私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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夏合宿と、ライブの準備

 夏の風物詩というものは、日本各地に存在する。それは例えば花火であったり、夏祭りであったり。とある場所ではひまわりの迷路であったり。そして―。

 

「うわー!本物だぁ!!すごい!」

 

 目の前に広がる大海原。その砂浜では、天から降り注ぐ陽の光に負けないほどの輝きを放つ、ウマ娘達の姿があった。

 

「すごいな!みんな有名なウマ娘たちだ!」

 

 この場所での夏の風物詩はそれが即ち、ウマ娘の合宿である。日本のあらゆる場所から地方も中央も、分け隔てなく実力のあるウマ娘が集うこの合宿はファンはもちろんのこと、ウマ娘のファンでなかったとしても盛り上がりを見せることが知られている。

 

「わ、ミスターシービーだ。かっこいい!」

 

 その中でも一際目立つのは、やはりというべきだろう。今まで無敗街道を突き進む、三冠を取り、マルゼンスキーや外国のウマ娘を抑えてジャパンカップを制した生ける伝説。ミスターシービーだ。最近では短距離も制し、まさに敵なし。ファンの視線に気づいた彼女が手を振れば、黄色い悲鳴と、野太い叫び声が沸き起こる。

 

「手を振られたよ!」

「うぉお!かわいい。かっこいい!」

 

 彼女はファンの声を受けて、さらにファンサービスとばかりにウインクを投げた。こういうところも、彼女の人気の一つであろう。そして、彼女はこの夏の合宿で集まったファンに対して、ライブの企画も立てているという。セットリストは非公開だが、非常に楽しみなイベントの一つだと言えるだろう。

 

『よぅし、シービー!浜辺ダッシュ10本!休みなしで行くぞ!』

『ッケー!トレーナー!』

『位置について、よーい…』

 

 トレーナーがそう言うと、ミスターシービーからは緊張感が滲みだした。それに当てられた人々の喧騒が徐々に徐々に小さくなっていく。そして、その緊張感が高まった瞬間だ。

 

『ドン!』

 

 砂塵を巻き上げ、トレーナーの声と共にミスターシービーの体がスタート位置から消え去った。そして、はたから見ればあっという間にゴール地点へとその体が移動している。かと思えば、また彼女は搔き消えて、スタート位置へと戻っている。

 

「…うわぁ、早…」

「なんだあれ…、すげぇなウマ娘…」

 

 もちろん、ファンはレース場で彼女の走りを見ている。彼女の末脚の力強さは誰にも負けないことは知っている。知っていたはずだった。

 

「この前のレースより、もっと早くなってない?」

「なってるよな。すげぇな…ミスターシービー」

 

 その先が見えない伸びしろに、ただただ人々は感嘆を覚えるばかりだ。もちろん、それはファンだけの反応じゃあない。

 

「トレーナーさん。あの、もっとトレーニング、強度高めてもらえませんか?」

「私もお願いします!」

「判ってるわよ。だから今日は前よりもキツイメニューを用意しているよ。最後までやり切れるかしらね?」

「やって見せます!」

「やります!」

「うふふ。その意気は良いわ。じゃあ、まずはミスターシービーに負けないぐらい根性を見せなさい!」

「「はい!」」

 

 一緒に夏合宿を行っているウマ娘達にもその姿は伝播している。この浜辺にいる者は当然として、この場に居ない連中も普段の倍以上のトレーニングを自らに課していることだろう。

 

『よーっし。10本終了。次は一服入れたらタイヤ曳きだ!』

『オッケー!まかせて!』

 

 なにせ、いまだ影すら捉えられない最強が、一番、今年のウマ娘の中で厳しい練習を、連日続けているからだ。浜辺ダッシュにタイヤ曳き。地味だがキツイ。そんな基礎訓練をずぅっと行っている。それを見せられ続けている周りのウマ娘の気持ちたるや。

 

『負けねぇぞシービー!』

 

 ミスターシービーの近くではカツラギエースが負けぬ勢いで砂塵を巻き上げながらタイヤ曳きなんかしているもんだから、その胸中は燃え上がる炎など生ぬるく感じるほどであろう。

 

『お、エース!頑張れー!』

『なんだシービー、休憩かぁー!?余裕だなぁ!』

 

 ピクリ。離れたところからでもわかるくらい、ミスターシービーの耳が大きく動いた。同時に、トレーナーと頷き合って、手早くタイヤ曳きの準備を完了させる。そして間髪入れずに、ミスターシービーは走り出した。

 

『おりゃああああああ!エースゥ!抜いちゃうぞー!』

『うおっ!?なんだぁ!?ってシービー!?くそっ!負けねぇぞー!』

 

 猛烈な勢いでカツラギエースを追いかけるミスターシービー。そして、負けない勢いで逃げるカツラギエース。レースさながらの盛り上がりに、再び、浜辺は喧騒に包まれ始めていた。

 

 

 二足の草鞋を履く。はたから見れば、おそらく私たちはそれなのだろうと思う。レースのために体を鍛えながら、しかし、ライブなどの準備もする。その上でウマ娘ってやつは更に勉学も嗜むわけで、2足どころかいくつの草鞋を履いているのか、私ですら把握しきれていない。

 ま、幸いにして私は勉学は免除されているような感じだからいいんだけど。

 

