私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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周りから見たミスターシービー①

 ミスターシービー。その名がURAの間で囁かれ始めたのは数年前の事。噂ではURA役員の隠し子だの、トレセン学園の重役の隠し子だのという噂があるウマ娘だ。

 

 ただ、そんな噂を流すものは、後ろ指を指される事であろう。

 

 彼女の活躍っぷりは、メディアで彼女の姿を見ない日はないということから推して知るべしだ。URA広報のCM、広告、街中の壁紙。そういったものには軒並み彼女がいる。そしてそれだけ活躍する彼女であるが、その人柄は案外ととっつきやすい印象を受ける。

 

 以前、我々も彼女に取材を申し込んだのだが、二つ返事でそれに応じてくれた。そして、我々の

 

『なぜここまでURAの広報に力をいれるのですか?』

 

 という質問に対し。

 

『面白いから。それに、レース場にひとがいっぱい来たほうが楽しいでしょ?退屈しないしさ』

 

 と、笑顔で答えてくれたことが印象に深い。事実、彼女の宣伝効果なのか、ここ数年はウマ娘のレースを見に行く人が徐々に増えているのが事実である。昨今のマルゼンスキーの活躍や、TTGなどの活躍もありながら盛り上がってきたレース業界。その波に乗って、彼女の人気はデビュー前にも関わらずスターウマ娘の一員と言っていいだろう。

 

 そして、今か今かと待たれていた彼女のデビュー。それは急を持って我々の耳に届いたことは記憶に新しいだろう。

 

『今年から走るから。応援してね』

 

 世間に公表されたのは夏真っ盛りの一日。URAの新たなウイニングライブ曲が全国放送・配信されたあの日。日本のレース業界は激震を持って彼女のデビューを知った。そして、彼女の爆弾はそれだけに留まらず。

 

『やるなら本気でやるからさ。見てて欲しいんだ。無敗の三冠ウマ娘の誕生を』

 

 そう言ってニコリと笑った彼女の笑顔。その輝きは最初こそ戸惑いや嫌悪といった声もあった。だが、夏が過ぎて秋、そして冬になったときにその声は歓喜一色に染まる。

 

『三冠宣言のミスターシービー!第四コーナーを回る!ホームストレッチに入って一気に先頭に追いついた!バイノシンオー粘る粘る粘る!しかししかし!外からシービー!外からミスターシービーだ!ホープフルステークス!ジュニア級の頂点に立ったのはミスターシービー!無敗のままG1レースを制覇しました!』

 

 歓喜の祝福を受けながら拳を天に突き上げた彼女の美しさは、筆舌に尽くしがたいものであった。そして、更にもう一つの爆弾が彼女によって投げられる。

 

『勝っちゃった。応援ありがとう。何か質問ある?』

『シービーさん!無敗の三冠という宣言でしたが、本当に目指すのですか!?』

『うん。それに、こういう話になるといつも思うことがあってさ。聞いてくれる?』

『思う、事?なんでしょう?』

『いつまでも、素敵な神様がウマ娘の頂点に立っているのってさ、退屈じゃない?』

 

 にやりと、楽しそうな笑みを浮かべてそう言い切った彼女の顔が非常に印象的であった。

 

 ―素敵な神様。彼女が言うそれはきっと、あの伝説の五冠ウマ娘の事なのだろう。彼女がこれからどのような活躍を、どのような走りをURAのレース史に刻んでいくのか。我々は、これからも彼女の動向を追っていこうと思う。

 

―URA発刊雑誌:ウマ娘ファンより抜粋

 

 

 まだ暑さが残るトレセン学園の練習場。日が登る前から一人のウマ娘がそのコースを回っている。緩急をつけながら、口から熱い息を出しながら。一段落したのか、彼女がベンチで休憩していると。

 

「カツラギエース。精が出るな」

 

 ジャージの姿のウマ娘が彼女の背中に声を駆ける。まるで美しい絵画のような彼女はシンボリルドルフ。

 

「会長さん!お疲れ様です!」

 

 声を掛けられたウマ娘、カツラギエースは後ろを振り向くと、勢いよく立ち上がってルドルフに頭を下げていた。

 

「ああ、お疲れさま。・・・この場には他の者は居ないのだから、別に『ルドルフ』と呼んでくれても構わないぞ?」

 

