ナイトレースという物がある。
例えばF1でいえばシンガポールグランプリ。絢爛豪華な街の灯りの中を、F1マシンがエンジン音を響かせて走り抜けるさまは本当に格好がいい。
―ありきたりの プロセスなんて 壊すんだ 自分を示せ―
例えばそれは私の知る大井競馬場。輝きに満ちた競馬場を、勢いよく駆け抜けていく馬たちの躍動感。あれも、非常に格好いい。ぜひ一度は見て欲しいと思うほどに。
―そこから始まるストーリー 果てしなく続く Winning the soul!―
例えばそれは、眼前に広がる夜の京都レース場のメインスタンド。私にとっては京都競馬場といったほうが馴染み深いそこには、夜の帳も降りたというのにも関わらず、多数の人々が声援を送っていた。無論、その声援の行き先はステージに居る、私や、カツラギ、ビンゴカンタに向けてのものだ。
―woh woh woh―
最後、掛け声をかけなばらポーズを決めれば音楽が終わり、一瞬の静寂が訪れる。そして、次の瞬間。
―ウワアアアアアアアアアアアアア!―
―最高!!!最高だ!!!―
―無敗の三冠!おめでとう!―
ステージから見る観客席は、ウイニングザソウルを歌い上げた私の目の前に広がるその光景たるや、それはもう絢爛豪華な街の灯以上であるし、競馬場の輝き以上の眩しさだ。
「いやはや、京都の夜は、随分、騒がしいもんだね」
観客には聞こえないであろう。小さく、そうつぶやいた。
「何を言っているんですか、シービーさん。私達で盛り上げたんです」
「そうだぞ。ミスターシービー」
私のつぶやきが聞こえたのでああろう。ビンゴカンタ、カツラギエースらがそう答える。彼女らも、観客席からの光を浴びて輝いている。いやはや、実に美しいことかな。
『今日のメインステージ、ウィニング・ザ・ソウルでした!演奏はURA交響楽団!出演はビンゴカンタ!カツラギエース!そして、史上初の無敗の三冠ウマ娘!ミスターシービー!改めて!大きな拍手を!』
司会者がそう告げれば、更に大きな歓声がこちらに降り注ぎ、ライトが大きく振られていた。右から左へと手を振りながらそれらを眺めてみれば、やはり多い色は私の緑色である。だが、ちらほらと他の色が見えるあたり、しかりと、ビンゴカンタにも、カツラギエースにも、他のウマ娘たちにも多くのファンがついていることが見てとれる。
『それでは本日のメインステージは以上となります!この後は、ミスターシービーのソロステージ!無敗の三冠となった彼女が、彼女のお気に入りの曲を歌い上げてくれる時間です!お時間のある方はぜひ御覧くださいませ!』
きた。きたきた。私も最近まで知らされていなかった一つの大きなイベントだ。ソロステージ。何をするのか、といえば、私の好きな曲を歌い上げてほしいとのことだ。
学園長いわく、
『昨年までURAのステージ、つまりは、勝利ウマ娘の好きな曲を披露していたその延長だ!好きな曲を歌ってもらって構わない!』
とのことらしい。正直、私の専用曲でも歌うのかなぁ?とか思ったのだが、どうやら、その概念は無いらしい。
「専用曲とかはないので?」
そう私が告げたときの、学園長、たづなさんの
『その発想はなかった!しまったぁ!』
というあの驚いた顔は正直面白かったが。ま、今年のこの一件で、来年のルドルフは専用曲がつくことだろうから、私としては問題はない。
それに、今年はレースごとの専用曲のお披露目の年でもある。ウイニングザソウルにメイクデビューなどなどね。そういう意味ではまだまだトゥインクルシリーズのライブ黎明期、多くは求めちゃいけないだろう。
…と、考えたところで思いつく。もしかして、元々の世界ではよく、『ミスターシービー以降の記録として…』なんて言われていたオマージュみたいなものだろうか?
