『シービー!シービー!シービー!』
大きく降り注ぐ歓声に、ミスターシービーは手を降って答える。2人のウマ娘たちに抱えられながら、ホームストレッチを1歩、また一歩と踏みしめ、観客席へと、三本指を掲げて見せる。
『シービー!!シービー!!シービー!!』
更に歓声は大きく。止む気配すらない。
はたから見れば、今のミスターシービーはお世辞にも格好いいとはいえないだろう。むしろ、非常にかっこが悪い。髪は乱れ、服は汗で張り付き、息も絶え絶え。脚元はおぼつかない。顔も、笑顔を作ってはいるが、明らかに疲労困憊。だが、それをかっこ悪いと、後ろ指を指す人間は誰もいない。
「かっこいいわね。本当に。シービーちゃん」
ポツリとそう呟いたウマ娘の言葉が、すべてを物語っている。
「…最高のウマ娘だ、お前は。ミスターシービー」
彼女が歩く姿を、肩を抱えられながら、ゆっくりと歩く姿を。両の眼で優しく見守る彼女の杖の言葉も、それを物語っている。
■
ミスターシービーがウィナーズサークルに入る。と、同時に、大きくなる歓声。彼女が手を上げてみれば、更に歓声が大きくなる。無理もない。シンザン以来の無敗の三冠ウマ娘。つまりこれは、現代のウマ娘ファンにとって、初めて、目の前に現れた三冠の称号を持つウマ娘なのだから。
その熱狂たるや。あるところでは万歳三唱が起き、あるところではコールが起き、あるところでは涙を流し、あるところでは笑いが絶えず、あるところでは、彼女を称えるばかりである。
熱狂の中、ウィナーズサークルに立つミスターシービーに、インタビュアーが駆け寄った。
「ミスターシービー!おめでとうございます!まずは今のお気持ちを一言!」
「まずは感謝を。ありがとう。皆の応援のおかげさ。なんとか、獲れた」
「今回はいきなりの大逃げを打ちましたが」
「うん。ちょっと思うところがあってね。今回、皆強そうだったし、それに無敗の三冠もかかっていたから。戦略も含めて全力で行こうって決めたんだ。色々考えた上での大逃げさ」
「なるほど。実際、走ってみていかがでしたか?」
「キツいね。逃げは。もう二度とやりたくない」
「道中、どのような事をお考えに?」
「そうだねー。やっぱり、勝ちたいっていう思いが一番。他のことは全然考えていなかった」
「今回、坂を勢いよく登って、その勢いのまま下りました。セオリーとは全く違う走りでしたが、振り返ってみて如何でしたか?」
「坂、本当にキツかったよ。なんでセオリーがあるのか理解できた。でも、私の脚とスタミナなら行けるって思ったんだ」
「勝利を確信したのは、やはり、3コーナーの坂でしょうか」
「ううん。確信は最後までしてなかった。ゴール板、抜けた後も理解出来ていなかったんだ。むしろ、後ろから来る皆のプレッシャーがすごくってさ。本当に勝ったの?勝ったの?って頭の中では思ってた」
「左様でしたか。ミスターシービーさん。全力を、出されたのですね」
「うん。絞りきった。絞りきったよ。カツラギも、ビンゴカンタも、リードホーユーも、このターフを走ったウマ娘たち、全員が、速かった」
噛みしめるように告げた言葉に、記者や観客たちのざわめきが止まる。本当に、全力を出し切ったのだなと。競い合ったのだなと。全員が、この偉業を、このウマ娘たちの激走を、噛みしめる。
「それでは、ミスターシービーさん。最後に、なにかございましたら」
記者がマイクを手渡した。さあ、何を言うのだろうか。静寂に満ち溢れた観客席。全員が、ミスターシービーの言葉を、待つ。
数秒。考えたミスターシービーは、マイクを口の前に持っていく。
小さく、息を吸う。そして、告げた。
「並んだって言ってもいいよね?マルゼンスキー。君に」
美しい唇から告げられた言葉は、ただ一人に向けられた挑戦状。
観客席が、少し、ざわめく。観客の視線が、ウィナーズサークルの観客席、その最前列に立つスターウマ娘に集中する。カメラも、そちらを向いた。電光掲示板のメインビューに、マルゼンスキーの姿が、映し出される。
それを知ってか知らずか、マルゼンスキーは頷く。
「じゃあ、どっちが強いか。試してみようよ」
ミスターシービーがそう言うと、マルゼンスキーは大きく、頷く。
「ジャパンカップ。君も、来るんでしょう?」
そう告げたミスターシービーは、マルゼンスキーへと近寄っていく。
マイクは、マルゼンスキーの手の中に移る。静まり返った観客たち。先程の熱狂は嘘のよう。
マルゼンスキーが何を言うのか。耳を澄まして待っている。
■
私は―。
マイクを握る手を見ろして、そして、ミスターシービーの顔をしっかりと見つめる。彼女の表情は、真剣そのもの。瞳が、私を射抜いている。
なら、私の言う言葉は、一つしかない。
「…当然でしょ?あんなに熱い逃げを見せられて。あんなに熱いレースを見せられて。ジャパンカップ。世界を迎え撃つ!強いウマ娘を迎え撃つ!ええ、そうよ!アナタを!ミスターシービー!アナタも含めて、全てのウマ娘を、私が!」
指をミスターシービーに向ける。お行儀が悪い?そんなの、気にしない!気にしている暇はない!今はそんなものよりも、この気持を、この気持を言葉に!
「全部まとめて、ぶっちぎってあげる!」
笑顔でそう、言い切ってみせた。
一呼吸おいて、大歓声が上がる。
『うおおおおお!無敗の三冠ウマ娘がジャパンカップを走るぞ!世界を相手にミスターシービーだ!』
『マルゼンスキー走るのか!こりゃ見なきゃ!どっちが強いんだ!』
『そりゃミスターシービー!』
『マルゼンスキーがきっと速い!』
『うおおおお見たい!!!』
『次も見るぞ!ウマ娘!!!!』
降り注ぐ観客の声で、何も聞こえやしない。ミスターシービーの顔を見てみれば、してやったりの満面の笑み。ふと、その唇が、小さく動いた。
声は聞こえない。でも。彼女の表情が、その言葉を雄弁に語っている。
―これでこそマルゼンスキーだ―
…痺れちゃうわ。まったくもう。
ミスターシービー。彼女と走るのが、今からすごく、楽しみね。