私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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トレーナー、屋上での一幕

「ミスターシービー。自由奔放であり、竹を割ったような性格。脚質は追い込み。すでに歌手・モデルとして大活躍をしているため一般人、ウマ娘からの人気は高い。実力はすでにメイクデビューのそれではない、と」

 

 飴を咥えたトレーナーがそう呟けば、目の前にいる学園長はニヤリと笑う。

 

「左様!スピカのトレーナーである君に、ぜひ彼女のことを任せたい!」

「…構いませんが、なぜ私に?チームリギルの方が彼女にとっては良いのでは?」

「何、自由を愛する彼女を任せられるのは君しかいない、と思っただけのこと!無論、無理にとは言わない。協力してくれれば有り難い!という話だ!」

 

 なるほどとトレーナーは納得の表情を浮かべていた。リギルはたしかに実力が上位であり、練習法やノウハウは間違いのないものだ。だが、自由かと言われれば決してそうではない。そういう意味では、自分以外の適任も居ないであろう。

 

「かしこまりました。とは言え、まずは話を聞いて、チームに入るかどうか、そもそもがチームに入る気があるのかどうか。すり合わせを行いたいですね」

「うむ。それで構わない。無理やり、というのは我々にとっても、彼女にとっても求めるものではないからな!」

 

 学園長は満足げに頷いていた。が、トレーナーは若干困惑の表情を浮かべるばかり。とは言え依頼は依頼である。まずは噂のウマ娘の観察からだと、彼は学園長室を後にした。

 

 

「シービーちゃん。聞いてきたわよ。あなたの話」

 

 筋トレを一緒にしていたマルゼンから、唐突にそんな話を振られていた。

 

「私の?なんだっけ」

「ほら、スカウトされない云々の話よ。前、喫煙所で話していた」

 

 ああ、と頷く。あれから数日しか経っていないのだけれど、このあたりのコミュニケーション能力の高さは流石マルゼンと言ったところだろう。

 

「それで、何か言ってた?」

「ええ。やっぱり止めてるって。記憶がないあなたにトレーナーを付けても不安になるだけでしょうからって」

 

 やっぱり。まぁ、そうじゃなければ、引く手あまただったウマ娘が、急に閑古鳥になるなんてことはないであろう。まぁ、有り難いけれどね。記憶がないのに、一緒に頑張ろう!とか言われても正直迷惑な話だ。ようやく私がウマ娘であって、ミスターシービーであると受け入れてきたというのに。これ以上の刺激はまだ待ってほしいところ。

 

「それは有り難いねー」

 

 そう言いながら、引き続き筋トレ…これはレッグカールというものを行う。正直な話、こんな筋トレもそんなにしたことなかったんだけど、体には染み付いているようで、不思議とやり方が分かるというものだ。五〇キロの重りを軽々と挙げれてしまうこの身体能力にも驚きである。

 

「そう言えばマルゼン。君はデビューしているけれどさ。トレーナーはどうやって決めたの?」

 

 片手に二〇キロのダンベルを持ち、軽々と上下させるマルゼンにそう聞いてみれば、うーん、と少し困ったような表情を浮かべていた。

 

「そうねぇ…色々あるのだけれど、『楽しそうに走るなぁと思って見入ってたんだ』っていう言葉をくれたから、かしら」

「言葉?」

「そ。他のトレーナーが『どんなレースにでも勝てる』とか、『栄光を一緒に掴もう!』とアピールしてくる…『私の速さ』だけを見ていた中で、トレーナーくんだけが『私』を見てくれていた、と言い換えてもいいかもしれないわね」

 

 なるほどなぁ…。というか、なんだろうか。

 

「君も結構ロマンチストなんだね、マルゼン」

「あら?シービーちゃんがそんなこと言っちゃう?」

 

 ウインクをしながら私にそんなことを行ってくるマルゼン。む?私はそんなにロマンチストではないと思うのだけれどね?表情に出ていたのだろうか。ふふふと、マルゼンは私を見ながらなぜか、優しげなほほえみを浮かべていた。

 

 

 喫煙所と言う、屋上に私一人のために作られた憩いの場。そこを後にして、屋上の手すりにもたれかかる。すると、目の前に広がったのはトレセン学園の広大な土地だ。

 

 眼下に広がる広大な芝とダートのコースに、少し遠くに見えるウマ娘達の寮。プールもあれば、室内練習場も完備している。ああ、あそこにはカツラギがいる。マルゼンはトレーナーとダートトレーニング中か。ルドルフは…ん?ああ、エアグルーヴとナリタブライアンとともに何かやっているね。

 

「おー、やってるやってる。精が出るね」

 

 どのコースを見ても、ウマ娘達が研鑽を積み、その実力を高めている。あるところでは、ダンスの練習をしているし、あるところではトレーナーとレクリエーションを行っている。いやはや、青春だね。

 

「やってるやってるってお前なぁ。お前もウマ娘だろう?」

 

「いやいや、私は煙草を吸ってるただの不良だよ。どこぞのトレーナーさん?」

 

 両の手を上げて、参ったの格好をしながら振り向いてみれば、そこに立っていたのは一人のトレーナーであった。黄色のシャツに黒っぽいベスト。口に咥えているのはタバコじゃなくて、多分飴かな?私の男としての記憶の中で、一人だけそれに合致するトレーナーがいる。間違いなければ、彼なのであろうか。

 

「それで、どこぞのトレーナーさんは、こんな私に何の用?」

 

 ここは煙草の香りで、一部のウマ娘を除いて、基本的にウマ娘は寄りつきゃしない。トレーナーも、ウマ娘が居なければ寄りつきゃしない。ここに来るのは煙草好きか、相当な変わりもの好きしか居ないだろう。私の言葉に、どこぞのトレーナーは頭をぽりぽりと掻いていた。

 

「毎日毎日、屋上からこっちを覗いている奴がいたら気にもなるだろう」

 

「へぇ。変わりもの好きもいるんだね。じゃあ、立ち話もなんだしさ。トレーナーもどうかな?一服」

 

 制服のポケットへと手を伸ばして、新品のコーンパイプとジャグを、小さく掲げて見せた。

 

「…まぁ、そうだな。久しぶりに吸うのもいいだろう。貰っていいか?」

「話がわかるトレーナーだね。いいよ。ついでにコーヒーもどうかな?」

 

 頷くトレーナーを後目に、喫煙所へと歩みを進める。しかし、このタイミングでトレーナーがここに来るとはね。さてさて。どんな話をされるのだか。

 


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