私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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気怠い日には、あの曲を。

 12月も半ば。暮れの中山まであと2週間といったところに差し掛かり、練習も佳境を迎えている。トレーナーの指示の元、練習場を周りに回り、坂路を登りに登り、プールで泳ぎに泳ぎ、飯を喰らいに喰らい。充実の日々と言ってよいだろう。

 

「よし、いい具合に仕上がってきたな」

「そうだねー。気持ちよく攻め込めるよ」

「ああ、ということで、ここらで休養だ。2日、がっつりと休んで疲れを抜け」

 

 おや、まさかの指示。驚いてトレーナーの顔を見てみれば、そこにあったのは笑顔だった。

 

「いいの?」

「むしろしっかり休んでくれ。練習のピークは今日までだ。あとの日取りは、お前のピークを本番に合わせる調整の期間とする。自主練とかもなるべくは控えてくれ」

「りょーかい。トレーナー。あ、それじゃあさ、一緒にどっか行く?」

 

 この前の静岡とか、栃木みたいな感じで。そう考えながら、トレーナーに笑顔を向けたのだけど、トレーナーは首を横に振った。

 

「今回は遠慮させてもらう。年末ってこともあるし、打ち合わせと書類が待ってるんだ。悪いな」

 

 申し訳無さそうに頭を下げたトレーナーに、気にしないでと、笑顔を向けた。

 

「そっか。じゃあ、のんびりと一人で休むよ」

「ああ。ま、年末年始が終われば俺も暇になる。来年の春にはどこか行こう。お前の背中も悪くないからな」

「ふふ。オッケー。いい場所考えておくよ」

 

 お互いに笑い合う。一つ、楽しみが増えたよ。それじゃあ、お言葉に甘えて明日と明後日はのんびりとしようじゃないか。

 

 

 自宅に帰ってから早めに寝床に入って、早速のお休みを楽しもうと思ったのだが。

 

「…うーん」

 

 朝日を浴びてベッドから起き上がると共に、どうも気分が乗らないことに気がついた。怠い。非常に怠い。だめだ、なんか今日は駄目なほうに入ってる。気持ちも、体調もだめだ。

 

「どうしたものかなぁ?」

 

 うーん、折角の休みだというのに、実に駄目だ。洗面所に行って歯を磨く。肌の手入れをして、髪の毛を梳いてなんてやっていたけれど、しかし、やっぱり怠いまま。バイクに乗ろうかと思ってヘルメットを準備してもまぁー、気持ちが全く乗らないことこの上ない。

 

「こういう日は…そうだねー」

 

 戸棚からカップを引っ張り出し、ヤカンに水を入れて火にかける。そして、戸棚からコーンパイプを取り出して…No79のジャグをひとつまみ。上下の犬歯で吸口を噛んでから、シカクニホンのマッチを一本取り出して、親指と人差指で軽く挟み、手首のスナップで擦る。

 

「ふぅ」

 

 軽く息を吸い込みながらマッチを近づける。すると、火がジャグに移ると同時にもっこりとジャグが膨らんだ。火種が消えないように息を吹き込みながら、上から火口を押さえ付ける。一連の慣れた動作を、息を吐くように続ければ着火完了だ。

 

「…む、確かにこれは癖のある香りだなぁ。でも、嫌いじゃないね」

 

 あとは、ゆっくりと、漫然と、でも新しいジャグだから吸い方も少しづつ調整しながら、息をすするように煙を楽しむんだ。そうやってジャグを楽しんでいると、カタカタと、音が耳に入ってきていた。

 

「お、沸いた沸いた」

 

 気づけばヤカンは蒸気を吹き上げていた。戸棚からパーコレーターとコーヒー、ステイゴールドを取り出し、パーコレーターにざざっと袋から直接コーヒーを打ち込む。分量は適当だ。今日みたいな日は多めでいいだろう。沸騰したお湯をヤカンからパーコレーターに注ぎ込む。

 

「うーん、いい香りだね。流石ステイゴールドだ」

 

 名馬と同じ名前のコーヒーを好んでいるのは、正直に言えばゲン担ぎだ。グアテマラの良い豆を厳選したコーヒー。私もそうなれるようにと、ミスターシービーになる前から飲んでいた、私のお気に入り。

 

「懐かしいというか。変わらないというか。我ながら女々しいことで」

 

 笑いながらパーコレーターを押し込む。お湯を泳いでいたコーヒー豆が仕分けられて、黒い液体の出来上がりだ。それをゆっくりとカップに注ぐ。

 

「やっぱりいい香り。好きだなぁ」

 

