久しぶりに呼び出されたのは学園長室改め理事長室。たづなさんは居ないようで、学園長改め理事長とサシの会談と言っていいだろう。
「まずは無敗記録、そして年度代表ウマ娘、おめでとう!さあ、まずは一杯!」
祝!という扇子を広げて笑顔でそう言ってくれた理事長。差し出されたのは手ずから淹れていただいたコーヒーである。
「ありがとうございます。頂戴します」
礼を言いながらそのコーヒーに口をつけてみれば、なるほど。結構良いものを使っている。ただ、ちょっと好みとは外れる感じだね。重いというか。
「その顔はあまりお気に召さなかったようだな!失敬失敬!」
「あはは。ごめん。あんまり美味しくないや」
「うむ。正直で結構!さて、では話は変わるが今回呼び出したのは、祝い事のためだけではない」
うん。でしょうね。ここに呼ばれるときは何某か、要件があるときぐらいだし。
「だろうと思っていました」
「察しがよくて助かるぞミスターシービー!単刀直入に言えば、4月の感謝祭、そこでソロライブのステージを任せたいと思っているのだ!」
あー、ファン感謝祭か。確かにゲームにあったね。シニア級で、確か固有スキルが上がるイベントだったっけ。でも、そのステージってどういう事だろう?
「ステージ?」
「うむ。ファン感謝祭のステージだ。加えて、新入生の祝いのステージにもしてやりたいと思っている。協力願えないか!?」
賛否!と書かれた扇子をこちらに向けてくる理事長。まぁ、そういう意味のステージなら立ってもいいだろう。それに、無敗の三冠ウマ娘としての立場も有るしね。こういうときに矢面に立つのも一つの責任だ。
「無論、良いですよ」
「助かる!それで、演目についてなのだが…」
言いにくそうに視線を落としながら、苦笑する理事長。ああ、なるほど。この流れならば、こういうことか?
「もしかして、いい曲がないから協力願えないか?というお話ですか?」
「…うむ。どうしても、一曲が思いつかなくてなぁ」
難題。扇子が彼女の気持ちを指し示す。…いや、そんなにコロコロ文字が変わるのがすごいね。その扇子、ちょっと欲しいかもしれない。
「一曲、ですか」
「無論、URAでのレースでの曲もあるが、今回はファン感謝祭と同時に、新入生に対する祝の場所なのだ。しかも今や飛ぶ鳥を落とす勢いの君のソロステージ。無論、ウイニングザソウルやメイクデビューなどは歌ってもらうが、トリの一曲を君に任せたいと思っている」
「トリの一曲、ですか」
うーん、と考えてしまう。様々な曲を歌った後の一曲かぁ。というか、それなら。
「私はスペシャルレコードがいいと思いますが」
「ふむ。理由は?」
「やはり、昨年の有馬記念の曲ですからね。それに、歌詞や曲調の明るさ、ステージの豪華さといいファンに向けた感謝としても、これからレースを走る彼女らへの発破をかける曲としてもいいと思いますが」
そう言うと、わかりやすく悩む理事長。どこが不満なのだろう?
「そう思う、のだが、実は、感謝祭のラストもラスト、大トリに昨年の活躍したウマ娘による全員合唱バージョンを考えていてなぁ…」
「あー…」
なるほど、確かに今回はソロライブの依頼。その他にも普通のライブなどもやると考えたときに、グランドフィナーレとしてスペシャルレコードを持ってくるのは当たり前か。
「だから、君のソロステージのトリ。そこにはスペシャルレコードは使えないのだ。故に、君の知識、君の感性を借りたい!」
「うーん…まぁ、いいですけど」
「そうか!感謝!非常に助かるぞ!ミスターシービー」
笑顔でこちらの手を握ってきた理事長。うん、この反応からするに相当頭を悩ませたんだろうね。ま、そうそういい曲ってのは出て来ないからね。私の場合は流行った曲を提供しているっていうチートみたいなもんだし。
「しかし、ファンと新入生に向けた一曲ですか。また難しそうですね」
「うむ。加えて、個人的には在校生に向けた一曲でもあってほしい」
「…在校生?」
理事長の顔を見てみれば難しい顔だ。多分、私も同じ顔をしていることだろう。要求が結構高いね。新入生にも、ファンにも、在校生にも伝えたい曲か。
「うむ。正直に言おう。現在、君がこの学園の頂点だ」
頷く。確かに、私以上のウマ娘は誰も居ないだろう。ま、今年出るけど。ルドルフっていう最強が。エースも間違いなくジャパンカップで来るだろうし。
でも、それが今回の事と何か関係があるのだろうか?
