『果てしなく広がるこの大地を 僕らはまた歩き続けるさ すべての意味が分かるのならば この瞳で何を見つめるのだろう』
夜の宴というものは気づけば続いていくもので、一曲で終わらせるはずの歌は、風に任せるように口からどんどん溢れていく。で、結局。
「ミスターシービー、いい歌を謳いますね」
「俺の自慢のウマ娘だからなぁ」
「羨ましい限りで」
ワタシがミスターシービーというのは、あっというまにバレてしまった。開き直ったトレーナーとこのキャンプ場の管理人らしき人は、お互いなんか満足そうに頷いているし。人だかりが出来て、それが焚き火と星空に照らされてちょっとしたステージみたいな感じだね。加えて根付さんのギターの腕もあいまってまるで上質なライブ空間のようだ。
『Oh No! No! If ya wanna be somebody』
謳いながら根付さんと視線を合わせ、頷く。いい感じだよと。軽くメロディーラインを伝えてアレンジしてくるギターテク。いいねぇ。
『Get up on ya feet and go』
焚き火に巻きをくべながら、伸びやかに謳う。
『I know we’re gonna meet each other』
大きくパチパチと弾ける薪。どうやらまだ乾燥が不十分だったようだ。でも、それもまた風情。
『Somewhere around the globe』
そして気づいてみれば、あの子供のナイスネイチャもここに居た。どうやら、キャンプを楽しむ人々の中に居たようで、ご両親らしき人と一緒に肩を揺らしている。ちょっと微笑ましいかも。そしてここからラスサビだ。ギターを掻き鳴らしながら、根付さんが頷いた。合わせるように、大きく口を開ける。
『Around the world―Around the world』
『いつでも自分に』
おっと、まさかここでかぶせてくるかと驚いて目を見開いた。根付さんは悪戯成功ってな具合に笑顔を浮かべている。いいよ、嫌いじゃない。
『Around the world―Around the world』
『負けてる人は』
2人でリズムを取りながら、盛り上がりを演出してみせる。周りの観客たちも手拍子なんか入れてくれて、ものすごく良い雰囲気だ。
『Around the world―Around the world』
『何も掴めない』
そして最後の章節へ。視線を合わせ、頷きながら。
『But don't run away 'cause if it's not ok』
『But don't run away 'cause if it's not ok』
ギター音がかき鳴らされる。そしてその音が消えると同時に、アカペラで。
『I'll change that world into something better honey』
静寂。パチパチと弾ける薪の音。ふっと息を吐くと、同時に拍手が起きていた。
■
更に数曲を歌い上げたところで、ついに門限の10時を迎えた。冬空のライブハウスは解散となるはずだったのだけど、どうやらそうもいかないようで。
「素敵でした。最高の日に来れてよかったですよ!」
「あはは、そうかな?勝手に歌っちゃっただけだけど、満足してもらえたなら最高かな」
「満足も大満足です。あのミスターシービーの生歌を聞けるなんて。あの、今歌った曲たちってどこかで配信とかしてますか?」
「してないよー。今日だけの特別な曲だから。あ、URAの曲はそのうち配信するから待っててね」
私を取り囲むように円が出来てしまっていた。モチロン、自分のテントに戻った人もいるけれど、根付さんやナイスネイチャの家族、管理人さんなんかも一緒になって焚き火を囲んでいる。
「それにしてもミスターシービー。いい歌、謳うね」
「根付さんのギターあってこそですよ。貴方こそ、すごくギターがお上手じゃないですか。どこかで演奏してらっしゃるんですか?」
私の言葉に根付さんは頭を掻いて、少し照れくさそうにはにかむ。
「一応プロさ。ま、好きに歌っているだけだ。俺の歌を聞けってね。ああ、別にそんなかしこまる必要はないよ」
「へぇ。じゃあ遠慮なく。それじゃあさ、ライブをやるときは教えてよ。見に行くから」
