牡蠣カバ丼を楽しんだ私達は、ホテルでゆったりとした時間を過ごしていた。ジャグをやり、温泉に浸かり。そして夕飯。予想通りというか、夕飯は鰻なんかも出てきて、非常に満足なひとときを過ごさせていただいている。
「おつかれ。シービー」
「おつかれさま。トレーナー」
夕飯の後。ひとっ風呂浴びて火照った身体を冷ますように、暗くなった浜名湖を見下ろすバルコニーで、リクライニングチェアに座りながらトレーナーと共にのんびりと時間をすごす一時。
お互いに労いの言葉をかけながら、ピースを口に咥える。火をつければ、バニラのフレーバーが鼻を擽った。
「美味しいね」
「ああ、旨い」
ふっと、息を吐けば、煙は天高く舞い上がっていく。つられて視線が上を向く。天には満天の星空というやつが広がっている。
「星、よく見えるね。これだけ綺麗な星空、都内じゃなかなか見れないよねー」
「ああ。それに、いい酒もいい食事もある。良い日だよ。ありがとうな、シービー」
「いいっていいって。こちらこそ、トレーナーのお陰様で三冠とれたし」
三冠にそこまで重きを置いていない。とはいったけれど、やっぱり、獲れて嬉しいからね。私だけじゃ無敗でここまでこれることはなかっただろう。トレーナーの尽力、蹄鉄の開発、ライバルとの練習。すべてがここに集結した感じがするよ。
「本当に、感謝してるよ。トレーナー」
ピースを咥え直して、深く、煙を肺に入れる。浜名湖のさざなみが、耳に心地が良い。トレーナーも同じようにピースを深く楽しんでいるようで、白い煙が2つ、天に登っていった。
「に、しても、BGMが湖のさざなみだけじゃあちょっと寂しいな」
「ん?そう?」
「静かすぎるっていうかな。ラジオぐらい欲しいもんだ」
トレーナーは酒に酔っているのか、いつもより欲張りな感じがする。私も酒に酔っている。
「じゃあ、そうだなぁ…」
勢いで、こんな事を言ってしまった。
「実はウイニングライブで謳うかどうか、最後の候補に残っていた曲があるんだ」
「ほう?そんな曲があるのか」
驚いた顔を見せるトレーナー。
「うん」
「なんでそっちの曲を選ばなかったんだ?」
「ま、三冠っていうお祝い事にはふさわしくないっていうかね。バラードっぽくてさ」
「へぇ…」
「ってことでさ、もし、トレーナーさえ良ければ、聞いてくれるっていうならBGM替わりに謳うよ。アカペラだけど」
「え?」
驚くトレーナー。だろうねー。でも、きっとトレーナーも酒で酔っている。次の瞬間にはほら、笑顔だ。
「いいのか?三冠ウマ娘の喉をお借りしても」
「もちろん。トレーナーならね」
今宵謳うのはトレーナーのために。ウマ娘の力を存分に振るって、しっとりと歌い上げる、ただ2人のためのステージ。
さ、ミスターシービー。キミも聞くと良い。私の世界の歌ってやつはさ、激しい曲もあるし、こういうバラードも、色々あるんだよ。
■
さざなみを聞きながら、ふっと、息を吸い込む。懐かしいさを感じる一曲を、口ずさむ。
―見上げてごらん夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せを うたってる
バルコニーから望む星が瞬く。照らされて、トレーナーの横顔がぼんやりと浮かぶ。視線が合った。軽い笑顔で頷いてくれる。
どうやら、お気に召したようで。それなら、歌を続けよう。
―見上げてごらん夜の星を
ボクらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
ここからは少し転調が入る。ま、ウマ娘なら余裕だ。それに、ここは少し、トレーナーにも伝えたいメッセージでもあるしね。トーンは落とすけれど、気持ちを込めるよ。
―手をつなごう 僕と
追いかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんか ないさ
一人ならきっと、歩けなかった道もある。でも、トレーナーと2人だから、ここにいるのさ。
―見上げてごらん夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せを うたってる
やっぱり、いい曲だなぁと思いながら、最終節に入る。トレーナーに視線を向けてみれば、目を瞑ってリズムを取っているようだ。
―見上げてごらん夜の星を
ボクらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
「…こんな感じ」
「いい歌だ。…いい歌だな、ミスターシービー」
「でしょー?星空を見ると思い出すんだ。この歌をさ」
本来は、苦学生、夜間学校に通う人たちをモチーフにした歌である。でも、そのメッセージは、聞くだけで元気が出るような、そんな気がする素敵なものだ。
「そういえば、この曲の名前はなんていうんだ?」
「ええとね。『見上げてごらん夜の星を』」
私がタイトルを伝えると、トレーナーは噛みしめるように頷いていた。
「見上げてごらん夜の星を、か」
トレーナーはそう言いながら、もう一度空を見上げる。つられて、私も空を見た。
天に広がる広大な海。浮かぶは星たち。それはまるで、ターフを駆け抜けるウマ娘たちの輝きにもよく似ているような、そんな気がするんだ。