私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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のんびりタバコ、平和のヒトトキ

 東京レース場の喧騒は彼方へと消え、日常が戻ってきた校舎の屋上。我がいとしの喫煙所ではいつものメンツというか、私とトレーナーの2人がのんびりと紫煙を楽しんでいる。

 

「落ち着いたな。ようやく」

「落ち着いたねー。ほんっと」

 

 ここ一週間ほどは、ずーっと出ずっぱり。雑誌取材に音源取り、パカチューブにテレビに新聞にと、乾く暇がないという奴である。今日はそれが落ち着いてひさびさのお休みという奴だ。ま、メディアの仕事をしているうちは練習はお休みしているわけで、身体的にはちょうどいい休養になっているんだけれどね。

 

「いやはや、勝ち続けるっていうのもなんか、損な気がするよ」

「贅沢な悩みだなぁ、シービー」

 

 そう言いながら、私とトレーナーはいつものピースを咥えていた。気づけば、20本あったそれは、8本にまで減っている。記念すべき初勝利、ホープフルでのG1制覇、皐月、ダービー、菊花の3冠、そして、ジャパンカップで世界の冠。このTHE Peaceもあと4回吸えば、その役割を終えてしまう。

 

「うーん…新しいのを買うか、悩むね」

「ん?何をだ?」

「ああ、このTHE Peaceのこと。ほら、勝ったレース全部で吸ってるわけじゃないけれど、私とトレーナーの勝利記念、みたいなものじゃない?」

「ああ、確かにな」

「残り8本。だから、正味4勝でなくなっちゃうでしょう?新しく買っとかないとなぁって思ったんだけど、なんか、それも違うなーって」

 

 言いながら、ふわあと煙を空中に漂わせる。バニラの香りが鼻をくすぐった。

 

「…ま、確かに、このタバコだからこそっていう面もあるな」

「でしょ?同じものでも、新しいものじゃあ何か違うって気がするんだ。トレーナーはどうしたら良いと思う?」

 

 缶を手のひらで弄びながら、トレーナーへそう質問を投げてみた。せっかくならばこの煙草はずっと味わいたい。でも、新しいものもなんか違う。言葉にするのが難しいけれど、私にとってはそういう類のものなんだ。ふう、と煙草の煙を吐き出して、トレーナーの返事を待った。

 

 すると、なんの気無し。そういう雰囲気を醸し出しながら、トレーナーは私にこう、告げる。

 

「別に、無くなったら無くなったままでいいんじゃないか?」

 

 無くなったら無くなったままで。ふむ。どういうことだろうと、トレーナーの瞳を覗き込む。

 

「なんだ、不思議に思うか?」

「そうだねー。トレーナーだったら、俺がまた用意する、とか言いそうかなーって思ってた」

「ああ。ま、つまりは…これが無くなっても、お前と俺の関係が消えるわけじゃないし、走らなくなるわけでもないだろ?」

「確かに」

「ジャグだってあるわけだし、これからも楽しめるさ」

 

 そう言って、ぐっとトレーナーは紙巻きを吸い込んだ。赤くなった先端が、みるみるとその体積を減らしていく。私もそれを真似して、ぐっと、肺に息を吸い込んだ。

 

「それに、数が限られていたほうが、これからはどのレースを走って吸うか。その取捨選択も楽しみの一つになるだろう?」

「…確かに。その考えは無かったかも。となるとー、有マと来年のジャパンカップは走るから、他2つのレースかぁ」

「宝塚とか天皇賞はどうだ?」

「んー…今のところピンとこないんだよね。エースが走るなら出たいけど。あ、でも、実はちょっと走りたいレースはあるんだ」

「ほう?」

 

 エースとの勝負、ルドルフとの勝負、これはきっと、来年のジャパンカップで楽しめるはず。だから、その先で一つ、どうしても走りたい相手がいる。

 

「ニホンピロウイナー、最近短距離路線で勝ち始めたでしょう?彼女と走りたいから、再来年あたりにマイルを一発って思ってる」

 

 私がそう言うと、トレーナーはふう、とため息のような煙を吐き出していた。

 

「マイルで再来年か。そりゃ、また気の長い話だな」

「ふふ。でも、そのぐらい先のことを考えても楽しいかなって思ったんだ」

 

 例えば、ゲームのアプリは3年で終わり。それはつまり、私にとっては来年だ。でも、それは勿体ない。せっかくなら、その、先を。

 

「だから、その一服までは付き合ってくれる?トレーナー」

「当たり前だろう?俺はお前のトレーナーだぞ。それに、その一服までなんて勿体ない。その先も一緒にやってやるさ」

 

 やれやれといった顔で肩をすくめるトレーナー。ふふ、流石、アタシのトレーナーだ。

 

 

「ついに、シービーの前で猫を被るのを辞めたんだね。エース」

「おう。面と向かって言われちまった。本当のあたしを魅せてくれって」

 

 練習場の片隅で、トレーナーと話しているのはカツラギエースである。軽くストレッチをしながら、カツラギは屋上へと視線を移していた。

 

「今頃、あいつはあいつのトレーナーと一服中だろうな。ったく、マイペースっつーか」

「いいんじゃない?その間に、一歩でも二歩でも彼女に近づければ」

「おう。で、今日は何をすればいい?」

 

 カツラギエースはそう言いながら、トレーナーに視線を向けた。

 

「2000メートル2本。その後筋トレ。今年の有マに出ない分、基礎トレをしてしっかりと身体を作る」

 

 トレーナーはといえば、微笑みを浮かべたまま、カツラギエースの視線に答えるように、淀みない返事を返す。

 

「わかった。で、その先は?」

「エースさえ良ければ、来年の春、大阪杯から始動してもらおうと思ってる。宝塚記念でG1に挑戦して、天皇賞秋を経由してジャパンカップでシービーとルドルフを捉える。っていうのでどうだろう?」

 

 気軽な感じで告げられたその言葉に、カツラギエースの口角がぐっと上がる。

 

「いいね。いいねぇ!気合が入るってもんだ!じゃ、早速行ってくるぜ、トレーナー!」

「うん。でも、無理はしないこと。まだ、ジャパンカップの疲れが抜けきってないんだからさ」

「わかってるよ!」

 

 大きくそう叫ぶと共に、カツラギエースは大地を蹴る。ズドン、と大きく捲れた練習場のターフが、彼女の成長ぶりを示すようだ。

 

「壁は大きいけれど、きっと、キミならば超えていけるさ。カツラギエース」

 

 トレーナーはその背中を眼で追いながら、そう呟いていた。

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