私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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歌と踊りと撮影と

「Make debut!。決定稿。センター振り付けデモ映像」

 

 多数のカメラと、スピーカー、そしてライトに照らされたステージ。プリウスの中で聞いた音源を頭の中でリフレインさせながら、その時を待つ。

 

「演者、ミスターシービー。音源、URAデモテープ決定稿A。準備をお願いします」

 

 その言葉を聞きながら、目を閉じて、胸の前に両手をやり、組んで、ポーズと表情を作る。そして軽く頷けば、監督や、スタッフらも軽く頷いた。

 

「それでは音楽まで、3、2、1」

 

 カウントと共に、頭の中でスイッチが入る。ほほ笑みを浮かべて、一歩前に踏み出した。

 

 

『響けファンファーレ 届けゴールまで 輝く未来を君と見たいから』

 

 出来上がった映像を見て、うん、まぁまぁいいんじゃないのー?と頷いていた。たづなさんやルドルフの特訓の甲斐はあったと言えるだろう。実際、考えてみれば楽曲については男の時には既に覚えていたものだし、それにこの体は運動神経が良い。教えてもらえば、なんとかなるというのが道理ではあるだろう。

 

「お疲れ様です。ミスターシービーさん、タオルと飲み物です」

「ありがと。どうだった?私の踊りと歌は」

 

 差し入れをくれたスタッフの感触を聞いてみる。私の出来た!という予感が間違ってなければいいのだけど。

 

「最高でしたよ!『いつでも近くにあるから』と歌う所の耳の動きとか、あとは手のスナップとか、見ててものすごくよかったですよ」

「そう?ちょっとアドリブいれてみたんだけど、良かった?」

「はい!監督も採用!って叫んでましたからね。あと落ちサビもですね。あの切なそうな表情と手の動きは流石です」

「あははは。ありがとう」

 

 実の所、決定稿と呼ばれたダンスの振り付けは、私の知るメイクデビューとは少し違う物だった。耳の動きとか、表情とか。メイクデビューだから基本は笑顔で、なんていう文言も書かれていたぐらいだ。ただ、実際、メイクデビューと言えば酸いも甘いも知る大切なレースである。ならばと、直前に色々やり取りした甲斐があったというものだ。

 

「じゃあ、撮り直しは無さそう?」

「いえ、実は何か所か撮り直しと言うか、アップが欲しいとのことで」

「アップ?」

 

 疑問を浮かべれば、スタッフは判りやすいように説明をしてくれた。

 

「ええ、今回の映像は教材にもなりますから、手の動き、ステップ、あと表情の抜きを別個で見れるようにという感じですね」

 

 なるほど、教材としてか。まぁ、体力的には一切問題は無い。多少汗をかいてしまっているけれど、練習よりは全然軽いというものだ。

 

「ああ、なるほどねー。判ったよー。動きは今回と一緒で大丈夫?」

「はい!それでお願いします。準備が出来ましたら、またお声がけしますので、それまで休憩していてください!」

「わかったよー」

 

 手をひらひらとさせれば、スタッフは私の元から去っていった。手渡されたタオルで汗を拭きながらドリンクを流し込めば、火照った体には丁度いい水分補給だ。

 

「お疲れ様です。シービーさん。本当にダンスが上手になられましたね」

「お疲れ様、たづなさん。いやいや、たづなさんのお陰だよ。判りやすく教えてもらったもの。恥をかかずに済んだよ」

 

 入れ替わるようにやってきたのは、学園の出来る秘書、緑のたづなさんである。

 

「恥をかく、なんてとんでもないダンスでしたよ。可愛さが前面に押し出た、素晴らしいダンスでした」

「あはは、ありがとう。そう言って貰えると有難いよ」

 

 可愛さが前面に押し出た、と来たか。まぁ、確かに思い浮かべていたのはまさにゲーム中のメイクデビューのPVそのものだ。スペちゃん、テイオー、スズカが並ぶアレを思い浮かべながら踊ったわけなので、そりゃあ可愛くなけりゃ嘘だろう。…とはいえ、ミスターシービーとしてはもう少しカッコいい方がよかったんじゃないか?という気がしないでもない。

 

「で、たづなさん。どうかな。私はなんとかやっていけそう?」

 

 不安な点を聞いておこうと、他人には聞こえないように小さく、そう尋ねてみればたづなさんは笑顔を見せて頷いてくれた。

 

「はい。今日のご様子なら、自信をもって送り出せます」

「そっか、よかったよかった」

 

 太鼓判も貰った所で、ふうと大きくため息を吐いた。というか今日は煙草もバイクも封印しているのだ。私としては真面目にやっているのだから、太鼓判ぐらいは貰わないと。などとしっかり調子に乗っておくこととしよう。

 

「ミスターシービーさん!準備整いましたー!こちらによろしくお願いします!」

「はーい。じゃ、行ってきます。たづなさん」

「はい。お気をつけて」

 

 ひらひらと手を振りながら、カメラの前で再びポーズをとった。今度はどうやら足元のアップらしい。まぁ、気負わずに、でもしっかりと役を成し遂げるとしよう。

 

 

『ミスターシービーさんお疲れ様でした!本日はこれでアップです!出来上がった映像は、いの一番でお届けいたしますので!またよろしくお願いいたしますねー!』

 

 という元気な監督とスタッフの声に見送られて私は、たづなさんと共にスタジオを後にする。結局半日ほどの缶詰で、撮った本数は10本はくだらないであろう。全身の固定カメラから、想定しうるカメラアングルの動き、手先、足先、腰回り、表情などなど、なかなかヘビーな一日であった。

