私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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ほのかに香り始める

「なるほどなるほど。やっぱり女物しかないや」

 

 パイプを咥えながら、私は改めて自分の家の物をひっかきまわしていた。書類関係はもとより、衣服や、バイクの道具、車関係の道具などなど。やはり基本的には女性ものへとそれらは変化していた。

 

「これを私が着るのか。まぁ、スタイル良いし、似合う、かな?」

 

 下着はなかなかセクシーな物もあるし、ワンピース、スカートはまだしも、ジーンズもシルエットが女性そのものだ。ジャケットはユニセックス風、といっていいだろう。洗面台に行けば、そこにあったのも女性の化粧品。メーカーは同じだけれど、並んでいるラインナップが異なっていた。―ふと、一つの瓶に目が行く。

 

「ふーん。これは男物のままなんだね」

 

 それは香水。特に私は薄めのオードトワレが好みだ。その中でも、シダーウッド系が大好きである。数種類、男性向けのシダーウッドを持っていたのだけれど、それだけは男物のままであった。

 

「香りは同じかな?」

 

 確かめるために、直接体には付けずに空間へとワンプッシュ。すかさず、右手でその飛沫を掴んで、顔の前へ持って行く。

 

「…うん。甘さが無い感じ、男物のシダーウッドの香りだ」

 

 スパイシーというか、なんというか、個人的には落ち着く香りと言って良いだろう。実際、寝る前の寝具に軽く振れば、安らかに眠れる感じがある。

 

「でも、なんで香りだけは変わってないんだろうか」

 

 首を傾げてみるが、特に答えは浮かんでこない。そういえば煙草もそうだ。ジャグの種類や喫煙具はそのままである。香りは男のまま、身の回りのものは女性の物。これに一体どんな意味があるのだろうか。

 

「いけない、パイプの火が」

 

 消えてしまった。考え事をしていると、ままこういう事もある。パイプのいいところは、途中で火が消えても問題がないということだ。ライターを軽く火口に当ててやれば、またジャグに火が回る。

 

「悪くない香りだね、やっぱり」

 

 ふうと軽く息を吐いて、鼻から息を吸う。すると、立ち昇ったバニラの香りと、右手についたシダーウッドの香りが交じり合う。贅沢な時間。私が大好きなひとときだ。

 

 

 一通り家の確認を終えた私は、パイプを置いて椅子に腰かけた。まとめれば、煙草と香水は男のまま。服とバイクのジャケット類やプロテクター類、靴、そういった身につける者は全て女物になっていた。もちろん、私の体にぴったりのサイズの物だ。うん。夢、というには現実的すぎるし、私に女性服の知識は無い。十中八九、現実の空気が私の背中を押している。

 

『…トロフィーでの注目はやはりマルゼンスキーでしょう。トゥインクルシリーズでは…』

 

 何気なく付けたテレビからは、間違いなくウマ娘のレースの情報が流されている。現実だとすれば、間違いなく、ここは私の知る場所ではない。

 

「現実感が迫ってくると、やっぱり、ちょっと焦るかな」

 

 夢ではない。現実である。その事実を徐々に突き付けられ、気持ちがそちらに向いて行くと、不思議と焦りが産まれてくるものだ。私は一体誰なんだ。いや、学生証や書類から名前は判っているし、男としての名前も覚えてはいる。けれど、男としての記憶って、これ、本当に私の記憶なのだろうか。

 

「何かショックで、女性としての記憶を忘れて、男としての記憶が作られた…とか?」

 

 突拍子もない事をつぶやいてみる。有り得そうだ。でも、ゲームの記憶もあれば、馬、競馬の記憶もある。それに男として生まれて、働いて、それなりに活躍していた記憶すら残っている。こればかりは、作られた記憶と断ずることは出来まい。

 

「転生?憑依?それとも、目覚めた?…わかんないな」

 

 両手を上げて自らに白旗を上げた。この問題はきっと、考えても答えが出ないものだ。偶然にせよ、必然にせよ、きっと自分の力より大きなものが働いていることは間違いない。ならば、私にできることは、それを流れのまま受け入れて行くことぐらいだろう。

 

「よし、悩むのは終わり。ああ、そうだ。これをちょっと見てみようか」

 

 先ほど部屋をまさぐっている時に見つけた記憶媒体の一つ。タイトルは『仮称・URA宣伝用ダンス―案1ノーカット版』というもので、しかも踊り手の欄に私の名前が書いてあるものだ。きっと、この先役に立つ物であろう。

 

 

