私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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夜中のバイクと3時の出会い

 練習を終えた私は、久しぶりにバイクで首都高を流していた。C2からC1へ、時々湾岸線へ。のんびりとのんびりと。寒空の中では相棒の調子も良い。気づけば東京タワーのライトが落とされ、首都高を走る車もほとんど消え去っていた。

 

「プール…まぁ、なんとかビート板で泳げるようにはなったけど…クロールはまだ遠いなぁ…」

 

 思わず遠い目を浮かべてしまう。毎日のようにプール練習プール練習。まー…スタミナはついたけどね、間違いなく。

 

「お、駒形か。そうだな、C1に入る前に休憩しとこうか」

 

 首都高、駒形パーキングエリア。C2からC1に入る手前。首都高6号線の上りにあるそれは、小さな小さなパーキングエリア。スカイツリーが見えるということで少しばかりの穴場スポット的なところである。喫煙所、トイレ、自販機を備えていて、案外と混雑も少ない場所だ。

 

「ふぅ」

 

 軽く花を摘み、缶コーヒーを片手にパイプを燻らす。時折通り過ぎるスポーツカーやバイクのエキゾーストノーズが心地よい。

 

「それにしても…無敗三冠かぁ」

 

 言った手前本気で挑むが…うん。なかなかプレッシャーがね。弱気にもなるというものさ。ミスターシービーならば出来る。とはいえ私はそうじゃない。夜の闇のせいだろうか。どうも弱気になってしまうね。

 

「…ふー。今日は悪い方にバイクが入ったかなぁ。うーん。もう2~3周、C1走ったら家に帰るかなー」

 

 そう言いながらヘルメットを被り、相棒に火を入れた。駒形パーキングは出口の合流、加速車線が短い。体制を整えて、一気にアクセルを撚る。回転数は一気に5000を超えて、体が一気に本線へと飛び出した。この先は3つのジャンクションが連続で続く。控えめに走ろうかと思った瞬間だ。

 

「お?」

 

 後ろから来た一台のバイクにふいに追い抜かれた。ちらりと車種を確認してみれば、私と同じ空冷四気筒、1140cc、タンクの横とシートの後方にはメーカーの名前が記されていて、メッキパーツが東京の夜景に照らされてギラギラと輝いている。

 

「いいね。判ってる」

 

 ふと、あちらのライダーがこちらをチラリと覗いてきたような気がしていた。そして気づく。あのヘルメットは見覚えがありすぎる、と。

 

「…」

 

 言葉が出なかった。なにせあれは、私のものと同じステッカーカスタムのヘルメットだからだ。オリジナルのステッカー。それはミスターシービーの勝負服である黄山形一本輪をポイントで左後ろに貼り付けてあるオリジナルのもの。あんなもの、私以外につけるやつがいるものか、と。

 

 それに気づくと同時に、かのバイクからハザードが炊かれる。それはつまり、イケない勝負のお誘いだ。

 

「…夢か現か。いいよ。やろうか」

 

 私もそれにハザードで返せば、かのバイクが私の横につく。ヤツのヘルメット中はミラーシールドのお陰で察することが出来ない。だが…ヘルメットから髪の毛が少し出ている事からして、長髪であることだけは解る。と、ヤツがふいに右手を上げてくるりと一周させるジェスチャーを見せた。

 

「右回りで勝負ってわけね。いいよ」

 

 右手を上げてみれば、ヤツは左手で挨拶をするようにジェスチャーをしてから、私の後ろに着いた。先頭は譲るってか。舐められたものだ。いやまぁ、本来、私はこんなことをする性格ではないんだが…ウマ娘になってから闘争心が高まりすぎている。正直、どんな形であれレースは楽しくて仕方がない。

 

「ふふふ」

 

 スタートはきっとこの先の江戸橋ジャンクション。そこから一周。私がこのまま先に戻ってくれば私の勝ち。抜かれれば負け。シンプルだ。両国ジャンクションを過ぎる。キツイカーブの手前でブレーキを踏み、フロント荷重で車体を寝かせていく。ミラーで後ろを見ればピタリと付ける丸目のバイク。正面に視線を戻せばふと、センターの液晶に表示された時間が目に入る。

 

「3時35分か」

 

 夜明けが近い。もう一戦は無理だろう。箱崎を抜けていよいよスタート地点。ならば負けるのは気に食わない。そうさ、どうせやるなら。

 

「本気で行こうか!」

 

 ギアを落とす。エンジンが唸りを上げる。回転数は4000、一番美味しいところの手前。江戸橋ジャンクションのキツイ左カーブを抜けてC1唯一の直線へ頭を向ける。この加速で負ける訳にはいかない。同じエンジン、同じ足回りなら度胸で勝負は決まる。右手を思いっきり捻れば、体が後ろに持っていかれるような強烈なトルクと、エキゾーストノーズが相棒から伝わってくる。

 

「やっぱりぴったり背中についてくるね。全く、あのヘルメットの中身は誰なんだか!」

 

 ミスターシービーになってから、バイク仲間というのは存在していない。いや、そもそも私にバイクの仲間は居ない。一人で走る。それこそが至高のひとときなのだ。

 そう思うのもつかの間、京橋ジャンクションの近くで半地下になった道を更に加速する。そしてそこからはテクニカルなカーブと、アップダウンが続く道に入っていく。その合図が、ちょうど道の真ん中に立っている橋脚だ。『カーブ注意R90』の看板を通り抜けて一気にブレーキング。私は橋脚の左、かのバイクは橋脚の右を通る。

