私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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迎える夏、動く夏。

 梅雨が開けて、じりじりと太陽が照りつける季節がいよいよやってきた。学業は休みになり、大きなレースも控えていないこの時期。

 多くのウマ娘は夏の合宿へと向かう。私はといえばもちろん、他のウマ娘たちと一緒に合宿の地を踏んでいた。

 何やら今年は多くの記者やファンたちがいるけれど、まぁ、ウマ娘のレースが人気になった証拠だと、ポジティブに思っておく。

 

「いいぞそのまま!最後まで顔を上げろ!」

「シッ!」

 

 鋭く息を吐きながら、トレーナーの言葉の通りに顔を上げて浜辺を走り抜ける。いやはや、実に、実に走りにくい場所だ。

 沼のように足を取ってくる砂地の地面、容赦なく体力を奪う太陽、そして、上半身を揺さぶる海風と波しぶき。

 

「走りづらいね!」

 

 この夏を超えたウマ娘が、一回りも二回りも大きくなって秋レースを迎える理由がよくわかるってもんだ。

 

 そして、今年は。

 

「やあああああああ!」

 

 今年クラシックを走るルドルフが、私と共に夏合宿を行っている。無論、エースや、マルゼン、他にもピロウィナーとかもいるのだが、今日のところは浜辺でダッシュしているのは私らだけだ。他のみんなは山道での足腰鍛錬や、レースの分析などを行っているらしい。

 ま、それに加えて、私達の練習風景を写真にでも収めようとしているのだろう、ファンやら記者やらが周囲に群がっている。流石にこの場所で、練習をしようというウマ娘は流石に少ないか。

 ちょーっと、色々気を使うねぇ。

 

「ルドルフ!遅れているぞ!ミスターシービーに食らいつけ!」

「無論!」

 

 ルドルフのトレーナーが気合を入れて、見事その言葉に反応したルドルフ。短く吐いた言葉と共に、私の背中にルドルフの足音が迫る。ゴールまであと200メートル。スパートをかけるのならばまさにこのタイミングだろう。

 

「来たねえ!」

「逃がすか!」

 

 並びかけたルドルフの姿が見えたと同時に、腰を一つ落として、前傾を強くする。バランスを取るのが難しいのだけれど。

 

「セェッ!」

 

 気合を入れて、ズシャっと砂に脚を突き刺しながら加速をかける。

 

「くっ…!はあああああ!」

 

 ルドルフのギアも上がったみたいだ。だけどだけども。

 

「ゴール!シービーが先着!遅れてルドルフ!」

「っしゃ!」

「…ちっ」

 

 おや珍しい、ルドルフが舌打ちなんて。

 

「ルドルフ?」

 

 思わず大丈夫かな?とニュアンスを込めて名前を呼んでみた。と。そこにあった顔は、非常に不機嫌そうな、拗ねているような。

 

「…君は相変わらず強いな。全く。君を追い抜くため練習をしているのに、なかなかその背中は見えてこない」

 

 おや、褒められた。頭を掻いていると、ルドルフはずい、と顔を寄せてくる。

 

「ずるいぞ」

 

 眉間に皺がよってら。あー、やっぱり、拗ねている感じだねぇ。

 

「ルドルフ、あまりシービーを困らせてやるな」

 

 少し戸惑って、答えにあぐねいていると、ルドルフのトレーナーからの助け舟が出た。有り難い。便乗しておこう。

 

「ずるいって言われてもね。今はまだルドルフより強いし」

「むう」

 

 しかしながら皇帝様はご納得いかない様子。我儘だなぁ。

 

「まぁ、納得するまで走ればいいじゃないか」

 

 それを見守っていた私のトレーナーからの助け舟。ただ、その顔には苦笑が浮かんでいる。ま、夏になってからルドルフは良い意味でがっつけている。

 それこそ、某ウマ娘のように、「ついてく、ついてく」を私に対してやられている感じ。

 

「…そうだな、そうしよう。付き合ってもらうぞ、シービー」

 

 ルドルフのがっつきようと言えばだ。合宿前の学園で、どっかのシンボリの名を関するウマ娘から「皇帝サマが随分といい顔になったもんだ」などとも言われているのを聞いたこともある。

 

「かまわないよ。いっそ、私をスタミナで負かしてみなよ。ルドルフ」

「言ったな?」

 

 目が据わったね。その奥には雷鳴が見えた気もするけれど、まぁ、そんなものはどうでもいいか。なんにせよ、彼女との練習はいい刺激になるしね。

 

「ならば、ついてこいシービー」

「あはは。良い啖呵を切ったね。ルドルフこそ遅れないでねー」 

 

 改めてスタートラインに着いた。タイミングはトレーナー任せだ。

 

「では、良いと言うまで浜辺ダッシュ往復だ。良いな?」

「うん。いいよー」

「無論。望む所だ」

 

 ぐ、と脚を広げて腰を落とす。ルドルフはといえば、軽く前傾になっていた。

 

「では、用意…ドン!」

 