「で、こう、で」

 

 そして、今日はその夏合宿のさなか、浜辺の駐車場に仮設されたステージの上で、体を動かしながら夏の感謝ライブへの準備を進めている。しっかりと体の動きを確認しながら、振り付けと、ほかのウマ娘たちとの調和もとっていく。とはいっても。

 

「ここで、ターンで入れ替わるのね?」

「うん。位置づけテープ…黄色じゃなくって…あ、この赤いところで曲がアウトするから、そこから暗転する感じ」

「うんうん、で…私が暗転の中でステージから降りると同時に」

 

 相手はマルゼン。勝手知ったる仲ということもあって、我ながら息がぴったりだと思う。

 

「板付きで、私が登場、という感じでいいんだな?」

 

 そして、もう一人。今年のウマ娘といえばこの人。シンボリルドルフもライブの演者だ。本来は誘う予定は無かったのだけれども、夏合宿の賑わいを見て急遽参戦してくれている。

 

「うん。で、本番は暗い時間だし、ハンドマイクだから、動きが制限されたりするってことも頭の隅にいれといて、ルドルフ」

「承知している。PAさんとの打ち合わせは?」

「ちょっとずつリモートでやってる。週末にはゲネプロ予定だよー」

「そうか。それなら、安心できるな」

「まかせてよ。ルドルフよりは慣れているからさ。あ、URA関係の打ち合わせは…」

「問題ないさ。それに関しては私のほうが手馴れている。シービー、そちらは任せてくれ」

「頼もしいねー。ルドルフ。任せたよ」

 

 ま、急遽参戦って言ってもだ。最後の一曲だけのスペシャルゲスト。今年のクラシックの主役だから、きっとファンも盛り上がってくれる、と信じている。

 

「じゃ、軽くリハ行ってみたいんだけど。あ、マルゼン、ありがとね!」

「シービーちゃんの頼みだもの。じゃ、ルドルフちゃん、あとはよろしくね?練習に戻るから」

「任された。さて、しかし、この曲はなかなか…」

「面白いでしょ?夏にピッタリ、私たちにもピッタリだと思っているよ」

 

 床に置いてあるウマホを操作して、一曲の音源を流し始める。ま、夏の海で盛り上がるならこのぐらいの曲がいいだろうな、と安直に選んだものだけどね。

 

「…それにしてもわざわざ水着になる必要が?シービー」

「夏だからねぇ。そのほうが盛り上がるでしょ?」

「確か、に?」

 

 いまいちピンと来てないね。ま、ミスターシービー、マルゼンスキー、シンボリルドルフの3人の水着が見れるってだけで来る人が居る。ということも狙っているからね。ファンのすそ野は広げておいて損はない。

 

「それに良く似合ってるよ。ルドルフ。マルゼンに選んでもらっただけはあるねー」

 

 頷きながらルドルフの姿を視界に収め直す。深い緑を基調としながらも、赤が差し色となり、襷の代わりにラインが一本。ま、マルゼンが選んでいるからビキニなんだけども、とはいえやはりルドルフが着るとどこか厳かになるものだ。

 

「普段、こういうものは着ないのだが…。君の頼みならやぶさかでない」

「あはは。ありがと。じゃ、早速合わせてみようか」

 

 初期位置に立って、2人でタイミングを合わせながら声を上げた。

 

 そして、その一曲を合わせ終わったとき、ルドルフがこちらに意味深な視線を向けて来ていた。

 

「ああ、そうだ。シービー。君に一つ頼みがあるんだが」

「ん?なぁに、ルドルフ」

 

 ルドルフから、声をかけられた。はて、ルドルフからお願いとはなんだろうか?練習は一緒にしているし。もしかして、何かレースのお誘い?いや、でもそんな感じでもない。彼女の顔はどちらかというと…。

 

「いや、やっぱり、いい」

 

 ちょっと気恥ずかしそうな、そんな顔だ。

 

「なに?気になるじゃん。言ってみなよ」

 

 珍しい顔に、ちょっとほほが緩んでしまう。さてさて、何をお願いされることやら。少しばかり迷っていた様子のルドルフであるけれども、恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、こう口を開いた。

 

「…その、少々バイクの背に乗らせてほしい」

「バイクの?」

 

 あら、それはそれはうれしいお願い事だこと。

 

「駄目、か?」

「良いよ。何時にする?」

「シービーが問題ないのならば、今夜にでも」

 

 今夜にでも、か。何だろう。そんなに乗りたい理由でもあるのかしらね?

 

「急だね?」

「いや、その」

 

 何だろうか。気恥ずかしそうなルドルフなんて珍しいことで。

 

「この前、首都高を走っただろう?」

「うん」

 

 海には夕日の橙が広がり、夏独特の空気…寂しさというか、恋しさのようなものがあたりを満たしている。

 

「あの時の感覚が忘れられなくてね。そのバイク、もう一度感じたいんだ」

 

 夕日に照らされた彼女の顔は、どこか魅力的で、そしてどこか年相応な女性の顔だった。

 

「そりゃ嬉しいことだよ。じゃあ、今晩、都合ついたら連絡頂戴」

「ああ、わかった。シービー」

 

 頷き、笑い合う。それならば、皇帝様を退屈させないように良いコースを探さないとね。

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