私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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トレセンの1月

「ミスターシービーかぁ…本当、彼女凄いよね」

「うん。周りも。エースに、ルドルフさんに、追いつける気がしない」

「本当にねー。あーあ、地元じゃ1番早かったのになぁ」

「あたしも。いつまでダラダラとすがりつくんだかって思うよ」

「私もだよ。でも、やっぱり夢は見ちゃうよね」

「うん。オープンで勝ちたい。重賞ウマ娘になりたいんだけど。私、キラキラ持ってないしなぁ」

「本当に、羨ましいよねー。あ。それでさ、あたし、実は今年でトレセンをやめようとおもってるんだ。地元のお店から声かかっててさ」

「え!?嘘!?」

「本当。最後まで本気でやりたいけど、どうもねー…」

「そっか。そっかぁー」

「君は?」

「まだ居れるうちは頑張るけど…ね。でも、そろそろ勝たないと、勝たないと、でも」

 

―ミスターシービーみたいに、キラキラは出来ない。私には。

 

 

『あと2周!タイムが落ちてるぞ!前を向け!顎を上げろ!踏みしめていけ!』

『はい!』

『お前なら出来るぞキング!まずは中山記念!獲るぞ!』

『はい!ヤアアアアアアアアアアア!』

 

 抉れる地面。汚れる顔。だが、それを笑うものは誰もいない。ここはトレセンだ。

 

『エース!下を向くな!まだお前はシービーに届いていない!練習から気後れしてどうする!』

『わかってんだよそんぐらい!見てろ!』

『いいぞ!気迫を出していけ!』

『あいつにいつまでも背中を見せられてるわけにいかないんだよ!オラアアアアア!』

 

 笑う暇があるなら、前を向いて背中を追う。暇など無い、上を目指すのだから。

 

『スイムの目標は2000メートル。いいな?』

『もちのロンよ。スタミナ、付けないとね』

『目標は今年のJCでいいのか?本当に』

『ええ。2番手じゃあマルゼンスキーの名が廃るもの。ドリームに行くとしても、一着でいかなくちゃ』

『わかった。じゃあ、目標タイムは人間の半分だが、お前なら行けるだろう』

『あら、信頼してくれているのね。キッツイけど、おねーさん頑張っちゃう。行ってくるわね』

 

 そこに、年功序列は関係ない。実力をただただ高め、ライバルとのレースに備えていく。

 

『ほら、ドリンクだ。5分休憩、そのあと坂路再開だ』

『プロテインは?』

『2杯入れてある』

『ありがとう。どうだ、私の仕上がりは。クラシック、君の目から見てどう思う』

『気が早いぞ、掛かり過ぎだ』

『…すまない。最近、シービーと筋トレをする機会があってね、やはり、どうも』

『はは。君も年相応な所があるんだな。だが、今年のクラシック、面子は濃いが…君が1番濃く、味がしそうだ』

『ほう。根拠は?』

『私の勘』

『ふ、あはは!まさかトレーナー君がそんな冗談を言うとは』

『でも、私の勘は当たるからね。それに、シービーが1番注目しているのが君だ。これが根拠では物足りないかな?』

 

 目指す背中はまだ遠い。しかし、希望は常に目の前にある。

 

『十二分だ。―さ、では休憩は終わりだ。何本走る?』

『4本。全力で足を振り抜いてこい』

『承知した。ハアアアアアアアアア!』

 

 それをまた見守るものも、希望に満ち満ちている。

 

『最近、シンボリルドルフはどうか?』

『調子はいいと聞きます。生徒会の仕事は他の人に任せているとか』

『そうか。彼女は責任感が強いシンボリの家の者だ。抱え込むきらいがあったが、どうやら、周りを頼る事を覚えたらしい』

『そうですね。これも、ミスターシービーのお陰でしょうか?』

『ん?なぜ彼女の名前が出てくるのだ。たづな』

『理事長がミスターシービーに任せたのでしょう?かかり気味だったシンボリルドルフを。判りますよ』

『そうか。なんにせよ、今年も一年、退屈することはないだろう!』

『そうですね。ああ、それはそうと、学園の畑の増設の件で見慣れない請求書が来ているのですが…』

『おおっとたづなぁ!私は急用を思い出したぁ!適当に処理しておいて…』

『…逃がすと、逃げれるとお思いで?キッチリと説明していただきますよ?』

『いやこれはウマ娘の幸せのためであってな!?話を聞いてくれたづなぁ!』

 

 得てして、今日もトレセンは騒がしい。

 

 

「爪の状態は良いですね。練習再開の許可を出しましょう」

「ありがとうございます」

 

 病院で快方の報を受けて今日はプリウスでの2人旅。バイクじゃないし、バイクじゃ駄目。というか、車じゃないといけない理由があるんだけど、まだ、トレーナーには伝えていない。

