私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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燻らす

 今日のジャグはバニラの香りでいいだろう。コーンパイプを机に置いて、ジャグの缶をその横に持ってくる。今日の銘柄はダ・ヴィンチ。イタリアの煙草で、香りと味が非常に良い。

 

「さてさて」

 

 シャワーを浴びて塩臭さは無くなり、さっぱりとした体。クリアになった頭でタバコを楽しむ。パイプタバコの作法は色々あるのだけれど、好きに吸うのが一番だ。私の場合はまず、三回にわけでジャグをパイプに詰め込む。1回目は緩く。2回目は少しキツク。3回目でちょうどカステラを押したぐらいの感触になれば好みの分量だ。

 

「良い感じ良い感じ」

 

 パイプの9割ぐらいにジャグが詰め込めれば、あとは火をつける。100円のライターを付けながら、息を吸えば、パイプの先端に火が吸い込まれるようにジャグに着火する。するともっこりと葉っぱが浮き上がるので、コンパニオンと呼ばれるパイプを楽しむための道具を取り出し、その中からダンパーと呼ばれる抑える金具でジャグを上から押し込む。

 

「うん。よし」

 

 コツはダンパーで押し込んだジャグが、パイプの8割ぐらいの所で水平面を出す感じだ。ここで火は一度消えるので、今度は全体に火が回るように丁寧にライターであぶってやる。全体が軽く赤くなれば、それで着火完了だ。あとはパイプが熱くならないよう、でも、火が消えないように燻ぶらせる。イメージは、熱いコーヒーを啜るようなイメージで、でも、時折息を吹いてやって火を維持してやる。

 

「…うん、バニラがよく薫るね。葉っぱの加湿も良い感じだ。辛くない」

 

 加湿がしっかりされていれば、甘い本来の煙草の香りが楽しめる。湿度が多すぎれば失火しやすいし、湿度がなくカラカラになってしまったジャグは、辛みが強い。ここは好みだけど、私は甘いこの香りが好きだ。

 

 

 パイプを燻らせながら、シャワーを浴びた時に見た、私の全身を思い出した。端的に言えば、やはり女性の体になっていることは間違いなかった。大きな胸、無くなった相棒。くびれた腰に、張っているふとともや尻。ナイスプロポーション、と自らほめたたえるぐらいのものを持っている。

 髪の毛も、あれだけ海水を浴びていたにも関わらずにしなやかなコシと輝きを誇っている。まるで、何もせずに美貌が維持できるような、都合の良い美少女になったようだ。

 

「それにしても、目が覚めないな。お湯の感触もリアルだったし。どうしたものか」

 

 肌を流れていくお湯の感じや、頭を洗った感じ。体を泡で流した感じや、この風呂上がりの一服。全てが現実のような感触で私の五感を刺激している。頭のどこかで、転生したんじゃないの?という有り得ない考えが浮かぶ。

 

「転生かぁ。まぁ、本当に起こったのならちょっと嬉しいね。美少女に生まれ変わる。理想っちゃあ理想だけど」

 

 その場合、はたして仕事はどうなっているのだろうか。バイクと車、そしてローンを維持する収入なんて、この体からは想像が出来ない。ああ、ただ、ウマ娘、という側面から言えば、おそらくレースで勝利すればなにがしかの収入は得られるのであろうか。あとは、美少女だからタレントとか?

 

「ま、考えても仕方がないか。夢なら夢でいいし。もし転生なら、それはそれで楽しめそうだし」

 

 諦めて、パイプを吹かす。実際、この状態で私に出来る事はあるまい。起きるのを待つか、それともこのまま状況が動くのを待つのか。ああ、そういえばと思い立ち、棚の書類をいくつか引っ張り出した。

 

「…なるほどなるほど」

 

 その書類は、この家の権利書、車、バイクの車検証だ。車検証に関しては積みっぱなしは怖いので、出かけるとき以外はこのように棚に仕舞っている。その名義を見てみたのだが、どうやら、この女性になった私の名前になっているようだ。身分証を改めて見てみれば、その名前と、所有者の名前が見事に一致している。