『カメラはこっち?』

『はい。サビ前で2から3、サビで1カメに戻ります。2番は4カメからスタートで、あとは同じ流れですね』

『んー、それだと面白くないかなー。ラスサビで3カメとかどう?』

『3カメ…ですが、それだとステップの関係上体へのご負担が大きくなると思うのですが』

『きにしないきにしない。いい画撮れると思わない?』

『わかりました。じゃあ、それで行きましょう。では、ご準備の方を』

 

 始まったのは私とスタッフの軽い打ち合わせからだ。学園のジャージを着た私が、スタッフと軽く打ち合わせをして、そしてそのまま撮影に入ったようだ。

 

『それでは参ります。URA宣伝用ダンス、仮称メイクデビュー、振り付け案その1。3、2、1』

 

 同時に私が歌い始める。まさに、その歌詞、曲はウマ娘プリティーダービーの『Make debut!』であった。ただ、少し記憶の中のダンスとは振り付けが違う。例えば歌い始めてすぐの所『君と見たいから』と歌う場所では、ゲーム内では手を上に上げるしぐさであったのだが、画面の中の私は、画面の、つまりはカメラを指さしていた。

 

「なるほどね。タイトル通りの仮称メイクデビュー、振り付け案その1ってことか」

 

 おそらくは正式版がゲーム内での振り付けであり、これは本当に仮の振り付けなのだろう、ということで納得しておこう。ちらりと記録媒体が入っていた箱を見てみれば、収録日はどうやらここ最近の物であった。となれば、今、まだMake debut!はダンス、歌共に構築中であるという事だろうね。

 

「ふーん。そういえば、ウマ娘の時間軸って結構あやふやだったよね」

 

 そもそもマルゼンスキーとシンボリルドルフ、ウイニングチケットが同じ場所で学園生活をしているということから、実馬との差というのはかなり大きいであろう。そこらへん、明確な設定というのは無かったはず。となると…この映像はどう見ればいいんだろう。

 

「ま、普通に考えればMake debut!の前にも曲はあったけれど、時代が流れるにしたがって新曲を作った、ってだけなんだろうけどねー」

 

 また謎が一つ増えた気がするが、まぁ…これも私の力ではどうにもこうにも判らないものだ。それにしても、私の映像で新曲の振り付けの映像があるということは、私は結構ダンスや歌で既に信頼を勝ち取っているということなのだろうか。

 

「あー。だから学園長とたづなさん、スケジュールはどうだとか言って少し焦ってたのかな」

 

 少し考えればそうなのだろう。新たな曲のPVとして映像を出す場合、歌が上手くて踊りが踊れて、容姿が良い人物が適任であろうし。映像を見る限り、正直、華があった。それにこの体は顔も声もスタイルもそうとう良い。

 

「んー…ま、難しい事は明日から頑張ろう。たしかたづなさんにレッスンをしてもらえるんだよね。そこで覚えればいいだけでしょ」

 

 今回も考える事はやめた。結局、私は私。なるようにしかなるまいよ。

 

 

「…何?彼女、記憶が無い?」

「ええ。さっき会った時様子が可笑しかったから何かあったー?って聞いてみたらそう言っていたの。ルドルフちゃんはどう思う?」

「彼女が冗談を言うとも思えないが…揶揄っている線も否定はできないな。マルゼンスキー。他にこのことを知っている者は?」

「学園長とたづなさんには話したって」

「ふむ…冗談という線は薄いか…?でも、学園長とたづなさんが知っていて、彼女を野放しにしている…それなら、まぁ、悪い事にはなるまいか?」

「ルドルフちゃん。一度、学園長と話をしてみたら?」

「そうだな、そうしよう」

 

 人払いされた生徒会室では、マルゼンスキーとシンボリルドルフが向き合っている。その会話の内容と言えば、よく彼女らが知る自由奔放なウマ娘の件についてであった。

 

「それにしても、私も先ほど彼女と会ったんだが、全くそんな素振りは見せていなかったな。私が知る限り、仕草や声、性格はそのままと言っても良いだろう」

「それは同感。彼女は彼女のままよねぇ」

「本当に記憶が無いと言っていたのか?いつもの冗談という線はないか?」

「うーん…他の生徒に囲まれて、ファン対応をしていた、って言えばちょっと異常だなって判るでしょう?」

 

 確かに、とシンボリルドルフは頷きを見せていた。彼女らが知るウマ娘ならば、寄ってきたファンを軽くあしらって風のように消えてしまう事だろう。

 

「ねぇルドルフちゃん。彼女は明日、普通に登校してくるらしいから、どうかしら。久しぶりに3人でランチでも」

「それはいい提案だな。場所は私が確保しておこう」

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