「はーい、シービーちゃん力を抜いてー?いち、に、いち、に」
マルゼンに手を引かれてバタ足でなんとか体を沈ませないように水中を往く。いやはや、この歳になって…こう、水泳を習うとは思わなんだ。というかマルゼンは泳げたんだねぇ…ってそりゃそうか。水着ガチャもあったぐらいだし…。羨ましい限りで。それはそうとして、そろそろ脚が辛くなってきた。
「マルゼン、ちょっと休憩させてほしいんだけど」
「あら、もう音を上げるの?シービーちゃんったら、意外と根性なしね?トレーナーちゃんも見てるわよー?」
「ぐ…判ったよマルゼン!」
ちらりとトレーナーを見てみれば、こちらをどこか呆れた眼で眺めていた。う、そんな眼で見ないでくれると助かるなぁ…。苦手なものは仕方ないじゃない?とはいっても、本当、なんとかしたいところだね。
「はい、いちにーいちにー。ちょっと顔を水につけてー、そうそう!上手よ、シービーちゃん!」
泳ぎながら水の中に顔を突っ込むとか正気の沙汰じゃない。クロールとか出来る人意味わかんない!背泳ぎなんか沈むしさぁ!なんなの一体!バタフライと平泳ぎなんて異世界の泳ぎじゃないか!ヒートアップした私の頭の中が表情に出ていたのだろうか。マルゼンが苦笑を浮かべていた。
「そんな顔しないのー。ほら、力を抜いて、お姉さんに体重を預けて。そうそう。はい、イチニー、イチニー、顔をつけてー、はい、顔を上げて息を吸ってー」
「そうは、いってもさ!」
「もう少しで足を着かずにコースを泳ぎ切れるわ。そうしたら、休憩にしましょ?」
「もう少し?本当?」
「ええ。本当。ほら、いちにー、いちにー」
ええい、ここまで来たら最後までやるしかあるまいて!沈まないようにバタ足をしながら…力を抜くっていってもついつい力入っちゃうしなぁ。ううーん…ううーん。これは、前途多難だ!
■
「お疲れ。マルゼンスキーもありがとうな。シービーの練習に付き合ってくれて」
「いいのよ。私もプール練習の予定だったし。かわいいシービーちゃんを見れたしね?」
「はは。あんまりこのシービーの姿を言いふらさないで貰えると助かるな」
「判ってるわ、シービーのトレーナーちゃん」
結局あれから2時間ほど、休憩をはさみながらみっちり水泳の練習をした私は、プールサイドに座りながらこれでもかと言わんほどの倦怠感に包まれていた。生まれたての子鹿のような脚とも言う。しばらくは立ち上がりたくないね。…精神的にちょっと…正直辛い。
「ほらシービー。いつまでそんなショボクレてるんだ。外のコースで仕上げ、行くぞ?」
「…はーい」
「ったく。泳げないのは聞いていたが、ここまでとはな。でも、飲み込みは速いんだから1週間もすりゃあ泳げるようになるだろうよ。な?マルゼンスキー」
「ええ。今日だけでも顔をつけて5メートルは一人で泳げたんですもの。シービーちゃん、才能あるわよ?」
「…そう?じゃあ、明日からも頑張る」
そう言って、私は軽く伸びをしてから立ち上がる。うん、たしかに疲れてはいるけれど、まだ走れそうだ。いやはや…不甲斐ない事この上なしだ。全く、ライブとかはすぐに適応できたのにね。ミスターシービーも水泳は苦手だったのだろうかね。精神も体も水泳が苦手ってことか、今の私は。厄介だ、厄介だ。
「もう、シービーちゃん。そんな顔しないの。ほら、笑顔笑顔」
「そうはいってもマルゼン。ここまで泳げないものだとは自分でも思っていなくてさー。落ち込むよ」
「ふふ。落ち込む、ってことは本気で取り組んだってことよ?明日からまた頑張りましょう?」
「うん」
とりあえずはジャージに着替えるためにマルゼンと一緒に更衣室へ。水着を脱いでジャージに着替えるわけなのだが、プールの水のせいだろうか、少々髪の毛が傷んでいる。私だけなら気にしないんだけど
「あら、そのままいっちゃうの?」
私に待ったをかけたのはマルゼンスキー。その片手にはシャンプーとトリートメントが握られていた。
「…やっぱりダメかな?どうせ、ほら、ターフを走った後にお風呂入るし…」
「ダメよ!全く。一瞬でも油断しちゃったら魅力が半減するわ。女の子はいつでも可愛いの。ほら、これ、貸してあげるから、しっかりと手入れしてきてね?」
手渡されたのはボディーソープ、シャンプー、トリートメントにボディクリーム。うん…私はまだ女の子としての自覚は薄いらしい。色々意識はしているんだけどねー。
「ありがと。じゃ、ちょっとシャワー浴びてくる」
「そうしなさい。汚れを落とした後、しっかりクリームとトリートメントでケアするのよ?」
マルゼンはそう言いながら、私の背中を押した。うーん。可愛いというのは、なかなか、大変なんだねぇ。男ではわからない感覚だよ。