「これこれ。この感じ」
良馬場のコースを目の前に、新品の練習靴を履いて走り出した。足に伝わる感触に、思わず笑みが出てしまう。正直言えばヘタる部分だけを強化してくるかと思ったのだけれど、なるほど改良品とはこのことかと納得出来た。
「気持ちよく伸びれる、ね!」
コーナーに入って腰を落とす。外に向かう力がかかり、靴やソールが変形する感覚が足に伝わる。だが、許容範囲内もいいところ。前のソールよりもダイレクトに地面がいる。
ふいに足音が近づく。はて、と首を横に振ってみると見慣れたウマ娘が一人。
「っしゃああああ!シービー!調子良さそうじゃねーか!」
「お、エース!キミこそ調子良さそうじゃない?どう、このままゴールまで競争!」
「ノッた!勝ったほうが今日の昼飯奢るってことで!」
「いいね!負けないよー!」
「こっちこそだ!」
距離にして残り1600。休み明けの追い込みとしては少しキツイ気もするけど、昼飯がかかっているなら負けるわけにはいかないね。ギアを一つ上げるように首を下げて加速を開始してやれば、合わせるようにエースも首を突っ込んでくる。いいね、悪くないよその気迫!
「休養明けってのに飛ばすじゃねーか!」
「キミこそ!本番が近いっていうのにそんなに飛ばしていいの!?」
「お前との勝負はいつでも本気だからな!オラアアアアア!」
「あっはははは!野暮だった!ハァアアアアアアア!」
てなわけで、私はキャンプ明けのなまった身体の錆を落とすように、エースはその刃を研ぐように加速していく。直線はいい感じで互角。ならばコーナー抜けての最終加速が勝負どころ!腰を落とし、更に1段ギアを上げる。首を下げ、地面を抉るように!
「やるねエース!でも私が勝つ!ヤァアアアアアアアア!」
「負けるかアアアアアアアア!」
並んでくるかカツラギエース!仕上げて来てるなぁ!ああ!楽しい、楽しくて仕方がない!コーナーが開けた!最後の直線!ゴールはトレーナーの立っているところ!最後の一歩までしっかり踏み込め!その勢いのまま、トレーナーの前を並んで駆け抜けたのだが。
「先着はカツラギエース。頭ひとつ遅れてお前の負けだ。シービー」
「っしゃあああ!あーっはっはっは!やったぞシービー!」
「げー…」
昼食2人分の支払いは確定らしい。トレーナーの苦笑を背景に、高笑いを続けるエースの頭を少しこづいてやった。
「いてっ。なんだよー。悔しいのかー?」
「べつにー?」
「あはははは!顔に出てるぞシービー」
悔しいとは口にしない。本調子ではないとも口にはしないけれど、こうも高笑いされるとひっぱたきたくもなるというものだ。思わずエースを睨んでしまったが、カラカラといい笑顔で返されてしまった。ちくしょう。次は負けないからな?
そう思いながら体を伸ばしていると、トレーナーが何かを思い出したように手を叩いていた。はて、なんだろうか?
