「不満そう?あー、バレた?」
「もうちょっとセッティングを追い込んでくれてもいいかな。カリッカリに曲がって加速する感じで。ブレーキはそのまま。大丈夫、大丈夫。いまんところ晴れで状態良なんだし」
「…うん。そんな感じで。雨の時はどうするんだって?あはは、それこそ心配いらないって。私、雨は、すこぶる得意なんだ」
菊花賞に向かって日々練習を重ねる日々であるが、とはいえ、ウマ娘と言えど疲れが溜まるものであり、どうも最近は体が重い。
「今週は一旦休むか」
季節は進んで7月。じりじりと焼かれる灼熱の太陽光にやる気が削がれる中、トレーナーから出た一言は、天の助けと言う他ない。
「休み?今週?いいの?」
「ああ。暑くなって身体が追いついていないだろう?お前の顔をみれば一発で解るさ」
「む。そんなひどい顔してるかな?私」
「ひどいぞ?目の下がくぼんでいるし、気持ち猫背だ」
そう言われてしまえば、休みを謳歌するしかあるまいて。ただ、一人で休むのはちょっと嫌だ。
「判った。じゃあ、今週はのんびりするよ。あ、トレーナーはどうするの?」
「書類整理や手続き関係があるが…ま、概ね暇だ。俺も身体を休めようとは思っているよ」
「へー?あ、じゃあちょっと土日で海いかない海。バイクで」
「海?お前、もう少しで夏合宿だぞ?」
「そうじゃなくて、トレーナーとオフでいきたいんだけど、どうかな?」
笑顔でそう問いかけてみれば、トレーナーは仕方ねーなーという感じで頷いてくれていた。よしよし。
「ホテルは適当で良いでしょ?」
「ホテル?」
「そ。土日でって言ったじゃん?アタシに任せてくれたら、いいところ取るよ?」
「…じゃあ、任せていいか?」
「もちろん!じゃ、軽くとっちゃうね」
さてさて。じゃあウマホを手に持ちまして…海沿い…やっぱり料理は良いところじゃなきゃねー。あとは酒蔵が近くにあると尚良し。温泉でしょー。あと海水浴もしたいから遊泳できるところの近くでー…。
■
ということで早速の休み。トレーナーを連れての海水浴ってやつだ。バイク移動での密着も慣れたもの。ま、私が男の記憶持ちってのが大きいかもしれないけれどね。
「男の俺と2人で出かけて大丈夫なのか?」
「トレーナーなら別に何があっても。むしろ、責任とってくれるんでしょ?」
「…その信頼は嬉しいけどな」
カラカラと笑ってみれば、呆れ顔で返されたのは記憶にあたらしい所だ。このぐらいドライだとやりやすくて非常に良いね。バイクは県営駐車場に止めて、さっと着替えて来てみれば、そこにいたのは水着姿のトレーナーである。
「それにしてもトレーナー、結構いいカラダしているね?」
水着姿の彼は、腹筋胸筋と鍛えられて、見事なアスリートのような身体をしていた。
「ま、鍛えているからな。お前らウマ娘に付き合うには体力勝負ってことだ。お前も綺麗な身体をしているな。ミスターシービー」
おや、これは予想しないところからのお褒めの言葉。ま、良いプロポーションというのは自覚しているけれどね。緑のビキニスタイルで白い肌がばっちり露出。幾人かの男性の視線を受けて、結構自信がある格好だ。
「ふふ。ありがとうトレーナー。さ、早速海に入ろうよ!きっと、気持ちいいよー!」
「そうだな。…じゃあ、行くか。ああ、でも沖まで行くなよ?お前、泳ぐの苦手なんだから」
「判ってまーす。さ、行こう行こう!」
トレーナーの手を掴んで、海へと駆け出してみれば、脚にまとわりつく冷たい海水が非常に気持ちがいい。手始めにトレーナーに水を掛けてやれば、思いっきり掛けかえされた。あっという間に全身が磯の匂いで塗れる。不思議と黄色い声が自分の喉から出てしまう。こんにゃろうと、海を掛け返す。気づけばお互いに砂と海水まみれで笑っていた。
だが、海はコレが良い。
■
