私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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なのです。


転生のはじまりは、海からなのです

 ざらりとした何かが頬に当たる。冷たい液体が体にかかかる。ざぁざぁと、煩い音で頭の中のもやが取れていくようだ。

 

 はっとして目を開ける。

 

 目の前に飛び込んできたのは、波。白波。ざあざあと寄せるそれが、体に引いて寄せてを繰り返していた。空に目をやれば星空。どうやら夜である。

 

 いい加減、波に当てられるのも嫌気がさして来たので、体を起こしてみれば、ざりっ、と音が立つ。どうやらここは砂浜のようだ。

 

 夜の砂浜に、海の波を受けながら倒れている私。無論服と体はびしょぬれである。

 

 はて、一体全体どうしてこうなったのか。確か艦これをやって、ウマ娘をやって、あとはラグナロクオンラインをやりながら寝落ちしたはずなのだが。酒は飲めないし、泥酔したという事もあるまい。

 

「どういうことだろう?」

 

 はてと疑問を言葉にしたけれど、やはり意味が解らない。というか、声も随分おかしいものだ。声変りをした男が私なのだが、どうもハスキーのような女性の声になっている。自分の体を見下げてみれば、あろうことか薄紫の制服を。しかも女性の制服を着こんでいるじゃないか。

 

「うーん?」

 

 しかも、どうやら胸がある。そして口から洩れる声は明らかに女性の物。はて、これはどういうことか。まぁ、転生物とかTSものとかも好みなのである程度頭で理解は出来るものの、こんな現実があってなるものかという理性も確かに頭の中で蔓延っている。 

 

「ま、悩んでも仕方ないね。とりあえず…家に戻ろうか?」

 

 ざっと立ち上がると、視界の端で髪の毛が揺れた。どうやら、この体はなかなかの長髪であるようだ。夢だとしても、まぁ、性転換など貴重な体験であろう。一抹の不安としては、女装した自分が記憶のないまま海でぶっ倒れている。というやばい構図になるのだが。

 

「髪の毛は…うん。ウィッグじゃないね。痛い」

 

 髪の毛を引っ張ってみれば、明らかに地毛の痛みである。…というか、海水に浸かっていた髪にしてはシルクのような触り心地だ。

 

「ひとまず、鏡を探そうか」

 

 少し混乱する頭で、海、というか海岸を見渡せば、遠くに公衆トイレらしき建物が見えた。あそこならば、鏡ぐらいあるだろう。

 

 

 なるほど美少女だね。

 

 目論見通り、公衆トイレで鏡を見つけて早速容姿を確認したわけだけど、これがまぁ顔が良い美少女だ。しかも顔が小さい事。髪の毛はひざ下ぐらいまであるくせに、多分身長は170に近い。それでいて、着ている服がどこぞの制服っぽいのだけれど、どの上からでもわかるほどのナイスプロポーションである。

 

「なんで私の体が美少女になっているのだか。夢だろうけど」

 

 そう言いながら微笑めば、これまだ鏡の中の美少女が可憐に微笑んだ。悪い感じではない。しかしなんとも不思議な事だ。

 

「容姿端麗の美少女か。髪の色は黒というか、少し茶かな。目の色が緑っていうのが少し日本人離れっぽいね」

 

 まじまじと鏡を見ながらそう分析する。―ふと、頭の上に何かがあることを私の目が捉えた。

 

「…くせっけにしては、ずいぶん大きな何かが乗っかっているね」

 

 頭の上に乗っかっている何か。それに手を伸ばしてみれば、不思議な事に、耳を触る触感が伝わって来る。

 

「?」

 

 疑問を浮かべながら本来の耳がある位置の髪をかきあげてみれば、そこには何も無かった。普通に髪の毛が生えているだけ。もしや、と思ってお尻を見てみれば、そこには一房の髪の毛らしい何かが伸びていた。

 

「…耳付きの、尻尾付きの美少女?」

 

 鏡に映る私の表情は、困惑を極めている。夢にしても、なかなかニッチな状況であろう。はてさて、これは一体どういうことなのかな?

 

 

 困惑を頭の中に浮かべながら、夜の道を歩く。歩くたびに、尻尾が揺れて、髪の毛が揺れて視界の端に見え隠れする。体は濡れているし、制服も張り付いている。塩の香りが鼻を突く。でも、不思議と思う。

 

「気持ちの良い夜空だね」

 

 満点の星。大きく丸い月。きらきらと月光を受けて輝く砂浜と打ち寄せる白波。夢の風景としても、非常に気持ちの良いモノだ。

 

「煙草が欲しいけれど」

 

 そう思いながら、体をまさぐる。大体、私は外出の時にはサコッシュを以って、その中に煙草を仕込んでいる。手巻き、葉巻、パイプ。いつでも楽しめるようにだ。だが、残念ながら煙草は無いようだ。その代わりに、スカートの一部に何かが入っている感触があった。

 

「なんだろ?」

 

 どうやらスカートの一部にはポケットが付いているようだ。なるほど、この構造は知らなかった。手を突っ込んで何かを引っ張り出す。すると、砂と共に四角い定期入れのようなものが、手に収まっていた。

 

「うーん?」

 

 それを掲げてみれば、どうやら、何かの身分証であるようであった。先ほど鏡に映った美少女の顔が印刷されたそれには、どこかで聞いたような名前と、生年月日、そして所属の学校名が書いてある。それをおそるおそる引き出してみれば、裏にも何かが入っていたようで、2枚のカードが地面に落ちた。

 

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園。ふぅん?」

 

 どうやら、そこがこの体の持ち主…というか今の私の所属らしい。落ちたカードを拾ってみれば、免許証と保険証のようなものであった。生年月日を見てみれば、どうやら成人は迎えているらしい。普通免許、大型自動二輪、なぜか大型とけん引免許も持っているらしい。これは私と同じ資格だ。保険証には性別女性、種族がウマ娘とある。

 

「ウマ娘…日本ウマ娘トレーニングセンター学園…」

 

 この2つが揃えば、否が応でも判ってしまう。なるほど、頭の上の耳と言い、尻の尻尾と言い、この身分証と言い、どうやら夢とは言え私はウマ娘になっているということだろうね。

 

「わけが、わからないね」

 

 両手を肩の位置まで上げて、降参のポーズをとる。ふと、ポケットの奥、ふとももに何かが当たる感触に気が付いた。

 

「ん?」

 

 手を伸ばしてポケットをまさぐってみれば、そこにあったのは、私のスマートフォン。電源は入るようで、指紋認証をしてみれば、なんと、普通に開くことが出来た。

 

「夢なのに、スマホは私のものなんだね」

 

 早速、地図を開く。とりあえずここがどこなのか。それを知らねばどうにもならない。地図が立ちあがり、今の位置を示してくれていた。

 

「逗子かぁ。遠いなぁ」

 

 まさかの逗子の海岸線に私は横たわっていたようだ。

 

「うーん…財布とかは…無いね。どうしようかな」

 

 途方に暮れた私の頭上には、相変わらず、月と星たちが輝きを讃えていた。


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