私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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ミスターシービーとしてのひととき。

「お世話になります。遅ればせながらジャパンカップ、おめでとうございます」

「ありがとう。千明さん。蹄鉄のお陰だよ」

 

 12月に入り、いよいよ有マの機運が高まり始めた頃、私はトレーナー室にて千明さんと相対していた。私と千明さんのサシの対談ではあるのだけど、数年の付き合いってことで雰囲気良く話が出来ていたりする。

 ちなみに、トレーナーはたづなさんと何やら秘密の会議らしい。なんでも、私の特別ライブの話があるのだとか。めんどくさいことにならなければいいけど。

 

「さて、シービーさん。早速ですが、改めて新型の調子はどうでしょう」

 

 真剣な様子の千明さん。一旦、特別ライブの事は頭の片隅に置いておこう。新しい蹄鉄の調子はといえば、こうだ。

 

「んー、前より確かに重いけれど、コーナーの食いつきは最高だね。千明さん達はいい仕事するね」

 

 心の底からの賛辞である。大雨の第三コーナーから追い込み。ジャパンカップで勝てた理由の一つは、蹄鉄の食いつきが良かったからだしね。ただ、最後の最後まで競い合ったオールアロングは普通の蹄鉄らしいので、やはり、世界を相手にしている技量というか、力と経験は凄いと思ったよ。

 

「お褒め頂き恐悦至極です。それで、ご注文いただいた練習用のものを10足、勝負靴を2足ご用意させていただきました。お収め下さい」

「ありがとうございます。あ、支払いは月末締めでいいですか?」

「もちろんです」

 

 品物を確認してから、受領書にサラっとサインを書いて印鑑を押しておく。諸経費コミコミで今回の料金はざっくり1本強ってところのお値段である。ちなみに、私は個人負担4割といったところで買うことが出来るので、私が支払う金額はまぁ…250ccのバイクぐらいの値段である。ま、メディアの出演料とか色々収入を含めれば、全額出してもいいぐらいの金額ではあるんだけどね。

 

「ありがとうございます。さてシービーさん、蹄鉄の他、何か気になるもの、気になっている点などございますか?小さな点でもよろしいです。何なりとお申し付け下さい」

「んー…そうだねー」

 

 気になることか。蹄鉄は満足しているしなぁ。…あ、ちょっとまてよ。

 

「実は靴の中敷きで相談があるんだけど、いい?」

「中敷き…インソールでございますか」

 

 そう。ちょっと気になっている中敷き、インソール。トレーナー室に置いてある私の使用済み練習靴と勝負靴を引っ張り出して、千明さんの前に置く。

 

「これ。この間頂いた練習靴なんだけど、ちょっと見てくれる?」

「では、拝借いたしまして…これは…」

 

 千明さんの顔が少々曇る。うん、でしょうねー。私も気づいた時はちょっと驚いたからね。

 

「うん。インソールが変形しちゃってるんだ」

「なるほど…あ、勝負靴のほうも見せていただいても?」

「どうぞ」

 

 千明さんはしげしげと勝負靴を覗き込む。うん、やっぱりわかりやすく表情が曇ってるね。

 

「…ふむ、こちらも少々変形が見られますね。こうなると…走りに少々影響が出そうですが」

「当たり。新品のうち、2~3回全力で走るまではいいんだけど、使い込むとね。タイム的には問題ないんだけどさ、ちょっと走りに違和感があるんだ。どうにかならない?」

 

 そう聞いてみれば、千明さんはこれまたわかりやすく悩んでいた。そして、考え込むように顎に手を当てる。

 

「ウマ娘用のインソールは確かにございます。ございますが…すでに、この靴にはミスターシービーカスタムと言ってもいい、薄く、しかし強度のあるインソールが入っています。それが変形してしまうとなると…」

 

 ありゃ、そうだったのか。既に私仕様なわけね。

 

「改善は難しい?」

 

 千明さんの顔を覗き込む。すると、ひととき考えを巡らせた後、自信ありげにこう答えてくれた。

 

「いえ、少々お時間をいただければ、改善は可能です」

 

