私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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ウマ娘たちの休日

「位置について!」

 

 右手を上げて合図を出せば、数名のウマ娘たちの腰が下がる。それを見届けると同時に、勢いよく右手をおろしながらこう、叫ぶ。

 

「よーい…どん!」

 

 ウマ娘たちは跳ねるように、次々スタートラインから飛び出していく。そのさまはまるで、引き絞られた弓が放たれた時のようであり、彼女らは鏃とも言えるだろう。

 

「やあああああああ!」

「はあああああああ!」

「シャアアアアアアア!」

 

 土煙を上げながら彼方へと消えていくウマ娘たちの背中を見送りながら、軽くパイプを銜え直して煙を吹かす。私の今の姿は、残心の心意気。そう思う私の前に、更にもう1団のウマ娘たちが並び始める。

 

「さー、負けないぞー」

「あははは、こっちこそ!地方だからってなめてもらっちゃ困るよ?落第寸前でしょキミ」

「なにをー!?こっから私の伝説は始まるんだよ!」

「あははごめんごめん。じゃあ、まずは私に勝ってみせな?」

「当たり前!ミスターシービーさん、スタートをよろしくお願いします!」

 

 そう言いながら私を急かす彼女ら。大井のウマ娘と、中央のウマ娘。この場には、その他にも関東各地どころか日本中から集まったウマ娘たちがいる。

 

「ふふふ、いいね君たち。でも、もうちょっと待ってね。他の子達の準備がまだだから」

「はい!」

「はーい!」

 

 準備をするウマ娘たち。宇都宮、高崎、足利、遠くは三条や中津といったところからもウマ娘たちの姿があった。

 

「えーと、君たちの名前、聞いていいかな?」

 

 並んだ彼らにそう声を掛けてみれば、皆、笑顔で自己紹介をしてくれていた。…2人だけすごくでかい体格だけど、どこから来たんだろうか?

 

「宇都宮のルーブルシルバーです」

「パスキネルクラウン。高崎からです」

「ミナガワマンナ!中央から失礼します!」

「フルイチエースです。大井から参戦よろしくお願いします!」

「足利のイズミタロウです!」

「三条からお邪魔してます。アサクラシヤドー。こっちはコウチライデンです」

「シバハヤブサといいます。こちらがマルカラナーク!中津からお邪魔してます!」

「ばんえいから失礼致します。タカラタイトルとタカラフジと申します。ジャンルは違いますが…よろしくお願いします!」

 

 なるほど…大柄な2人はばんえいか。そりゃあデカいわ。すごくトルクがありそうな足回りだ。…うーん。なんていうカオスなスタートラインだこと。そう思っていると、最後の一人が名乗りを上げる。

 

「中央。タケホープ。すでに引退した身だけれど、よろしく頼むよ」

 

 まさかの名乗り。名ウマ娘の一人と言える彼女も、足首周りをほぐしながら一列に並ぶ。いやはや、大先輩がこんな場所に来られるとは思っても居なかった。だけれど、他のウマ娘たちは気後れなんてしていない。

 

「伝説のウマ娘とご一緒出来るなんて!夢みたいです!」

「あはは。その期待を裏切らないよう、本気で走らせてもらう。さ、ミスターシービー。音頭を頼むよ?」

「無論です。それでは、位置について!」

 

 スタートライン。地面に靴で描いた、本当にみずぼらしい一本のくぼみに、彼らの前足がかかる。ここは名もなき河川敷。ゴールは、遠くに見える橋の袂。

 

 直線、2000メートル弱。ダートでもターフでもないただの土の大地。小細工なしの一本勝負。レースの世界なんて関係ない。ただただ走りたい彼らが集う、夢の大地。

 

 右手を高く掲げてみせれば、皆一様に腰を落とす。

 

「よーい!ドン!」

 

 大地が揺れる。大地が弾む。ウマ娘の歓喜が、寒空の空気を沸かせていた。

 

 

 バイクで学園に乗り付けた私は、ヘルメットを片手にトレーナー室へと脚を運んでいた。ノックを数回してドアを開けてみれば、書類の山と栄養ドリンクの空き瓶に囲まれたトレーナーがこちらを覗き込むように見つめる。

 

「お疲れ、シービー。良いリフレッシュになったか?」

 

