私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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雨に歌えば

『さあいよいよやって参りました!第3回ジャパンカップ!只今のお時間は14時を回ったところです!各々のウマ娘たちはパドックに入りまして、お披露目を行っております!しかしながら、予報の通り本日は雨の中のレースとなりそうな天候です。

 そして今回のジャパンカップ。本来は16人立てで行われるレースですが、今回に限りましては特例として、18人をフルゲートとして行われます』

 

『結局雨は降り続いたままですね。お披露目を行うウマ娘たちも、秋の長雨に打たれていまして、少々体調が心配になってきます』

 

『そうですね。結局木曜日から降り続いた雨によって、バ場状態は不良。しかしながら、御覧ください!超満員と言っても良い観客席のその熱気を!本日のジャパンカップは史上最強のメンツが集まったと言っても過言ではないでしょう。なにせあの凱旋門賞を勝利してみせたオールアロングがおりますし、現在の日本のウマ娘の最強格である無敗の三冠ウマ娘ミスターシービーがおりますから、まさに、このジャパンカップは世界へ挑戦する舞台、そして、日本のウマ娘が世界へ手が届くのか、今後のURAを占う大切な一戦となるでしょう!』

 

『その通りです。無敗の三冠ウマ娘。それも、このジャパンカップと同じコースで、ダービーのレコードを更新してみせたミスターシービー。彼女の走りが、世界に通用するのか、否が応でも注目せざる終えません。そしてなにより、あのマルゼンスキーがついに、G1レース、それも世界を相手に走るのです。これは、応援せざるを得ないでしょうね!』

 

『さて、ウマ娘たちのお披露目が続きますが、改めて、レースの展開予想などあれば』

 

『そうですね…まず、ミスターシービーは読めない、と断言させて頂きます。以前にも言いました通り、クラシック級をすべて違う戦術で勝利していますので、なんとも判断がつきません。とはいえ、間違いなく注目のウマ娘であることは疑う余地はないでしょう。

 しかし、全体のレース展開となればある程度は予想が出来ます。まず行くのはマルゼンスキーで間違いないでしょう。そして、このバ場の悪さからしまして、おそらくカツラギエースも行くと思います。あとは逃げ宣言のハギノカムイオーもハナを主張するでしょう。この予想通りいきますと、おそらくはこの不良馬場ですが、3人がハナを主張するわけでありまして、相当なハイペースが予想されます。そこにどれだけ食いつけるかが、おそらくはレースの鍵となりそうです』

 

『なるほど。となりますと、オールアロング、そしてスタネーラあたりの人気海外ウマ娘たちはどのように動くでしょうか』

 

『そうですね…。おそらくは、慣れないレース場ですし、比較的後ろの方から様子を見て行くのではないかと思われます。特に、海外のウマ娘達はパワーがありますからね。この不良バ場でも、大いにその末脚を発揮してくれるだろうと思います』

 

『ありがとうございます。さあ、お時間が迫ってまいりました。いよいよ、本バ場入場です』

 

 お披露目を終えた私は、地下道への入り口で、最終のチェックを行っていた。服の着付け、メイク、そして破損箇所の有無。トレーナーと共に、一通りの確認を行う。特に今日は雨。お披露目だけでずぶ濡れになっている勝負服に、不備があってはいけないからね。

 

「作戦は追い込み。長い直線で力の勝負だ」

「うん。判ってる。あ、背中の縫い目とかは大丈夫?」

「…特に問題はないな。ああ、ただ、マルゼンスキーがどこまで逃げるか判らない。もし、最終直線の加速だけじゃ追いつけないと判断したら、どこからでも行け」

「オッケー。全部のウマ娘をまくるように、頑張ってみるよ」

「ああ。ま、大丈夫だとは思うが、この雨だ。バ場も不良。足元は今までで一番悪い。落ち着いて行けよ」

「うん、うん。判ってる」

「それと、蹄鉄の状態はどうだ?」

 

 カツン、カツン。蹄鉄をつけた勝負靴を床に打ち付けて、接着と、違和感の有無を確認する。というのも、この蹄鉄は一週間前から使い始めたばかりの専用品だ。それに、接着剤も世代が一つ新しくなって、接着時間が短縮され、強度が増しているもの。千明さんの自信作ということもって、非常に具合は良いと言えよう。

 

「行けそうか?」

 

 トレーナーが心配そうにこちらを伺う。実のところ、トレーナーからは『今までの蹄鉄のほうが良いんじゃないか?』と言われてはいる。慣れ方、耐久性など、不安要素があるからに違いない。とはいえ、私はそうは思っていない。なにせ、千明さんの自信作。ならば、間違いは無いだろうし、実際、走った時のカチっとハマる感じはこの蹄鉄のほうが数段上だ。

 

 それに、この蹄鉄はちょっとスペシャルなのだ。

 

 そもそも、この私専用の蹄鉄が開発された経緯は、ダービーからこっち、私の脚力が強すぎるという問題点を千明さんが見つけてくれたことに端を発する。サンプルに提出した、練習で一週間ほど使った蹄鉄の鉄尾、その幅が目に見える形で広がっていたのだ。

