「ウイニングザソウル。事前リハスタートします!打ち合わせの通り、センターは1番人気のミスターシービー、2番人気カツラギエースと3番人気ビンゴカンタが左右を固めて、あとはバックダンサーでお願いします!」
スタッフが急ぎ足でこちらに指示を飛ばす姿を見ながら、ぐいーっと背中を伸ばしてステージへ上がる。全員思い思いの格好で、私なんかはジャージだけれど、中には勝負服のウマ娘の姿もあった。只今の時間は夜の9時。土曜日のステージが終わった舞台でのリハだ。本番と同じようにコースに設置されているから、観客席もよーく見える。リハとは言え気合が入るね。
「わかったよー。カツラギ、ビンゴ、よろしくねー」
「はい!」
「はーい」
センターの3人。そしてその後ろに並ぶのは18人のウマ娘。…多くない?っていっても、18頭立てフルゲートになったのは90年代からだもんなぁ。トウカイテイオーとかあの辺りだったっけ。ウマ娘的にどうなるかは判らないけれど、きっと、今後改良されていけば18人立てのレースになっていくのだろうなぁ。本当、今はいろいろな意味で黎明期と言えるのだろうね。
「ま、今はただ駆け抜けていくだけ、か」
気負いはしない。とは言っても、緊張はする。ライトが眩しいステージの中央に立ってみれば、ぞわりと鳥肌が経ってしまう。明日、私は菊花を受け取れるのかとか。マルゼンと本気でやり会えるのだろうかとか。来年、どっかの無敵の皇帝様といい勝負が出来るのだろうかとか。いろいろな思いが湧き上がる。
「緊張してます?シービーさん」
そう言いながら顔を覗き込んできたのはカツラギエースだ。年齢は違えど同期の絆というやつだろうか。気づけばビンゴカンタも心配そうにこちらを眺めていた。
「…そうだね。緊張はしてるかな」
「ミスターシービーでも緊張はするんだね?」
「そりゃそうさ。ビンゴカンタ。日本初の期待が両肩には乗ってるし、このパフォーマンスも失敗は出来ないし。驕っては居ないけれど、この世代の代表ウマ娘はアタシだって自覚もあるしね」
「贅沢なプレッシャーだね」
「ビンゴカンタは緊張してないのかい?」
私は自らが強ばる表情を感じ取りながら、彼女にそう問いかけを投げてみる。すると、ビンゴカンタは大きく頷いた。
「そりゃあ緊張しているさ。だって、私の、いや、カツラギもそうだし、ブルーダーバンやウメノシンオー、ここにいないニホンピロウイナーだってそう」
静かに彼女の言葉を聞き入れる。
「ミスターシービーと同期のウマ娘は、いつだって緊張しているよ」
「私と同期だと緊張するの?」
「そ。だって、私達も頑張らないと。ミスターシービーに追いつかないと。ミスターシービーだけが強かった、なんて評価をされたら、癪でしょう?」
…なるほどね。そういう緊張感か。カツラギを見る。そして、今の話を聞いていたであろうブルーダーバン、ウメノシンオーといったバックダンサーとして立っているウマ娘たちを見てみれば、皆、力強く頷いていた。
「シービーさんが強い世代。そう言われないように、じゃないですね。『この世代は全員強い。その中でも、一番強いのがミスターシービー』…そう言われたいんです」
カツラギが呟けば、皆一様に再度、力強く頷いていた。
「…そっか。じゃあ、アタシも、不甲斐ない走りを見せないように気合を入れないとね」
ぐぐっと背筋を伸ばして、センターポジションでマイクを握る。
「じゃ、ひとまずは今日はアタシがセンターポジションでのリハーサルだけど、明日の本番は、アタシじゃない誰かが立っていることを祈っているよ」
「そんな気全然無いくせに!」
ビンゴカンタのツッコミに、全員が軽く吹き出していた。さてさて、それじゃあ行こうか。
「スタッフさん。全員ポジションに付きました。音楽お願いします!」
マイクに向かってそう力強く叫んで見れば、スタッフが大きく腕を振った。暗転していた照明に火が入り、同時に流れ出す音楽。カツラギ、ビンゴカンタと目配せをしながらイントロの振り付けを熟して、マイクを握った。
■
一通りのリハの後、楽屋で私服に着替えて夜の街に繰り出した私とトレーナー。夜の街、と言っても、軽い夕食であるから勘違いはなされぬように。
「ウイニングザソウルのリハは完璧、京都のコースも初めて走るとは思えないぐらい、いい感じだったな」
「ありがと、トレーナー」
「それじゃ、ひとまずは乾杯といくか」
「うん」
お互いにグラスを掲げて、軽く合わせる。とは言っても今日は私は酒じゃない。濃いめの人参ジュース。トレーナーも私に合わせてソフトドリンクを飲んでくれている。グラスを空にして周囲の景観を眺めれば、目の前に広がるのは雄大な鴨川の景色だ。間髪入れずにトレーナーがグラスにジュースを注いでくれた。お返しにと、トレーナーのグラスにもジュースを注ぐ。
「それにしてもよくこの時期に、この時間に川床なんて取れたね?」
時間にしてみれば既に11時。普通の飲食店ならば閉店している時間だろうに。
「学園長のツテさ。せっかく京都に行くのなら、レースの前に英気を養って欲しい!とかでな」
「流石の学園長だね。でも、それならレースの後でもいいんじゃない?」
「俺もそう思うんだけど、学園長のススメだからな。それに明日はどうころんでも、レースの後ゆっくりなんて出来ないだろうからよ」
それもそうか。レースで勝てばお祭り騒ぎ。レースでも負けてもお祭り騒ぎ。こんなふうに、ゆっくり川床で料理を楽しむことは難しいだろう。
「に、しても。この料理は日本酒が欲しくなるねー」
目の前に並ぶのは鱧料理、鮎料理、湯葉料理などだ。試しに、鱧の梅肉和えに口をつけてみる。
「うーん。淡白で実に美味しいね」
「そうだな」
「トレーナー。別にキミはアルコール入れてもいいと思うよ?」
「そうもいくまいさ。旨い酒は、お前と一緒に味わってこそだよ」
そう言いながらトレーナーはジンジャエールを嗜む。全く、その気遣いが嬉しいね。
「そっかそっか。じゃあ、明日は余計に負けられないねー」
天麩羅もサクッと軽くて美味しい。今日は人参ジュース。明日は、そうだな。
「トレーナー。明日は月桂冠でも開けようよ。せっかくの京都だしさ」
「そりゃあいいな。じゃあ、純米大吟醸でも用意するよ」
「頼んだよ」
そう言いながら鱧の椀を啜る。京都の濃い出汁の味。明日の菊花賞も、皆にとって味わい深い物になるように。
「楽しく走って、楽しく呑もう」
ぐっと人参ジュースを飲み干して、秋空を見上げる。今日の月は上弦の一つ前。淡い光が鴨川と、京都の街並みと、私達を照らしている。