 パイプを置いて、カップから黒をすする。苦味、酸味、甘み、そしてどこかフルーツを感じさせる香り。一流とはこういうものだと、語りかけてくるようなもの。

 

「…一人だからか、それとも、疲れているからかな。ちょっとセンチだね」

 

 想う。バイクのレースを。今では、ウマ娘として走っているけれど、私のそもそものしごとはレーサーだ。バイクでどこまで早く走れるのか。スポンサーを付けてもらって、チーム一丸で日本一、世界一へ。でも、気づけば私は最初の気持ちを忘れてしまっていたのだろうね。

 

「本当は、好きなようにコースを、好きなバイクで自由に走りたい。整ったアスファルト。白線で囲われたスタートグリット。観客席には大勢の観客たち。スターティングのランプが灯る」

 

「エンジンの熱が股下から、エンジンの咆哮が股下から襲う。緊張感。ランプが消え、全員が一気にアクセルをひねり、クラッチを繋げる。色とりどりのライバルたち。第一コーナーへ突っ込むあの熱。気づけば前のアイツのケツについて最速のラインを描く…」

 

「感じるのは風。ガソリンの匂い。焼けるタイヤとアスファルトの匂い。ヘルメットだけじゃない。ライダーススーツを通じて感じるあの空気。300キロの風圧。雨、太陽、霧、ああ、ああ!」

 

 ―楽しくて、楽しくてたまらない。

 

「ふふ。図らずとも…ミスターシービーになってからは、楽しませてもらってるよ。最高だ。ありがとう」

 

 黒に移る私の顔を見ながら、礼を言う。気づけばその楽しさは、栄冠を取るための必死さと責務に追われていた。私の父は名メカニック。母親はその父親の育て上げたバイクで世界に挑戦した名ライダー。その子として生まれた私は、結果を求められたのは当然のことなんだろう。その重さに、正直言えば潰れていたんだろうね。

 

「でも、ミスターシービーになったという追い風が私をここまで引っ張り上げた。やっぱり、ミスターシービーは、かっこいい馬だよ」

 

 言いながら、パイプを咥え直して煙を楽しむ。ああ…そうだな。せっかくなら、ハンモックぐらいは部屋に欲しいかもしれないね。ゆっくり揺られながら、パイプとコーヒーを楽しむ。いいじゃない。

 

「…あー、そうだ。トレーナーと今度休みに行くならハンモックが張れるキャンプとかいいかも。開放的に、2人でパイプを吹かす、とか」

 

 想像すると楽しい。きっとそれはそれはいい感じになるだろう。焚き火でも見ながら、星空でも見ながら、夜のしじまに、溶け込むように。

 

「ふふふ。あー、でも、考えてみるとなんか恋人みたいだ。よくよく考えれば男女だもんねぇ」

 

 トレーナーとウマ娘。お互いの信頼で成り立つわけで、距離感はほぼほぼソレだろう。

 

「ま、そこは野となれ山となれかな。どうなるかなんて、判らないし。私の両親だって、似たようなもんだしね」

 

 難しく考えても仕方はあるまい。本当に、なるようにしかならないのだから。に、しても、身体が戻るとかそういう兆候がないからなぁ。どうなることやら。

 

「…しかし不思議なのは、曲は知らないのが多いけれど、煙草とかコーヒー、つまりは文化面は割と共通なところもあるってことだよね。それに、ルドルフが空飛ぶを知っていたのも」

 

 うーん、と煙を吹かしながら考えてみる。…が、特にいい考えは思いつかない。どこまで一緒なのか。バイクとかも一緒だしなぁ。うーん…うーん?

 

「やめやめ!ったく、今日は本当に駄目っぽいなぁ。こういう時は…」

 

 充電していたウマホを引っ張り出し、オーディオと無線で繋ぐ。検索するのは、スパム…ではなくて、彼らの方。

 

「…お、予想通り。有るものは有るんだねぇ」

 

 自分でも判る上機嫌っぷり。こういう時は、こういう曲に限るってもんだ。

 

「ALWAYS LOOK ON THE BRIGHT SIDE OF LIFE」

 

 いつでも、人生の明るいところをみていよう。暗いところを見ていたってしょうが無い。せっかくのミスターシービー。しかも、楽しく走れているわけだし、楽しく煙草も、コーヒーも、バイクも楽しめている。それなら、悪いことが起きたって、口笛を吹いて、今の私を楽しもうじゃないか。

 

「うん。そうだね。気分も乗ってきたし。バイクにでも乗って、首都高にでも上がるかぁ」 

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