「そして、そのせいもあってか…あまり良くないことをいうウマ娘たちも居る」
「というと?」
「ミスターシービーは持っているウマ娘。持っていないウマ娘の私たちは、どうしようもない。というような意見だ」
ああとため息が出た。うん。その気持はよく判る。判ってしまうとも。勝てない日々、勝つ奴は目立って格好いい。皆が注目する。でも自分は注目されない、努力しているのに。希望を持ってチャレンジし続ける。
しかし、結果がなかなか出ないウマ娘達は、結果が出る前、あるときに気持ちが折れる。折れた結果はまぁ、碌なことにはならない。結果的には学園を去っていくわけだ。
「他にも、ミスターシービーは持ってて、キメる時に決められて、素敵なウマ娘。私たちはもってないし、決めきれないし、普通のウマ娘だ。のようなネガティブな意見が少々、聞かれるものでなぁ…」
「うーん」
ただ、こういう気持ちというのは周りからみたり、後から振り返ってみると大したことはない。いや、君には君の武器が有るじゃないか。私にはあの時この武器があったじゃないか。それを磨かなかったのは、君だろう。自分だろう。…と、思うのだが、今その当事者からしてみれば、『そんなことはない!私は持ってない!努力はしている!運がない!』と、声を大にして言いたいものだ。私も、そういう時期はあったさ。
だが。
何も関係ないだろう。誰が活躍していようと、何度負けようと、何度挫けようと、足を止める理由にはならない。
そう、足を止めたのは、止めたいと思っているのは、間違いなく君の意思であり、君が自分で決断した事である。
もちろん続けるのも、君だけの意思だ。言い訳をして辞めるのも、君の意思だ。他の奴の行動や意思や言葉が目に入ったところで、それは理由付けに利用しているに過ぎない。全ては自分の判断なんだ。
『ミスターシービーには敵わない』『ミスターシービーには届かない』
糞みたいな言い訳だ。そんな奴、私に追いつけるわけがないだろう。誰かが、『アタシ』を諦めているうちに、『私』はそのもっと上を目指しているのだから。
「…ま、あるよ。一曲、ただ」
しかし、活躍している私が直接そう言ってしまうと、完全にいじけてしまう奴も居るだろう。だから、今回も肖ることとする。手段は問わない。
なんせ、不幸になるウマ娘は、できるだけ、一人も見たくないからね。
「ただ?」
「ファンや新入生に向けた曲ではないかなー」
背中は押せるけどね。にやりと笑って見せれば、理事長は大口を開けて笑ってみせた。
「はははは!構わないとも!煤けた背中に喝を入れてやってくれ。ミスターシービー」
「モチロン。まったく、勿体ないよね。トレセンに居るっていうのに」
「うむ。私はすべてのウマ娘が幸福に過ごせるように日々邁進している。しかし、自ら諦められてしまっては、私から差し出せるものがない。どうか頼むぞ、ミスターシービー」
「はーい。任された。ま、期待してていいよ」
残ったコーヒーを口に含む。うん、重くて、苦いコーヒーだ。全く、口に合わないな。
■
数日後。私はトレーニングルームで足腰を鍛えていた。ま、とはいっても、軽い運動レベルの感じである。まだまだ本調子じゃないからね。怪我なんてしたらもったいない。
レッグプレスのマシンに座った私は、ぐっと縮めた脚に力を入れて、思い切り蹴り伸ばしてやる。下半身が一気に鍛えられるこの感じは、嫌いじゃない。隣では麗しの生徒会長が上半身を鍛え上げている。
「と言うわけで、なんか、まーた引き受けちゃった」
「なるほど、なかなか君も難儀だな。ミスターシービー」
「君にだけは言われたくはないんだけど、ルドルフ?」
難儀さで言えば間違いなく君のほうが上だよね。そう思いながら睨みつけてみれば、ルドルフは肩をすくませて筋トレを続けている。全く、うちに一晩泊まってから気安さが増えたのはいいんだけど、遠慮が無くなっている気もするなぁ。そういうの、嫌いじゃないけどさ。
