こちらもまだまだ夏が続きます。
『さあ夏のサーキット、最高時速300キロ超の祭典もいよいよ大詰め!注目は今年メキメキと頭角を現し今やワークスマシンを手足のように扱う日本総大将!』
夏の日差しを受けて、国際サーキットのアスファルトはジリジリと熱をあげ、その熱は観客たちの心すらも沸騰させている。それが証拠に、クランクを立ち上がり、誰も居ないホームストレートに高らかなエキゾーストノーズを響かせる一台のバイクを見るや否や、その排気音に負けないぐらいの声援がコースに降り注いだ。
「イケエエエエ!」
「あと一周だ!イケエエエエエエ!」
「そのままだ!そのままだ!ラストイケエエエエエ!」
―No9 LAST LAP―
ゴールラインに出されたチームからのピットボード。そこに書かれた文字を見るや否や、一瞬だけヘルメットが縦に動く。
―POSITION No 1―
―No10 -1―
『我らが総大将がついにファイナルラップに入ります!トップスピードは340キロ超え!そしてここで…ファステスト!!!全車タイヤが厳しい中で、ここでファステスト!!!追従して1秒で2位が追いすがる!!』
リアを滑らせながらコーナーを駆け抜けていく日の丸印に、誰もが目を奪われ、更に熱を上げていく。トップ争いはどうやらこの2台に絞られたらしい。が、ここは全員が超一流の世界グレード1の世界。コーナーを抜けるたびに、後方からのマシンが徐々に徐々にその差を詰めていく。
『ここでピタリと後ろに2位がピタリとつけた!いつでもいけるぞと言わんばかりに!ここでサイドバイサイドだが日の丸も引かない!』
1位と2位。お互いにタイヤが厳しいのだろう。リアを強烈に滑らせながらバックストレートに入った。
『スリップについた2位がここで行く!ここで行く!いや、だが!』
並ぶ2台。
300キロの世界は、一瞬で景色を置き去りにする。1キロを超えるストレートを瞬く間に進むそのマシンを駆る恐怖たるやいかほどの物か。
「ッ!」
競り合いに負けたのは、後から追い続けた最高峰。僅かに早く右手を握りこんだ。フロントのダブルディスクから、キィインとブレーキパッドの削れる音が響くように伝わる。フロントが沈み、車速が落ち始める。彼の経験から、このタイヤの摩耗度合いでは次のコーナーを曲がり切れないと判断したからだ。
だが。もう一台。先頭をひた走るソレは、僅かな上り坂を超え、下りながらの右カーブを駆け下りていく。その車体にはいまだ、赤いテールランプは灯らない。
『ブレーキの故障か!?』
その背中を見ながら、そう思ってしまった彼に落ち度はない。なにせ、常識ではすでに車速を落とすタイミングであるからだ。一瞬、観客からも悲鳴が上がる。そして、2位の彼はその瞬間に、息を呑む。
先頭の彼が、わずかに振り返ったヘルメット越しに、目が合った。
―来ないんだ?じゃ、お先に失礼―
刹那、先頭のバイクにテールランプの赤みが灯る。下りながらの右カーブ。常識ではとても曲がり切れないそのコーナーを、リアを滑らせながら一気に駆け抜ける。
そして、その先には、誰も居ないチェッカーフラッグが待ち構えていた。
■
「悪くないね」
表彰台のてっぺんに登り、人々の喝采を浴びる彼はひょうひょうとそう言った。まるで、結果など気にしていなような口ぶりで。
「俺もお前みたいに普段の移動も無駄に、バイクオンリーにするかな」
「それがいい。私に勝ちたければね」
2位の彼から少しばかり嫌味を言われたが、それもまったく意に介していない。
スクリーンには、優勝を決めたであろう、バックストレートのブレーキングからのコーナリングが写されていた。僅かな登りが続くバックストレート。その行きつく先は、どこぞのミスターシービーが三冠を決めたあの菊花賞のような下り坂。それを駆け下りながらのレイトブレーキング。スピードを殺さずに、リアのタイヤを大きく滑らせながら駆け込んでいく様。
「まったく、常識破りだ」
あきれたように、誰かが呟く。それを満足そうに、表彰台のてっぺんから彼は眺めていた。
「今年はまぁ、スポット勝利だけど、走るのは楽しいし。許されるのなら、次は世界一でもとってみたいよね。ほら、競馬の凱旋門賞みたいなさ?」
勝利者インタビューでこんなことをポロっというものだから、各メーカーが彼の獲得に動いたことは、言うまでもない。
■
熱が冷めやらぬ中で、Mr.CBこと彼は己を保護してくれている社長と共に、ビールを開けていた。
「諸々、どうなることかと思ったが、メキメキと頭角を現してまぁ…すげぇなアンタは」
「まぁね。自分で走っていた頃にくらべればさ、タイヤなんていいもので地面を蹴れるし、地面だってあれだけ整備されたターマックだし、楽勝楽勝」
「は、楽勝ねぇ?走り終わった後、お前、冷や汗たっぷりかいていたじゃねぇか」
「げ。ばれてた?」
「まぁな」
冷や汗というには甘すぎる、大量の脂汗。ヘルメットを脱いだ瞬間にそれを見たピットクルーや関係者たちは、この勝利が決して楽なものではないということを骨の髄まで思い知らされている。
「で、お前来年はどうするんだ?」
「なにが?」