「さて、ま、カツラギエースとの勝負の結果はともかく、今週末開けておいてくれ。シービー」
「ん?週末?何かあったっけ?トレーナー」
「新入生の事前受け入れだ。体験入学と言い換えてもいい。お前と一日一緒にトレーニングを行って、このトレセンのイメージを掴んでもらう。と、理事長の発案さ」
「ずいぶん急だね?」
怪訝な顔でトレーナーを覗いてみれば、ばつの悪そうな顔で頭を掻いていた。あれ、これもしかして私に伝え忘れてたやつか?という私の考えを証明するように、エースがさも当たり前のようにこう言った。
「アタシは前から聞いてたぞ?」
マジか。トレーナーをちょっと睨む。
「え?トレーナー?」
「…悪い、伝え忘れてた。お前とのキャンプが楽しみでなー。伝え忘れてた」
む、そう言われるとちょっと悪い気はしない。軽く肩を小突いて、仕方ないねぇトレーナーは、と笑っておいた。
「おいおい、惚気ならアタシが居なくなってからやってくれよ」
「惚気じゃないやい。エースだってトレーナーとデートぐらいするでしょ?」
おちょくってきたエースにそう言ってみると、少し小難しい顔をしてこう言葉を返してきた。
「あー、まぁ。でも、泊まりはしないぞ?」
「そう?」
「ああ。つーかさぁ、お前とトレーナー、結構噂になってるぜ?」
「えー?なんもないけどなぁ。ね?トレーナー」
「ああ。なんにもないな。楽しく遊んでるだけだぞ?カツラギエース」
トレーナーと顔を見合わせて首を傾げる。本当に楽しく遊んでいるだけなんだけどね?レースは真面目にやってるし。そんな私たちを見て、今度はエースが苦笑を浮かべていた。
「…自覚ないやつか」
何かを呟いたようだが、聞き取れなかった。首を傾げていると、仕方ねぇなと肩をすくめるエースが居た。
「なんでもねぇよ。じゃ、おじゃま虫はそろそろ消えるわ。昼飯、忘れんなよー?」
「もちろん。じゃ、また後でねー」
手をひらひらとさせてエースを見送る。さてと、じゃあ、改めてその体験入学ってやつの話を聞こうじゃないか。
「じゃ、難しい話は煙草でも呑みながら」
「そうするか」
■
三女神の海泡石パイプに火が灯る。燻らせると煙が天に昇っていく。ゆらりゆらりと昇るそれを眺めながら、私はトレーナーから渡された資料に視線を落としていた。
「ミスターシービーとしての週末の受け入人数は3人だ。入学後はおそらく、クラシック級は間違いなしと言われている実力者たちになる」
「へぇ。すごい子達なんだね?アタシでいいの?ルドルフとかのほうが参考になるんじゃない?」
「たっての希望だそうだ。最強の秘訣を知りたいんだと」
なるほどね。もの好きが3人か。ま、ちょうどいいだろう。私とトレーナーでいい感じに目が届く範囲だ。これで10人とか言われたら面倒を見きれる気がしないし。
「あとは見学者が数名だな」
「見学?」
首を傾げた。練習だけじゃなくて、それを見られるってこと?
「ああ。こっちは入学予定のウマ娘たちと、一般の希望者さ。人数は未定だが…メジロ家のお嬢さんが2人は確実に見に来るらしい」
「へー、メジロの。じゃ、気合入れないと、かな?」
笑ってみせると、トレーナーは首を横に振る。
「いや、お前はいつものままでいい。淡々と、その背中を後輩に見せてやれ」
「りょーかい。じゃ、いつもの通りの練習をすればいいんだね?」
「ああ。俺のメニューをこなしてくれればそれでいいさ」
なるほどなるほどね。そういうことならば問題は無いね。あ、そうだ。
「そういえば練習を見せるのはいいんだけど、ライブは?」
「あー…それは考えてなかったな」
ふむ。それはちょっといただけない。ウマ娘のレースとは、ライブまで含めた総合エンターテイメントに近い。ならば、最後に軽くライブを見せてやってこそじゃないかな、と思ってしまう。
「じゃ、一曲軽くエールを送る意味を込めて、体験の最後に私が謳うってことでどうだろ、ミニライブみたいな感じで。トレーナー?」
「お前が良いならそれで行こうか。シービー。でも、曲はどうする?」
曲かぁ。ま、そうだねー。ウイニングザソウルあたりがいいかもしれないけれど、エールとなるとちょっと違うかな?
「こっちで用意するよ。伴奏のアテもあるしね」
「伴奏のアテ?」
「うん。トレーナーも知ってる人だよ。連絡先、交換したしね」
私がそう言うと、ああ、と納得の頷きを見せるトレーナー。さて、じゃ、せっかくの縁だし彼に連絡を取ってみよう。2つ3つ、お願いしたいこともあるしね。