「しかし、君のソロステージか。演目は決まっているのかい?」
「ん?えーとね、メイクデビュー、ウイニングザソウル、あとレックレスファイア」
「ああ、君の専用曲…扱いのか」
「そ。決まっているのが3曲なんだけど全部で4曲歌わないといけない。で、トリの一曲は新しい曲を用意しないといけないんだ。練習や振り付けの事を考えると案は今週ぐらいには出さないと。全く、無茶な要求するよねー」
ちなみにエンドレスドリームについては、ルドルフ、エース、マルゼン、私を含めて18人で演目の予定だ。なかなか豪華だよね。
「そうか。しかし、君の中で曲は決まっているんだろう?」
「まーねー」
思い浮かんでいるのは、比べて言い訳をするやつには特効薬みたいな曲。ま…もしかしたら、完全に折れる奴もいるかもしれないと危惧もしているのだけど…、腐ってもトレセンに入ったエリート。こなくそと、立ち向かってきてくれるだろうと信じている。
そんなことを考えていると、ルドルフが笑顔で頷いていた。
「どうしたの?」
「ああ、いやなに、この間の有マのステージ。君の歌を聞いて、何人ものウマ娘が目の色を変えていたものでね。雰囲気を一言で言えば…そうだな、開雲見日と言ったところか」
「そうなの?」
「ああ。私も観客席にいたが、それはもう、劇的な変化だったとも。覇気すら感じるほどだった。特に、引退が決まったはずの彼女らの、その瞳の強さは忘れられるものではないよ」
「そっか」
希望が見えたのなら、歌った意味があるというものだし。肖った甲斐があったね、と、心の底から思う。やっぱりウマ娘好きだもん。笑顔でいてほしいと思うからね。そのために、私の知識はすべて使っていこうと思う。
「故に、今回の君の歌も期待させてもらうとも」
「うーん…そう言われるとプレッシャーを感じるね」
お互いにいい汗をかきながら続ける会話。下半身はいい感じに疲労感と負荷を感じている。そろそろ辞め時だろう。最後に一発、よっこいしょっと!
「ん、今日はここまでか?シービー」
「うん。今日の追い込みはここまでで終わっておくよ。本調子じゃないしねー」
先にも言った通り、今日のところはトレーニング、というよりは、体力維持の運動だ。この後は少しだけランニングを行って、運動を終わらせる予定である。器具の重りを元に戻しながらルドルフを見てみれば、これはなかなか本格的にトレーニングを行っているようで、額には玉汗が浮かび、顔には赤みが浮かんでいる。
「ルドルフは本格的に追い込んでるね。皐月には早くない?」
皐月はまだまだ先。今から追い込んでしまっては身体が持たないんじゃないの?とちょっと心配をしてみたのだが。
「ああ、クラシックには早い。だが、なんせ目の前に最強がいるものでね。自然と気合が入ってしまうんだ」
じろりとこちらを睨む皇帝の瞳。怪しい光をまとった視線に、思わず仰け反ってしまう。うーん、これはなかなかヤバイプレッシャーだね。
「そっか。じゃあ、アタシはルドルフが入れ込みすぎないように、立ち去るとするよ」
「そうしてくれ。このままでは気持ちが乗りすぎて、君との勝負が待ちきれなくなるどころか、嫌がる君をコースに連れ出して、今直ぐ勝負をしてしまうことだろう」
「ふふ。わかった。あー…で、飲み物持ってこようか?」
ふと目に入ったのは空のドリンク容器。ま、本格的なトレーニングをしているだけあって、ルドルフ、汗まみれだしね。
「ああ、空か。では、頼んでもいいかい?」
「モチロン。普通のドリンクでいい?」
「プロテインを追加で、スプーン2杯入れてくれ」
「あー、学園の奴ね。オッケー」
ルドルフのドリンク容器を持って、学園備え付けのドリンクのコーナーへと向かう。スノーマッスルと書かれたプロテインを2杯容器に入れてから、宝瓶宮と書かれたスポーツドリンクを注ぎ込む。うん、相変わらずよく溶けるプロテインだこと。男のときに使っていたやつは結構固まるんだけどねぇ。これ、あっちにも欲しいと思う。作るの楽だしね。