「や、ルドルフ。お疲れー」
生徒会室に足を運んで見れば、そこにいたルドルフはメガネを掛けて、小難しそうな顔を浮かべていた。
「…お疲れ。シービーか。なにか用か?」
「なんにもー。差し入れのドーナツ。食べる?」
右手に持った某大手チェーンのドーナツの箱。12個入り。ポンとかシュガーとかいろいろはいっているそれを掲げてみれば、やはりルドルフも女子であるからだろうか。その鼻がピクンと動いたことを見逃さない。
「興味はありそうだねー。じゃ、こっちのソファー借りるよー」
「許可は出していないのだが…」
「硬いこと言わないの。コーヒーでいい?」
そう言うと、ルドルフは渋々と頷いていた。ふふふ、甘いものは誰でも好きなのよ。とりあえずは棚にあったインスタントのコーヒーを引っ張り出して、早速コップを出す。
「お湯はそっちの電気ポットに入っている。濃いめで頼むよ」
間髪入れずに指示が飛ぶ。なんだ、許可は出していない、とか言いながら飲んで食う気満々じゃないか。笑顔で頷いて、濃い目にコーヒーを淹れた。そのままテーブルにカップを2つおいて、ドーナツの箱を開ければ、キャラメルやチョコ、シュガーやクリームのあまーい香りが生徒会室に漂い始める。
「さ、準備できたけど食べる?」
「…ちょっと待て、この書類が終わってからだ」
「りょーかい。じゃあ、ちょっと横にならせてもらうよー」
ソファーがちょうど2人掛けなので、その肘置きに頭をおいて、軽く横になる。まぁ、コーヒーは少し冷めても問題はないさ。むしろルドルフと一緒に食べたいからね。軽くウマホで蹄鉄の情報を集めながら、のんびりと待つこと10分。人肌に冷めたコーヒーがこちらを羨ましげに睨んでいるような気がしてきたそのとき、ようやくルドルフが動いてくれた。
「…さて、では休憩を…ってシービー。キミ、はしたないぞ」
「お、終わったー?」
「ああ、いや、キミ…まぁ、みなまで言うまい。ほら、少し間を開けてくれないか?」
「んん?隣のソファーが開いているけど?」
私がそう言うと、ルドルフは不機嫌目に私の上半身をぐいっと押して隙間を作っていた。すると、その間にルドルフはするりと体を滑り込ませる。
「おお?」
「シービー。何か不安なことでもあったんだろう?ほら、膝を貸してやる」
あっという間に空いたソファーに座り、私の頭を自らの膝に乗せる早業。なんだ君は、イケメンか?
「イケメンだね。ずいぶん」
「君にだけだ。何だ、寝れないのか?それとも、学業でなにか不安でも?」
いや、まぁ、たしかに前、君に甘えて寝たこともあったけれど、今回はそういうわけでもないんだが。
「いや、本当に純粋に差し入れだよ。いつもありがとうって意味を込めて」
「…そうだったか。早とちりをしてしまったな」
「まぁ、膝枕は心地よいけどね。しばらくこのままでもいい?」
「もちろんさ」
下から見るルドフルの顔は本当にイケメンである。いやはや。眼福というやつだ。
「うん。コーヒーもこちらの言った通り濃いめで美味しい。ドーナツを頂いても?」
「どうぞどうぞ。好きなのを先に食べていいよ」
ほう、と感心しながらルドルフは指を空中で遊ばせる。ポンにいきそうになったり、シュガーにいきそうになったり、チョコで戸惑ったり。そして、覚悟を決めたように彼女が手にしたのはエンゼルなフレンチ。なるほど、いい趣味をしているね。
「これを貰おう。君は?取ってあげるよ」
「じゃあ、もちもちのプレーンのやつ」
ルドルフはその細い指で、ポンなリングを手渡してくれた。まぁ、流石に膝枕をされている状態でコーヒーを飲むわけにはいかない。ドーナツを口に運べば、もちっと甘い優しい感じ。うん。やっぱりドーナツは美味しいねぇと目をつむる。
「君は美味しそうに食べるな」
「だって美味しいもの。…ルドルフだってすごく美味しそうな顔をしているよ?」
「…そうか?」
見上げたルドルフの顔を見てみれば、そこにあったのは優しい微笑み。なんだろうな。ゲーム中のキリっとした彼女のイメージから少し遠い、甘いものを美味しそうに食べる彼女の表情は、どこか、魅力的に見える。そんな彼女はコーヒーを一口飲むと、ふうとため息を付いていた。
「助かったよシービー。少々根をつめていてね。甘いものがこれほど美味しいとは思わなかった」
「そう?それならよかったよ。忙しいの?」
「ああ。そろそろデビューするウマ娘達も多いし、入学するウマ娘達の選別もしなければならない。更に、あまり面白い話ではないが去る者も選ばねばならないからね」
生徒会長とはなかなか大変なようだ。そういえば、シングレだとオグリのスカウトとかもやってたし、ダービーへの直談判とかもしていたものなぁ。
「うわぁ。そりゃあ重責だね」
思わずそう声が出てしまう。すると、彼女はにやりと悪そうな笑みを浮かべていた。
「よければ手伝うかい?君だったら、いい選別眼を持っていそうなのだけれど」
「いや、遠慮しとく。大変そうだもの」