 

「並ばれた」

 

 橋脚の先。すぐに左のカーブになっているため、左側…カーブの内側を通った私はどうしてもスピードが落ちる。外側のヤツはスピードに乗ったまま私に横並びだ。とはいえここで抜かれるのも癪だ。体を下げて、アクセルを回す。右へ左へ、全くの横並びで橋脚部を私はまた左、そしてヤツは右を通る。ここからまた少しの直線。半地下であるからか、お互いのエキゾーストノーズが響き合い、不思議なハーモニーを生んでいた。

 

「なかなかやる、ね」

 

 高層ビル群の中を抜けながら、並走する私とヤツ。右へ左へ流れる道路。お互いに一歩も譲らぬC1の右回り。気づけば汐留トンネルへと私とヤツの車体が飛び込んでいった。唸るエンジン、タイヤがアスファルトを斬りつける音。不思議とギアチェンジのタイミングまで同じのようだ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをしながら汐留トンネルを抜けて浜崎橋ジャンクションへ一気に近づく。高架になった首都高は、大きく右に、左にと揺さぶられるコーナーが待ち構え、正面に見えるは巨大な高層ビル群だ。高揚する気分を抑えながら、右手のアクセルと体重移動でコーナーをクリアしていけば、奴はすっと後ろに下がった。浜崎橋はタイトなコーナーな上に、途中で左からの合流がある地点だ。無理に並走すれば下手すりゃ大事故。判っていやがる。

 

「同じバイクの乗り手として尊敬するね、全く」

 

 そして浜崎橋ジャンクションのカーブを抜けて一瞬の直線。右手のビル群の間から東京タワーが見える。それを見ながら左へと大きくコーナーをクリアしていけば、連続で細かいコーナーが続く。ミラーをちらりと見てみれば、ピタリと後ろに奴は着いている。どうやら先程のような横一線という無茶はしないらしい。

 

「急に大人しくなったね」

 

 そこから暫く、コーナーを抜けても、直線に出ても、奴は私の後ろにピタリと着いてきていた。なかなかいやらしい。プレッシャーが並じゃないね。

 そうやっているうちに、トンネルを過ぎて江戸城の半蔵濠の横に飛び出した。ここからはもうコーナー勝負。右に行ったと思ったら左に下りながらトンネルへ。そうかと思えばトンネルがすぐに終わり登りながらの右カーブ。ビルが眼前に出迎え、星空は見えやしない。そして更に右へ大きくカーブしていけば、エンジンの回転数も、エキゾーストノーズも最高潮へと盛り上がる。

 

「そろそろゴールか!」

 

 緑の標識を見てみれば、ジャンクションの案内が見て取れた。あと1キロもない。奴は未だに後ろにピタリだ。右車線を陣取り、ヤツの行動を封じておく。

 この先、勝負どころはジャンクションの右カーブのみだ。一番右の車線からしか入れないその道は、すぐに一車線になり、そして最初の合流地点へと入る。

 

 つまりは右車線、しかもインを閉めていれば有利。最後の左カーブを抜けて、数百メートルもない直線をアクセル全開で流せば、奴は行き場を失う。

 

 その予想の通り、羽田という地面の文字を切りながら右へと大きく車体を向ければ、奴は速度を落としながら、少し左へと車体をズラしていた。

 

 どうやら勝ったか。そう思ったのもつかの間だ。

 

「うっそだろう!?」

 

 江戸橋の一車線の右カーブ。インを着いた私の左。外からよく聞き慣れたエキゾーストノーズが一気に私に近づき、そして追い抜いていった。そして抜きざまに、左手でピースサインなんか向けてきやがった。そして、抜き返す間は無く、ヤツが先頭。私が2番目で最初の直線へと戻ってきてしまっていた。

 どうやら最後。大外に車体を振ることで速度が出るラインに車体を載せて、インを締めた事によって速度の落ちた私を、見事に大外から追い抜いていったらしい。あのカーブでよくやる。私の常識じゃああり得ない走り方だ。大した度胸と技量だなぁと感心するばかりだ。

 

 こりゃあ私の負けかと納得して、ハザードを炊けば、あちらもハザードを炊いて私の車体の横に着ける。

 

「やるなぁ」

 

 そうつぶやきながら、私は親指を立てておく。すると、ヤツは左手の人差し指でヘルメットの後方に貼ってある黄山形一本輪を指さした。そして、その人差し指を立てたまま、ヘルメットの正面にそれを持っていく。なんだろうか?そう思ってヤツの人差し指を注視してみていれば、次の瞬間。

 

 ピストルのような形を作り、軽くこちらにそれを向けた。同時にヤツのバイクが加速して、あっという間にテールランプが小さくなっていく。

 

「…」

 

 ギアを落としてクールダウンに入る。前を向けば、完全に、奴はもう居ない。モニターの時間を見てみれば、すでに4時を回っていた。やつの正体は判らない。でも、多分。

 

「またどこかで会える気がするね。キミとは」

 

 一人、そうヘルメットの中でつぶやきながら、夜のC1を走っていく。綺羅びやかに輝く東京の街並みと、そびえ立つ東京タワー。今日はその輝きがより一層強く見えたのは、気の所為ではないのだろう。

 

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