 

「ふぅん。夢にしては権利関係までしっかりしてるじゃないか。あ、しかも…」

 

 このガレージハウスの権利が完全に私になっていた。これは少し可笑しい。なにせ、私はローンでこの家を買ったのだ。つまりは信託会社の持ち物になっている。だが、この書類上では私の持ち家になっている。つまり、ローンが無くなっているのかもしれない。

 

「えーと…ローンの書類は確かここに…」

 

 棚を改めてまさぐってみれば、この家の支払い明細書が出て来た。どれどれと見てみれば、なんと、私はこの家を一発で購入しているらしい。

 

「ええ?いや、まぁ、ローンが無くなっているっていうのは有難いけどさ」

 

 首を傾げれば、髪の毛がさらりと視界の端で流れていた。

 

 

 煙がパイプから立ち昇り、天井へと昇る。それと同じように、私の気持ちも結構、持ち上っていた。

 

「ローンは無い。バイク、プリウスの税金も払われている。しかも貯金額が半端ない事になっているね」

 

 通帳にかかれていたのは10桁の金額。一体なんでだろうと思って明細を見てみれば、『ユーアールエー ウンエイジムキョク』というところから、多額の金額が振り込まれているらしい。まぁ、ここまでくれば私でも判る。この体、どうやらウマ娘の中でもかなりいいポジションにいるウマ娘の体らしい。というか、私と言うか。

 

「これはなかなか…どう判断すればいいのかな。ああ、そうだ」

 

 改めて棚の前に立ち、まさぐる。すると、男の時は給与明細と税金関係しかなかったはずの仕事関係の棚から出て来たのは、モデルの報酬や、歌の報酬の書類であった。加えて学費の納入書類までがそこには存在していた。すでに、学費は数年分は入れてあるらしい。

 

「ふーん…学費ね。それに、モデルに歌か」

 

 書類の多さを見るに、どうやら私はなかなか活躍しているらしい。ただ、どうやらまだレース自体には出場はしていないらしい。重要、と書かれた封筒の中に『トレーナーとの契約について』という書類があったからだ。内容はと言えば、簡単に言えば『そろそろデビューしなさい。あなたは素質がある』という、学園からの催促の書類であった。

 

「…デビューか」

 

 ウマ娘としてのデビュー。それはきっとレースに参加するということなのだろう。ただ、正直に言えば、私はウマ娘としては生きていない、というか昨日の夜にいきなり海岸で目が覚めたわけだし、全く覚えがないのだ。ま、走って帰ってきた感じからするに、多分、この体は速いのだろう。

 

「でも、なんだろうな。言われてやるのは好みじゃないね」

 

 強制されたレース。言われてデビュー。そんなのはごめんだなーとぼんやりと考えている。自由じゃないからね。そもそも、バイクとか煙草が好きなのは、時間に縛られたくないからだ。タバコはのんびり自由に燻らせたいし、バイクも自由に乗っていたい。対してプリウスは仕事用だ。だから自由じゃなくて快適さを優先させている。

 

「うーん…」

 

 とはいえ、状況は色々判ってきたけれど、どうせ夢なのだろうから、ケセラセラ。それにしても、本当に細やかに色々と出て来る夢だなと思う。書類にしたって、男としての私の欠片すらなくなっていて、女性としての事にすべてが置き換わっている。ただ、バイクや車とかの好きな持ち物に関して言えば何も変わっていない。

 

「考えても仕方がないか。うん。ああ、そうだ。どうせ夢なら、一度ウマ娘の学校に顔を出してみようかな」

 

 そう想いたち、スマホでトレセン学園の場所を調べる。どうやら、この家からそんなに遠くは無いようだ。ならば、制服を着て…って、制服は洗濯中だったか。ジャージで良いだろう。顔を出せばなにかしか、状況が進むことだろう。


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