慣れることは無いのだろうと思う。
全員が真剣勝負。全員から伝わる、その熱さ。天から降り注ぐ恵みを受けても、その熱は、冷めることなど無い。むしろ加熱していく。
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『各ウマ娘ゲートインが続々行われています。改めまして、各ウマ娘の紹介をして参ります。
1枠1番に収まりますのは赤い勝負服が眩しいマルゼンスキー。絶好の内枠を引き当てまして、その大逃げに期待が持てます。
その隣2番にはハギノカムイオー。こちらも逃げ宣言のウマ娘。内枠が逃げウマ娘で固まりました。ハイペースが予想されます。
3番ハイホーク。イギリス、フランスなどの長距離重賞を三連勝。その勢いのまま、ジャパンカップ制覇なるか。
カナディアンファクター4番。カナダでのG2勝利を引っ提げて東京に挑みます。
5番にはイタリアから、G1ウマ娘のチェリオルーフォが収まります。
6番はドイツ最強ウマ娘と名高いトンボスが収まりました。二〇〇〇ギニーを勝利しての参戦です。
キョウエイプロミスは前走天皇賞での勝利を引っ提げての参戦。7番。期待です。
8番には先の天皇賞一番人気、キョウエイプロミスと共に激走を魅せたダカラテンリュウが収まりました。
9番エスプリデュノール。G1ウマ娘です。フランスからの参戦です。
10番にはアメリカから、春G1を三連勝のエリンズアイルが収まります。昨年ジャパンカップを勝利したハーフアイスト。彼女に鍛えられたというその脚に期待です。
名門メジロから天皇賞ウマ娘、メジロティターンは11番。静かに天を仰いで枠入りを待っています。
12番には南関東トレセンからの殴り込みダーリンググラス。調子はすこぶる良好だとコメントをしています。好走に期待といったところ。
13番にはアンバーシャダイ。春の天皇賞の勝利ウマ娘は、世界を相手に気合十分の面持ちです。
14番には今年のクラシック戦線を盛り上げたカツラギエース、表情に緊張が見られますが、その実力は折り紙付きです。
15番には昨年4着のスタネーラ。その雪辱なるか期待ですが、少々足元に不安が残る出来とのこと。しかしながら、勝利は諦めていないとコメントを残しております。
16番はマクギンティ。オセアニアの中距離G1最強ウマ娘、快速自慢が自信満々にゲートに収まります。
そして注目の二人は大外からのスタート予定です。
17番、凱旋門ウマ娘オールアロング。昨年のジャパンカップは2着。そして、このジャパンカップ参戦の前に、北アメリカ3大レース『ロマンズインターナショナルステークス』『ターフクラシック招待』『ワシントンDCインターナショナル』を史上初、完全制覇での参戦です。実力は、ひとつ、飛び抜けていると言っていいでしょう。
18番、無敗の三冠ウマ娘。ミスターシービー。我らが日本総大将。このレースは相手にとって不足なしとインタビューで自信満々に答えてくれています。東京二四〇〇メートル、ダービーのレコード保持者。世界にどこまで通用することができるのか。注目です。
以上、18人のウマ娘たちが、日本の東京レース場を舞台にしのぎを削ります。
現在、一番人気はオールアロング、二番人気がハイホーク、三番人気ミスターシービー、四番人気エスプリデュノール、五番人気マルゼンスキー、六番人気はスタネーラと続いております。やはり、日本ウマ娘の人気は昨年までの実績故に低めに感じられます。
そしてやはり一番人気はなんといっても凱旋門賞、そして北米三冠を獲ったウマ娘オールアロング。その人気は高止まりといったところでしょう。二番人気ハイホークも、この中では抜きん出た成績といって良いウマ娘です』
『実際、昨年までの実績は日本のウマ娘が大敗しておりますからね。ミスターシービーの三番人気でも随分健闘していると言っていいでしょう。そしてマルゼンスキーですか、やはり、距離不安がこの人気の原因かと思われます。今までマイルが中心でしたからね。この大一番、二四〇〇メートルでどこまで逃げ切れるのか、注目といったところでしょうか』
