私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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言伝

 カツラギエースと暫く会話を楽しんでいたのだが、校内放送で生徒会室に呼ばれてしまっては仕方がない。今度また練習でもしようかと約束を交わして、私は今、その扉の前まで歩みを進めていた。

 

「入るよー」

 

 ノックをしながらそう声を掛けてみれば。

 

「どうぞ」

 

 聞き慣れたルドルフの声が返ってくる。扉を開けてみてみれば、そこに居たのはルドルフ一人である。確か、アニメとかではナリタブライアンやエアグルーヴあたりも一緒に居たはずだよねーとかを考えながら、ルドルフの前に立った。

 

「お待たせ、ルドルフ。何か用?」

「ああ、これを君に渡そうと思ってね」

 

 そう言ってルドルフが机の上に取り出したのは、板状の見慣れた機械であった。

 

「これは?」

「携帯だよ。ないと不便だろう?学園長が用意してくださったものだ」

 

 なるほど、携帯ときたか。確かに無いと困る。とはいえ、本体の料金やら、通信費やら月額料金やらはどうなるのだろう?と疑問を浮かべたのだが、それはすぐに解決された。

 

「本体代は不要。通信費やアプリの月額使用料はURAで負担するとのことだ。ただ、アプリ関係は帰ってから入れ直してほしい、と伝言を預かっている」

 

 通信費があちら持ちとは有り難い。まぁ、データについては当然だろう。私の持っていたスマホは確実に封印されるものだし。となると、口座や証券、あと通販アプリに家のロック関係は入れ直さねばなるまいか。

 

「りょーかいだよ、ルドルフ」

「それでは、この書類にサインを頼むよ。シービー」

 

 差し出されたのは『受領書』とシンプルに書かれた書類であった。『ウマスペリア10マーク4』という機種名が書かれている一番下に、サインを描く。ミスターシービー、と。

 

「…うん。問題ないな。それではこれは私の方で学園長に提出しておく。箱やアクセサリはどうする?持って行くか?」

「いいや、充電器は持ってるし、アクセサリもこっちで準備するから大丈夫」

 

 そう言いながら、机の上の携帯を手に取った。起動ボタンを押し込んでみれば、ホーム画面が立ちあがる。アプリは基本的なものは入っているようだ。メーラー、ブラウザ、あとはキャリアのアプリ関係にウマスタ、あとはSNSのチャットアプリ。

 

「どうだ?君の使っていたものと違いはあるか?」

「うーん、特には変わりは無さそう」

「それならばよかった。ああ、SNSのアプリには私、マルゼン、学園長、たづなさんの連絡先が既に入れてある。何かあれば連絡してくれ」

「りょーかい」

 

 早速、良く見慣れた緑色のアイコンをタップしてSNSアプリを立ち上げてみれば、そこには確かに4人の名前の連絡先が記されていた。

 

「ルドルフ。このアプリは普通に使って良いのかな?」

「ああ。無論。知り合ったウマ娘やトレーナーらと連絡先を交換してくれて構わないさ。ただし、一般人との連絡先の交換はなるべく控えてくれ。世間一般では、我々はアイドルのような存在なのでね。特に君はメディアへの露出も多い」

 

 了承の意味を込めて頷いた。

 

「わかったよ。そのあたりは気を付けることにする」

「頼んだぞ。…さて、携帯の話はここまでだが、あといくつか伝えることがある。これを見てくれ」

 

 新たに出されたのは1枚の用紙。クリアファイルに入れられたそれをルドルフから受け取る。

 

「まず君が要望していた喫煙所についてだが、丁度使っていないプレハブがあってね。それを屋上に設置するから、自由に使って欲しい」

「本当?有難いね」

「次にデビューについてだが、君の状況を鑑みて無期限延期とした。無論、君がこの人と共にと思うトレーナーと出会った場合はその限りではない」

 

 デビューか。そういえば、書類で催促されていた事を思い出した。ま、現状、走りもまだまだ本来の私ではないようだし、順当な判断であろう。

 

「確認だけどルドルフ。デビューする場合はトレーナーを見つけてから、だっけ?」

「その通りだ。まれに例外もあるが、基本的にはそうだと思ってくれていい。あとは学業についても、君の好きなようにしてくれていい」

「学業も?」

 