となると、もしかして、この世界でも『ミスターシービー以降の記録、以降のライブ、以降の曲』なんて呼ばれちゃうのかもねー。それはちょっと楽しいかも。
なんて、余計なことを思い出しながら、思考がズレ始めた私の耳に、聞き慣れた声が入ってきた。
「じゃ、シービーさん、私達はこれで」
「また学園で。ミスターシービー」
あ、そうか。メインステージが終わったのだから、彼女らとは一旦ここでお別れか。
「うん。またね。カツラギ、ビンゴカンタ」
ふと、気づく。彼女らの眼の端に、光るものが見える。
―ああ、わかる。わかるとも。私はミスターシービーとなってからは負け知らずだが、前世では負け続けていた男だ。表彰台の一番低いところから見る風景。2番めに高いところから見る風景。それを、よく、知っているとも。
手をひらひらとさせながら、2人を送り出す。ステージから去る彼女らにも、観客から大きな歓声が送られていた。なんせ、クラシックを盛り上げた猛者たちだ。讃えられて当然である。
「またね。また、必ず走ろう」
しかし、その讃えられる内心に燃えるのは、『悔しさ』という猛烈な炎。きっと、この後、彼女らはトレーナーと共にか、それとも、一人でなのか。大いに、悔しがり、そして泣くことだろう。ミスターシービーに勝つのだと。誰よりも前に出るのだと。そう、心に決めて泣くのだろう。
どうか、彼女らの心が折れず、私の前に再び現れることを祈る。いや、祈る、じゃないな。
「…必ず、レースで、また会おう」
私は、アタシは、切に願う。
■
『さあ!ミスターシービーのソロステージをお待ちの皆様!お待たせ致しました!改めて本日の主役をご紹介させていただきましょう!』
ただ一人残るステージの上で、観客席を漫然と眺めながら、司会者の言葉を聞く。手筈では、一気にスポットライトが私に当たるはずだ。
『無敗の三冠ウマ娘!史上初のその偉業を成し遂げたその名は!ミスター!シー!ビー!』
司会者の言葉と同時に、すべてのライトが私に向かう。思わず、眼を細めてしまう。正直、かなりの圧力だ。とんでもない、圧力だ。その圧力に負けじと、反射的に、右手が天に伸びた。
―ウォオオオオオオオオオオオオオ!―
―キャアアアアアアアアア!―
男の野太い声が、女の黄色い声がやかましい。
「はは…こりゃ、すごいね」
伸びた右手は、指を三本、天に掲げている。そこに降り注ぐのは大歓声。漫然と見ていた観客席の色は、全て、緑色に染まっている。
「あはッ!」
喉から笑いが伸びる。これは魔力だ。悪魔的だ。このすべてを一人で握っている。この感覚。一番になったやつだけが感じる素敵な感覚。だからこそ。だからこそ。
「これだからさ、レースは、辞められないね!」
負けてもいい。勝っても良い。悔しくて良い、悲しくて良い、絶望的でも良い。この、最後の瞬間。一番速いやつが讃えられる。実に、良い!
「みんな!改めてありがとう!」
大きく声を張り上げる。
「応援してくれたみんなのお陰様で!私はここに居る!」
もっと、もっと大きく張り上げる。喉が痛くなるぐらい、張り上げる。
「無敗の三冠ウマ娘。私こそが!ミスターシービーだ!」
私がそう告げれば、京都競馬場が、京都レース場が爆発した。いや、爆発したような、そんなイメージを持った。
「ははは」
これでもかと振られるライト。これでもかと熱狂する人々。これでもかと発せられる叫び。ああ、これが、熱狂と言うのだろう。熱狂に当てられて、当てられるほど、意外と私の頭は、冷静になっていく。どこか、私じゃない誰かが声援を受けているかのように。
「ふふ」
つまりは、現実が、私を追い抜いた。私がこの熱狂に追いつくには、まだしばらくの時間が必要なのだろう。ま、ちょうどいい。頭が冷える。頭が、冴える。ならば今日は、しっかりと歌い上げようじゃないか。
「今日、歌う曲は…多分、初めて聞く人しかいないと思う」
右手を下げる。同時に、歓声がさぁっと波のように引いていく。三冠ウマ娘の言葉を聞き逃さんと、静かに、静寂がこの京都レース場を包んでいく。
「私しか知らない曲。私しか知らない曲だけど、聞いてくれるかな?」
―もちろん!―
―聞く!―
―歌って!ミスターシービー!―
ちらほらと、そんな声が観客席から送られる。さざなみのような小さな声が広がりをみせ、ライトが振られ、少しづつ、大きな歓声へと変貌を遂げる。
『シービー!シービー!シービー!』
コール。私の名前のコール。天を仰ぐ。どうやら、歌うことを許されたようだ。気合を入れよう。
右手を親指から握り込めて、天に掲げた。
■
ここから歌うのはつまり、私の世界の歌。世界が違う異世界の歌である。音源は私のスマホ。よく、あの学園長が許可を出したものだ。よほど、『専用曲』というアイデアが思いつかなかった事が堪えているのだろう。
『しまった、無敗の三冠ウマ娘になった者がいたのならば!いや、可能性があったのならば!たしかに専用曲の一つや二つ…!用意せねば…!不覚…!!!』
と、本当に悔しがっていた。そこで提案したのがこれだ、
「私の好きな曲を、ま、学園長達に言わせれば、別の世界…そうだね。異世界の曲、というのを歌ってもいいかな。この世界の曲でなければ、皆が知らないしさ。専用曲、といってもいいんじゃない?」
『ううむ…それは、確かに…』
そう納得してくれた彼女の度量の大きさ。それに感謝せなばなるまい。
『しかし、異世界の…』
「そうです。好きな曲でもありますしね。それに、私は、ウマ娘の曲以外、この世界の曲に耳馴染みがないんです」
実のところ、違和感はあった。ウマ娘のアプリでは、大いに、現実の世界とのつながりがあるように見せて、例えば、■■■■の曲は一切出てこず、御本人の姿も一切出て来ない。ならば、キタサンブラックの■■とは、誰なんだ?彼の曲は、なぜ、流れない?
