私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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スーパーカーとネイキッド

「おはようございます。歌聴きました!かっこよかったですー!」

「ありがとー。握手しとく?」

「ぜひ!」

 

 学園を後にしようと歩いていたら、気づけば、私に群がる美少女たちウマ娘の円が出来ていた。少し困惑を覚えてはいるけれど、とはいってもあれだけの収入をモデルとか歌で得ているウマ娘だ。こうもなるだろうなぁと思いながらそれらに笑顔で対処しようと心に決める。

 

「どうやったらあなたみたいになれるんでしょうか」

「うーん。難しいけれど、前を向いて笑顔でいることかなー」

「ありがとうございます!」

 

 前を向いて笑顔で。どんな困難が待っていても、苦しい時でも、一日一秒でも良いから成功した自分を思い浮かべる。それが私の処世術なので、それを彼女らに伝える。少なくとも彼女らよりは私は年上だ。多少、アドバイスをさせていただいても罰は当たるまい。それに彼女らは美少女たちだ。私の外面はともかくとして、内心、私の心は笑顔で満面の表情を作っている事だろう。

 

「はい。みんな。彼女、困っているでしょう。解散解散!」

 

 パンパンと手を叩きながら現れたウマ娘は、ナイスプロポーションを誇るゲーム内でもかなりのお姉さんの一人であった。その名をマルゼンスキーと言う。すると、私に群がっていたウマ娘達ははっとした顔を浮かべて、私に頭を下げる。

 

「あ、マルゼンスキーさん!判りました!」

「アドバイスありがとうございました」

「サイン、大切にします!」

 

 そして、一言をくれながら、彼女らは私の元から去っていく。ひらひらと手を揺らしながら、笑顔を浮かべて彼女らを見送れば、残ったのはマルゼンスキーその人だ。

 

「おはようマルゼン。助かったよ」

「うふふ。おはよう。貴女が絡まれているなんて、珍しい事もあるのね」

「そう?いつもの事だと思うけど」

 

 どうやら最初のコンタクトは成功したようだ。私は彼女らと付き合った記憶は全くないが、ゲームの知識はある。ある程度は話が合わせられるだろう。それに、こういう機会はなかなか訪れはしないだろうし、コミュニケーションを楽しもうじゃないか。ふと、彼女がこちらをのぞき込んできた。思わず身を引くと、彼女の顔が心配そうに表情が曇る。

 

「やっぱり、何かあった?」

 

 鋭い。彼女は私の異変にどこか感づいているようだ。うーん。まぁ、正直に話してもいいだろうか。

 

「少しね。困ったことに、記憶が飛んでるんだ」

「記憶が飛んでる?」

「そ。昨日の夜からの記憶しかないんだ。全く、困ったもんだよねー」

 

 気軽にそう言えば、彼女の顔は判りやすく困っていた。

 

「それ、本当なの?ねぇ、私のほかに、誰かに話したの?」

「うん。学園長とたづなさんには話してあるよー。あ、でもルドルフにはまだ話してないかな」

 

 シンボリルドルフにはそういえば話してなかったなぁと思いながら、両手を上げる。降参のポーズも板についたものだ。すると、マルゼンスキーはふっと力を抜いたようで、ほのかな笑みを浮かべながら此方を見た。

 

「そう。学園長とたづなさんに報告して、ここにいるのなら大丈夫かしら。どうする?ルドルフちゃんには私から言っておく?」

「頼めるならお願いしたいかな」

「判ったわ。お姉さんに任せておいて。それで、今日はこれからどうするの?」

「学園長とたづなさんから自宅待機って言われてる。のんびりパイプを吹かそうかなって」

 

 私がそう言えば、仕方ないなぁという感じで、彼女は苦笑を浮かべていた。

 

「貴女、記憶が無いのに煙草とバイクは相変わらず好きなのね」

「うん。タバコとバイクは私の趣味だからね。ああ、マルゼン。機会があったらあの車に乗せてよ。何か思い出すかも」

「ふふ。判ったわ。時間、取っておくわね。…いけない。人を待たせてるから今日はここまでね」

 

 はっとしたマルゼンスキー。そういえば今は朝の忙しい時間だったか。皆が登校しているし、学園が動き始めているしね。

 

「うん。朝からありがとう。またねマルゼン。そうそう。明日は普通に来るからさ、ご飯でも一緒に食べようよ」

「いいわよ。それじゃ、また明日」

「またねー」

 

 お互いにひらひらと手を振りながら、マルゼンスキーは急ぎ足で校舎の中へ、私はバイク置き場へとゆったりと歩みを進めた。

 

 

 ガレージの中にCBを停めて、エンジンを切る。チリチリと心地よい金属音がエンジンから響けば、どこか昂った気持ちが落ち着いた。となりにあるプリウスは、静かにそこに在る。

 

「お疲れ様。相棒。うん、とりあえずは乗り切った、って言えるかな」

 

 CBから鍵を引き抜いて、ガレージのシャッターを下ろす。そして、サッシを開けて廊下へと出れば、いつもの我が家が待っていた。

 

「えーと、バイクの鍵はここだね」

 

 チャリ、と鍵をフックに引っかけて、ふうとため息を吐いた。ヘルメットを棚に置いて、自らの部屋に歩みを進めれば、相変わらずサラリとした茶色に近い髪の毛と、尻尾がさらさらと流れていた。

 

「相変わらず、すごい体だな。…ここまでくると、夢って言う線は怪しいね」

 

 髪の毛が流れる感覚もそうだけど、バイクで街中を走る感覚は間違いなく現実のものだった。香りといい、風といい、音といい。私が聞き間違えるはずは無い。

 

「じゃあ、これが現実だとすると…やっぱり、ダンスとか歌とかは仕上げないとなぁ」

 

 稼ぎを得るために働く。これは男でも女でも変わりはない。ただまぁ、貯金は沢山あるから、やらなくてもいいのだけれど。

 

「美少女。ダンス、歌。やらなくてもいいけど…でも、ちょっと面白そうかな」

 

 面白そう。そんな気持ちが溢れて来た。だって、ゲームの中で見ていた楽し気なライブ、歌。それが自分の手元にあると考えると、それだけで昂る。それに、もしレースに出れるのならば、彼女らと競い会えるのならば、きっと、切磋琢磨は楽しい物だろう。

 

「ま、とりあえず一服をして考えよう」

 

 あえて新品のコーンパイプを棚から取り出し、あえて新品のジャグを棚から引っ張り出す。アークロイヤル。今日の気持ちにぴったりな、穏やかなジャグだ。相変わらずのバニラの香り。ただ、ダヴィンチよりもバニラの香りが強いそれをパイプにゆるく詰めて、火をつけた。

 

「…うん。美味しい」

 

 パイプから立ち昇る円形の煙をぼんやりと眺めながら、これからのことに考えを馳せた。

 


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