私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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火が消えたら、また着ければいい

「はあああああああああ!」

「やああああああああああ!」

 

 先を走るのはカツラギエース。その背中を見ながら、私も追い込みをかける。ぐっと頭を下げて、重心を下げて、それでいて脚は跳ねるように。まだ意識しながらだが、なんとか形にはなっているのだろう。彼女の背中が近づいてきた。

 

「まだまだあああ!」

「あははは!負けないよー!」

 

 気合の乗る彼女の掛け声に、思わず笑みがこぼれてしまった。彼女の背に私の影が伸びる。そして―。

 

「ゴール!カツラギエースの勝ちっ!」

「ったあああああ!」

「ちぇー、まけたー!」

 

 あと一歩というところで、彼女の背中を見ながらのゴールを迎えていた。ここは変わらずの学園の練習コース。良馬場。距離にしてはまぁ、短距離ぐらいなものだろうか。それにしても、このカツラギ、かなりいい脚を持っている。最初のひょろっとした印象からは信じられないほどの力強さと言えるだろう。

 

「速いねカツラギ。もうちょっとだったんだけどねー」

「ありがとうございます。でも、シービーさんだってすごい追い込みの脚でしたよ」

「そう?ありがと。で、ルドルフ。どうだった?走り」

 

 審判役のルドルフへと声を掛ける。すると彼女は笑顔を讃え、大きく頷いていた。

 

「2人とも仙才鬼才の走りだったよ。カツラギエースは本来は長距離が得意だろう?しかし、この短距離でシービーの追い込みを交わして見せた。シービーは不調ながらも見事な追い込みだ。2人共、鍛錬を怠らなければ、間違いなくデビューは近いと思うよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「本当?ルドルフにそう言って貰えると自信がつくよ。やったね、カツラギ」

「はい!シービーさんも!」

 

 カツラギとお互いを讃えながら笑い合えば、ルドルフもどこかあたたかな表情でこちらを眺めてくれていた。うん。順調にカンという奴を取り戻しているらしい。それにしても不思議なものだ。走れば走るほどタイムが上がっていくこの感じ。流石に疲れはするのだけれど、爽やかで、楽しいという感情しか浮かんでこない。

 

「さて、それでは私は生徒会の仕事が残っているから、ここで失礼するよ。君達はどうする?」

「私はもう少し練習していきます!」

 

 カツラギは両手をグーに形取ると、ふんす、と鼻息を荒げていた。やはりシンボリルドルフに褒められたからであろうか。見るからにやる気満々の様子だ。

 

「私はこれをやりにいくよ」

 

 ポケットからパイプをひらりと見せれば、ルドルフは苦笑を、カツラギはええ?と不満そうな顔を浮かべていた。判りやすい。

 

「シービーさん、一緒に練習しましょうよー!煙草は健康に悪いですから!」

 

 当然の感想だ。スポーツ選手が煙草。イメージが悪いし、実際体にも悪いのは私も良ーく知っている。ただ、ここで引くのは私じゃない。

 

「カツラギ。そんなことは私が一番よく知っているよ。でも、ウマ娘には吸わなきゃいけない時があるんだ」

「ええ…!?でもぉ」

 

 引かないのはカツラギも一緒だ。詰め寄ってくる彼女に思わず両手を上げて降参のポーズをとりそうになった時、助け舟がやってきた。

 

「カツラギエース。シービーを止めても無駄だぞ?生粋の煙草好きなんだ」

「むぅ。…判りました。今日は諦めます。でも、また明日一緒に走って下さいね?」

 

 なんとか承諾を得ることに成功した。くるりと踵を返しながら、カツラギを見る。

 

「そりゃあ勿論。カツラギと走るのは楽しいからね。ルドルフもまた明日」

 

 

 芳醇なバニラとはちみつのフレーバーの香りと、ヴァージニアとブラックキャベンディッシュがミックスされたシャグ。パイプにマッチで火を付ければ、香しい香りが私の鼻を満足させる。

 

「うん。練習の後の一服は格別だね」

 

 間違いないと頷きながら、盛り上がったジャグをタンパーで押さえる。火が消えないように静かに、しかし、長く良い味が楽しめるように適度な圧力をかけて。

 

「よしよし。良い感じに押さえられたね。それにしても、プレハブとは言いながらも贅沢な喫煙所を用意して頂けたものだね」

 

 プレハブの喫煙所である事は間違いない。よく工事現場にあるようなベージュの四角い箱だ。しかし、エアコンや机、そしてリクライニングのチェアが用意されているあたりで、完全に寛げる部屋と化していた。しかも屋上の出入り口から屋根が続いていて、雨の日でも濡れない心配りがされている。喫煙者にとっては至れり尽くせりのプレハブだ。

 

「確か私物の持ち込みもオッケー、とか言っていたから…コーヒーメーカーでも家から持ってこようかな。あと他の煙草も」

 

 例えば桃山なんかは常備しておきたいジャグの一つ。昭和9年に発売されたそれは、日本の最初の国産パイプ煙草。漫画家の藤子・F・不二雄先生が好んで吸っていた、という伝記も残る素晴らしいものだ。今ではデンマーク製になってしまっているけれど、甘い香りは当時のままだとか。

 

「コーヒーはそうだな。グアテマラ産のステイゴールドあたりの豆を深入りで常備しておきたい所だなぁ」

 

 チョコレートのような甘味と、どこかシトラスを感じさせる香りのコーヒーが、甘いジャグとよく合う。とはいっても他の珈琲もまた捨てがたい。たとえばブラジルのキャラメラード。中煎りぐらいで焙煎を止めておくと、柔らかな蜂蜜のような優しい香りが漂いながらも、キャラメルのような甘味とコクを讃えている。

 

「妄想が捗るね。とはいっても…」

 

 他に煙草を嗜むウマ娘が居ないというのが悩みか。ああ、でも、ルドルフはコーヒーが好きだったはず。煙草は吸わないにしても、彼女用に色々とコーヒーを揃えるのもまた一興だろうね。

 

「熱っ」

 

 いろいろ考えていたら、思いのほか燻らせすぎていたらしい。パイプを包む手に、明らかな高温が伝わって来る。

 

「火が消えたら、また着ければいい」

 

 どこかで見たパイプタバコを吸う際の気の持ちようをつぶやきながら、コーンパイプを一度机に置いてやる。ふと、窓の外を見れば、気持ちの良い青空と、練習コースを走るウマ娘達の姿が、どこか輝いて見えていた。


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