 先にルドルフを行かせるように、少しだけタイミングを遅らせる。ズドンとルドルフの足音が空気を揺らして、その体が跳ね跳んでいく。

 

「いいねー」

 

 その背中をしっかりと見つめながら、しかし、離れないように追いかける。

 ぶっちゃけて言えば、合宿前はシニア級とクラシック級のウマ娘の実力はまだまだ離れているはずだよねぇ。などと思ってたのだけど、それは私の驕りだったと思い知らされている。

 

「うん、結構」

 

 ルドルフの背中を見れば、間違いなくメキメキと追いつかれている気はする。多分、今年の有マ記念あたりは危ないかもしれない。とはいえ。

 

「負けないけどね」

 

 ゴール地点まで半分を過ぎた。さあ、動こう。息を吸い込んで、脚に力を叩き込む。歩幅を広げて、あの雷鳴に追いつくように追い込みを。

 

 

「やっぱり強いわね。あなたのシービー」

「ん?まぁな。あいつは今のところ敵なしだ。自信を持って、どんなレースにでも送り込める」

「でも、煙草はどうにかならないかしら?基本、禁煙なんだけど」

「ははは、そりゃあまぁ…無理な相談だ。シービーが自ら学園長と交渉して喫煙所を認めさせた、という話だぞ。俺の範疇外だよ」

「筋金入りね」

 

 トレーナー2人は、肩を並べて彼女らの走りを眺めていた。必死に逃げるルドルフに、どこか楽しそうに追い込みをかけるミスターシービー。2人共、随分と生き生きとしているように見える。

 

「それにしても不思議」

「何が?」

「どうしてあの自由奔放なウマ娘が、ここまでウマ娘のために尽くすようになったのかって」

 

 確かにな、とトレーナーは思う。クラシックのその前。ミスターシービーは強いのだけど、走らないウマ娘として有名だった。

 理由を聞いてもはぐらかされる。しかし、練習場には姿を現すし、模擬レースにも参加はする。しかし、決してトレーナーは作らなかった彼女。

 

「やっぱり、あの日から変わったのかしら?」

「あの日、ねぇ。確かに、少し騒がしかった時期があったなぁ」

 

 あの日。それは、トレセン学園でも一部のトレーナーや上層部しか知らない、あるひととき。

 

「騒がしかったな…なんて生半可なものじゃなかったでしょう?一週間。彼女が『行方不明』になっていたのだから」

 

 ふらりと居なくなり、音信不通。家にもおらず、彼女の好きなバイクすらも家にあって、いよいよ走らずに、ミスターシービーはトレセン学園を退学か、などと言われた時期があった。

 

「そうだな」

「そうだなって。貴方も捜索に参加したでしょう?」

 

 数日間。手が空いたトレーナーたちは彼女を探しに探した。その中には、このミスターシービーのトレーナーの姿すらもがあった。

 

「何事もないようにしているけれど、貴方、一番心配していたでしょうに」

「ああ。だが、彼女は一人で戻ってきた。しかも、覚悟を決めて。それなら、俺たちのすることは決まっているだろ?」

 

 トレーナーの顔には穏やかな微笑み。どうやら、こちらも覚悟が決まっているようだ。

 

「貴方らしいわね。ウマ娘第一主義。ここまで来ると、あきれちゃうわ」

「褒めるなよ」

 

 言葉はそう言いながらも、トレーナーは思う。あのミスターシービーが消えた一週間、彼女は何を見て、何を行って、そして、何を決めたのだろうかと。そして、なぜ彼女は今の彼女として決意を決めたのか。

 

「一度、聞いてみるのもアリ、か」

 

 今までは誰もタブーとして触れなかった事。学園長や、シービーの隣で走るシンボリルドルフはどうやらその事情は知っているのではないか、という噂は、まことしやかに囁かれている。

 

 

 ミスターシービーが宿泊している宿。そこは普段であれば人はそんなにこない鄙びた旅館だ。一昔前は恐らく、海への観光で多くの人が訪れていたのであろう、部屋数は多く、大浴場までしっかりと備え付けられていた。

 

「いいねぇー」

「そうねぇ」

 

 その大浴場。2人のウマ娘はしっかりと肩まで浸かって、その疲れを癒やしている。

 

「ルドルフちゃんは別の宿なのが残念ね、シービーちゃん」

「まー、仕方ないでしょ。マルゼンもわかってるでしょ?シンボリ家のウマ娘が泊まる場所じゃないと私でも思うよ」

 

 昼間にミスターシービーと共に練習を行っていたシンボリルドルフはこの場には居ない。彼女は、この海の側に構えられている、比較的高級なホテルにその部屋を取っている。

 家が太い、というのは、何事にも有利なのだなぁと、シービーは頭の片隅で考えていた。

 

「そういえばシービーちゃん。一つ聞きたいことがあったのだけど、いい?」

「ん?いいよー」

「貴方が、貴女になるまえの記憶って、何か覚えてない?」

「んー?」

 