 

 千明さんいわく『我が社の蹄鉄で、この事例は2人目だ』という事らしい。詳しく話を聞いてみれば、踏み込みにパワーが有りすぎて、蹄鉄が変形し、そのせいで靴が変形。それによって肉刺や靴擦れを起こしていたウマ娘が過去に居たとのことだ。

 

 その有りすぎるパワーの対応として、千明さんの会社で作られた蹄鉄が、かの『シンザン鉄』という蹄鉄だ。

 

 そして、私が今勝負靴につけているのは、その『シンザン鉄』を発展させた鉄橋蹄鉄の一種、『CB鉄』という専用品。通常の蹄鉄に補強を入れて、スパイクを追加。その上で重量、幅等をレースの規定に合わせた特注品だ。

 …ま、鉄って名前が入っているけれど、実際は、鉄ではなくてアルミニウム合金製らしいけれどね。『伝説の三冠ウマ娘』に肖るということで、この名前にしたらしい。

 

「勿論。この蹄鉄にも慣れたしね。それにさ、今までで一番脂が乗っているって、そう太鼓判をくれたのは君でしょ?ミスタートレーナー?」

 

 そう言って笑って見せれば、トレーナーも笑い返してくれる。そして、力強く、頷いてくれた。

 

「ああ。そうだ。だから、世界のてっぺんを獲ってこい。ミスターシービー!」

「任された」

 

 私がそう言いながら拳を差し出せば、トレーナーも間髪入れずに拳を差し出してくれた。そこに、軽く拳を当てて、踵を返す。さあて、さあて、いよいよか。

 

 視線を上げれば、誰もいない地下道が私を待ち構えている。息を深く吸い込み、長く、吐く。

 

 他のウマ娘たちはもう、本馬場に入っているようで、人影は一つもない。

 

「さあ、行くぞミスターシービー。ここからは、私も知らない未知の世界だ」

 

 言い聞かせるようにそうつぶやいて、右足を前に動かした。

 

 

 地下道を一人歩く。カツン、カツンと、真新しい蹄鉄と床が喧嘩する音が静かに響く。

 

 耳をすませば、その響きの中に、サアサアと雨の囁きが混ざる。

 

「雨のレース」

 

 つぶやいてみる。相手は、最高峰ばかり。凱旋門賞の覇者、フランス、イギリス、イタリア、ドイツ、アイルランドなどなど名ウマ娘を抱える欧州からの名ウマ娘たち。アメリカやカナダ、オセアニアからもG1級のウマ娘たちが出揃っている。

 

「雨はアタシの得意分野だけど、でも、彼女らだって雨には強い」

 

 欧州のレース場の芝。それは、深くてパワーが必要だという。そんなところを普段走る彼女らの力は、それはそれはとても強いものだろう。きっとそれは、日本の芝の不良バ場ならば、ものともしないぐらいに。

 

「でも、日本のウマ娘だって、強い」

 

 天皇賞、宝塚記念の勝ちウマ娘たちが勢ぞろい。長距離のメジロも居る。油断はできない。すぐ後ろを追いかけてくる、一人のライバルもいる。

 

 なにより。

 

「最高の逃げ馬が。逃げウマ娘が居る」

 

 世界を相手にできるその脚。私の知る史実でも、ウマ娘の中でもそれは世界を相手に発揮されることはなかった。とはいえ、子孫が名だたるレースを勝利しているあたり、その能力、血筋は最高のものだったのだろう。そんな、そんな最高の逃げ馬が、いや、逃げウマ娘と、私は走れるのだ。

 

「最高、最高じゃないか」

 

 ああ、最高だ。最高の、気持ちだ。ワクワクする。ああ、ワクワクする!これは、そうだ。この気持は、そう。恋と言って、恋と言い切っていいだろう。恋い焦がれた、最高の相手。無敗の三冠ウマ娘だからこそ挑める、ウマ娘だからこそ味わえ得る、最高の相手。

 

「ああ、素敵だ」

 

 素敵だ。ああ、素敵だ。そうだ、素敵だ。これ以上の、言葉は無い。

 

 カツン、カツンと歩みを進める。遠くには、雨のさざなみが聞こえる。そして、感じる。とてつもなく、熱い、熱気を。

 

 ウマ娘たちの、闘争心。その、熱気を。

 

「…」

 

 足を止める。静かな静寂が、私を包む。誰もいない。トレーナーも、観客席から私の登場を待っていることだろう。

 

「雨のジャパンカップ。東京レース場…ふふ」

 

 自然と、笑みが浮かぶ。ついに、ついに走れるのだ。マルゼンスキーと。最高の、逃げ馬と。雨の中で。

 

 そう考えていた私の頭の中に、不思議と、一曲の歌のメロディーが流れ始めた。

 

「るーるるるーるーるるーるるるーるー」

 

 頭の中のメロディーを口ずさみながら、改めて脚を進める。それだけで、ワクワクする。

 

 雨は、降り続く。気づけば、地下道の中にも、雨水が侵入してくるほどの大雨だ。

 

 気がつけば、口は、勝手に歌を紡いでいた。

 

『I'm singing in the rain Just singing in the rain―』

 

 軽くタップダンスを決めながら、跳ねるように、踊るように。雨に歌う。

 

 道の先に光が見える。歓声が聞こえ始めた。どうやら、地下道も終わりのようだ。意を決して、雲が広がるターフへと歩みを進める。

 

 ―ザアアアアアアアア

 

 ―ワアアアアアアアアアア!

