カツラギエースを引き連れて第一コーナーへ駆け込んでいけば、後ろとの差は10バ身体以上。そして、どうやら彼らは無理には追いかけてこないようだ。
「よしよし、いい感じいい感じ」
ちらりと目配せをして、カツラギと目を合わせてみれば軽く睨み返された。『どういうことなんですか!』と言いたげな感じである。ふふ。勢いでついてきたけど、理解は出来ていない。そんな顔だね。ま、もうしばらく着いてきてくれると、私的には助かるけどね。
「それにしても、先頭の景色は素敵だね。サイレンススズカ、マルゼンスキー、セイウンスカイ。彼らが逃げにハマる理由が判った気がするよ」
身体を右に傾けながら1,2コーナーを抜けていく。風を切る音、足音、自分の音が心地よく響いてくる。懐かしさすら感じる、この風切り音。
「CBRで先頭を走っているときは、こんな感じだったっけ」
ミスターシービーになる前、男の私を思い出す。数少ないポールポジションを取れたレースではこんな感じだった。風切り音。誰も前に居ない。聞こえるのは自分のエンジン音。後ろから少しづつ近づくライバルたちの音。でも、自分のエンジン音が一番大きく、誰も前に居ない。気持ちいいコースを、気持ちのいいペースで走り込む。
ああ、そうだよ。これだ。これが好きで私はレースを生きている。レースに居る理由はコレだ。
別にミスターシービーになったからといってレースで生きる理由はない。なんてったって貯金だってある。走らずに辞めても良い。
「でも、それは、詰まらない」
詰まらない。のんびり生きる人生なんて詰まらない。レースで生きれる下地があるのならば走らなくっちゃ。そして、ぴったりと後ろにつくカツラギや、後方集団で控えるブルーダーバン、ビンゴカンタ達、そして、今は別の道をいったニホンピロウイナー。彼らのようなライバルがいるのなら、なおさら。
「よっぽど、楽しく走れるじゃあないか。ああ、素敵、素敵だ!」
コーナーを抜けきって向正面。ちらりと目配せをしてみれば、まだ後方との差は縮まっていない。少しだけ脚を緩めて、息を整える。同時に、スピードを落としていないカツラギがハナを獲った。
「バテましたか!」
「かもね」
バテたか。そう言われれば確かにバテている。とは言え、これは計画されたバテ方。この直線で脚と息を回復させる。
「本当はマルゼンスキーやスズカのように、逃げる脚を持っていれば良いんだけど」
残念ながら私はそこまで逃げに特化してはいない。それに、長距離もあんまりだ。私の長距離の資質はおそらく5段階で言えば良くて2~3だろう。逃げの資質も同じだ。カツラギは今まで一緒に訓練していた中で感じるのは4~5。だが、スピードにおいては私は4~5、カツラギは3~4ぐらいであろう。
そう、何事にも得意不得意がある。『運動は誰にでもできる』という人もいるだろうが、そんなことはない。『運動は誰にでも出来ない』が正しい。逆上がりなんかはいい例だろう。出来ないものは出来ないのだ。努力をしようが、道具を使おうが、体力をつけようが、筋力をつけようが、逆上がりが出来ない人は出来ない。泳げない人も同様だし、跳び箱を飛べない人もそうだ。
だが、できる人間はいつもこういう。『努力すればできる』と。だが、それは出来ないのだ。人間は単体で空を飛べないと同じレベルで出来ないのだ。人間は酸素ボンベもなく、素潜りで水中で何日も生活できないのと同じように、出来ないのだ。
「だから、コレは逃げじゃない。2回。スタートとゴールで、追い込みを駆けるだけ」
そう。これは逃げじゃない。スタート直後に追い込みをかけて、そして、道中で休み、最後のゴールでもう一度追い込みをかけるという戦略。ガソリンとタイヤの消費を抑えるみたいなもんか。だから、今はカツラギに前に出られても我慢の時。彼女の背中を見ながら、スリップストリームを使って脚を少しでも休める。張り合って一緒のペースで走り続ければ、有利なのはカツラギなのだから。
「後ろはまだ来ない。そう。そのまま」
競い合っているように見えるのならば、来ないのならば良い。4コーナーに入る前に捕まえられなければ、私なら逃げれる。
「ふ」
息を大きく吸う。余裕は、正直あまりない。結構息は上がっている。だが、ここは大きく息を吸って、酸素を身体に叩き込まなければならない。今は貯め時。ゴールをするまで酸素が、筋肉が持てば良い。
むしろ。ゴールの後、ぶっ倒れるぐらい、全部を出し切りたい。
だって、そのほうが。
「気持ち良いよね!」
コーナーが見える。カツラギの背中が大きい。後ろからのプレッシャーをビリビリと感じる。
さあ、ここからがこのレースの分水嶺。私のレースの勘所と、アタシの追い込みの力。
ウマ娘達にどこまで通用するのか、いざ尋常に勝負といこうじゃないか!