『さぁ、この雨が降りしきる中での第三回ジャパンカップ。大外枠ミスターシービー、その隣オールアロングはお互いに顔を見合わせず、静かに前を向いております。三番ハイホークがスターティングゲートに収まりまして、いよいよ、スタートです』
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ゲートに収まって、他のウマ娘の準備を待つ。熱気は、緊張感は、声援は、期待は、不安は、恐怖は、最高潮を迎える。
隣のオールアロングからも、その緊張と、熱気と、そして、その恐怖が伝わってくる。
「Va où tu peux, meurs où tu dois…Va où tu peux, meurs où tu dois…Va où tu peux, meurs où tu dois…」
小さく、何かをつぶやいている。彼女なりの、レース前のルーティーンだろうか。やっぱり、凱旋門ウマ娘といえど、緊張はするのだろうか。
「…他人を気にするなんて、アタシも随分余裕があるもんだ」
小さくつぶやいて、苦笑を浮かべる。冷静に、しかし、頭は熱く。身体の状態を、目を瞑って確認していく。…どうやら、肩に力が入っている。脈拍が、速い。やっぱり、緊張している。不安だ。スタート、よく切れるか。追い込み、うまくできるか。道中、しっかりと走れるか。力を抜く。脱力。脱力。脱力。
「よし。よし。よし。よし」
4度唱えて、目を開ける。天を仰いで、ふう、と息を吐く。
―やれる。アタシならやれる―
頭の中で唱える。隣からの声も、気にならない。観客席からの声援も、聞こえない。ただ感じるのは、天から降りそそぐ恵みの冷たさと、足裏に伝わる地面の芝の青さのみ。
右足を、自然と引く。
膝を、軽く曲げる。
腰を、落とす。
顔は前に向けたまま、上半身を前に軽く倒す。
手は、軽く開いたまま。
右手を顔の前に、左手は、腰の後ろに。
もう一度、目を瞑る。
―そう、やれる。ミスターシービーなら―
深く息を吸い込み、ゆっくりと、吐き出す。
―そう、やれる。アタシなら。絶対に―
目を、開けた。
自信満々に、笑みを浮かべてやれ。
そうして、タイミングを合わせて。
右足を、思いっきり蹴り出した。
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『きれいなスタート。流石、世界から、日本から集まった優駿たちです。
内の方でハイホークがわずかに押されて立ち遅れたか。宣言通りハギノカムイオーがぐっと加速していくがマルゼンスキーも負けじと先頭に行く。その後ろからはカツラギエースとトンボスが行く。その少し外目を通りマクギンティが5番手、内目を通ってエスプリデュノール、内を通ってタカラテンリュウ、スーッと上がっていくのはアンバーシャダイが行く。
そのアンバーシャダイの内側についているのがカナディアンファクターであります。後方からは5人、少し間を開けてレースを進めるのはハイホーク、やや内目を通ってチェリオルーフォが続いてそのすぐ後ろにはダーリンググラス。
そして更にその後ろに控えているのは、ここに居たオールアロングとミスターシービー。ミスターシービーはシンガリを選んだジャパンカップ!
向正面に入りまして、すでに10バ身以上の大逃げを魅せているのはマルゼンスキー、ハギノカムイオー、そしてカツラギエース、やはり予想通りこの3人がレースを引っ張って行きました。4番手にトンボス、そこから遅れてエスプリデュノール内々を通りました。その後ろに快速ウマ娘のマクギンティ、後ろにアンバーシャダイつけている。
内を通ってキョウエイプロミス、その外目を通ってエリンズアイル。その内側にタカラテンリュウ!
