私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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夢うつつ

「夢と現の間にいるようだね」

 

 夜の街を歩けば、しんとした空気が纏わりついてきて、頭の中が妙にクリアになる気がしていた。時折走り抜ける車やバイクの音、貨物電車の音が良いアクセントにもなっている。

 

 ああ、こんな夜は静かにパイプを吹かしたいものだ。

 

 煙草は体に悪く、健康には向いていないことは十分承知している。だが、あの香りは筆舌に尽くしがたいものがある。無論、紙巻は確かに少し顔を顰めるところがあるのだが、パイプ、葉巻、煙管といったものは本当の意味でタバコの香りが楽しめて、非常に好みだ。

 

「とはいっても、パイプもジャグ(タバコの葉を刻んだ物)もない。お金もないから買えないし。どうせ夢ならあってもいいのにね」

 

 美少女のウマ娘になる夢。妙な夢を観ているものだが、それならば自分の夢なのだから、自分の好物ぐらいは持ち合わせてもいいのにと思う。

 

 

 それにしても目が覚めない。かれこれ、街中を歩くこともう3時間は経とうとしている。道路の青看板には『横浜』の文字が踊りはじめ、うっすらと太平洋の水平線が光に満ち始めている。

 

「うーん、そろそろ起きてほしいけど」

 

 そう言いつつも、歩みは止めない。何せ、朝焼け前の街並みというのも気持ちが良いからだ。そう言えば最近は仕事仕事でこういう時間が取れなかった気がするなと思い出していた。年を喰い、責任が増え、時には眠れない日々を過ごしていた私の日常。朝焼けの空気を感じることなどはここ十年は無かったであろうか。

 

「ま、いい夢をみている、ということで」

 

 この時間を楽しむことにする。いい加減に乾いた制服のスカートがひらりと揺れ、いい加減に乾いた髪の毛と尻尾も視界の端でさらりと流れていた。

 

「本当に女子になったみたいだ。うん。それにしても夢で女子になるとは、なかなか私も欲求不満だったのかな」

 

 確か、夢で性転換をするという時は、何か自分に不満があったり変わりたかったりする欲求が高いと聞いたことがある。うん。夢から醒めたら、自分の身の上を考えるのも面白いかもしれないな。

 

「それにしても、夢でスマホが使えるのも不思議なものだね」

 

 スマホで自宅へのルートを表示させることすら出来ている。夢にしてはなかなか出来た夢だ。とはいっても、まだまだ距離がある。ああ、そう言えばと思い出す。

 

「私の体はウマ娘か。しかも、おあつらえ向きに、道路にはウマ娘レーンがあるね」

 

 歩道のすぐ横。ウマ娘レーンが鎮座しているのだ。ならば、このレーンを走っていけば割と早く着くんじゃないかと思う。

 

「せっかくだしね。走ってみようか」

 

 ガードレールをぴょんと飛び越えて、ウマ娘レーンに降りたつ。軽く屈伸、伸びを行ない、体を解した。

 

「位置について、よーい、どん。なんてね」

 

 そう言って、軽くランニングのつもりで走り出す。するとどうだろう。面白いぐらいにスピードが出てしまった。おそらくは原付と同じぐらいの速度だろう。

 

「いいね。いい夢だ。じゃあ、飛ばそうかな」

 

 脚に力を入れて、少しスピードを出した。ぐっと風景が後ろに飛んでいく。耳にはごうごうと、風が後ろに去っていく音が流れて来た。横浜まで数キロの表記がどんどんとその数字を小さくしていく。

 

「いいねいいね。これなら、速く家に帰れそうだね」

 

 夢の中だけど。と内心で苦笑しながら、夜の街を飛ばしていく。気づけば、夜の街は、夜明けの街へと姿を変え始めていた。

 

 

 走ること1時間強。ついに私は、自分の家の前へとたどり着いた。府中にあるこの家は、私がローンを組んで立てたものだ。内訳としては、平屋のガレージハウスといったところである。とはいえ、鍵がないのだが、まぁ心配はいらない。この家のロックはスマートフォンと連動している。

 

「確かこのアプリで…そうそう。開錠っと」

 

 ドアの前でスマートフォンを操作すれば、ドアの鍵がガチャリと開いた。うん、こんなところまで現実と一緒とは、リアルな夢だと思う。

 

「ただいまっと」

 

 その脚でドアを潜ると、いつもの風景が私の目の前に飛び込んできていた。玄関には数種類のライダースブーツ、ジャケット、グローブ、ヘルメットが並ぶ。鍵が引っ掛かっている場所に目をやれば、なんと家の鍵もしっかりとそこにぶら下がっていた。

 

「鍵は、あるんだね」

 

 不思議な感覚を覚えながら、短い廊下を歩く。廊下には大きなサッシがはめ込まれていて、ガレージハウスと直接行き来が出来るようになっている。そこには、CB1100RSとプリウスが並んでいた。どうやら、私の家そのままが夢にも出てきているようだ。

 

「うん。やっぱり私のCBはカッコいいね」

 

 黒い車体の相棒を横目に、自らの部屋のドアを開ける。―同時に、絶句した。

 

「…誰の部屋だい?」

 

 私の部屋なのだが、私の部屋では無かったからだ。男の一人暮らしの一軒家。乱雑にモノが並び、机には煙草とノートパソコンが置かれている。だが、どうだろうか。

 

 ぶら下がっている洋服が、どう見ても女物なのだ。

 

「…ええ?」

 

 疑問しか頭に浮かばないが、それらを見て行けば、スカートにワンピースもあれば、タンクトップもあれば、下着類もある。全部、女の子の物であるということを除けば、ある意味私の部屋と相違が無い。

 

「………どういうこと?夢にしても、リアルだね」

 

 仕方なしにテレビに電源を入れた。普通であれば、女性のアナウンサーが今日のおすすめコーデや、天気予報をお伝えしてくれている時間のはずだ。が。そこに写ったのは。

 

『おはようございます。ウマ娘リポーターのトピオです。皆様、良い朝を迎えられましたでしょうか』

 

 ウマ娘であった。ただ、アナウンサーの容姿に似ているから、私の記憶をもとに、夢の中で形作られたものであろう。

 

「夢…にしては、ずいぶんと解像度が高いね」

 

 うーんと眉間に皺が寄ってしまう。ここまで私は何かに抑圧されていたのだろうか。リアルな変な夢を観ているものだ。ふと、潮の香りが気になった。

 

「ま、いいか。とりあえずシャワーを浴びて着換えよう」

 

 フリースをいつもの場所から取り出して、シャワーへと向かう。というか、フリースはいつもの位置にあるのかと小さく愚痴る。制服を洗濯機に放り込んで、シャワーの扉を開けた。

 

 

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