 うん。私はいい人たちに巡り会えているようだ。笑顔で頷く。

 

「じゃあお願い。今年の有マには間に合わないだろうけれど、来年のジャパンカップまでには間に合わせて欲しいかな」

「承知致しております。そうですね。まずは2週間程度お時間を頂きまして、試作品を数種類作成いたします。そこからさらに詰めていく、という形にはなると思いますので、蹄鉄のときのようにご協力願えますか?」

「もちろんいいよ。じゃあ、それの計画書、またあとで送ってちょうだい。すぐに確認して返信するからさ」

「かしこまりました。では、戻りましたらすぐにでも」

 

 よし。これでまた一つ憂いは消えることだろう。

 

 と、思い出した。ああ、そうだ。千明さんには一つ、渡したいものがあるんだった。

 

「ああ、あと」

「はい。どうされましたか?ミスターシービーさん」

 

 紙袋を取り出して、千明さんの前に置いた。

 

「千明さん達にこれ。あげる」

「…これは?」

「開けてみて。気にいるかわからないけどさ」

 

 千明さんは不思議そうな表情で、紙袋から一つの額縁を取り出した。

 

「これは!」

 

 正しくそれを認識してくれた千明さんの顔が、驚愕に染まる。ま、そりゃそうだ。

 

「ジャパンカップの蹄鉄。記念にって思って」

 

 世界を捉えた蹄鉄。それを両の足分。額縁には『ミスターシービー ジャパンカップ優勝記念』という文言とともに、私が『ジャパンカップ』というレイを掛けている写真つきの、正真正銘の一点ものだ。

 

「いや、しかし…よろしいのですか?」

「うん。千明さん、あと佐藤さんに持っておいてほしいからさ。だって、あの雨で最高の追い込みをかけられたのって、新しい蹄鉄のお陰だし」

 

 大雨の中のグリップ。いくら脚を鍛えても、いくらミスターシービーといえど。いくら良いエンジン、シャシーでも、タイヤが駄目なら追い込めない。その点、新しい蹄鉄は最高の仕事をしてくれた。こころからの賛辞を送りたいと思う。

 …ちなみにトレーナーは『これがあるから別に』と、トロフィー片手に笑っていた。私自身も蹄鉄は別に不要だしね。かと言って記念館とかで飾っておいてほしいわけでもない。この価値がわかる人に持っておいて欲しいっていう、私の我儘だ。

 

「ありがとうございます」

 

 蹄鉄を改めて手に取りながら、深々とお辞儀をしてくれた千明さん。いやいや、そんな大したもんじゃないんだけどね。

 

「あはは。ま、そうはいったけどさ、煮るなり焼くなり好きに扱ってくれていいよ」

 

 別に研究材料に使ってもらってもいいし、お金に変えてもらっても構わないし。そう気軽な気持ちで告げてみたのだが、帰ってきたのは、いいえ、という明確な否定の言葉であった。

 

「いいえ。大切に飾らせていただきます。佐藤にもしっかりとその旨、伝えさせて頂きます」

 

 

 所変わって学園長室。私は久しぶりに、学園長と2人で面と向かって紅茶を楽しんでいる。ちなみにたづなさんは出張中らしい。なんでも、新しい楽曲の打ち合わせなんだとか。

 

「メープルの香り。良いお茶だね、学園長」

「うむ。お気に入りの逸品だ。君も気に入ってくれたようで何より!」

 

 メープルティー。カナダで生まれた紅茶のフレーバーの一つ。あまーい香りが心地よさを演出してくれる素敵なお茶だ。

 

「さて、今回キミを呼び出したのは他でもない、礼を言いたくてな」

「礼、ですか」

「うむ。専用曲。その概念を我々に教えてくれただけではなく、あの盛り上がりを魅せてくれた。デュエット曲までもだ。これからのURAの発展にはかかせないターニングポイントだったであろう。改めて、感謝を述べたい!」

 

 なるほど。そう来たか。とはいえ、私は歌いたい曲を歌っただけに過ぎないところもあるしなぁ。

 

「ありがとうございます。しかし、私は自分の好きな曲を歌っただけです。その場を用意していただき、演出もしていただいた学園長やたづなさん、そして関係者様にひたすら感謝こそすれど、感謝されるほどのものではないですよ」