キャロットマンとは?私の知る■■■■シリーズは?パロディは散りばめられている。だが、その他の、本物は?
そこまで気が付いたとき、私はこちらでのスマホと同じ役割のウマホで曲を、作品群を調べた。似たタイトルは大いにあった。しかし、曲は、ウマ娘の曲以外のそれは、正直、聞き馴染みがない音楽ばかりであったのだ。―ならばつまり。
「私の知る、私の世界の曲を歌えば、それは、専用曲ということになる」
故に、考えた。三冠ウマ娘。ミスターシービー。彼女に、私に、アタシに、相応しい曲とは。
「ま、ウマ娘はメディアミックス作品。ならば、ここはアニメから一つ」
私は、幸い、ウマ娘。まぁ、私基準で言えば、特殊能力を持つ人形の物体といっていいだろう。身体一つで。どこまでもレース場を駆け抜ける。マキバオーなんかもちょっと気になったけれど、あの曲たちは少々ミスターシービーには似合わない。
「そうだな。ミスターシービーとはなんだ」
そう考えたとき、思い浮かぶのはまず強いウマ娘。だが、それなら、ルドルフがいるだろう。格好いい?それなら、マルゼンがいるだろう。速い?それならば、そんな速いウマ娘はごまんと居る。
「ミスターシービー。それは、多分」
自らが掲げたルールを、そしてモラルを大切に生きる。自分の力を信じ、レースに勝つと、自信を持って言えるその信念こそ、きっとミスターシービーなのではないだろうか?そしてそれを、その結末を含めて、全てが楽しいと、心の底から思うからこそ、ミスターシービー足り得るのではないだろうか。
「私がそれに成れるかはわからないけれど」
マルゼンも、ルドルフも、学園長も、たづさんも、『君はミスターシービーだ』と私に言ってくれた。それが、多分その答えなのだろう。
「そして、それならば。私自身が、レースの前に聞いていたあの曲ならば、相応しいか」
相棒にまたがる前に、ルーティーンで聞いていた音楽。あるアニメのオープニングだが、その歌詞は、その歌詞の強さは、私に力をくれていた。
―スポットライトが赤く染まる。
どうやら、曲の始まりだ。乾いたドラムの音。それに合わせるように、アコースティックギターがラテンのような音を刻み始める。
ああ、良い。この曲は、いつ聞いたって、気分が上がる。本来ならば男性の曲だが、ま、些細な事だろう!いよいよ前奏が終わる。
―奪え!すべて!この手で!たとえ、心、傷つけたとしても 目覚めた本能 身体を駆け巡る―
歌う。謳う。詠う。すべてを出し尽くすように。今日、二度目の体験だ。
―夢や愛なんて都合のいい幻想 現実を踏みしめ 果てない未来へと手を伸ばす―
ああ、そうだ。きっと、ミスターシービーに負けて、いや、レースに負けて、折れてしまったものもいるのだろう。
―Reckless fire そう大胆に 魂に火をつけろ―
故に、そんな奴らに届くように、謳う。もう一度立ち上がってこいと。もう一度、私の前に立ってみせろと。
―逃げ場なんてないさ 嘘も矛盾も 飲み干す強さと共に―
そして、まだ私に届いていない奴らも、私の前に立ってみせろと。無鉄砲になってみろと。そう願いを込めて。
―今は求めない 互いに宿るSympathy 渡せない何かを掴みとるまでは―
右手を高く掲げて、3本の指を指し示す。視線の先に居るのは、観客と、ウマ娘たち。
「ん?」
ふと感じた、明らかな殺気。雷鳴にもよく似たその感覚。ああ、きっと、彼女は、私の歌のメッセージを正確に受け取ったことだろう。
「はは。相変わらず、ルドルフは硬いな。でも、嫌いじゃないよ、そういうの」
掛かってきな。私は、アタシは、逃げも隠れもしないからさ。