私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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背中

 トレーナーと一緒に夕食を食べるというのも悪くないもので、今日のところは魚介たっぷりの海鮮丼を2人で食べている。この夏合宿を始めてから何度も来ている少しお気に入りのお店だ。今時珍しいけれど、タバコがオッケーな店であって、喫煙者としてはありがたい。

 

「やっぱり旨いなこれ」

「うん、かなり美味しいよねー」

 

 舌鼓というのはまさにこのことだろう。新鮮ないくら、鮭、あとはブリにハマチ、マグロにエビなんかも乗っかっていて非常に良い。さらには私はウマ娘用でトレーナーの2倍の大きさはある丼で出していただいている。

 

「毎度どうも。トレーナーさん、ミスターシービーさん。満足いただけているかしら?」

 

 そうやって美味しくいただいていると、ふいに女性から声をかけられる。顔を上げてみれば、そこには笑顔を浮かべた女将さんの姿があった。

 

「いやぁ、毎度毎度、美味しい食事を楽しませていただいてます」

「うんうん。ここの料理はどれも美味しいよ」

 

 トレーナーと一緒に本心を伝えると、女将さんは満足そうに頷きながら、お皿を一つテーブルに置いてくれていた。

 

「いつもご利用いただいてる方へのサービスでこれもどうぞ。今日入ったときしらずのお刺身よ」

「ときしらず?」

「ええ。時期外れの鮭なの。若い鮭でね、普通の鮭よりもやわかくて、油があるのよ。よかったら食べてね」

 

 へぇ、ときしらずねぇ。さっそくトレーナーと共に箸をつける。

 

「…お、確かに油たっぷり。美味しいね」

「そうだな。本当にやわかくて、口当たりも良い。酒の当てにも最高だな」

「本当だね」

 

 なめらかできめ細やかな感覚が舌に伝わる。それでいて、濃いうま味が口内を満たしてくる。一緒に海鮮丼をかっ込めば、これまた一段上の料理になったようだ。本当はトレーナーの言う通りに酒、特に冷酒でも行きたいところなんだけれど。

 

「ま、私は禁酒中だから、トレーナーだけでも呑んだら?」

 

 年齢的にも呑めるっちゃあ呑める。そして案外、ウマ娘は酒に強かったりもする。私事だが、結構呑んでも翌日に残るってことはあんまりなかったしね。ただまぁ、今は体を少しづつ中長距離向けに改造中だから、体の形成に影響のあるものは採らないようにしているって感じだ。特に酒は筋肉の生成効率を落としてしまうからねぇ。

 

「お前が吞めないのに俺が呑むのは違うだろ」

「そう?良いよ別に」

「駄目だ。酒と煙草はお前と呑むから旨いんだ」

 

 へぇ?

 

「嬉しい事言ってくれるじゃん。トレーナー」

 

 ってことで、海鮮丼の上に乗ってるブリとハマチを一枚、トレーナーの丼の上に乗っけてあげる。

 

「お礼ってことで」

「お、これはこれは。ありがとな。で、話は変わるけどさ。この後はシンボリルドルフとツーリングに行くんだよな?」

「うん。ルドルフの希望で夜駆けにね。あ、もちろん安全には気を付けるからさ」

「その点は心配してない。ただな、あのシンボリルドルフの希望っていうのがな?バイクとシンボリルドルフの組み合わせのイメージが、どうも頭に思い浮かばないんだよ」

 

 トレーナーの視線が不意に流れた。ま、確かにバイクに乗るルドルフっていうのも、なかなか想像しずらいかもしれない。基本的には真面目で堅物、レースとウマ娘に一直線でわき目も振らない。そんなイメージがあるからねぇ。でもまぁ、付き合ってみると判るんだけど、胸の内は結構な我儘お嬢様って感じだし、個人的には案外バイク向きな性格って感じがする。

 

「ま、ルドルフなりに色々あるんでしょ」

 

 軽く肩を竦めて、トレーナーには笑顔を向けておく。確かに、こう、ルドルフは気持ちが揺れてる姿とかは、あんまりトレーナーとかには見せていないんだろうなぁと想像がついてしまう。ま、最近こそ、色々と頼り始めているみたいだけれどね。

 

「確かに最近思い当たる節はあったな。直近だと一昨日か、ルドルフのトレーナーと話す機会があったんだが、色々変わってきていると耳には挟んでいるよ」

「へぇ?」

「例えば靴関係だな。お前ほどではないが、メーカーと掛け合って色々とやっているらしい。この間はルドルフのトレーナーも巻き込んで蹄鉄の議論を丸半日してたとか」

「真面目なルドルフらしいね」

 

 とことんまで突き詰めて、そして、結論が出るまで議論をする。そんな彼女の姿が容易に浮かんでしまう。きっと、メーカー側も相当苦労することだろう。ただ、彼女に妥協の二文字はないから、ソレが完成した時にはとんでもない完成度になることだろう。

