私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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ダービー直前の一幕

「ありゃ。チョーカーが切れちゃった」

 

 ダービー前の控室。勝負服をセットしていると、首のチョーカーがぷつりと切れてしまった。うーん。今から別のものを準備するというわけにもいかないのは困った所だ。

 

「トレーナー、いるー?」

「いるぞ」

 

 控室の外に待機しているであろうトレーナーに声をかけてみれば、少し心配そうな声色で答えが帰ってくる。

 

「勝負服ってどこまで変更が認められるんだっけ?」

「大きな変更がなければ問題はないが、どうした?」

「それがチョーカーが切れちゃってさー。予備が無いんだけど、そのままでいいかな?」

 

 数秒間が空く。そして、戸惑うような声と共に、一つの答えがトレーナーから示される。

 

「あー…そのぐらいなら問題ないだろう。運営には俺から連絡しておくよ」

「おねがーい」

 

 うん。問題ないなら今日はチョーカーなしで走ろうじゃあないか。確か、史実のシービーだってハミが切れたわけだしね?…って、もしかして、馬の歴史をなぞっている感じ?

 

「…その割には、私未だに無敗なんだけどねー?不思議なことだ。実に不思議だ」

 

 最後に耳飾りという名のシルクハットを右耳の前に髪留めで止める。姿勢を正して姿見の前に立ってみれば、うん。見事にコンセプトアートの私がそこに立っていた。

 

「ふふ。どこからどう見てもミスターシービーだ。それなら、本気でやらなきゃね!」

 

 踵を返して控室のドアを開ける。トレーナーと目が合った。

 

「…うん。気合は十分だな?」

「もっちろん。さ、まずはお披露目だね」

 

 肩を並べて通路を歩く。この空気感、たまらないねぇ。

 

 

 さあいよいよやってまいりました!日本ダービー!ウマ娘の王者が今日決まります!注目はやはり無敗三冠宣言、皐月賞で見事センターの栄誉に輝いたこのウマ娘!ミスターシービー!

 

 お披露目も慣れたもの!お決まりの投げキッスで会場を沸かせてくれます!そしてトウショウボーイ以来、無敗での皐月賞ウマ娘となりましたミスターシービーであります。かの名ウマ娘を果たして超えていけるのか!注目が集まります!

 

 

 パドックでのお披露目も終えて、私はトレーナーとともに地下の道を歩く。否が応でも緊張してしまう。ふと、トレーナーがぽつりと呟いた。

 

「ダービーだなぁ、ついに」

 

 ちらりとトレーナーの顔を見てみれば、どこか、緊張しているようであった。珍しいね、いつもは余裕なのに。

 

「そうだねー。緊張してる?」

 

 私がそういえば、トレーナーはいいや、と首を横に振った。

 

「無敗の三冠。あの宣言を聞いたときは度肝を抜かれたけど、ここまで来るとその先が見えてくるんだから楽しいな、シービー」

 

 ぐいっと口角を上げて魅せるトレーナー。ふふふ、釣られて私の口角も上がってしまう。

 

「うん。楽しくて仕方がないよ。これもトレーナーのお陰だね」

「俺の?」

「うん。私だけじゃ走り方の矯正とか無理だし。アドバイスをくれる相棒っていうのは素敵だね」

 

 右手をひらりとさせながら、そう彼に目配せしてみれば、どこか恥ずかしそうに頬をかいていた。

 

「そりゃどーも。ああ、今日はどうする?」

 

 そう言いながら彼は右手の人差し指と中指を立てて、口元へと持っていく。ああ、アレね。

 

「ステイゴールドにアークロイヤルを添えて。頼める?ミスター」

 

 軽くそうトレーナーに告げれば、彼はやうやうしく頭を下げて、こう私に告げる。

 

「畏まりましたお嬢様。ああ、ピースも準備しておくから、心置きなく走ってこい」

「わかってるぅ!」

 

 流石私の相棒。ミスタートレーナーだ。これで、何も憂いはないね。っと、そうだ。

 

「あ、そうだ。はいこれ」

 

 そう言って、衣装合わせの時に切れてしまったチョーカーを、トレーナーに差し出す。彼はと言えば、不思議そうな顔でそれを受け取ってくれていた。

 

「…これ、切れたチョーカーじゃないか」

 

 顔に浮かぶは困惑。ま、たしかにレース前に切れた物を渡すなんて縁起はさぞかし悪い事だろう。でも、ミスターシービーの場合はそうじゃないんだよねぇ。

 

「うん。きっと良いお守りになるから。トレーナーにあげるよ」

 

 満面の笑みでそう告げれば、トレーナーは一つため息を吐いてから、こちらに笑顔を向けてくれた。―ふと、彼の脚が止まる。地上への出口が近い。私もそれにあわせて脚を止めて、眩しい太陽の光を全身に感じていた。

 

「ありがたく貰っておくぞ。ミスターシービー!今日も楽しく走ってこい!」

「もちろん。最高に楽しんでくるよ!ミスタートレーナー!」

 

 軽く拳を交わしてから、大きく一歩を踏み出した。

 

 さあ、今日は大一番。G1、東京優駿。プレッシャーはすごいし、カツラギやモンスニーの気合はヤバいとしか言えない。でも、大丈夫さ。

 

 いくぞミスターシービー。ダービーなんてものは、アタシが末脚で撫で切ってやるともさ。

 

 

―いつでも誰かが お前のそばにいる 思い出しておくれ 素敵なその名を

 

―心が塞いで 何も見えない夜 きっときっと誰かが いつもそばにいる

 

 首都高を相棒に跨がりながら、聞こえてくるインカムのBGM。『こっち』に来てからというもの、見知らぬ曲ばかりで飽きもしない。

 

「不思議なもんだね。アタシと同じ趣味。同じ家。同じ両親に生まれてきているなんて。ま、家のローンと車とバイクのローンは余計だけどさ」

 

 ちらりとホルダーに取り付けているウマホを見てみれば、『上々颱風 いつでも誰かが』という曲名が描かれていた。

 

「さてさて、あっちのアタシは楽しくやっているのかな?ま、いいけど。それにしても、男の世界は男の世界で大変なんだねぇ。上下関係友人関係、仕事の付き合いに趣味の付き合い。ウマ娘じゃあ判らないことばっかりだ」

 

 とはいえ仕事はなかなかに楽しいものだ。ワークスのCBR1000RRR。あれに乗れるだけでもよだれが出るというもの。とはいえ…。

 

「日本人では誰もMotoのトップを獲っていないとか。ふふふ。未開の大地だね」

 

 こっちに来てわかったことだけれど、どうやら、アタシは馬として相当な歴史をこちらの世界に刻んだらしい。全く。不思議なご縁があるもので。

 

「…しかしルドルフが無敗の三冠か。お硬い、でも、上しか見ていないルドルフにはちょうどいい称号でしょ」

 

 気に入らないとすればルドルフにアタシが負け続けたこと。全く、脚が弱いなんてね。本当に、ウマ娘のアタシみたいだ。

 

「でも、RRRは頑丈だね。なんてったって世界の翼だ。さっと優勝をかっさらって、ローンぐらいは返さないと」

 

 ちらりと相棒の時計を見てみれば、時刻は3時25分。丁度駒形パーキングまでもう少しというところ。

 

「お?」

 

 駒形を通り過ぎようとしたその時。私の前に丁度一台のバイクが合流してきていた。

 

「へぇ?センスいいじゃん。判ってるねぇ?」

 

 後ろから見るその姿は私の相棒。どんな人が乗っているんだろうね。ちょっと追い抜きざまに見てみようか。 

 

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