 

 2つの歓声が私の耳に満ち溢れる。天の恵みと、人の恵み。両方を噛み締めながら、両手を広げて、雨を全身で感じれば。

 

『Just singin',Singin' in the rain』

 

 ちょうど、歌い終わった。心が踊ったまま、観客席に手を降ってみれば、更に大きくなる声援。雨だというのに、みんな、すごい熱量だ。

 

 視線をターフへと向けてみれば、そちらに居るのは17人の優駿たち。見知った顔もいれば、知らぬ顔も居る。

 

 マルゼンなんかは、こちらに手を降っている。笑顔で、だ。

 

 その横で、カツラギは何か決意をしたように頷いている。

 

 そして、海外のウマ娘たちは、私を、明らかに敵視している。ま、当然か。

 

「ま、でも、やることは変わらないし。全力で、楽しむとしましょうか!」

 

 ぐっと背筋を伸ばして、ウォーミングアップがてら軽くターフを蹴る。雨粒が気持ちいい。でも、足元はぐっちゃぐちゃ。こりゃあ一苦労しそうだね。と、ゲートに近づく私に、一つの影が近づいてきていた。

 

「お前がミスターシービーか」

 

 一人の大柄なウマ娘。挑むような鋭い瞳。

 

「おや、不躾だね。君は?」

「オールアロング。ミスターシービー。君と走りたくてここに来た」

「へぇ。凱旋門ウマ娘が私に?」

「ああ。正直に言えば、このジャパンカップは本来は辞退しようと思っていたんだ。こんな辺鄙な土地、それにこんな天気だ。誰が好き好んで走る?」

「確かにね」

 

 ひどい言われようだね。でも、それでも彼女は、このターフに立っている。

 

「だが、日本最強のお前が居るのなら、走る価値はある」

 

 そういった彼女の目は、ギラリと輝いていた。

 

「そっか。じゃあ、いい勝負をしよう。オールアロング」

「ああ、いい勝負をしよう。ミスターシービー」

 

 そう言って、彼女は踵を返す。なるほど、私と走りたくて、か。こりゃ、変な走りは出来ないねと、思わず頭をかいてしまう。

 

「あら、お熱い告白を受けたわね、シービーちゃん」

「聞こえてた?マルゼン。何、嫉妬でもした?」

「ええ。だって、このレースは私とシービーちゃんが主役だもの。凱旋門ウマ娘だとしても、間に入る余地は無いのよ?」

「たしかにね。でも、残念ながら私は、日本を代表する無敗の三冠ウマ娘なんだ。今日ばっかりは、勝負は、受けて立たなきゃいけないんだよね」

 

 無敗の三冠ウマ娘。どこからか日本総大将という言葉も聞こえてくる。私が軽く笑みを浮かべれば、マルゼンは、どこか寂しそうに笑みを浮かべていた。

 

「その両肩、重そうね」

 

 ふむ。まぁ、確かに重い。責任は重いだろうね。変な走りをしたら、勿論、叩かれるだろうね。失望もさせてしまうだろうね。でも、強いて言えばその程度のモノでしょう?それに、問題は何もない。

 

「そうでもないよ。それに、アタシは今日、誰にも負けないしさ」

「誰にも?」

「そ、誰にも」

 

 マルゼンは少し考えるように、瞳を閉じる。だけど、すぐにこちらを強い瞳が貫いた。

 

「私にも?」

 

 強い瞳に負けぬように、余裕の笑みを浮かべて見せる。

 

「当たり前だよ。何?マルゼン。アタシに勝てるとか、思ってるの?」

 

 するとマルゼンは、寂しそうな笑みから一転、柔らかく笑ってくれていた。そして、その笑顔のまま、楽しそうにこう告げた。

 

「ふふ、当然、勝てると思っているわ」

「そっか。じゃあ、しっかり逃げてよ。中途半端じゃ、詰まらないから」

「モチのロンよ。じゃあシービーちゃん、あとは、真剣勝負」

「うん。走ろう、マルゼン。負けないから」

「私もよ、シービーちゃん。負けないから」

 

 ぐっと、強い力を込めて握手を交わす。ふと、カツラギとも目が合う。軽く頷かれた。私も頷いておく。カツラギとの間に特に言葉は要らないだろう。抜くか、抜かれるか。その勝負をするだけだ。

 

 そうしているうちに、スターターが雨の中、スタート台に向かう姿が見えた。

 

 どこか浮ついた気持ちを胸にしまい込む。軽く息を吸い、天を見上げ、首を回しながら、息を素早く吐き捨てる。

 

「…うん。よし。さて、後は、出たとこ勝負ってところかな」

 

 決戦の時だ。思い切り、楽しむとしよう。

 

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