ウィナーズサークル。宣戦布告をマルゼンにした後、盛り上がる観客やウマ娘たちを尻目に、私とトレーナーは控室へと戻っていた。無論、汗まみれの服を取り替えるとともに、身体のチェックや、今回の反省点のまとめ、あとはウイニングライブへの最終振り付けチェックなどなどの段取りのためである。
ということで、私は着替えも終えて、トレーナーに身体の調子を見てもらいながら、軽く打ち合わせを行っていた。
「…うん、足、身体に異常はないな。蹄鉄も剥がれていないし、いいだろう」
「ありがと」
「ま、それでだ。今回の走りは想定通り。ま、解ったと思うが、お前はやっぱり適正が長距離向きじゃない。良くて2500までだろうな」
「やっぱり?」
「そう思う。例えば、『天皇賞春の3200』は辛いところだろうな。お前もそう思っているんだろう?」
頷く。今回思い知った事は、やっぱり長距離は私に向いていないと言うことだ。逃げという点も今回は不利に向いたけれど、でも、そもそも、追い込みだとしても長距離の最後の末脚は、おそらく皐月やダービーほどキレがないと思う。ニホンピロウイナーとのレースもそのうちやらんといけないし。ま、長距離はひとまずここで打ち止めといったところかなぁ。
「それはそうとして、トレーナー。どう?無敗の三冠ウマ娘、だよ」
私は話題を変えようと一つの偉業を彼に改めて伝えてみせた。無敗の三冠ウマ娘。史上初の偉業。本来は皇帝の偉業だったけれど、残念。私が先に獲っちゃった。…って考えると、今度ルドルフと合うのが怖いね。下手すると、この後直近で出会うだろうし。何を言おうか。どこか浮ついた頭でそう考えていると、トレーナーからこぼれた言葉は、意外なものであった。
「そうだな」
ただただ私の言葉に同意の意思を告げたその音に、私はトレーナーの顔を思わず見てしまう。うん、傍から見るトレーナーの顔は、実に落ち着いているね。
「案外そっけないねー。私がゴールした時にはガッツポーズしてたじゃない?」
「自分の担当がレースで勝利すればそりゃあガッツポーズの一つもするさ。そういうお前だって、三冠の割には随分とあっけらかんとしているじゃないか」
うん。まぁ、うん。ミスターシービー、本物のミスターシービーに並んだっていう喜び、安堵。そういうものは凄く感じている。ようやくスタートラインに並んだ。そんな気持ちもある。でも、ウマ娘としての私の気持ちは、どちらかっていうと。そうだな。
「そりゃ、まぁ。私としては称号っていうよりも、レースに勝っただけだし」
レースに勝った。その気持ちのほうが大きいかもしれない。全力で、全部出し切って。ミスターシービーに追いついた。カツラギよりも、ビンゴカンタよりも速かった。今日走っただれよりも速かった。その喜びたるや。その充実感たるや。楽しくて仕方がない。ゴールの瞬間を思い出してしまって思わず、口角が上がる。
「俺もだ。ミスターシービーがレースに勝った。それ以上の評価はないさ。今回は勝利のついでに無敗の三冠っていうものがついてきた。俺にとっても、お前にとっても、それだけのことだろ?」
トレーナーの顔にも笑顔が浮かぶ。ああ、そうだ。私が、このレースを走った。そして、勝った。コレ以上のものはない。ただ、今回は、トレーナーの言う通りに、『称号』もついてきた。史上初、無敗の三冠ウマ娘。実に、実に良いことだ。
ただ、それをしっかりと言葉にしてくれた。貴方は、実に、私のトレーナーだ。
「うん。そ。それだけ。わかってるじゃん。トレーナー」
「そりゃあお前のトレーナーだ。称号がほしいから走っているわけじゃない。お前は、楽しいから走っているんだろう、ミスターシービー」
「正解!」
そう言いながら、自然と笑顔が浮かんでしまう。これで、『お前は無敗の三冠ウマ娘なんだから、これからはしっかりと走らないとな』なんて言われたら、やる気、なくなるもん。
最高の言葉だよトレーナー。ということで。
「正解のトレーナーには、三冠のトロフィーをプレゼントだ」
ウィナーズサークルで頂いた。三冠のトロフィーをトレーナーの懐に押し付ける。
「私が持っていても
「もちろん。お安い御用さ。頼まれなくたって、毎日磨いてやるさ」
