私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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出会い、伝える

「全く、一週間も連絡をよこさないと思ったらいきなりバイクで登校とは。いい度胸だな、君は」

 

 目の前に居るのは麗しのウマ娘、シンボリルドルフ。腕を組み、此方を睨む姿はなかなかの威圧感という奴であろう。

 

「しかも…この香りはなんだ。バニラのような香ばしい…まさか君、煙草か?」

 

 じっとりとこちらを見る目。うーん、流石、異名を皇帝と呼ばれるウマ娘。貫禄がものすごいね。ウマ娘というコンテンツで彼女を知らなかったら、思わず一歩引いてしまうぐらいの圧がある。

 

「何か言ったらどうだ?」

「おはようルドルフ。今日もいい天気だね」

 

 とりあえず挨拶をしてみたが、帰ってきたのは大きなため息だ。どうやらシンボリルドルフと私は知り合いであったらしい。確か、ゲームやアニメでマルゼンスキーが車で登校していたから、きっとバイクで登校してみても大丈夫だろうと思ったのだが、何やら常識からは外れていたのかもしれない。

 

「まあ、いい。細かい事を君に言ってもどうせバ耳東風に聞き流すだろう?ともかく、一度学園長とたづなさんに挨拶に行って欲しい。心配していたからね」

「そう?判ったよ」

 

 なるほど。この夢の中の私はなかなか厄介なウマ娘で通っているらしい。シンボリルドルフをして頭を軽く抱えている。とはいえ、夢の中だ。ま、適当に行こうじゃないか。

 

「ルドルフ。学園長室ってどう行けばいいんだっけ」

「…君は…。いや、いい。案内するから、バイクを置いてついて来い」

 

 遂に眉間に皺を寄せて不機嫌です、という態度を隠さなくなったシンボリルドルフ。

 

「バイクは何処に止めればいいんだっけ」

「…あっちの屋根の下だ」

「そうだったそうだった。ありがと」

 

 それにしても、このシンボリルドルフもかなり解像度が高いものだ。夢、なのだろうけど。いや、ここまでくるとこれ、夢なのかという疑問も浮かぶ。というか、シンボリルドルフもそうだけど、この学園にいるウマ娘の顔といいスタイルといい、かなりレベルが高い。

 

「うん。ルドルフは本当にカッコいいウマ娘だ」

 

 思わずそう口から洩れた。すると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。

 

「…そうか。その気持ちは素直に受け取っておくよ。だが、せめて休むときは連絡の一つも入れてほしいものだな」

「わかったわかった」

 

 降参のポーズを浮かべながら、バイクを押して屋根の下へと持って行く。その近くには、ゲームで何度か見たマルゼンスキーの赤い愛車の姿もあった。

 

 

 シンボリルドルフの背中を追いかけて学園内を歩いて行けば、ゲーム内でよく見た校舎がそこにはあった。本当に学園と言った雰囲気で、廊下から覗く教室は公共の学校と行った雰囲気が漂っている。まだ授業開始前ということもあって、ウマ娘はまばらだが、それでもよく知っているウマ娘達が校舎の中ですれ違う事が出来た。

 

「おはようございます。会長さん」

「おはよう」

「おはよー」

「あ!おはようございます!雑誌観ましたよ!流石です。カッコよかったです!」

「ありがとう」

 

 軽く挨拶をする中でも、おお、どこかで見たウマ娘だなぁと、自分の夢に感心していた。確か今挨拶を交わしたのはウイニングチケットじゃなかったか。黒髪で元気がいい。

 

「君は相変わらず人気があるな」

 

 苦笑を此方に向けて来たシンボリルドルフ。どこか、私に対して羨ましさを醸し出していた。確か、アプリだともう少し気さくに話して欲しい、とかいう願望があったんだっけ。軽くフォローをしておこうか。

 

「そう?ありがと。でも、ルドルフだって尊敬されているじゃない」

「君がそう言ってくれるなら有難い」

 

 ふっと笑って、彼女は再び前を向いた。うん、なんだろうな。初対面なんだけど、違和感がないこのやり取り。嫌いじゃない。

 

「さて、そろそろ学園長室だ。私は会長の仕事が残っているから、あとは君だけで行ってくれ」

「りょーかい。ルドルフ」

 

 軽く手をひらひらとさせれば、ルドルフは頷きで返してくれていた。さて、このドアを挟んで向こうには学園の最高権力者が居る訳だ。何を話そうかと考えながら、扉を軽くノックした。

 

 

「驚愕!?記憶が無い!?」

 

 言葉と同じ『驚愕』のセンスを眼前に広げた学園長は、その言葉通りの表情を浮かべていた。

 

「はい。昨日の夜、海岸に倒れていたところからしか私の記憶が無いんですよね」

「それは、本当ですか?」

 

 間髪入れずに聞き返して来たのは、駿川たづなさんである。緑のスーツに包んだ彼女の顔も、また驚愕の色に染まっていた。

 

「ええ。正確に言えば、また別の記憶はあるのですけれど」

 