 

「そういえば、新しい靴は近いうちに届く、んだよな」

「うん。明後日には持ってくるって」

 

 千明さんと佐藤さんの自信作。柔らかさと靭やかさ、そして強度と耐久性を高次元でまとめたものらしい。練習靴だけでも制作に時間がかかるとか。

 

「ドライカーボンのインソールに、特殊樹脂を染み込ませた皮、だっけか。奢るなぁ。高いんだろう?」

 

 頷く。ま、確かに桁がひとつ違うけど、楽しく走るための投資だ。安い安い。

 

「ま、それだけアタシの足が厄介ってこと。幸い蓄えは多いしね。それに、トレーニングメニューを調整してくれたから去年は怪我が無かったんだし。君に感謝だよ、Mr.トレーナー?」

「そう言ってくれると冥利に尽きるさ。ミスターシービー。それはそうと…どこに向かってるんだ?首都高…逆じゃないか?」

 

 お、お気づきになられましたか。そうだね。普通だったら府中にいくもんね。でも、今向かっているのは川口方面。埼玉方面。全く逆だ。だって、今日プリウスで来た理由はこれなのだから。

 

「キャンプ場に向かってるよ」

「は?トレセンじゃないのか?」

 

 良いリアクションするねー。でも、トレーナーの顔は見ずに話を進めておく。こういうのは、相手の意見を聞かないのがコツだ。

 

「大洗の松林。平日なら空いてるからねー」

「いやそういう話じゃなくてな?」

 

 焦ってる焦ってる。でも、君はアタシのトレーナー。こうなったら、曲がらないのはよく知っているでしょう?

 

「ハンモック、2つ用意したからさー。焚き火で温まりながらゆっくりしよう」

 

 そう言って笑顔でちらりと目配せをしてみる。すると、トレーナーは肩をすくめて大きくため息を吐いていた。どうやら勝ちのようだ。

 

「…へいへい。判りましたよお姫様」

「よろしい。あ、外泊許可は獲ってあるから」

 

 理事長と生徒会長から勝ち取ったとも言う。トレーナーと2人の外泊なんて普通認めないからね。でも、私がやりたいからねーということで無理やり押し切った。苦笑を浮かべていたから、仕方ねぇなぁこいつは、ぐらいな感じで送り出された感は強いね。

 

「お前本当にそういうところの根回しがハンパないな?」

「楽しむためなら努力は惜しまないからね。レースも、遊びも!」

 

 全力で競い合い、全力で遊ぶ。私のスタイル。アタシのスタイル。妥協なんてありゃしない。だって、勿体ないもの。逸る気持ちそのままにアクセルを踏み込めば、モーターとエンジンのハイブリットの力で、車体がぐっと前に出る。

 

「おおい、控えめでいけよ」

「判ってる判ってる」

 

 バイクの背中に乗っている君が今更何を。車なんて快適じゃあないか。雨には濡れない、風にもあたらない、気温はコントロールされているし、ノイズも少ない。快適すぎる。

 

「アタシがバイクなら、ルドルフは車かなぁ」

「ん?」

「ああ、いやね、イメージの話。アタシは楽しく走るでしょ。縦横無尽というかさ」

「そうだな」

「でも、ルドルフは強くて安定している感じがあるからさ。そうかなって」

 

 思い出してみれば、馬のシンボリルドルフは強い競馬ばかりだった気がする。前目に付けて、最後の直線でぐっと前に出る。安心感は強く、実際、強い競馬だ。彼女と比べれば、アタシは不安定とも言えるだろう。

 

「ルドルフは確かに有望株。強いな」

「トレーナーもそう思うでしょ?」

「だが」

 

 区切ったトレーナー。ちらりとその顔を伺ってみれば、仕方ねぇなぁという顔で、笑っていた。

 

「ミスターシービーは不安定だからこそ楽しんだろう?最後の直線で駆け抜けてくるから、楽しいんだ。お互いに良いところがあるんだし、気にすんな。お前は、楽しく走ってくれればそれでいいし、それ以上は求めない」

「1着は?」

「ついでに着いてくるもんだろ?俺にとっても、お前にとっても」

 

 なんの気無しで言ってくるトレーナー。ああ、そう。そうだ。その通りだよ。思わず、笑みが浮かぶ。

 

「あははははは!いいね、すごくいい!そうだよ。その通り。やっぱり君は良いトレーナーだ」

「なんだよ急に」

「こっちの話。じゃ、今日はステーキを奢るよ。お手製ハラペーニョソースもつけちゃう」

「お、そりゃいいな。酒と煙草が進みそうだ」

 

 天気は快晴。気温は低い。でも、隣に居るのは信頼出来るパートナー。きっと今日は、楽しい楽しいキャンプになりそうだ。

 

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