら教えてくれない?」

「もちろんさ」

 

 フランス。ウマ娘。ロマン。ということは、パリの星。凱旋門に他ならないだろう。ま、流石に私は走る気はないけどね。ただ、そうだな。

 

「英雄はきっと生まれる。なら、その背を押すことぐらいはしてもいいでしょ」

「何か言ったか?」

「ん?いや、やっぱりこの煙草は口に合わないなって思っただけ」

 

 ミスターシービーではないミスターシービー。それが私。ならば、挑む者がいるならばぜひ、その一助ぐらいになったとしても、バチは当たらないだろう。

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