私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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トレーナーとは

「ふーん?学園長命令で私に?」

「ああ」

 

 珈琲を淹れながらタバコを吹かしていれば、そんなことを話されていた。どうも学園長の命令で私をスカウトしてくれないか、と依頼されたとのことだ。

 

「でもさー、そういうのって普通本人には隠さない?」

「俺はそういうの苦手なんだ。それに隠しても結局バレるだろう?碌なことにはならないさ」

「なるほどね」

 

 そういうスタンスのトレーナーらしい。うん。アニメの中で見たことのある彼とどこかよく似ている。となるとだよ。彼がいるとなるとこのウマ娘の世界はアニメ?いやいや、でも、マルゼンは『トレーナーくん』と言っていたし…アプリの世界?それとも、なんだかわからない世界なのか。

 

「…うーん?」

 

 …ま、考えてもわかんないかー!と加熱しかけた思考を放棄する。そうだよ、結局ここがアプリでもゲームでも、私は私だもの。

 

「それでトレーナー、君のことはなんて呼べば?」

「好きに呼んでくれて構わないさ。俺の名前はこれだけど」

 

 胸にあったプレートを指さした彼。うーん…西崎、と書いてあるけれど、まぁ、そうだな。アニメを見ていた記憶があるからして。

 

「じゃあ、トレーナーと呼んでいいかな?」

「お前がそれでいいなら。ミスターシービー」

「私のこともシービーでいいよ」

 

 そう言いながら、珈琲を彼の前に差し出した。今日はいつものステイゴールド。香り高い安心感のある味だ。ジャグは今日はスウィートバニラ・ハニーデュー。ダヴィンチに比べると葉の刻み方が細かくて、火持ちしやすく、そして甘い味が特徴である。

 

「いい香りの煙草だな。珈琲も旨い」

「お褒めに預かり恐悦至極。トレーナーも判ってるね」

 

 正直パイプというのは香りが強く、好みが分かれる趣味である。しかもそれに加えてだ、酸味、香りが普通の味ではない珈琲。この趣味を判ってくれるのはなかなかいいセンスだ。

 

「っていうかトレーナー。君、パイプの吸い方も知っているんだね?」

 

 手付きを見れは良く分かる。紙巻きを吸っている人は吸いすぎるし、吸ったことのない人も同じようにすいすぎる。しかし、目の前のトレーナーは吹き戻しを繰り返しながら、ゆらりと燻らせている。こいつぁ、相当な手練だ。

 

「ここに来る前はよく吸っていたからな。ウマ娘に不評だ、ってんで辞めたんだ。まさかウマ娘と共にこれをやれるとは思ってもいなかったよ」

「そう?ああ。でも、たしかに私以外、パイプを吸っているウマ娘なんていないからねぇ」

 

 思い返してみれば、私が私になったことに気づいてからこのかた、私以外に煙草をすっているウマ娘なんていない。トレーナーですらである。パイプを置いて、珈琲を口に含む。チョコレートのような甘みと、シトラスの香りが頭をクリアにしてくれる。

 

「それで、話は戻るけれどさ。私をスカウトしたいっていうことだけど」

 

 私がそう切り出せば、トレーナーも同じようにパイプを置いて、珈琲に口をつける。

 

「そうそう。学園長からお前のトレーナーになれと言われてはいる。でもまぁ、最初に言った通り俺はそういうの、嫌いなんだ」

「嫌い?」

「ああ。まずはお前の意思を尊重したい」

 

 私の意思ときたか。

 

「ふぅん?トレーナー。一つ聞きたいんだけど、私の能力はどう思っているの?」

「最高だろうな。きっと、お前をデビューさせることが出来たトレーナーは、間違いなく勝利の栄光を一緒につかむことだろう」

 

 ほぅ?なかなかの高評価。だが、そうなると一つ解せない。

 

「高評価ありがと。でも、それなら、学園長の命令もあることだし、私のトレーナーに素直になったほうがいいんじゃない?」

 

 そうだ。トレーナーも人間である。人間というのはつまり、一般的には出世や栄光を得ることが本懐だと思うのだ。

 

「ああ。道理はそうだな」

 

 そう言いながらトレーナーは改めてパイプを吹かす。吐いた煙が空中を漂い、薄く広がった。

 

「だが俺は、何度も言うんだがそういうのが嫌い、なんだよ。お前が…ミスターシービーが一番いいと思うトレーナーと一緒に、自由に、思うがままに走って、その上で栄光をつかんでほしい。そう俺は思っている」

 

 なるほどね。…なるほどねぇ。

 

「ふふ」

「なんだよ」

 

 思わず笑みがこぼれてしまった。不可解な顔を浮かべるトレーナー。

 

「いやいや。君はなかなかどうしてロマンがあるなと思っただけだよ。トレーナー」

「そうか?」

「うん。間違いない。君はロマンで出来ているよ」

 

 なるほどな。アニメであれだけ慕われる理由も、今の言葉でわかるというものだ。自分の栄光よりも、出世よりも、欲よりも、ウマ娘のためにと動くトレーナー。そりゃあ君、名ウマ娘たちが君のもとに集うわけだよ。ふふ。嫌いじゃないね、そういうの。

 

「トレーナー。一つ提案があるんだ」

「うん?なんだ?」

「その君がトレーナーになるというのは悪い話じゃない。なんだか、自由に走らせてくれそうだしね」

 

 私がそう言うと、少し驚いた顔を浮かべていた。

 

「ただ。この場で首は縦には振れないな」

「この場では?」

 

 トレーナーは首を傾げた。そして何か勘ぐるような目でこちらを眺めながら、私の次の言葉を待っている。まぁ、そんなに訝しげにこちらを見るなって。そんなに大したことを言うわけじゃないから。

 

「確か、来週模擬レースあったよね」

「ああ。選抜レースが控えているが、それが?」

 

 足を踏み出し、トレーナーへ一歩体を寄せる。バニラの良い香りが、私の鼻を突いた。

 

「そこで私の走りを見てよ。トレーナー。君自身が、私が育てるに値するウマ娘と感じたのなら、改めて声をかけてくれると嬉しいかな」

「…判った。俺の目でお前の走りを見よう。その時は改めて声を掛けさせてもらうよ」

 

 私が軽く微笑めば、彼もまた優しくほほえみを浮かべてくれていた。

 

「さて、難しい話はここまでにしようよ。トレーナー。まだまだ煙草はあるよ。あと甘いお菓子も。トレーナーの時間の許す限りここでのんびりしていっていいからさ」

「ああ、わかったよ。シービー」

 

 お互いにパイプを口に喰み、煙をくゆらすおだやかなひと時。どうやら、私はこの世界で一歩、何かを踏み出したのかもしれない。そんな予感を感じながら、ゆるやかな、おだやかな空気を感じ取っていた。


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