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レースは進む。目の前にいるのはオールアロング。見事な蹴り足だ。先頭は雨のせいで見えない。相当かっ飛ばしている。多分、マルゼンスキーとカツラギエースあたりだろう。足元はやっぱり悪い。新しい蹄鉄だからこそコーナーは踏ん張れているけれど、最後、追い込みでどこまでいけるのかちょっと不安だ。
とはいえ、まだまだ向正面に入ったばかり。動くウマ娘は少ない。
今はまだ序盤も序盤。でも、相手は世界、相手はマルゼンだ。行くタイミングをミスれば、そこで終わる。さあ、彼女はどこで行く。オールアロングはどこで行く。カツラギは、メジロは、キョウエイは、はたまた他のウマ娘たちもどこで行く。
…いや、考えすぎだ。考えすぎだよアタシ。落ち着いて。大丈夫。楽しいところで行けば、私は勝てる。アタシは勝てるから、心配しないでいい。
そして、私の勘はこう言っている。
『3コーナーが勝負』
きっと、間違いは無い。マルゼンスキーのエンジンがかかるのは、いつも後半だ。しかも、今回は本気でぶっ飛ばしてくる。今もペースは速いけれど、でも、彼女の走りはこんなもんじゃあないのは、よく知っている。
ふと、頭の中にイメージが湧き上がる。
先頭を走るのは、真っ赤なスーパーカー。雨を切り裂き、エキゾーストノーズを高らかに。
そのすぐ後ろを走るのは、ドッカンターボ付きの日本のライトウェイトスポーツ。ああ、あれは、ピーキーだが、ハマれば速い。それは、きっと世界のスーパーカーをぶち抜くぐらいに。
そして、私の前にいるのはV6エンジンを積んだカリッカリの競技用のマシン。重量も、空力も、エンジンパワーも、一台だけ、モノが違う。
それらを最後方から、虎視眈々と追いかけるのは、チェーンドライブ、4気筒、1000cc。後輪駆動のモンスターマシン。わずか150キロ程度の車重に、200馬力を超える高回転型化け物エンジンを積んだ非常識。常人が扱えば、そのパワー故にすっ飛んでしまうことだろう。
だが、ここに居るのは常人ではない。ミスターシービーだ。
彼女ならば、その程度のパワー。きっと、扱いきって見せるはず。
「…そろそろ、ギアを上げようか」
小さく呟く。頭の中のイメージが、一つ、切り替わる。ガコン、とギアが動く。
私のほうが僅かに早かったが、オールアロングもほぼ同時に、蹴り足を強めた。一瞬、目線が交差する。ニヤリと、口角が上がる。
いよいよ、いよいよだ。最後方。その絶好のポジションから。
2台のスペシャルが、エキゾーストノーズを高らかに、勝利の歌を謳い始めた。
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さあ先頭は第三コーナーに差し掛かってその頂上から一気に加速していきますマルゼンスキー!このまま日本勢が逃げ切りのゴールを駆け抜けられるのか!少し遅れたかハギノカムイオーとカツラギエース!4番手は変わらずのドイツ代表ドンボス!さぁこの辺から徐々に後続との差が詰まってまいります!
ここで凱旋門ウマ娘オールアロング、ミスターシービーがすーっと上がってきた!!外目をついて2人がいい脚で上がってきている!やや外目を通ってエスプリデュノールも上がってきた。アンバーシャダイもいい足で上がってきた!
ここまで逃げてきたカツラギエースとハギノカムイオーがバ群に捕まって第三コーナー中盤!
アンバーシャダイここで2番に立った!一人逃げるマルゼンスキーを筆頭に日本勢が頭を抑えて大健闘のジャパンカップ!そのマルゼンスキーがここで思い切った!加速していく!逃げる逃げるマルゼンスキー!距離不安もなんのその、大一番ジャパンカップで先頭でホームストレッチに戻ってきたマルゼンスキー!完全にトップギアだ!このまま思い切った走りを魅せて欲しい!
4コーナーを抜けて400の標識を抜けた!後方5バ身の差で突っ込んできたのはスタネーラ!キョウエイプロミスも競い合うように伸びてくる!
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ほぼ並ぶように加速していく。だが、油断をしたらすぐにチギれてしまいそうだ。気合、根性、体力、経験、すべてを動員して、世界に追いすがる。遅れてはならない。やっぱり凱旋門は伊達じゃない。タコ―メーターはすでにレッドゾーン。エキゾーストノーズが
「ちっ」
コーナーを曲がるGに、身体を外に持っていかれそうになる。瞬間、脳内でトレーナーの声が響き渡る。
―もっと踏み込め!気が緩んでいるぞ!―
ハッとして、瞬間、腰を落として脚に力を入れ直す。グっと蹄鉄が芝を捉え、僅かに内側に切れ込んで、最高速でコーナーを駆け抜ける。僅かに遅れたが、まだ致命傷じゃ無い。それに、まだ奥の手は残している。
そうして4コーナーを抜けてホームストレッチが目の前に現れる。
先頭が、見えた。
もう1段、腰を、落とす。
手を大きく振り上げる。
脚を一歩、雨の中でも芝に蹄鉄が食い込むよう、思いっきり、地面に力の限り叩きつける。
刹那、イメージが切り替わった。ガコン、という音とともに、ギアが変わる。
「やぁあああああああああああ!」
自然と、喉の奥から叫ぶ。全力を、振り絞るように。
世界に、マルゼンに、追いつくように!
