私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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菊花賞(前)

 菊花賞当日。前日の軽い夜更かしの影響はまったくなく、絶好調でお披露目を終えた私は、のんびりと、地下道の中で歩みを進めるウマ娘たちを見送っている。というのも、お披露目も終わりターフへの移動しようと思った所で、スタッフから。

 

「ミスターシービーは最後に登場をお願いします」

 

 と、要望を受けてしまっているため、ちょっとだけ待機の時間だ。せっかくなので、ついでに、トレーナーと軽い雑談なんかもしちゃっている。

 

「3000メートル、持ちそうか?」

「うん。きっと大丈夫。それに、途中、戦略は組んでいるからさ」

 

 トレーナーはやっぱり私のスタミナを心配している。トレーナーいわく、もともとミスターシービーは中距離ウマ娘らしいしね。実際、馬のミスターシービーもそうなんだっけなぁとぼんやりと思う。そして、トレーナーは、私の戦略を聞いてからは余計にスタミナを心配してくれている。

 

「心配はむしろ他のウマ娘たちだよ。驚いてくれるかな?」

 

 とはいっても、スタミナは夏の合宿からの練習で相当伸びている自覚はあるしね。むしろ、戦略が外れるほうが心配だ。

 

「お前の戦略なら間違いなく今回は出し抜けるさ。なんてったって俺でも呆気に取られたぐらいだからな」

「そりゃあ心強いね。あとは、息を入れるタイミングが肝心なんだけど…皆、乗ってくれるか本当に心配だ」

 

 きっと、私のやろうとしていることは安牌じゃない。新雪の上を行くようなもの。今までは、曲がりなりにも史実という獣道があった。だが、今回は。

 

「弱気になるんじゃない。絶対に乗ってくるさ。ミスターシービーが行けばな。特にこの菊花賞であれば」

 

 ―間違いないさ。そう、トレーナーの目が訴えてくる。うん。ここまでトレーナーが言うのであれば。

 

「そう。そうだね。ありがとう、トレーナー」

「ああ。じゃあ、俺はそろそろ観客席に移動させてもらうよ。今回も、しっかり楽しんでこい。ミスターシービー」

「もちろんさ。ミスタートレーナー」

 

 トレーナーは踵を返して観客席へと姿を消した。そうやっている間にも、私の横を何人かのウマ娘が通り過ぎていく。ふと、一人のウマ娘が、私の前で立ち止まる。

 

「今度こそ、勝ってみせます」

「はは。カツラギ。それは無理だね」

 

 そのウマ娘はカツラギエース。気合十分。日本ダービーの時よりも、きっと、仕上がっている。でも、今回はキミでも足りないだろう。

 

「今回のアタシは、ちょっとスペシャルなんだ。きっと、スタートした後に度肝を抜かれていると思うよ?」

「スペシャル…?」

「そ。スペシャル。今のカツラギじゃ、そんなアタシに着いてこれるビジョンが見えない」

 

 きっと、カツラギエースだけじゃない。ブルーダーバンも、ウメノシンオーも着いてこれないだろう。私がそう言いながら笑って見せれば、カツラギエースはこちらの目を真っ直ぐに見てくれていた。

 

「…大丈夫です、シービーさん。絶対に、着いていって、着いていって、ゴールを先に切ってみせますから」

「そっか。じゃ、楽しみにしているよ。カツラギエース」

「私もです。ミスターシービー」

 

 そう言って握手を交わした私とカツラギ。後はターフで決着を着けるだけだ。お互いにもう、目は合わせることもない。そうやってウマ娘たちの姿を見守りながら、そろそろ私の出番かなと、スタッフに聞こうと思った時、一人のウマ娘の姿が見えた。

 

「そんなところでぼうっと突っ立っちゃって。主役は遅れて登場するの?シービーちゃん」

 

 現れたのはマルゼンスキー。どうやら、わざわざ観客席からこちらに会いに来てくれたようだ。

 

「まぁね。一番、期待がかかっているのはアタシだし。歌舞伎でも真打は最後に登場するのが、道理でしょ?」

「そうね。それで、どう?調子は。勝てそう?」

 

 マルゼンはいつもの笑みだ。

 

「そうだね、…獲れれば、…良いかな」

 

 曖昧に答えて彼女の眼を見つめる。マルゼンは、にこりと微笑んでくれていた。

 

「あら、三冠を獲って私と対決したい、って言っていた割に弱気じゃない?」

「ん?そう見える?それなら、ぜひ、走りをしっかりと見ていてほしいな」

「ええ。もちのロンよ」

 

 マルゼンの言葉を聞いて頷く。そして、いよいよ、全員がターフに出たのであろう。私にスタッフからGOサインが出されていた。

 

「時間みたいだ。じゃ。マルゼン。ウィナーズサークルで」

「そうね。ウィナーズサークルで待っているわ。シービーちゃん?」

 

 笑顔を浮かべたままのマルゼンに、手を軽く振りながら、踵を返してターフへと向かう。

 

『さあ、そして最後にターフに現れたのは9番!ミスターシービー!皐月、日本ダービーと未だ無敗!無敗の三冠ウマ娘としての期待がかかります!』

 

 大きく降り注ぐ声援に右手を振って笑顔で答える。眼前に広がるのは淀の大舞台。3000メートル右回り。大きく息を吸い込んで。

 

「さあ、いっちょ、やりますか!」

 

 

「ターフに現れたウマ娘たちに、大きな声援と拍手が送られます。特に今回は大注目、ミスターシービー無敗の三冠ウマ娘になるのか。それとも、他のウマ娘が菊花賞ウマ娘の座を勝ち取るのか、非常に注目のレースとなっております。京都、3000メートル、右回り。芝の状態は良。さて、やはり我々も気になりますのはミスターシービーのレース運びでしょうか。どのような展開になるでしょうかね」