 

「お疲れ様です。シービーさん。お見事でした」

「たづなさんもお疲れ様。付き合って貰って助かったよ」

 

 実際、スケジュールの管理やあいさつ回りをたづなさんに行って貰ったから今日は非常に負担が少なかった。今後もしばらくはたづなさんが秘書のように動いてくれるとかで、個人的に非常に心強い反面、本当にそこまで迷惑をかけていいのかなぁという気持ちも沸き上がる。

 

「お気になさらずに。シービーさんが一番大変でしょうから」

 

 そう言って貰えると本当に有難い。ならばと、一つ提案を彼女に投げてみる。

 

「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、学園まで車でお送りさせて頂きますよ」

「あら、よろしいんですか?」

「ええ。確か今日は電車でしたよね?帰る方向もそんなに変わりませんから」

「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 笑顔のたづなさんを私の車にエスコート。スタジオのほぼ真横の時間貸し駐車場に停めてある、私のプリウスの元へと2人で歩き、乗り込んだ。

 

「今日はバイクではないんですね?」

 

 助手席に乗ったたづなさんは、シートベルトを締めながらそう不思議がっていた。まぁ、なんというか。

 

「真面目にやるときは車と決めているんです。バイクは趣味ですから」

 

 ついでに煙草もそれだ。ここぞという時は吸わないことと決めている。判りやすく言えば暗示みたいなもので、朝からバイクと煙草は断ち切るのが男の時、キメに行くときの決意だった。そう言う意味では、今日は人生、というかウマ娘生を決める一大イベントだったわけだし、間違っては無いと思う。

 

「そうなんですね。そういえば、今日は煙草もお吸いではない、ですよね?」

「ええ。よくお気づきになられましたね?」

「車に煙草の香りがついていませんので」

 

 なるほどなるほど。香りで気づかれたか。まぁ、それはそれとして、私もシートベルトをしっかりと付けてから、ブレーキを踏んでスタートボタンをさっと押し込む。星が流れるような起動音が流れて、メインパネルが立ちあがる。

 

『ETCカードが挿入されていません』

 

 機械音の後に、オーディオに火が入る。スマホと連動させたそれから流れて来たのは、今日、私が歌って踊ったメイクデビューであった。それをBGMに駐車場から車を出す。

 

「メイクデビュー。お車でもお聞きになっていたのですか?」

「はい。ダンスのイメージと、歌い方。しっかりと頭にいれないといけませんからね」

 

 そう言いながら、大通りへと車を走らせてさっと流れに乗った。軽いモーター音と、タイヤノイズが耳に入る。ちらりとたづなさんを見れば、こちらを見ながらなぜか微笑んでいた。

 

「たづなさん?どうかされました?」

 

 思わずそう聞いてみれば、はっとした顔を見せて、苦笑をこちらに向けてきていた。

 

「いいえ。その、失礼ながら、もう少し不真面目な方かと」

「え?そんな風に見られてました?」

「記憶が無い上に、男性とお聞きしていますから、余計にそう思っていました。ですが、普段の練習もそうですが、今日のダンスといい、このお車といい。しっかりと公私を分けられる方なのだなと感じましたので」

 

 あー…まぁ、なんとなくそれは判る。煙草をすってバイクに乗って。確かに不真面目の極みといってもいいかもしれないね。でも、男の時もそうだったけれど、やる時はやるんですよ?と意味を込めて、軽く笑みを向けて置く。

 

「まぁ、男の記憶の中でも私はこうやって公私を分けていましたから。ああ、だからその、煙草を吸っているからといって不真面目ではないんですよ?」

「ふふ。判っています。それに、学園でもしっかりと場所を守って喫煙していただいているので、そこまで不真面目ではないと認識していますよ。私も、学園長も」

「それなら安心です。あー…ただ、たづなさん。一つお聞きしたいのですが」

「なんでしょうか?」

 

 喫煙者で唯一の心配といえば、これしかないだろう。

 

「煙草、苦情とか来てませんかね?」

 

 まれにあるのだ。喫煙所を設けたけれど、ルールを守っているにもかかわらず苦情が来るパターンが。特に今回は学園内なので、もし苦情が来ていた場合は身を引かねばなるまい。そう心配していたのだが、たづなさんの表情は特に変わらなかった。

 

「今のところは無いですね。ただ、時折バニラの香りがするーという声は聴きますが」

 

 なるほど、フレーバーの香りだけか。

 

「ああー…まぁ、そのぐらいなら安心です。もし、苦情が来た場合はすぐに教えてください。ちょっと考えます。―ああ、それと、この間教えていただいたスキンケアなんですけれど、すごくいいですね。肌がプルンとします」

「早速やっていただいているんですね!そうでしょう、そうでしょう。本当にシービーさんは元がいいですから。少なくとも、お教えしたものだけは続けていってくださいね?」

 

 たづなさんは前のめりでそう私に詰め寄ってきていた。少し顔も怖い。私は勢いよく頷いていた。

 

「判ってますよ。たづなさん。ああ、それと、もしよろしければ今度、眉の整え方を教えて欲しいんですけれど」

「あら、もちろん。私で良ければいくらでもお教えさせていただきますよ」

 

 笑顔でうなづくたづなさんである。うん、しかし、隣に座って、こうも近くで顔を見ると彼女も相当な美人さんである。ウマ娘…という噂もアプリとかではあったよなぁ、確定はされていなかったけれど。緑のスーツということで、本来の私であるミスターシービーの勝負服とどこか親近感を覚えながら、私はたづなさんとの短い、学園へのドライブを楽しんでいた。

 


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