ビバウマ娘!ミスターシービー実装を願いまして!書き初めです!
菊花賞のゲートが開くと同時に、一気に身体を前に出した。スタートは私にとってはお手の物だ。クラッチを当てるように脚に力を入れて、一気に身体を前に出すだけ。そして、そのまま今回は一気にトップスピードに体を乗せる。ハナを取るためだ。
「なっ!?ミスターシービー!?」
「うっそでしょ?掛かった!?」
「ミスターシービーが行った!?」
ほらみたことか。ウマ娘たちも、観客も驚いてる。よしよし、まず走り出しは順調といったところだ!
「いかせません!」
「お、来たねカツラギー!」
発走直前に煽ったカツラギも一緒に来て、2人で逃げの体制が出来上がる。気づけばハナを獲ってあっという間にホームストレッチに入る。普通であれば歓声が降り注ぐが、今回ばかりはどよめきが私に降りかかる。多分、マルゼンも、ルドルフも同じじゃないかな。その顔を想像すると、ちょっとおもしろい。
「お」
ちらりと見えたイエローのシャツに黒のベストの姿。トレーナーだ。目配せをしてみれば、小さく頷かれた。よしよし。トレーナーから見ても、この状況はまさに理想通りといったところだろう。
「ミスターシービー!何処まで逃げるんですか!」
「どこまでも!」
カツラギエースの叫びに、笑いかけながら答えて見せる。ここまで既に後ろとの差はざっと5バ身体以上。さあさあ、コーナーに入るまではもっと逃げるよ。ついてきな!カツラギ!
■
「菊花賞は逃げたい、か」
「そ」
喫煙所で私の戦略を聞いたトレーナーは、判りやすく、眉間にシワを寄せていた。ま、そりゃあね。末脚が強いウマ娘が逃げって、どうなのそれって思うもの。
「いや、でもお前のスタミナじゃあ持つかはわからないぞ」
ごもっとも。でも、それはそうとして成功例を私は知っているんだよ。
「うん。だからそう、途中で息を入れるつもり」
「途中で?」
途中で息を入れる。それは例えばセイウンスカイ。これで、馬のほうは菊を獲っている。ウマ娘でもその映写があるしね。それに、記憶に新しいタイトルホルダー。彼も、この戦法で菊花賞をもぎ取っているし、天皇賞の3200メートルまでも手に入れているわけで、実績は十分。問題があるとすれば、それはしばらく後の未来、ミスターシービーの数世代後のお話であるということぐらいだ。
「そう。スタートから正面スタンド過ぎてコーナーに入るまではスパートをかけるんだ」
「スパートを」
「それで、そこからペースを緩めて一息をいれるわけ」
「…確かに、それは一理あるな。ハマれば、戦略としては理想的なところだな。しかし、問題はその先だ。よしんばスタミナを維持できても、結局淀の坂で捕まる可能性が高いだろう」
そうだね、と頷く。だが、トレーナーもそうだけど、その前提条件がそもそもおかしいのだ。
「捕まるだろうね。普通に行くと。だから、淀の坂で、加速しながら行く」
「淀の坂で?」
「うん。淀の坂で速度は緩めない。むしろ、加速しながら登って、勢いのまま下る。楽しそうだって思わない?」
「楽しそうってお前なぁ…。セオリーガン無視かよ」
呆れ顔でそんな事を言ってくれるトレーナー。だけど、私の目はごまかせないよ?だって、口角、上がってるんだもの。
「じゃあ、反対する?」
ジャグの煙を吐き出しながらそう聞いてみれば、その口角の上がり方は目に見えて大きくなる。
「冗談言うな。お前のトレーナーだぞ?セオリーガン無視。面白いじゃないか。それに、お前に戦略は任せる。その言葉に二言はないさ」
「流石アタシのトレーナー。わかってるねー。はい、コーヒー、もう一杯サービス!」
「サンキュー」
そう言いながら私のコーヒーを受け取ってくれるトレーナー。うん。やっぱりトレーナーは良い人だね。
「ああ、そうだ。お前、まともなパイプは持ってないのか?」
「ん?ないよー。前も言ったけど、コーンパイプが好きなの」
「そっかそっか」
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ミスターシービーは現在ハナを主張して第一コーナーへと入っていきます。その後ろにカツラギエースがくっついて、それを追うように19人のウマ娘たちが勢いよく第一コーナーを右にカーブを取ります。
ミスターシービーは未だ先頭。ビンゴカンタ、ヤマノテスコは中段、1番のアテイスポートがシンガリ。
ミスターシービーとカツラギエースが大逃げであります。その差は3番手まで10バ身体といったところ。その2人を除いて他のウマ娘たちはほぼ固まっています。どこからでも誰であっても仕掛けられるでしょう!さあウマ娘たちが向正面に入りました。先頭は未だミスターシービー、続いてカツラギ―エース、そこからぐーんと開いてアスコットエイト、リードホーユー、ドウカンヤシマが行きました。各ウマ娘の動きが激しくなってきています!いよいよ、レースが動きます。
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「さあ、ここからが勝負どころだぞ。シービー」
向正面にシービーの姿を認めたトレーナーは、そう小さく呟いた。不安がないわけじゃない。むしろ、負けてしまう可能性のほうが高いとも、このトレーナーは思う。
「今のところは後ろは着いてこない。きっと、ミスターシービーが掛かったと思っている。対応したのはカツラギエースだけ」
そう言って、トレーナーは一つ気が付いた。なぜ、カツラギエースだけが着いていっているのか?シニア級ならまだ経験値の多いウマ娘ばかりだから解る。だが、ここはクラシックだ。
「…あいつ、教えたな?」
きっと、教えたにせよ教えなかったにせよ、何かを吹っかけたのだろう。じゃなければ、今頃一人の逃げだったはずだ。そうなると、どうだった?
