私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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ルドシビ

「君は難儀だな」

 

 苦笑を浮かべる寝間着姿のルドルフ。私は昨日の夜と同じように、ルドルフの私室で寝間着をしっかりと着こんで珈琲を煽っていた。というのも、イライラした頭で練習場を思い切り走ったのにも関わらず、どうもイライラが頭の中に残っていたからだ。言葉に出来ないそれを相談しにルドルフに会いに来てみれば、ならば泊っていけ、という男前な返事を頂いた。

 

「仕方ないじゃない。どうにもイライラしちゃったんだ。どのサイトを読んでもさ、特別なレースの事ばっかり。そりゃあ特別なレースは素晴らしいよ?でも、未勝利だって楽しいレースのはずなのにさー」

「気持ちは判る。だが、特別なレースで得られる栄誉は皆が望む物さ。私だって欲しいと思っているし、君だってそう思っているんじゃないかな?」

 

 そう言われてしまえば、黙るほかは無かった。確かにグレード1のレースを勝てたウマ娘となれば、間違いなく世間一般にも認知されて、今後の栄誉、つまりは生活の保障みたいなものが付いて回る。だが、どうも、それが納得がいかない。

 

「まぁ、納得がいかないのならば、とことん悩むというのも手段の一つだろう。それに君も言っていただろう。『悩んでも何も答えが出ない事だってある』と」

 

 確かに言った。

 

「うん…そうだね。そうだよねー…」

 

 だが、気持ちは晴れない。もちろん、そんな簡単に答えが出る物でもないし。

 

「ふふ。まぁ、今日の所はこのまま泊っていきたまえ。一人で夜を過ごすよりは、二人で過ごした方が気が楽になるだろう」

「いいの?」

「勿論さ。それに君はまだまだ不安定な状態なのは判っているつもりだ。ミスターシービー」

 

 深くため息を吐いて、珈琲に口を付ける。芳醇なアロマ、苦みが、少しは私の気を紛らわせてはくれている。

 

「ねぇ、そういえばさ」

 

 話題を変えようと、一つ、彼女に質問を投げかけた。

 

「記憶が無くなる前、といっていいのかな。その時のミスターシービーってどんなウマ娘だったのかな」

「ん?」

「参考に、知っておきたいなって」

 

 そう。まだこれを聞いていなかった。私が私になる前のミスターシービー。デビュー前にも関わらず、メディアに顔を出してURAの知名度を上げていたというそのウマ娘の事。

 

「…そうだな。簡潔に言えば、芯があるウマ娘と言えるだろう」

「芯」

「そう。揺るがない一本の芯。言葉にするのは難しいが、少なくとも、君が今悩んでいることの答えは持っていたと思うよ」

 

 芯、か。確かに、今の私には程遠いものだ。私自身が何者か判らない。とりあえずは今週末の撮影のためにレースの練習やダンス、歌の特訓をしているだけのウマ娘。はたから見ればしぐさや言葉はミスターシービー。芯どころか、チグハグ付け焼刃。

 

「まぁ、そう心配する事は無い。君は間違いなくミスターシービーだ。自由を愛し、ウマ娘を愛し、レースを愛す。そんなウマ娘だった。その点は今の君と何も変わらないよ」

「変わったウマ娘だね」

「ふふ。自ら言う事じゃあないだろう」

 

 自由、ウマ娘、レースを愛したウマ娘。確かに、自由が好きだし、ウマ娘も競馬も好きだ。とはいえ…いや、深く考えるのはよそう。どうもダメだ。夜の時間のせいなのか、どうもネガティブに入ってしまう。

 

「とはいえ納得はいっていないのだろう?」

「うん」

「素直でよろしい。そうだな。提案だ。一度模擬のレースに出てみればいい」

「模擬?」

「ああ。悩んでイライラしているよりは、建設的だと思うよ」

 

 …確かに。そう思いながら頷く。まずはなんにせよレースを体験してみるか。

 

「わかった。一度出てみるよ」

「そうするといい。スケジュールは私が確保しておくから、それまではしっかりと、走りを練習したまえ」

「はーい」

 

 片手を上げてそう答えてみれば、ルドルフの顔に笑顔が灯る。

 

「さて。ではそろそろ寝ようと思うんだが。君はどうする?」

「私も寝る」

「承知した。じゃあ、ベッドを使ってくれ。私は此方のソファーで寝るから」

 

 そう言いながら自らのベッドを指さすルドルフ。判った、と言おうとした口からは、無意識なのだろうか、それともこの体の意志なのか。

 

「ルドルフもベッドで寝てよ」

 

 全く別の言葉が飛び出してきていた。

 

「…うん?」

「あ、いや」

 

 違うんだ、と言おうとしたが、これがなかなか言い切れない。おどおどとしている私に、彼女は優しい表情を向けていた。

 

「…ふ。判ったよ。私もベッドで寝るとしよう」

 

 そう言って、ルドルフは私の手を曳いてベッドへと飛び込む。消される電気。隣にはルドルフの気配と体温。

 

「…」

 

 思わず無言になってしまう。なぜ、一緒に寝ようなどと口から出てしまったのか。曲がりなりにも記憶は男だ。…男なのか?本当に?いや、もしかするとウマ娘が生み出した何か別の記憶とか、そういう?でも携帯はウマ娘があったし、間違いなく私は私であるし…と悪い方向に思考が向いた時だ。

 

「全く、世話が焼ける。今日だけだぞ」

 

 ふわりと背中に感じる柔らかさ。体に回された腕から、体温と共に安心感が伝わって来る。

 

「おやすみ。ミスターシービー」

「…おやすみ。ルドルフ」

 

 彼女の温かさのせいなのか。悪い方向に向かっていた思考は鳴りを潜め、深い眠りへと、私は落ちて行った。

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