「それでも、だ。我々では思いつかない、君だからこそ思いついたものだ。どうか、自分を卑下せず、この言葉を受け取って欲しい」

 

 そう言って頭を下げてくれた学園長。そこまで言われちゃ仕方がないか。

 

「判りました。素直に感謝を受け取ります」

「うむ。それにしても、それが君の素か?ミスターシービーとは随分様変わりしているようだが」

「いえ。目上の人にはそれなりの態度を、と思いまして」

「ふむ。気にする必要はないのだがな。何、部外者が居るときだけ気をつけてくれれば良い」

 

 一応気を使ってみたのだが、学園長相手では意味がないらしい。ならば、いつもの調子でやらせてもらおう。

 

「そういうことなら。じゃあ、崩していいかな。学園長」

「うむ。そのほうがよっぽど、らしい。さて、それで今回はお礼の品ということで、まぁ、大したものではないのだが、こちらも用意させていただいた」

 

 そう言って、私に手渡された紙袋。はて、なんだろうかと中身を確認してみれば、見慣れた手触り、そして、嗅ぎ慣れた香り。しかし、国内ではまず見たことのないジャグが紙袋に包まれていた。

 

「MIXTURE No.79?」

「うむ。伝手があってな。アメリカで1()9()3()4()()から販売されていてるものらしい。いっとき、はやりを見せた煙草だとか。国内では手に入れられないものになる」

「へぇ。珍しい煙草なんだね」

 

 しげしげとパッケージを観察してみる。真っ白なパッケージ。そこに、黒いインクでMIXTURE No.79と書いてあるシンプルなもの。香りは…と、鼻を近づけてみれば、なにやら嗅ぎ慣れない匂いが漂っている。

 

「うむ。しかし、今となっては癖が強くてな。アニス、と呼ばれる香草が香り付けに使用されていて、これが厄介なのだ。だが、製法は当時から変わっていなくてな。好きな者には好まれるという煙草に仕上がっている、と聞いている」

 

 アニス。一瞬、バニラかと思ったけれど、確かにこれはちょっと違うね。んー…近い香りとしては、八角…か?なんにせよ独特だ。

 

「へぇ…面白そうだね」

 

 しかし、癖のある味、香りか。それは、一度試してみたい。にやりと口角が上がってしまった。

 

「その反応は、気に入ってくれたか?」

「もちろん」

「ふふ。であれば、手配した甲斐があるというもの。楽しんでくれ給え!」

「うん。このあとすぐにでも試してみるよ。ありがとう、学園長」

 

 礼を言って、ジャグを紙袋に戻した。そうやって、また引き続いてお茶を楽しんでいると、今度は少しばかり真剣な眼でこちらを見てくる学園長の姿があった。

 

「ミスターシービー。今後の予定についてだが、本当に君は有マに出るのか?」

 

 トレーナーと同じような質問だね。答えは変わらない。

 

「うん。出る予定」

 

 すると、学園長はコトリと紅茶のカップをテーブルに置いた。そして、こちらをじっと見つめて、一言。

 

「体力的に、問題はないか?どこか違和感などは、些細なことは無いか?」

 

 トレーナーと同じだ。体を心配してくれている。だからこそ、満面の笑みで答えてみせた。

 

「体力的…は、問題ないねー。むしろ、走りたくてウズウズしてる」

 

 私の答えを受けて満足したのか、学園長も満面の笑みで頷いてくれる。

 

「そうか!それならば憂い無し、だな!しかし、ジャパンカップから有マ記念のレース間隔は短い。しっかりと練習をして、しっかりと休養をとるのだぞ?」

「もちろん。良い煙草も貰ったしね。万全に走れるように体調を整えるよ」

 

 そう言いながら紅茶を口に含む。メイプルのいい香りが、鼻を抜けて行く。

 

「うむ。ならば良し。では、要件は以上だ。私は少々、出かける用事があるのでな!しばらく、ここで紅茶を飲みながらくつろぐと良い!」

「判ったよ。学園長。ありがとう」

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