「お前がインタビューで世界を獲りたいなんていうもんだから、色々なとこから打診来てんだろ?」
「ああ、そのこと?」
コトリ、とビールをテーブルに置くと、CBは何気なく背を伸ばしながら、部屋に飾られているポスターを指さした。
「私は羽が好きだから」
自らのレースシーンを切り取った、見事なポスター。なるほどなと、社長は大口を開けて笑い始めた。
「はははは!そうか、そうか!判った。それらなば」
ドン、と、何かの書類をテーブルの上に置いた。
「来年の報酬と、あとはスケジュールだ。今期はスペアで参戦してもらったが、来年は開発から参加してもらう。お前の手足となるマシンを開発してやるとも」
「ふぅん?…って、一週間後からテストコース?」
「ああ、遅いぐらいだ」
「そっかそっか。じゃあ、よろしく頼むよ」
ぐ。と握手を交わす彼ら2人。どうやら、彼は彼で上手くやっているらしい。と、その時だ。社長がふと、何の気なしにと提案を一つ投げた。
「そういや、このあたりで競走馬が放牧されているらしい。見に行くか?お前、結構好きだろ?」
「へぇ?それは気になるね」
「ついでに、オーナー達とも知り合いでね。まぁ競走馬はアレだが、乗馬用の馬でよけりゃ、乗るか?」
「お、それはいいね。乗る乗る。一度乗ってみたかったんだよねぇ、ウマってやつ」
「ウマ娘的にそりゃあどうなんだ?」
クククと笑い合う2人は、再びビールを煽る。と、同時に、部屋の外がにわかに騒がしくなり始めた。多くの人の気配が扉の前に集まると同時に、ノックが煩く部屋に響いた。
「おやおや?お客さんが来ているようだけど?」
「だな。行くか。つーかお前、主役がいないんじゃ、酒も不味くなるだろう」
「そういうものかな?」
「そういうもんだ」
2人は腰を上げて、扉へと向かった。どうやら、まだまだ祝勝会は続くらしい。
■
ズドンと砂塵を巻き上げながら進むウマ娘達の迫力に、人々はおお、と歓声を上げる。その横でミスターシービーは満足そうにしながら、ニンジンジュース(炭酸)をぐいっと飲み干していた。ちなみに、フロートなので、アイスも入っている。
「フロートはやっぱり美味しいな。最近、めっきり街で見なくなったのがちょっと悲しいけど」
小さなスプーンでアイスを掬い取って、口へと運ぶ。暑い日差しに温められた体にはちょうどいいらしく、気持ちよさそうに目を細めていた。ちなみにカツラギエースは海外組のライブを見に行ったらしく、この場には居ない。
「お、ここに居たかシービー」
声にミスターシービーが振り返ると、そこにいたのはアロハなシャツで夏仕様になっているトレーナーの姿があった。面白い事に、彼もフロートを右手に携えている。そして左手にはこれまた焼きそばが携えられていた。
「トレーナーも楽しんでるみたいだね」
「ん?ああ、せっかくならな。ビールが飲めないのがつらいところだが」
「あはは、仕方ないって」
本来ならきっと、ビールで一杯なんていう気温だが、ここは残念ながらウマ娘のイベントだ。未成年も多く集まるわけで、禁酒、禁煙がモットーである。
「と、それはそうと頂きっ」
「あ、お前っ!?」
しれっと箸を奪って、トレーナーの焼きそばを啜る。もぐもぐと口をハムスターのように頬張る彼女の姿はどこか満足そうだ。
「お前…食いたかったら買って来いよ」
「えー?トレーナーのやつだからいいに決まってるでしょ?」
ぺろりと口の周りについたソースを舐めとって、ニカリと笑うシービー。全く悪気のないその顔に、トレーナーは呆れ顔を浮かべるしかないようだ。
「で、何を見てたんだ?」
「ん?ああ、練習風景。傍から見ると、こんな風に見えるんだなぁってさ」
大迫力とも言っていい音と勢い。そして、砂塵が2人の横を駆け抜けていく。トレーナーは思わず、そのウマ娘達を目で追ってしまっていた。
「ほら、ね?釘付けになるでしょう?」
それを横目で見るミスターシービーの顔は、満足そうに口角が上がる。そして、再びウマ娘達の走るさまを眺め始めていた。
「なぁ、シービー」
「ん?なぁに、トレーナー」
「ステージ、頑張れよ。今日の主役はお前なんだからな」
「お、珍しい。トレーナーからそんな言葉を貰えるなんて」
「普段とは違うからな。レースでもないし」
フロートを口に含みながら、2人はステージを眺めた。そこでは丁度、地方のウマ娘達のステージが行われているようであった。どうやら、大井のウマ娘達らしい。色とりどりの統一された衣装をまとい踊るさまは、まるで夏の妖精のようだな、などとミスターシービーは考えていた。
「あの感じ、夏の妖精だな」
トレーナーも同じことを思っていたようで、そんなことを口にしながら焼きそばを頬張っている。ミスターシービーはちょっとだけ、プレッシャーが重くなったような、そんな空気を感じていた。
「うーん、勝ち負けじゃないんだけど、あのパフォーマンス以上のものを見せたいな」
「楽しみにしてるぞ、シービー」
「オッケー。楽しみにしててよ。それで、トレーナーも自由に楽しんでくれると嬉しいな」
そう言いながら、ウインクを飛ばすミスターシービー。彼女の出番まであともう少し。まだまだ、夏のお祭りは終わらない。