「そう言うと思ったよ」
ふふ、と苦笑を浮かべたルドルフは、あっという間にドーナツを食らい付くしてしまっていた。実はなかなかお腹も減っていたんだろうなぁ。ということで、私の食べていたポンなリングを彼女の口元にやってやる。
「ん?」
疑問を浮かべたルドルフ。ま、そりゃあ他のドーナツもまだあるしね。
「足りないでしょ?それに、このモッチモチのやつ一つしか買ってなかったんだ。美味しいものはおすそ分けってね」
オールドとか、フレンチとか、イーストとか、そういうものは買っていたんだけれど、このモッチモチのやつはこれしかない。そう伝えれば、彼女は私の手渡したドーナツを受け取ってくれていた。
「…うん。もちもちしていて美味しいな」
「でしょう?私のお気に入り」
「…でも、少し苦いかな」
苦い?むむ。私が食べていたときは甘いばかりだったはずなのだけれどね?と、表情に出ていたのだろう。ルドルフは苦笑を浮かべていた。
「何。少々苦くて、バニラの香りがするというだけだよ」
ああ、そういう。
「こりゃ失礼」
「別に、嫌いなわけではないさ。さて、じゃあ君は次、何を食べる?」
「じゃあ…」
そうやってのんびりと過ごす一時。ルドルフの体温と、ドーナツの甘さ。これはまさに、心休まるひとときと言えるだろう。
■
ドーナツを食らった後、私とルドルフは改めてテーブルを挟んでコーヒーを煽っていた。流石にあのままというわけにもいかない。小っ恥ずかしいからねー。
「それで、接着剤の蹄鉄の話だが」
おお?その話が出るか。
「なにか進展でもあったの?」
「ああ。学園長に進言したところ、試験的にリハビリを行うウマ娘たちの蹄鉄に使用することになった。まぁ、強度がないからしばらくは筋トレやら柔軟トレーニングまでの使用に抑えるつもり、とのことだ」
なるほどね。でも、たしかにあの蹄鉄ならば踏ん張りを効かせるときに普通の蹄鉄よりは足に負担はないであろう。
「ゆくゆくは、足が比較的弱いウマ娘達や、靴底を薄くしなければならないウマ娘たちのためにレースでも使えるようにする、とおっしゃっていたよ」
「靴底の薄い?」
靴底の厚みかぁ。どういうことだろうか?
「ああ。そうだな。私の練習靴が…ああ、これだ。それで…こっちがエアグルーヴというウマ娘の練習靴。見てみろ」
2つ手渡されたそれを見比べると、その差は一目瞭然だ。靴底の厚みがかなり違ったのだ。
「ウマ娘にとっては靴底というのは、パワーや走り方を支える大切な部分なんだ。ウマ娘によって千差万別といえるものでね。君のは、もっと薄いだろう?」
「…言われてみれば」
確かに私の練習靴の底。思い出してみれば、この2足と比べれても更に薄い。
「これがな。薄ければ薄いほど足裏の感覚がダイレクトになるんだが、薄ければ薄いほど、蹄鉄を打ってしまうと靴底がだめになるまでの時間が早くなる。更には、靴底に蹄鉄を打つわけだから、厚みは最低限確保はしなくてはいけない、というデメリットがあってな」
「あー…そういう」
なるほどねぇ。ウマ娘によって、良い靴底っていうのがあるわけだ。
「そして、そうなると、本来はもっと薄い靴底で走らなければならないウマ娘が、適性よりも厚い靴底で練習やレースに出ないといけなくなるわけだ。そうなると、合っていない靴底で無理な走りをするものだからね。どうしても、怪我や故障が多くなりやすい」
「なるほどなるほど。となると、その解決にこの接着剤が役に立つわけだね?」
合点がいった。そうか。この靴底の厚みだけでも、ウマ娘にとっては生命線になるわけだからね。
「そうだ。蹄鉄が打てないほどの薄い靴底で、自らの最大のパフォーマンスが発揮できるウマ娘にとっては、この装蹄方法は希望の光となるだろうな。というわけで、学園とURAと、そしてメーカーが一丸となって、レースにも耐えられるようなものを開発する流れになったわけだ。これも君のおかげだよ。シービー」
こちらの眼を見てそんなことを行ってくるルドルフ。よせやい、照れるじゃないか。
「あんまり大したことはしてないけどねー。気になったから持ってきただけだし。でも、それがウマ娘のためになるのなら、幸いかな」
コーヒーを煽って、軽くごまかしておく。すると、ルドルフはもう一つ、と私に提案を投げてきた。
「ふふ。そうか。それで、実は君にも協力を願いたくてね」
「私に?」
なんであろうか?と首をかしげれば、少し真面目な顔のルドルフが人差し指を立てる。
「ああ。学園としてのお願いは、接着剤方式の蹄鉄の広報をお願いしたい。まだ知名度がないからね。あとはメーカーからの要望で、普段から使ってもらってのデータが欲しいそうだ。受けてくれるか?」
なるほど、そのぐらいのことか。それならばと首を縦に振る。
「もちろんいいよ。ウマ娘の今後のためになるのなら、いくらでも受けるよ」
「ありがとう。そうだな。礼は…また何か考えるさ」
ルドルフはそう言いながら、笑顔を浮かべてコーヒーを煽っていた。