海でしっかり遊んだあと、海の家でのんびりと食事をとっている。トレーナーと私はお互いに成人であるから、飲むものと言えば、これだ。
「乾杯」
「かんぱーい」
黄金色のシュワシュワのやつ。キレッキレのキンキン。軽くジョッキを合わせて、ぐいーっと喉にそれを流し込めば、暑さが吹っ飛ぶような爽快さ。学園じゃ無理だ。
「くぅー。やっぱり夏はこれだな!」
「ほんっと、素敵な一杯だよねー」
ちなみにおつまみはソーセージにポテトフライ、あとは唐揚げという油、油、油!更には喫煙も出来るので、お互いにパイプを吹かしちゃっている。酒、油、煙草。身体には悪い三点セットだが、これを謳歌できるのは大人の特権であろう。
「あ、ソーセージもらうよ」
「どうぞどうぞ。店員さん。ビールもう一杯おかわりを」
「アタシもー」
2杯目の乾杯。ぐいーっとソレを飲み干して、気づけば3杯目。うん、トレーナーもなかなかヤル口だね。学園だとそんな雰囲気まったくないのに。
「よく飲むなぁ、シービー」
「トレーナーだって」
もぐもぐとソーセージを喰らいながら、トレーナーの顔を見やれば、唐揚げを頬張りながらあちらさんもビールを煽る。笑顔で。うん。いいねこのオフの感じ。
「そういやシービー。お前、どこのホテルとったんだ?」
「あー。ここから見えるあのおっきい所。オーシャンビューで部屋に露天の温泉付きだよー」
「温泉か、いいな。海で冷えた身体に染み入りそうだ」
「でしょ?夕飯も懐石でいい感じ。ふふ」
グラスに口をつけながら、ドヤ顔でトレーナーに笑いかけてみる。
「そりゃあいいな。酒…何か買っていくか?」
「ご心配なく。地酒で良いのを用意してもらっているよー」
「抜かり無いな」
そう言いながらさり気なく4杯目のビールに手を伸ばすトレーナー。キミ、さては普段、そうとう鬱憤溜まっているね?
「うん。喫煙もバルコニーならオッケー貰っているしね。2人でゆっくり楽しもうよ」
「流石だな。じゃあ、チェックインしたらどっちかの部屋に集合ってことでいいのか?」
おや、何かを勘違いしているご様子。
「え?トレーナーと私、一緒の部屋だけど?」
一蓮托生ってやつさ。と、いうのはアレだけど、別にトレーナーとなら一緒の部屋でも問題ない。むしろ安心する。
「…お前、やったな?」
頭を抱えて顔を下げたのを見て、思わず、笑いが溢れてしまった。
「あっはっはっは!大丈夫、ベッドは2つあるからさ!」
「そういう問題じゃあないんだが…」
私の笑いを見たせいか、大きくため息を付いたトレーナー。ま、これも信頼関係あってのことだけど。
「だってさー。一人じゃ寂しいじゃん。晩酌しながら、ジャグやろうよー」
「んなこったろうと思ったよ。ミスターシービー。判った判った。せっかくの休みだ、お嬢様のわがままに付き合ってやるよ」
「流石。わかってるねーミスタートレーナー。じゃ、改めて乾杯しようかー」
「おうよ」
さてさて。今日のご予定は決まった。海の家で楽しんだあとは、ホテルでのんびりと温泉に浸かり。飯を食い。トレーナーと共に夜遅くまで酒と煙草を呑む。
「ふふ。楽しみ楽しみ」
「ご機嫌でなによりだよ、ミスターシービー」
そりゃあ楽しいですから。グラスに口をつけながらも笑顔を隠さずにいると、トレーナーも柔らかく、ふっと笑みを浮かべてくれていた。
「や、佐藤さん。それに千明さん。蹄鉄、いい感じだよ。バッと加速してスッと止まれる」
「不満そう?ああー、ばれちゃった?」
「もうちょっとコーナーを全力で駆け抜けれるようにしたいんだよね。ターフを掴むっていうか。取付角度、もうちょっと追い込んで見たいんだ。あはは。大丈夫大丈夫。多少重くなっても、遅くなるような鍛え方はしてないからさ」
「…うん。そんな感じでお願いできる?え?雨だとちょっと不利になるかもって?あはは、それこそ心配いらないって。アタシ、雨は、すこぶる得意なんだ」