 応接用のソファーにヘルメットをぶん投げ、その横に座りながら笑顔を浮かべてトレーナーへと言葉を返す。

 

「うん。良い休みになったよ」

 

 私が出向いていたのは、トレセン学園近郊の河川敷だ。誰でも練習できるそこはもともと私設の飛行場だったらしい。それを学園長が買い付けて2000メートル級の直線コースにしたのだとか。思い切りが良いよね。

 

「刺激も多かったしね」

 

 それにしてもばんえいのウマ娘のダッシュはやーばかった。土煙の上がり方がまさに重機。その横を華麗に抜けていく伝説の一人のタケホープさんの鋭い加速の足、負けじと追いかける若いウマ娘たち。まさに青春の一幕である。

 

「そうか。それは良かったな。それにしても、今日は車じゃなくてバイクなんだな」

「うん。遊びのときはバイクとタバコは外せないでしょ?」

 

 そう言いながらパイプを懐から出して、ひらひらと揺らして見せる。もちろん、このトレーナー室は禁煙なので、吸うことはない。

 

「なるほどな。お前のスイッチの切替方法ってやつなのか?」

「そ。真面目にやるときは車で禁煙。遊びのときはバイクで喫煙。ああ、でも勘違いしないでね?遊びだろうが本気だからさ」

「そりゃ判ってるよ。普段学園にはバイクで乗り付けているくせに、誰よりも練習している姿をこの目で見ているからな」

「しっかりと見ていてくれて恐悦至極だね。それはそうとして…その書類の山、どうしたの?」

 

 トレーナーはああ、という顔をしながら書類を一枚手にとってひらひらとさせていた。

 

「学園外からのお前への取材依頼や出演依頼の紙束だ。基本的には断っているんだが、たづなさんから目を通しておいて欲しいって言われてな」

「ふぅん?断っているのに?」

「ああ。学園の方針をトレーナーと共有したい、ということだ。お前も見るか?」

「私が見ていいやつ?」

「かまわないさ。そもそも断っている案件だし」

 

 ぺらっと渡された数枚の紙束をソファーに座りながら見てみれば、ああなるほど、断って当然の依頼ばかりだ。グラビア撮影や、体を張ったバラエティー撮影、あとは有識者との討論などなど。正直めんどくさそうな仕事の依頼ばかりである。

 

「基本、URAの広報以外は断っているってのが学園とURAの方針だ。あとはあまりにも安い依頼だな。加えて金銭以外でお前の価値を下げかねない依頼も断っている」

「金銭以外?例えば?」

「グラビア撮影、バラエティー、性産業全般に民間企業のコラボ商品とかだな。ああいうのはURA側でなんとも出来ない部分があるし、どうしても利害が絡んでめんどくさい話になるからな」

「そっか。判ったよ」

 

 紙束をトレーナーに返せば、受け取ったそれをシュレッダーに直接叩き込んでいた。うん、なるほどね。そういう扱いをして良い書類なわけだ。

 

「ああ、それはそうとして、明日からの練習だが」

「お、なになに?新しい練習でもするの?」

 

 思わずソファーから起き上がって、トレーナーの横に体をつける。と、そこにかいてあったメモには、少々顔をしかめる文言が書いてあった。

 

「プール練習…」

「ああ、スタミナと筋肉の柔軟さを維持するために基本的にはプール練習をしてもらう。ターフを走るのは最後の30分だけだ」

「プールかぁ」

 

 正直言えば、あんまり泳ぐのは得意じゃない。ちらりとトレーナーの顔を覗いてみれば、彼もそのことは判っているようで、少々苦笑いを浮かべていた。なんだい。判っているのなら避けてくれればいいのにねー。

 

「苦手なのは解るが、お前の三冠への道筋には必要な練習だ。やってくれるか?ミスターシービー」

「…そう言われちゃあ、やらざるを得ないじゃないか、トレーナー。全く。今度美味しい珈琲でも奢ってね?」

「そのぐらいならお安い御用さ」

 

 ため息を吐きながら再度、ソファーへと座り込む。うーん…プールかぁ。ビート板でバタ足がせいぜいなんだけどねぇ…。あ、いや、でもまぁ、考えようによっては男だった時から続いたカナヅチを克服するいい機会かもね。うん、気持ちを切り替えて、明日からまた頑張っていこう。


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