 学園長室に通されて、私が選んだ手段は『全てを包み隠さずに話す事』だ。そもそもこれは私の夢の中であるし、それにゲームの中の学園長はウマ娘の幸せの最大化を謳っている人物だ。正直に話しても、悪い事にはならないであろうという打算もあっての事である。たづなさんも同様である。

 

「別の記憶について、お話を伺っても?」

「ええ、もちろんいいですよ」

 

 たづなさんと学園長に、かいつまんで、包み隠さず昨日からの出来事を話していた。元々男であり、仕事をしながら生活をしていたこと。気づけば、なぜかこの体で海岸に倒れていた事。私の持ち物が全て女性の者になっていて、権利者などは私になっていたこと。話していて現実離れしているなぁと思いながらも、しっかりと、彼女らに伝わるように包み隠さない。

 

「ということで、何か、元に戻るというか、何か得られるのではないかと思ってこちらに顔を出したんです。すぐに貴女方に会えると聞いて、ラッキー、と思いました」

 

 私の言葉を聞いて、彼女らはお互いに顔を見合わせていた。ま、当然の反応であろうか。

 

「私としては夢の中なのかなぁとか思っていますが」

 

 両手を上げて降参のポーズ。妙に慣れてきたそれを行なえば、2人は真剣な顔をこちらに向けていた。

 

「まず、その。貴女のお名前は、彼女のままでよろしいのですか」

「うん。多分。身分証もそうだし、権利書の名前もそうだったし」

 

 そう言いながら、身分証を彼女らに差し出した。そこには私の顔写真と、名前がしっかりと記されている。

 

「ううむ。不思議な話もあるものだ。とはいえ、君の活躍は学園でも既に周知の事実。君はデビューこそしていないが、メディアへの露出やファンサービスにおいてURA、トゥインクルシリーズの周知に多大な貢献をしていることは我々にとって重要な事」

「学園長のいう通りです。あの、そのあたりのご記憶も無くなっているのですか?」

 

 軽く頷けば、2人は天を仰いでいた。どうやら、この体の持ち主はいわばスターのようなものであるらしい。

 

「たづな。彼女の今後の予定はどうなっていた?」

「…はい。今週末に撮影とプロモーションビデオの撮影が入っています。その後にURAのシングルの収録が入っています」

「そうか。ううむ…」

 

 学園長とたづなさんは判りやすく悩んでいる。ま、確かに今までスターとして活躍していた一人のウマ娘が、いきなり記憶が無くなっていて、別人の記憶を持っているとなれば、どうすればいいかは判らない、というのが正直な所であろう。

 

「あの、改めてお聞きしますが、貴方は彼女ではない、ということですよね」

「ええ。恐らく」

「ですが、私達から見る貴女は、間違いなく彼女です。声も、仕草も。お聞きする限り、住居や持ち物も彼女と同じものです」

「そうですか」

 

 なるほどね。どうやら私は完全に何者かの体になっているらしい。しかも仕草や声も変わらないときたものか。

 

「…提案」

 

 学園長はそう呟く。私とたづなさんは、首を傾げていた。

 

「君は彼女の姿をしている。仕草も声もたづなの言う通り本物だ。君にとっては夢だとしても、我々にとっては現実であると言い切らせて欲しい」

 

 現実か。彼女らにとっては。なるほどね。となれば、次にくる言葉は大体が想像がつく。

 

「そこで、君さえ良ければ彼女として生活をしてほしいと思う。可能であれば、スケジュールの通りに動いて欲しいとも思っている」

「うーん。私、ダンスや歌の経験はないんですけど」

「無論!サポートは付ける!たづな!」

「はい。ダンスや歌のレッスンは私が受け持ちます。もし、私が無理だと判断した場合にはスケジュールを調整させていただきますので、如何でしょうか」

 

 これはまた破格の条件と言えるかもしれない。というか、そうか。夢じゃない可能性も出て来たと言えるのか、これは。となると気になるのは、この体本来の持ち主はどうなったのかということである。私が入ったことにより、消えたのか、それとも私の男性としての体に飛んだのか。…ま、今考えても答えは出ない問題か。

 

「判りました。ぜひ、そのお話に乗らせて頂きたいと思います」

 

 それよりは、この状況を比較的受け入れてくれている彼女らの期待に応えるほうがよさそうだね。

 

「そうですか。では、今日の所は一度家にお帰り下さい。こちらも準備がありますので」

「はい。判りました」

 

 なるほどそうなるか。夢…か現か。判らないままではあるが、とりあえずは家で一服、パイプを吹かして考える事としよう。

 

 

「…どう思われます?学園長」

「どう…と言われても、彼女は間違いなく彼女だとしか言えん。たづなもそうだろう?」

「はい。身のこなしといい、性格といい、声といい、仕草と言い。彼女そのものでした」

「記憶だけが別人になってしまった、という事だろうか…?それともいつもの冗談か」

 

 2人の間にしばしの沈黙が流れていた。が、学園長がパン、と扇子を閉じる。

 

「…決定。たづな。彼女の周辺、少し調べてもらえるか?」

「勿論です。すぐに調べ上げて、ご報告いたします」


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