大切に。丁寧に。そんな言葉が似合うような手付きで、優しくトロフィーを包むトレーナー。これらなら、まぁ、安心だね。
「それと、ミスターシービー」
「なぁに?」
「今回の勝利といい、トロフィーといい。お前にはもらいっぱなしだ」
「そんなことないよ。トレーナーの訓練があればこその勝利だよ」
「いいから。そんなわけで、こいつを受け取って欲しいんだが」
そう言いながら、トレーナーが彼の荷物を漁る。そして差し出したのは、少し大きめのティシュ箱ぐらいの木箱。はて、と首を傾げながらその木箱を受け取った。
「開けてみてくれ」
促されるまま、木箱のフタを開けてみる。すると、その中に入っていたものは、見慣れた、しかし、見慣れないものだった。
「これ…メシャムパイプじゃないか!」
パイプ。そう、見慣れたパイプなのだが、私の持っていないパイプ。海泡石、メシャムと呼ばれる材料で出来ている高級品だ。思わず、テンションが上がる。
「え、トレーナー!?いつの間に!?」
「ちょっと前にな。手にとって見てくれないか?」
トレーナーの顔とパイプを交互に見比べていたら、そう促される。そっと木箱を机において、中からパイプを引き上げる。―おお、いい重量感。よく見れば吸口も琥珀で出来ている。うん、まさに逸品といった具合だろうか。パイプ本体を見てみれば、どうやら、繊細な彫り物がされているようだ。…はて、このデザインはどこかで…。
「わ!これ、よく見たら三女神様じゃないの!?わぁ、いいデザイン!」
「喜んでもらえて何より。準備した甲斐があるってもんだ」
「ほんとにこれ、もらっていいの?」
「おう。好きに使ってくれ」
笑顔が素敵なトレーナー。いやはや、これは驚くサプライズ。控室の照明にパイプをかざしてみれば、これがまた陰影も見事なこと。
「いいなぁ。これ、いいなぁ」
「コーンパイプもお前に似合うんだが、こういう良いパイプもお前らしいと思ってな。―ただ」
「ただ?」
「普通にお前に渡したところで受け取らんだろう?」
そうだね。普通に渡されたら、断るね。トレーナーの顔を見ながら頷いておく。
「…まぁ、うん。コーンパイプ好きだし。もらっても多分使わないし。困るしね」
「だから、記念になる日に渡そうと決めていたんだ。そう考えると、『無敗の三冠』も捨てたものじゃないだろう?ミスターシービー」
再び、視線をパイプへと移す。ああ、そうか。これは、『トレーナーとアタシの無敗の三冠』記念パイプということなんだね。三女神があしらわれた、素敵な、素敵なパイプ。
「『無敗の三冠』の記念パイプ。大切に使わせてもらうよ。ミスタートレーナー」
「ああ。使え使え。使い倒して、しっかりといい色に育ててくれると嬉しい、かな」
笑顔のトレーナーを尻目に、私はパイプを眼で楽しむ。ああ、いい。実にいい。本当に、本当に素敵だ。
「もちろん。いい色に育てて見せるよ」
メシャムパイプというのは、新しいときは純白を湛えている。しかし、使い込めば使い込むほど、その色は飴色に変わっていく。親子三代も使えば、それは、琥珀のような鮮やかな色になるらしい。ああ、コレは本当に、良いものを頂いた。
思えば、私も『無敗の三冠ウマ娘』となったばかり。これから、どう色づくのかは、私の努力次第。ライバルと競い合って、どういう未来を紡いでいくのか。
「天の神様の言う通り、ってね」
三女神様を天に掲げる。なるように、しかし、流されないように。しかりと、この2本の足で歩みを進めよう。
―ま、差し当たっては。
「それはそうとして、そろそろライブの時間だね。今日は特に、しっかりと盛り上げて来ないとね」
「ああ、お前にとっちゃ3回目のウイニング・ザ・ソウルだが、気合を入れていけよ。無敗の三冠ウマ娘」
「もちろんだよ。『稀代の名トレーナー』」
私の口から出た言葉に、驚くトレーナー。間髪入れずに、彼は顔を掻いていた。
「なんだそりゃ。よせよ、照れる」
「いいじゃない。『無敗の三冠』って素敵な偉業らしいからさ」
「そうか。そうだな」
軽く拳を合わせて、控室を後にする。さあ、ここからは気持ちを切り替えて、いざファンサービスだ。応援してくれた皆、走りあった皆。皆で、楽しい時間を過ごすとしよう!