 

「そうですねー。皐月賞、日本ダービーを見るに、ミスターシービーは()()()()()()()()()()ウマ娘ですからね。皐月賞では追い込み、日本ダービーでは先行と戦略を変えてきておりますから、なんとも難しいところですが、彼女の末脚を活かすのならば中段より後ろになるのかなと思いますね」

 

「やはり菊花賞ですから、スタミナの配分と、位置取りが重要になりますか」

 

「ええ。特にこの京都レース場は淀の坂と呼ばれる高低差が最後に控えておりますから、下り切るまではスタミナを温存して、4コーナーを抜けたあたりで追い込みをかければ、あるいはと思いますね」

 

「楽しみですね。無敗の三冠ウマ娘。とはいえ、他のウマ娘たちも気合が入っておりますが、注目のウマ娘などはおられますか?」

 

「そうですねー。やはり、外せないのは皐月、日本ダービーと2着に滑り込んでいるカツラギエースでしょうか。惜しいところまでは来ておりますから、この距離が伸びた京都でそれがどう発揮されるかが楽しみです。他にもビンゴカンタ、ウメノシンオー、ブルーダーバンあたりも同じようにミスターシービーにあと一歩ということろまで迫っているウマ娘たちです。それに、今日、出場のウマ娘は全員調子が良さそうですから、ミスターシービーは油断できませんね」

 

「なるほど。やはり、どのウマ娘からも目は離せませんね。さて、スターターがスタート台へと上がりました。旗が振られますと、いよいよ、菊花賞のファンファーレです」

 

 

 ゲートインをする中で、まず、異様な空気を感じたのは、ダイゼンキングとウメノシンオー。

 

 異様な雰囲気は、大外で待つカツラギエース、最内で待つアテイスポートにすら届いていた。

 

 ちらりと、各々がミスターシービーの顔を伺えば、そこにあったのはただただ真っ直ぐにコースを睨む鋭い眼光。思わず気圧されてしまいそうなその雰囲気に、ぞくりと鳥肌が立つ。

 

 最後にゲートに収まったドウカンヤシマですらも、ぶるりと、全身を震わせた。

 

―ああ、これは、今日、ミスターシービーは本気の本気でヤル気だ―

 

 ウマ娘たちがそう感じたと同時に、観客の声援と、風の音と、アナウンスの音の中に、あり得ない雑音が一瞬だけ交じる。

 

 それはまるで、甲高いエキゾーストノーズ。それは、彼女らは知らない、12000回転を超える高性能エンジンの音。

 

 一部のウマ娘から言わせてみれば、それは領域と呼ばれる、極限まで集中力が高まった状態。だがしかし、だからといって、そんな音がするわけがないと頭を横に振ったウマ娘も居る。

 

―ミスターシービーの気合に押されてなるものか。私が今日は一番速いのだ。このために練習してきたのだから―

 

 そう意気込むウマ娘たち。多少のことでは度肝は抜かれまい。

 

 観客ですら、当然のように驚きはすまい。

 

 ミスターシービーはきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。序盤は落ち着いて、レースを走ろう。序盤は落ち着いてレースを、見よう。

 

 誰もが、そう、思っていた。

 

 ついにこの瞬間がやってまいりました。

 

 トゥインクルシリーズが始まって、三冠ウマ娘という言葉が出来て、初めての三冠ウマ娘は「セントライト」そして史上2人目の三冠ウマ娘が「シンザン」と2人のウマ娘が獲得。

 

 果たして、史上三人目、そして史上初の無敗の三冠ウマ娘が誕生するのか!いよいよ、スタートです。

 

 菊花賞のゲートが開きました。さあ21人のウマ娘の出はまずまずと言った所か。ミスターシービーはいいスタートを切れている。

 

 ハナを主張するのはアスコットエイト、続いてリード―ホーユー。

 

 リードホーユーのその後ろ、その後ろに駆け込んできたのは…ミスターシービー!?

 いや、駆け込んできただけじゃあない!そのままリードホーユーを交わしてアスコットエイトと並んで()()()()()()()()()!?

 これはミスターシービー掛かってしまったか!?おっと!?()()()()()()()()()()()()のはカツラギエース!?これは一体どういうことだ!?

 

 観客席からはどよめきが上がる菊花賞となりました!さあ各ウマ娘たちがホームストレッチに姿を表します。

 

 先頭は大方の予想を裏切ってミスターシービー、次いでカツラギエース、その後ろにアスコットエイト。未だどよめき止まぬ菊花賞。さあここから各ウマ娘、どのような戦略で、この3000メートルのレースを展開していくのでしょうか!

 

 

 マルゼンスキー。キミに対して、強い言葉で煽るのもいいだろう。マルゼン、キミにクラシックを届けると、キザになるのもいいだろう。それか、強い眼で射抜くのも良いだろう。三冠を、追い込みで獲って見せてもいいだろう。

 

「でも、それじゃあマルゼンには『弱い』」

 

 そうだ。言葉じゃマルゼンには弱い。楽しそうにしているけれど、きっとどこか、ミスターシービーは格下で、年下のウマ娘と軽く見られている。―つまり、私が、アタシが言いたいのはさ。

 

 相手を本気にさせる挑戦状の叩きつけ方って言うのは、何も、強い言葉である必要は無いってことさ。特に、未練が残る人にとってはね。




「そうだね、(キミが得意な逃げで)獲れれば、(キミへの挑戦状としては)良いかな」
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