「その場合、作戦がバレてミスターシービーに全員がついていく可能性もあったかもな。でも、今の2人逃げの状況であれば、実力者の2人であるカツラギとミスターシービーが逃げて潰れてくれれば…そう思っているウマ娘も多いだろうな」
その言葉を証明するように、未だ3番以下は団子だ。追いつこうとするウマ娘は居ない。これがシニア級ウマ娘なら『作戦』と見抜いて潰しにかかるウマ娘もいるだろうけれど、残念ながらまだここはクラシック級。全員、走ることに夢中で、簡単な作戦でもハマる。
「息を入れられている。作戦は、ほぼ決まりだ。あとは」
カツラギエース。彼女の実力と、ミスターシービーのガチンコの戦いになるだろう。距離が伸びたこの菊花賞。どちらが有利なのか?
「長距離の才能だけでいえばカツラギエースだろう。生まれ持ったスピードと末脚で言えばミスターシービーか」
己の担当だからといって贔屓はしない。実際、ミスターシービーに肉薄してついていっている。あの実力は本物だろう。とはいえ、それが重要かというと、ミスターシービーにとっては重要ではないだろう。そう思って、トレーナーは軽くため息を吐いた。
「楽しめ。楽しんで楽しんで。最後に先頭で戻ってこいよ。ミスターシービー」
観客のどよめきが未だに止まぬ菊花賞。その中で、熱い視線をターフに向けているうちの一人。思わず口角が上がる。たとえ三冠ならずとも、このレースは、非常に熱い結果をもたらしそうだ。
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「シービーちゃん」
マルゼンスキーの眼前。一回目のストレッチをハナで駆け抜けたミスターシービー。その姿を、マルゼンスキーはしっかりと納めていた。
「前しか見ていない。前しか見えていない」
思い出されたのは、過去の自分の姿なのか。それとも、また違う姿なのか。
「そう。逃げ。逃げるのね。シービーちゃん」
…思い出される。クラシックを走れたら。
『順位に入れなくてもいいから、走らせて』
ああ。そうだ。私はきっと、クラシックに叶うことのない恋をしている。恋をしたまま、今も走り続けている。
「羨ましい」
第一コーナーへ走り込むミスターシービーの姿を見た。それに追いすがるカツラギエースの姿を見た。きっと、私もああいうふうに走ったであろう。先頭で、気持ちよく。この菊花賞の3000メートルだって。きっと楽しく走ったことだろう。
「ああ、そう…。そういうこと?シービーちゃん」
出走前。『三冠は獲れそう?』とミスターシービーに訪ねた時。彼女は曖昧に答えていた事を思い出す。確かに、これじゃあ三冠を濁すのも判ってしまう。逃げ、なんて、勝てないという保険…と思ったけれど、そうじゃないと首を振る。だって。
「でも、それでも貴女は『三冠ウマ娘』として私の前に立ちはだかると言ってくれた」
そうだ。言い切ってくれた。『ウィナーズサークルで』という、一言の言葉の重みが判らない彼女じゃないだろう。
「シービーちゃんはなんて言ってた?」
―あら、三冠を獲って私と対決したい、って言っていた割に弱気じゃない?
―ん?そう見える?それなら、ぜひ、走りをしっかりと見ていてほしいな
『走りをしっかりと、見ていて欲しいな』
はっとして、カーブの向こうに消えるミスターシービーを見る。大逃げだ。文句なしの大逃げだ。ぶっちぎって、3位以下を引き離して向正面に入っていく。そんな彼女をみていてたら、腹の底から湧き上がってきた感情が、一つ。
「…ずるい」
ずるい。だって、クラシックで。あんなに一杯ライバルが居て。あんなに、あんなに楽しそうに走っちゃって。しかも、先頭で!私だって、私だって!
「走りたいに決まってるじゃない!シービーちゃん、ずるいわ!」
『見ていろ』なんて酷な事を!ああ、全く!本当にずるい!こんな熱いレースを見せられて、参加出来ないなんてもどかしい!全く、まったくもう!
「でも、こんなところで負けちゃ、お姉さん承知しないからね?ミスター、シービー!」
大声を上げて、ミスターシービーにエールを送る。向正面。見えるはずのない彼女の表情が、にやりと、笑ったように見えたのは気のせいじゃないだろう。