 シービーは首を傾げる。視線は天井を向いて、なにがしかを考えているようである。マルゼンスキーはそれを静かに見守っていた。

 

「…覚えてないねー」

 

 諦めたように首を横に振りながら、シービーはそう言葉を吐いた。

 

「そう」

「なんでまた今更?」

「いえ、特には理由は…ううん、話しておいたほうがいいかもしれないわね」

「何を?」

「貴女がシービーちゃんになる前の、ミスターシービーの話」

「へぇ、それはちょっと気になるかも。私が私で違和感は無い、と聞いているけど」

 

 ミスターシービーの視線がマルゼンスキーを捉えた。

 

「ミスターシービーが何をしていたのか気になるし」

 

 シービーの台詞。なんの気無しに言った一言であるが、明確に彼女が彼女ではないということを、マルゼンスキーは再び認識していた。

 

「そうね。実は貴女が成り代わる、その直前。ミスターシービーは行方不明になっていたのよ」

「え、そうなの?」

 

 思わずそう聞き返してしまっていた。

 

「ええ。そうなの。だから、ひょっこり貴女が帰ってきて、みんな驚いたのよ。…まぁ、更に驚くことが私達を待っていたんだけど」

「あー…まぁ、ミスターシービーではない私が来たからねー。っていうか、なんで教えてくれなかったのさ?」

 

 結構重大な事実だと思うんだ。その、行方不明になった、ということは。

 

「何ていうか。ミスターシービー…ではないのだけど、ミスターシービーと思えたの。私も、学園長も、たづなさんも。もちろん、ルドルフちゃんもね?」

 

 彼女は笑顔を浮かべて居た。どうやら、本気でそう思っているらしい。

 

「不思議なことだね。それにしても私が行方不明ねぇ…。ちなみに、どのぐらい?」

「一週間、っていったところかしら」

「一週間かぁ。結構長いね」

 

 ふーむ。一週間もほっつき歩いて居たのかぁ。ミスターシービーは。で、その結果、なぜか海辺にぶっ倒れていて、私が彼女の変わりに目覚めた…ということか?

 

「そうなのよ。まぁ、貴女はいつもフラッと消えたりすることがあったから、最初は心配してなかったんだけどね」

「あー」

 

 こういう話を聞くと、ちょっと私とシービーは似てるのだなぁと思う。ふらっと、相棒にまたがってどこかに行く、なんて日常的であったしね。

 

「ただ、今回はちょっとね。学園での進退の話があった直後の事だったし…かなり騒ぎになったのよ。事情を知ってる人たちみんな総出で探したのよ?」

「そうなんだ」

「でも、それがひょっこり戻ってきたのよ。本当に。だからみんな驚いていたし、私も思わず拍子抜けしていたわ。ルドルフちゃんなんか、怒っていたぐらいだし」

「あー、やっぱり。言われてみればルドルフと初めて会った時、なんか不機嫌そうだった」

 

 最初に出会ったルドルフの顔を思い出しちゃって、思わず吹き出しそうになる。不機嫌そうな、でも、仕方ないなという顔。

 

「でも、改めて判ったわ。貴女は以前のシービーちゃんじゃない。でも、間違いなくシービーちゃんだわ」

「ふぅん?そうなんだ。マルゼンもそう思う?」

「ええ」

 

 そう言って、マルゼンは静かに目を瞑り、息を長く吐いていた。色々、思うところはあるんだろうね。ま、深くは追求しないけどさ。

 

「でもシービーちゃん。貴女、馴染みすぎよ?」

「そう?」

「だって、私の裸を見てるのに、何も感じていないじゃない?」

「ああ」

 

 まぁ、ね。魅力的なんだけどさ、男のときならいざしらず。

 

「マルゼンスキーはとても魅力的だけどね。私の()()に出来ないでしょう?」

「あら、…お上手なのね」

 

 

「あの日も、こんな夜でしたか」

 

 海岸線を一人歩くウマ娘、ニホンピロウイナーは一歩一歩浜辺を踏みしめながら、夜空に思いを馳せる。

 

「…彼女の言葉が、私の背中を押してくれる」

 

 デビュー前。思うようにタイムが伸びず、そして、中距離以上に適応できなかった私に、彼女は言葉をくれた。

 

『別に、適正なんて置いといてさ。ウイナーの好きに走ればいいんじゃない?大丈夫だよ。あたしもそうしてるからさ』

 

 彼女が付き合ってくれたあのひとときは、忘れられない思い出だ。

 

『え?あはは、何悩んでるのさ。走ればいいじゃん。クラシック。距離が長い?でも、走りたいんでしょ?じゃあ、走ればいいじゃん。悩む必要すらないよ。あたしはいつも、そうしてる』

 

 カラカラと笑う彼女の顔が今でも思い出される。最近では、負け知らずの最強になってしまった彼女だけれど、まだ、彼女は私にチャンスを与え続けてくれている。

 

「…来年の、マイルで」

 

 必ず、彼女の背中に追いついて見せる。それが今、私の1番やりたいことだから。 

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