 

「そういやぁ、話は変わるがお前の靴はどんな具合だ?まぁ、日々見ているからある程度判るっていえば判るが」

「アタシの?そうだねー」

 

 私の靴。と改めて聞かれるとちょっと困るんだよね。ある程度の完成を見たのだけれど、そのあとの突き詰めがどうも弱い気がしている。勿論トレーナーとも話してはいるのだけれど、最後は私の感覚になってしまうからねぇ。

 

「ま、時々話している通り、8割ってところかな」

「そうだよなぁ。その2割を突き詰められればもっとなぁ…」

「仕方ないよ。まだまだこの接着剤の蹄鉄は発展途上の技術ではあるからねー。無いもの強請りしても仕方ないよ」

 

 実用に耐え、全力で踏み込んでも壊れない。このラインはクリアしている。薄さも好み。ダイレクト感も好み。だが、それ以上の何かが足りていない感じ。

 

「今の蹄鉄は確か、鉄唇もないタイプだったよな?」

「そ。で、改めて言っておくと、開発当初の奴よりも材質は軽いものにしてあって、厚みもかなり薄くしてもらってる。参考にしたシンザン鉄から随分変わっちゃったけどね」

 

 最初は私の脚、そのパワーに耐えきれるようにと色々改良を加えていたわけなのだが、そこから一気に変更を加えたのが今年に入ってから。トレーナーのアドバイスもあって、『より地面を感じたほうがお前らしいんじゃないか?』ってね。

 

「でも、おかげで脚の調子はすこぶる良い感じ。トレーナーのアドバイスのおかげだよ」

「そりゃ良かった…だけど、その詰め切れないってのがなぁ。俺にも、もう少しそっち方面の知識があればな」

「あはは、気にしない気にしない。適材適所って言葉があるでしょ?トレーナーには十二分に力を貰ってるんだからさ」

 

 支えてもらっているし、トレーニングも見てもらっているし、自由にさせてもらっているし。これ以上の幸運は無いからねぇ。

 

「ま、お前の事はこれからも支え続けるさ」

「ありがと。本当、頼りになる背中だよ。じゃ、追加でマグロとエビもあげちゃう」

「おお、サンキュー…って、お前の具が無いじゃねぇか」

「気にしない気にしない」

 

 ときしらずとこの酢飯だけでも十二分に美味しく頂けるからね。ということで、丼に一枚のっけて酢飯を食らう。

 うん、美味しいけど、やっぱりお酒が欲しいかも。

 

 

 夜分遅く。月が照らす海に細かい波が立ち、まるでキラキラと夜空が海面に落ちたよう。その海沿いの道を、背中にルドルフを乗せてゆっくりと進む。無言ではあったのだけれど、不思議と嫌ではない時間だった。

 そして、ただただ走ることしばらく、海沿いに立つコンビニに入って、2人で缶コーヒーを開ける。缶コーヒー独特の苦みのある香りが、夜に呆けた頭を覚ますようだ。

 

「うん。バイクとはやはり、良いものだな」

 

 そう呟いたシンボリルドルフ。なんだろうか?私の背中で何を感じたのか判らないが、どこか、すっきりとした顔をしている。なんからしくないような?

 

「なぁ、シービー」

「なぁに?ルドルフ」

「改めて聞きたいことがあるんだ」

 

 そんなルドルフが不意に、こちらに真剣な顔を向けて来ていた。そして、私が一言を挟む前に、ルドルフの口が動いた。

 

「君はなぜ、走る?」

「んー?質問の意味が判らないよ?」

 

 なぜ、と来たか。うーん?どういう意図なんだ?ルドルフは。続きの言葉を待つとしよう。一口、コーヒーで口を濡らす。

 

「君は、ミスターシービーではない」

「そうだね」

「君は、この世界の人間ですらない」

「そうだねー」

 

 ま、確かにそうだね。体こそミスターシービーだけど、その中身はまぁ違うし。

 

「だからこそ今一度聞きたい。君はなぜ、走る?君はなぜ、トップを走ることが出来る?」

「んー、そうだねぇ」

 

 そう聞かれるとなんでだろう?改めて考える。

 

 ウマ娘が好き。うん、間違いないと思う。でも、それなら見ていればいいだけの話。

 

 ならば、ミスターシービーに成り代わったから?なるほど、それも確かにありそうだね。

 

 でも、多分、私の根っこはそうでもなさそうだな。理由ねぇ。理由かぁ?