 ルドルフ、カツラギ、シービー、マルゼンらは仲良く、と言っては何だが一緒に練習をする仲である。流石に他人がいるところでは会長と呼んでいるのだが、この場ではラフに接して欲しいというルドルフの気持ちを感じ取ったカツラギは、

 

「はい!ルドルフさん」

 

 そう言って笑顔を彼女に向けていた。満足そうに笑顔を浮かべるルドルフ。2人はベンチに座りながら、フォームやこれからのことを軽く話し始める。

 

「カツラギの仕上がり、なかなか見事だな。トモも最初に出会ったときに比べれば相当だ」

「ありがとうございます!でも、ルドルフさんに比べるとまだまだ。練習で見せてくれる強いレース展開、憧れます」

「褒めても何も出ないぞ?」

 

 そうやって談笑をしているさなか、自然と会話はあのウマ娘へと流れていく。

 

「あ、ルドルフさんはシービーさんの宣言どう思いました?」

 

 あの宣言。全校生徒の前どころか、全国中継されている中での

 

 『無敗の三冠目指すからねー』

 

 という爆弾発言。言い方は軽かったのだが、その重さたるや豪雨の中の不良バ場以上の物がある。

 

「全く、ミスターシービーの口から飛び出た言葉は間違いなく、全ウマ娘に対しての宣戦布告だ。様々な方面から色々と連絡が来ていてね。対応する我々の身にもなってほしいものだけれどね…」

 

 ふうとため息をついたルドルフ。だが、その顔はその言葉とは全くの別物だった。

 

「あはは…お疲れ様です。でも、ルドルフさんすごく楽しそうですね?」

「ああ。彼女のようなウマ娘がレースを盛り上げてくれるのは願っても無いことだからね。それに、キミもいるし」

 

 ルドルフは流し目でカツラギを見つめた。

 

「私ですか?」

 

 少し困惑の表情を浮かべるカツラギ。ルドルフは人差し指を立てると、やわからな表情を浮かべる。

 

「うん。小耳に挟んでいるぞ?『ミスターシービーさんとはクラシックで本気で競い合うんです!』とトレーナーや同級生に豪語しているそうじゃないか」

「はい!だって、一緒に練習している仲ですし、デビューが同期ですから!シービーさんとは追いつけ追い越せの仲です!」

 

 ふんすと鼻息を荒くして、胸の前で両手をぐっと握り込む。気合十分といったところだろう。

 

「そうかそうか。じゃあ、キミも無敗の三冠を目指すのかい?」

 

 そう問いかけたルドルフであるが、カツラギエースの表情は少し硬かった。

 

「うーん…ご存知かと思うのですけれど、私は不良バ場が苦手なので…天候次第ですかねー」

 

 確かにとルドルフも頷いた。良バ場のカツラギは己やシービーとタメが張れる。だが、ダートや雨の中の不良馬場ではどうも脚がうまく動かないらしい。目下、改良中らしいが。

 

「でも、三冠は取る気合で行きます。シービーさんに負けていられないですから」

 

 そう言ってルドルフの眼を見つめ返したカツラギエース。その瞳の中に確かに燃えるものを見たルドルフは満足そうに頷く。

 

「そうかそうか。頑張ってくれよ」

「はい!…そういえば、ルドルフさんも来年にはデビューするんですか?」

「ん?ああ。まだ公言はしていないが…誰から聞いた?」

 

 訝しげにカツラギを見るルドルフ。というの、まだトレーナーも決まっていないのだ。ルドルフとしては知られるのは少々抵抗がある事案である。もし変な場所から漏れているのであれば、抗議の一つでもいれてやろうか、などと考えていた彼女の考えは、次の一言で霧散する。

 

「シービーさんからです。ルドルフとジャパンカップで走るのが今から楽しみだーって鼻歌まじりに言われましたよ」

 

 ああ…と納得して、ルドルフは少々額に手を当てた。まぁ、彼女なら悪意もなくそうするか。そりゃあそうするよな。と一人納得する。

 

「…そうか。全く、彼女らしい。ところでカツラギエース。まだ体力に余裕はあるか?」

「はい。まだまだ元気ですよ!3000ぐらいなら余裕です!」

 

 ふんすと鼻息荒く笑顔を浮かべるカツラギ。ならばとルドルフも笑顔で彼女にこう提案を投げた。

 

「じゃあ、始業まで並走をお願いできるだろうか?距離は2400で左回り。どうかな?」

「2400の左回り…?あ!ええ!もちろん良いですよ!走りましょう走りましょう!」


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