 そこまで自由にしていいものなのだろうか?と首を傾げる。

 

「男の記憶では君は大学まで出ているのだろう?学園は精々高校レベルまでの勉強しか教えていない。特例措置、ということで学園長の指示だ」

「それは確かに有難いね」

 

 年下の女性と学園で過ごす。しかも、学友として、というのはこの記憶を持っている私からすればかなりの負担であることは間違いないであろう。よくよく考えればルドルフやマルゼンが大人っぽいから助かっているが、これがアニメの黄金世代ぐらいのノリだったら多分ついていけない。

 

「それに曲がりなりにも記憶が男。その体でまぁ、間違いはないとは思うが、一応の隔離処置という奴と認識してくれていい」

 

 順当だろうね。とはいえ、昨日の夜は君と一夜を明かしたわけだが…。

 

「でもさルドルフ。君とは昨日、君の部屋で一夜を過ごしたのだけど、あれは良かったのかい?」

「ん?ああ、あれは君に聞きたいことがあったからね。それに、気づいてはいないと思うが、昨日の君は普段の様子からすれば結構ひどい顔をしていたからね。そんな君を一人で家に帰すというのも、な?」

 

 ふむ、そういう事だったか。確かに、一昨日の夜は家では寝ることが出来なかった。夢なのか現なのか、そしてこの体は何なのか。不安になってしまっていたのは事実だ。それを見抜いての行動だとは。脱帽しかない。

 

「優しいね、ルドルフは」

 

 そう微笑みかけてみれば、ルドルフは苦笑で答えてくれた。

 

 

 生徒会室を後にした私は、学園内のベンチでのんびりとスマホを眺めていた。

 

「ゲームの記憶そのままの感じだね。模擬レースで実力を示して、スカウトされたウマ娘はメイクデビューを迎えると…」

 

 読んでいるのはウマ娘のレースであるトゥインクルシリーズのウマペディア。ま、ウィキペディアみたいなものだ。

 

「勝てなかった場合は未勝利に流れて、勝てた場合はファンの数を条件に様々なレースへの参加が認められる、と」

 

 そういえば、先ほど出会ったカツラギエースもそんなことを言っていたな。『学園に入るのは本当に第一歩。そこからデビューまでが凄く長い。そしてその後、特別なレースに出るにもまた長い時間が必要だ』とか。

 

「特別なレース、か」

 

 おそらくは競馬で言うところのグレードレースなのだろう。G3,G2,G1。確かに、それらは特別で、きっと素敵なレースなのだろう。だが―。

 

「メイクデビューだって、選ばれた者しか走れない特別なレースのハズなんだけど。この辺りは、競馬とあんまり認識が変わらないのか」

 

 カツラギ。気持ちは私も判る。特別なレースに出て、名を残したいというのはきっとウマ娘の本望なんだろう。私もこの名前を持っているからそこを目指さなければならないという事は良く判る。でもさ。

 

「ウマ娘のレース、というだけでワクワクするでしょ。楽しい、って思うでしょ」

 

 そういう事じゃないんだけど、なんだか胸がもやもやしてくる。楽しいレースは何も、グレード競走じゃなくてもいいはずなのだ。ライバルがいて、自分が居て、応援してくれる人が居る。ならば、レースを走るという事がなによりも特別な事なんだ。

 

「それにG1を特別だ特別だって言うあまりに、たとえ勝ったってそれを誇って傲慢になっちゃあ、怪我とかで脚を掬われちゃうよ。…ああ!うまく言葉に出来ないなぁ!」

 

 イライラして頭を掻きむしってしまう。なんだろう。ウマ娘になったからだろうか。グレードレース、一般レース、草レース。どれも素敵で楽しい物なのに。格付けなんて嫌いだ。

 

「…走ろう」

 

 考えるのをいったんやめよう。どうも今は悪い方に考えが向かってしまう。こういう時は煙草を吹かすか、バイクを走らせるか、体を思いっきり動かすかしかない。携帯を仕舞って、一目散に練習のコースへと脚を進めた。


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