有馬記念は良いレースだった。気持ちよくブン抜けたし、なにより全員の熱気だ。あれを隣で感じられた瞬間、本当に楽しくて仕方がなかった。真剣勝負、一発勝負、雌雄を決する一戦。まさにそれだ。結果として勝って、ルドルフの依頼を達成できたけどね。ま、運が良かっただけだろう。
「診断結果としましては、爪の炎症ですね。軽いものですから、一週間ほど休んでいただければ完治できるかと」
運。それは私の身体にも平等に降りかかるものだったらしい。有馬記念のあと、少々脚が痛んだ私はトレーナーを伴って病院に。結果としては、爪の炎症だとか。うーん…直前までなんにもなかったのだけれどねー。つまるところ、ミスターシービーとしての宿命的ななにかだろうか。
「一週間」
とはいえ、一週間なら問題はない。のんびーりと過ごせばいいだけだ。トレーナーも同じことを思っているようで、軽く頷いていた。
「ええ。大したことはありません。軟膏、湿布、あとは飲み薬を出しておきますので、しっかりと養生なさって下さい」
「原因は何か考えられますか?」
トレーナーが間髪入れずにそう訪ねていた。先生はうーんと唸ると、カルテを見ながらこう告げる。
「そうですねー…。所見では…靴が合っていないのかと思われます。人間で言えば靴擦れみたいな症状ですからね。軽症で来ていただいたので、今のところ他に問題はないと思います」
「靴ですか」
靴。あー…まぁ、少し前に違和感があったからねぇ。
「ええ。心当たりがお有りですか?」
私の反応に先生がそう聞き返してくる。軽く頷きながら、こう答えた。
「インソールがどうも」
「あー…では、それが原因の一つかもしれません。可能ならば完治後に一度、インソールを変えて様子を見て下さい」
「わかりました」
「では、今日の診察はここまでとします。また一週間後、様子を見せに来て下さい。練習の可否は、そのときに判断いたしますので」
「はい」
トレーナーとともに頭を下げて、部屋を後にする。それにしても私が怪我とは。やっぱりアスリートというものは、ウマ娘というものは怪我とは離れられないらしい。
「軽くてよかったな」
「うん」
そう言いながら会計を待つ。待合室のモニターには、ニュース番組が流れている。どうやら、トゥインクルシリーズの特集をやっているようだ。
『ミスターシービー。やっぱり今走る中では、最強格のウマ娘ですね。テン良し、中良し、終い良し。調子を狂わすこともない、まさに理想でしょう』
おお。まさかの私の事だ。結構な高評価だね。でも、今まさにその調子を狂わせているんだけどね。って、野暮なことは言っちゃ駄目か。
『そして、今年はやはり、シンボリルドルフの活躍に期待でしょう。一昨年のミスターシービーに続き、無敗のままホープフルを勝ち進みました。実力は十分でしょう。意気込みも『ミスターシービー』を超えるとのことでしたので、これはもしかすると、無敗の三冠ウマ娘が2年連続で生まれる可能性があります』
おー、ルドルフも特集されててまぁーいい感じ。今年はルドルフとのガチンコバトルが待ってるし、実に楽しみだこと。
『他に注目と言えば、やはりカツラギエースでしょうか。ジャパンカップでこそを掲示板を外しましたが、それまではミスターシービーの直ぐ後ろにいましたからねー。今年はもしかしてがあるかもしれません』
『もしかして、というと?』
『ミスターシービー、シンボリルドルフを抑えての勝利。どこかで、見れるかもしれませんよ!』
ははは。ご冗談を。とは言えない内容だねー。うん。実際実力は結構近いしね。でも、だからこそ楽しみがいがあるというものだ。
「楽しそうだな?シービー」
「ん?」
「顔に出てる」
ありゃ。思わず、頬を両手で揉む。ああ、なるほど、確かに口角が上がってるね。
「まー…今年も楽しく走れそうだなって思っただけだよ」
「そうか」
そういうトレーナーもいい感じに笑顔を作っている。こりゃ、似た者同士ってやつかな?
■
練習は出来ない。レースも出来ない。ってことで、特にやることもないので、学園の喫煙所でのんびりと煙草とコーヒーを楽しむ。
「良いコーヒーだけどさ、煙草臭いなここ」
「仕方ないでしょ。ここは喫煙所だよエース」
今日はお客さんが一人。同期のカツラギエースその人だ。猫かぶりをやめた彼女は男勝りのいいウマ娘だと思う。が、おタバコは嫌いなようで。
「というか、あまり君が来ると煙草吸いづらいんだけど」
「あー、気にすんなよ。わたしはお前の顔が見たかっただけだからさ!」
「どういうこと?」
なんだそれ。私の顔って。
「景気づけだよ景気づけ。今年はお前に勝つって決めているからさ!」
「えー?なにそれ。ま、べつにいいけど」
コーヒーを煽る。ステイゴールドの良い香りが鼻に抜ける。とりあえずパイプは横に置いておくとしようか。
「シービーは今年はどこから始動するんだ?」
「ん?」
と、コーヒーを楽しんでいたら不意にそんなことを聞かれてしまった。始動ねぇ。
「エースは鳴尾からの大阪杯だっけ?」
「ああ。重賞獲って、宝塚を走る予定だぜ」
なるほど、重賞からのグランプリ制覇か。良いレース予定だねー。
「それなら宝塚から…って言いたいところなんだけど、ちょっと問題があってね」
「問題?どうしたんだ?」
「勝負靴。最近合わなくなってさ。新しい型を作っているところなんだ。それ次第ってとこ」
怪我のことは特に言うまい。心配させても仕方ないし。ともあれ、靴が出来ないことには本気で走れないのも事実。実際、いつ頃になるかねぇ。
「あー、そっか。ちぇ、宝塚で一緒に走れるかと思ったんだけどな」
「へー?楽しみにしてくれてるんだ。アタシと走ること」
「当たり前だ。お前に勝って、私が最強って言って見せたいからな!」
そう言って、笑顔で拳をこちらに向けてくるエース。いいね。こつんと拳を当てて見せれば、ニカリと歯を見せてくれた。
「そりゃ楽しみだ。ま、練習用の靴は来週には仕上がるっぽいし、そうしたら一緒に練習しようよ、エース」
「もちろんだ。じゃ、あたしはそろそろ行くぜ。コーヒー、ありがとな!」
「んー。じゃ、またねー」
足早に去る彼女の背中を、手を振って見送る。うん。彼女ならきっと成長して私の前に現れてくれるだろう。今年のジャパンカップはルドルフにエースにと相手には事欠かないね。
「そういえばマルゼンはどうするんだろ」
昨年、ジャパンカップ2着のマルゼンスキー。リベンジを語っていたけれど、最近ついぞ話を聞かない。まぁ、現役は続行していることは知っているけれど、後で話を聞きに行くとしようか。