坂を登りきった。オールアロングの足音が、真横から聞こえる。
マルゼンスキーの、背中が見える。
あとは、あとは!
『行け!ミスターシービー!駆け抜けろ!走れ!!!』
■
ここで大外!大外から2つの影!並んですごい勢いで上がってきた!ミスターシービーとオールアロング!そのままキョウエイプロミスとスタネーラを捉えた!だがまだ止まらない!後方からすごい勢いでマルゼンスキーに襲いかかる!
逃げる逃げるマルゼンスキー!
しかし!しかし!
マルゼンスキーの後ろからミスターシービーとオールアロング!
マルゼンスキーの後ろからミスターシービーとオールアロング!!
マルゼンスキーの後ろからミスターシービーとオールアロング!!!
残り200メートル!マルゼンスキー落ちない!しかしオールアロング!ミスターシービー追いすがる!すぐ後ろにスターネーラとキョウエイプロミス!
マルゼンスキー!マルゼンスキー!突っ込んできたオールアロング!ミスターシービー!オールアロング!マルゼンスキー!
オールアロング!マルゼンスキー!ミスターシービー並んだ横一線!!!!』
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脚に力が入らず、ゴールしたそのまま、ターフに倒れ込んだ。息は上がったままだ。隣で、2つ、大きな水音がしたあたり、マルゼンも、オールアロングもぶっ倒れたのだろうか。
「はー。はー」
「ハー、ハー、ハー」
粗い呼吸が耳に入る。そりゃあ、そうか。全力、だったもんな。結果は、どうだ。重い頭を上げて、掲示板を見る。
『写真』
…どうやら、写真判定だ。1,2,3着。写真判定だ。つまりは、マルゼンか、アタシか、オールアロングか。出来れば、勝ちたいな。
でも、まぁ、全力で走り抜いた。満足は、している。
「はっ、はっ、はっ、はー…」
息が整わない。脚に、いや、全身に力は残っていない。
『ナイス追い込みだったミスターシービー!お前は、最高のウマ娘だ!』
そうだ。全力で走り抜いて、走り抜いて、満足はしているんだ。でもさ。でも。
やっぱり、勝って、魅せたいな。
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『さあ写真判定の文字が踊ります掲示板。現在確定しているのは5着はキョウエイプロミス!4着に入ったのはスタネーラ!キョウエイプロミスは日本ウマ娘の意地を見せた!そしてスタネーラの追い込みも見事の一言!しかし、しかし今日の主役はこの3人でしょう!
スーパーカーの異名のマルゼンスキーか!
凱旋門ウマ娘の意地を魅せたオールアロングか!
それとも、無敗の三冠の脚で最後に伸びたミスターシービーか!
3人共、雨に塗れたターフに倒れ込んで、起き上がる気配がない!死闘、これは死闘と呼んでいいでしょう!さあ写真判定、どうなるのか!初のG1制覇!世界の頂に立つのかマルゼンスキー!凱旋門、北米3冠、そして日本の頂を掴んで名実ともに世界最強を名乗るのかオールアロング!それとも、世界を獲って無敗の記録を伸ばし続けるのかミスターシービー!
高まる緊張感に、場内、どよめきが止まりません!』
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どよめきが、歓声に変わった。どうやら、結果が出たらしい。
朦朧とする頭を動かして、掲示板を見た。確定の、文字が踊る。
「どんなもんだい」
右の拳を親指から握り込み、寝転んだまま、天に掲げてみせた。
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『ジャパンカップ!第三回ジャパンカップ!世界を、世界を獲って魅せたのは!
ミスターシービー!!!!
無敗三冠は伊達ではなかった!やはり、やはり強かったミスターシービー!2着にはマルゼンスキー!そして3着!オールアロング!!!
ジャパンカップ!第三回ジャパンカップ!3度目の正直!ついに、世界に手が届いた、ミスターシービー!!!!
勝ち時計は…大雨、不良バ場の中で2分28秒4!ミスターシービー、そしてオールアロングの上がり3ハロンがなんと驚愕の32秒フラット!素晴らしいタイムが生まれました!しかし最後まで粘ったマルゼンスキーも見事でありました!そして、日本勢がワンツーフィニッシュ!5着掲示板にもキョウエイプロミス!世界を相手に、ついに、手が届いたぞ!!』