 

 難しい事を聞くなぁ、ルドルフは。うーん…。思わず視線が泳いじゃうな。

 

「そうだねー。多分、明確な理由は無いよ」

「理由は、ない?」

「うん」

 

 ここに帰結するのだろう。と、自分で言葉を発しながら、納得する。それにあれだ。何事も、明確に理由なんてない事が多い。例えば、ウマ娘が好きだったから馬も好きになった。ぐらいな事。明確な理由は無いけれど、好きになった。あとはそうねぇ。ウマ娘が好きだから、創作してみた。そんな理由で色々と広がる物語だってあるわけだ。そんな話は五万とあるし、その先にとんでもないプロになって世間を動かすぐらいのものを生み出す人だっている。

 

「ま、それに」

 

 ただ、もちろんそれだけじゃあない。私がなぜここまで走れるかというのは、案外と簡単な理由なのかもしれない。

 

「みんなと出会ったからね」

 

 走るきっかけは今更思い出すこともない。私がミスターシービーになったから。いや、それよりも前の話だろう。私がレースという行為そのものが好きだから。だからこそ、私はバイクで常にサーキットにいた。だが、ウマ娘となった私がなぜかトップを走れているのは、みんなとの出会いがあり、運がよかったからだ。

 

「蹄鉄を改良し続けているメーカーの人々、私を匿ってくれている理事長、たづなさん、共に歩んでくれているトレーナー。あとは、バイクとか家なんかの面倒を見てくれているプロの人々に、タバコを容認してくれているURAの人々、応援してくれているファンの人々」

 

 自ら語ってみれば、間違いなく、私は周りに恵まれ、運に恵まれている。この体だって、最高の運による賜物だろう。

 

「あとは、競い合うウマ娘達。例えばそれは学園にいるウマ娘もそうだし、一緒にレースを走ったウマ娘もそう。全員の名前を言い始めると長くなっちゃうから…例えばそう、短距離マイル路線で待ってくれているピロウィナー、なんだかんだ付き合ってくれるマルゼン、一緒に高め合っているエース」

 

 いったん言葉を区切って、泳がせていた視線を、一人のウマ娘の顔で止める。

 

「そして、君もだ。シンボリルドルフ」

「私も」

「そ。君は間違いなく強い。きっと世代最強どころか、日本最強に一番近い。そんな君が私の背中を目指して、追い抜かんとしている」

 

 彼女と視線を合わせて、頷いた。

 

「こんなのさー」

 

 言いながら、心の奥底が熱くなる。

 

「燃えないほうがおかしいでしょ?」

 

 私がそういうと、一瞬、あっけにとられたようにルドルフの目が開かれた。が、次の瞬間にはその顔の口角が上がる。

 

「何が明確な理由がない、だ」

 

 ルドルフは鼻で笑う。まったく、仕方がないなと言わんばかりに。

 

「誰よりも強く、重い理由じゃないか。ミスターシービー。やはり君は、強いウマ娘だな」

「あはは。皇帝様、お褒めに預かり恐悦至極。ルドルフもどう?こんな感じに燃えてみない?」

「茶化すんじゃない。それに、言われなくても、私は既に燃えている」

 

 ルドルフの口角が上がる。まるで、肉食獣の笑顔みたいだ。

 

「ぷっ。ルドルフ、顔が怖いよ?」

 

 むに、と。間髪入れずに、ルドルフのほほを掴んで解してやる。こういうところはやっぱり、シンボリルドルフだねぇ。

 

「…まったく、君という奴は。シービー」

「っていうか、コレを聞きたかったの?」

「疑問に思ってしまってな。合宿中に二人きりになれると言えば、この方法しかないだろう?」

 

 次の瞬間にはふにゃりと、ルドルフの顔が緩んだ。まったく、ルドルフってば。

 

「で、どうする?この後は」

「聞きたいことは聞けた。それに、美味しいコーヒーも飲めた。満足したよ」

「そ。じゃあ帰ろうか。ルドルフ」

 

 この我儘な皇帝様を、安全にホテルに送り届けないとね。

 

 彼女のバイク。その背中で揺られながらも、改めて感じたものがある。

 

 アクセルの開け方、コーナーの曲がり方。シフトチェンジや、ブレーキから感じられる、自由で気軽でありながら…絶対的な自信。

 

 芯があると言い換えてもいい。ただ一つしかない、自分の道筋を突き進んでいる。

 

 レースの外。バイクの運転だけを切り取ってみても、誰よりも重く、誰よりも理想が高い。目の前の背中の大きさに、魂が震えるような感覚に陥っていた。

 

 それに加えて、彼女は全く知らぬ世界で、しかし、新たに一から関係性を築き、まるでそこに最初からいたような雰囲気すら漂わせている。

 

『度し難いとしか言えない』

 

 すべてを巻き込みながら王座に君臨し続ける王。ミスターシービー。その精神は、いったいどんなもので出来ているのだか、想像するだけでも恐ろしい。

 

『これを超える事は、容易ではない』

 

 しかし、彼女の背中を見てしまうと、どうにも、私の気持ちが昂ってしまう。

 

『本当の意味で、遠慮などしてられないな』

 

 なんせ、当の本人が自分すら使って高みを目指せと私に発破をかけたのだ。

 

 ならば、全てを食らい尽くして、必ず。

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