「おう」
なんて言いながら握手を交わしてみれば、なるほど、その手は繊細でありながら重みを感じるものだった。生半可じゃないなぁと思う。と、視界の端でウマの耳が動いていた。はて、と首をそちらに向けてみると、一人のウマ娘がこちらの顔色を伺っていた。首を傾げてみると、おずおずと、こちらに声をかける。
「あの、すいません。実はミスターシービーさんのファンで。サインいただけたりは…」
「ん?もちろんいいよー。あ、色紙無いけど…」
「用意しました!マジックもあります!」
これは準備の良いことで。じゃあと色紙を受け取ってサインをさらっと書いた。本来はこういうのはやらないけど、ここにいる人だけなら人数的にも負担にもならないしね。トレーナーに視線を向けてみれば、軽く頷かれた。
「えーと、ああ、貴女の名前は?」
「フアーストストップです」
「フアーストストップさんへっと。はい、どーぞ」
「アタシも!」
「私も…」
「あの、俺も…」
「キャンプ場にも一枚…」
そうなるよねー。わかるかわる。ま、トレーナーから許可は貰ったし。
「いいよー。じゃ、各々お名前教えてー?」
サインを書きながら、ぽつりぽつりと雑談をするこのいい雰囲気。空には星が浮かぶ。木々はさあさあとなびく。うん、実に良い夜だ。
■
翌朝。朝日が昇った澄んだ空気を感じながら、私は爆睡するトレーナーを後目に歯を磨きに水場に来ていた。のんびりとフロスを歯に通していると、見慣れた顔が目をこすりながらこちらに近づいてきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます…あ、はい!よく眠れました!」
ナイスネイチャだ。私が声をかけると、眠気がすっとんだように笑顔を見せてくれた。そして並んで2人で歯を磨き、顔を洗う。ふと気づくと、ナイスネイチャはこちらに顔を向けていた。どうしたんだろう?
「あの、昨日の曲のタイトルってなんですか?」
「んー?どれだろ」
「英語の歌詞が入ってたやつです。すごく素敵でした」
目をキラキラとさせている。うーん、実に眩しいこと。
「Around The Worldってタイトルだよ」
「Around The World…あの、意味はどういう」
「意味?和訳すると…そうだね」
なんて言おうか。直訳すると世界一周とかそういう意味なんだけれど。
「…いろんな世界を旅してみよう。いろんな世界を、見たことのない世界を見てみよう。みたいな感じかなぁ?」
もともとは天竺へ旅する彼らの話。彼らが行った苦難を、素敵な旅をイメージしたのだから、多分、こういう感じだろう。
「いろんな世界、ですか」
「うん」
「その、まるで」
何かを言い淀む。どうしたんだろうと首を傾げて笑顔を向けてみると、恥ずかしそうに言葉を続けてくれた。
「まるで、ミスターシービーさんみたいですね」
「そう?」
「はい!」
元気だこと。でも、なんかちょっと誇らしいかもね。彼女に私がそう見えているのならば、それは素敵だ。
「そっか。そういえばナイスネイチャ。昨日の話の続きだけどさ、君は中央で走りたい?」
「もちろんです」
「じゃ、私の背中を追うなら色々な苦難に合うだろうけど、色々チャレンジしてみるといいよ」
あ、そうだ。せっかくここであったんだ。何かの縁だし、ちょっと渡すものを渡しておこう。
「あとそうだ。会ったのもナニカの縁だしさ。これあげる」
「ありがとうございます。これは?」
「4月のファン感謝祭の招待状。私のステージの最前列だ。家族みんなで来ると良いよ」
私がそう言いながらチケットを渡すと、目に見えて彼女のテンションが上っていることがわかった。笑顔で今にも飛び跳ねそうな感じだ。
「わ!いいんですか!?」
「もちろん。楽しみにしててね。新曲も謳うから」
「はい!ありがとうございます!」
うんうん。よきかなよきかな。―さて、新たな出会いも楽しんだし、そろそろトレーナーを起こしましょうか。明日からはまた、楽しい楽しい練習の日々だ。あー、それと次のレースは何を走ろうかなぁ。宝塚…もいいけど。でも、エースとの対決はまだ先にとっておきたいしー…。