■
向正面に入ったウマ娘たち。ハナはカツラギエースに変わりレースを引っ張って参ります。1000メートルの通過タイム…58.9秒はかなりのハイペース!これは最後までスタミナが持つのか!
改めて順位を確認していきます。ミスターシービー、カツラギエースは未だ2頭で大逃げ。その後ろ10バ身体ほど離れて集団を引っ張るのはアスコットエイト、すぐ後ろに12番ドウカンヤシマ、3番タマモコンコルド、7番リードホーユーと続く。2番がチヨノカチドキ、そしてワイドオーがいました。その外ウインディシャダイ、ビンゴカンタが行きました。14番がヤマノテスコ
、そしてマンノタロ、ワンアイドダイナ、ダイゼンキングがいます。そしてここで京都の第三コーナー、登りに入りました!後方集団のウマ娘たちのペースが上がって大逃げの2人に徐々に迫ってまいります!
おっと!ここで9番のミスターシービー、ミスターシービーがカツラギエースの外からいった!ペースをグンと上げてカツラギエースの外から行った!スタミナが持つのか!登りで行ったミスターシービー!カツラギエースも負けじと行く!さあ下りをどう行くのか!ハナを進むミスターシービー!ドウカンヤシマ、ビンゴカンタもぐっと差を詰めてきているがさあ2周目の、2周目の坂の下り、これが三冠街道かミスターシービー!
カツラギエースも負けていないが、外からビンゴカンタ、内からドウカンヤシマ!しかし、しかしミスターシービーがここで完全に先頭に立った!
ミスターシービーが左右を確かめた!ミスターシービー先頭で第四コーナーをカーブする!
どよめきがついに歓声に変わった!ミスターシービー先頭だ!さあミスターシービー!シンザン以来の三冠か!初の無敗の三冠ウマ娘か!
■
「はっ!はっ!はっ!はっ!」
息が苦しい。耳に入ってくる音は、正直怪しくなってきた。
「ちっ」
目に入る汗に、思わず舌打ちを食らわせる。ぐっと手で額の汗を拭う。やっぱり楽じゃないね。レースっていうのは。
「ふ、はっ、ふっ、はっ!」
左右を確かめる。どうやら、横に並ぶウマ娘は居ない。カツラギの表情がチラリと見えた。彼女も顔を真赤にして、汗まみれ。だが、その瞳は鋭さを持って私を睨んでいる。それは、お互い様だ。
「ぁあああ!」
「ゃああああああ!」
「こなくそぉおおお!」
内、外。後ろからプレッシャーと、声が聞こえる。足音も近づく。
「ミスターシービー!抜かす!私が一番!」
カツラギもそう叫ぶ。だが、伝わる。お互いに余裕はない。あちらも一杯。こちらも一杯。
「そうは問屋が卸さない!カツラギ!着いてこれるなら、着いてきてみな!」
「ったり前!!ゃあああああああああああ!」
脚を前に出す。スタミナなんてとうの昔に切れている。息をついたとて、3000メートルの全力勝負。後は、根性勝負!脚を回せ、脚を回せ!脚を回せ!脚を回せ!下りでついた勢いを殺すな!活かせ!そのまま!そのまま!
「はぁあああああああああああ!」
自然と声が張る。20人のウマ娘たちのプレッシャー。彼女らに飲み込まれないように。追いつかれないように!脚を回せ!回せ!回せ!残り200の標識が後ろにすっ飛んでいく。まだだ。まだ緩めるな!カツラギの音が近い、内からも、外からも音が近い。くっそ!抜かされてたまるものか!アタシが一番速いんだ!回せ!回せ!回せ!回せ!
『ミスターシービー!踏ん張れ!首を下げろ!顎を引け!!腕を思いっきり振れ!!ゴールまで、振り絞れ!行けええええええ!』
観客席から聞こえた、誰かの声。ああ、聞き慣れた、あの人の声に似ている。
『ミスターシービー!走れ!走れ!走って走って!勝ちなさい!勝ち取りなさい!』
ウィナーズサークルで待つ、誰かの声!終わったと思ったスタミナに火が灯る。更に、足に力が入る。頭の中に、あのエンジン音が木霊する。
「やああああああああああああああああ!」
首を下げて、脚を地面に叩きつける。反動で地面が揺れる!それはまるで、大地が弾むように!
■
大地が、大地が弾んでミスターシービー!ミスターシービーだ!
内からリードホーユーが来た!カツラギエースが外から来た!ビンゴカンタもその外からぐっと伸びて来ているがミスターシービーだ!逃げる逃げる逃げる逃げる!
史上に残る三冠の脚!史上に残るこれが三冠の脚だ!歓声と拍手が湧く!ミスターシービーだ!ミスターシービーだ!ミスターシービーだ!
シンザン以来の三冠!無敗の三冠ウマ娘だ!ミスターシービー!
驚いた!ものすごいレースを魅せてくれました!
常識破り!大逃げ、そして坂で魅せたミスターシービー!『
勝ち時計は3分5秒1!ホリスキーのレコードを塗り替えた!ダービーに続き、本当にとんでもないレースを魅せてくれました!
史上3人目の三冠ウマ娘!それも、史上初の無敗の三冠ウマ娘の誕生であります!
■
ターフにぶっ倒れる。息は上がりきっている。肺の音が、ゼヒュー、ゼヒューと煩い。
「はっ、は、は、はっ…」
出し切った。すべて、出し切った。どうだ、どうなった。ゴール板は駆け抜けたはずだ。誰の音も聞こえなかったはずだ。
先頭の景色は、守りきったはずだ。どうだ、どうなった。
悲鳴をあげる身体。どうにもこうにも視界がハッキリしない。目眩か、これは。耳もいまいち聞こえない。
「―?」
声がする。視線を向ける。ああ、その髪型はカツラギか?それとも、リードホーユーか、ビンゴカンタか。
「―、―」
声がする。どうやら、肩を貸されたようだ。視界が持ち上がる。脚はガクガクでまともに立てやしない。気づけば両肩にウマ娘。こりゃいい気分だ。
「―さ―。―す!―よ!」
この声はカツラギエースか。だが、うまく聞き取れない。心臓の音が、まだまだ大きい。肺もまだ、酸素を欲している。
「―は―けない―。―ビー」
逆から身体を支えてくれているのはビンゴカンタか。なんだ。どうした。どうなったんだ。
ふと、2人が同時に、指を指した。
その指を追って、首を上げる。
そこにあったのは、着順を知らせる電光掲示板。
「―あ」
てっぺんに灯る、9番の文字。嗚呼、9番か。ああ、9番か。そうか、9番か。
「シービーさん。さすがです!すごいですよ!」
「次は負けないからな。ミスターシービー」
彼女らが、再びそう声を掛けてくれる。頭が、一気にクリアになる。観客席に視線を移せば、見慣れた黄色いシャツのトレーナーが、両腕を天高く上げて、何かを叫んでいた。
ふと、ウィナーズサークルを見てみれば、彼女が、満面の笑みでこちらを見てくれていた。
ふと、あたりを見回せば、20人のウマ娘たちが、こちらを向いて、拍手を。
「はは」
やったのか?やったのか私は。やったのか?
―おめでとう、アタシ。流石だね―
頭の中で木霊する声。はっとするも、その声は幻に消える。クリアになった頭で、もう一度、電光掲示板を見る。
「…9番。9番が、一番上だ」
「そうですよ!シービーさん!すごく、すごく速かったです!」
「本当だ。追いつけないとは、恐れ入ったよ。ミスターシービー」
現実が、追いついてきた。ああ、現実に、追いつかれた。そうか。そうか!
「…っしゃあああああああああああ!」
両肩を支えられながら、両の手を天に、勢いよく掲げた。
降り注ぐのは満天の歓声と拍手。やり遂げた。やり遂げたのだ!
どうだ、見たか、マルゼンスキー!
どうだ、見たか、シンボリルドルフ!
どうだ、見たか、トレーナー!
どうだ、見たか、ウマ娘たち!
どうだ、見たか、観客たちよ!
どうだ!見たか!―ミスターシービー。