思い立ったが吉日ということで、早速私は許可を取るために学園長室の扉を叩いていた。ちょうど休憩中だったようで、たづなさんと学園長が出迎えてくれる。たづなさんが入れてくれたコーヒーを口に含みながら『事前受け入れ』の話をしてみれば、面白い、と興味を持ってくれた。
「なるほど。体験で生音源でライブを」
「ええ、せっかくならそこまで体験させてあげたいなって。いいかな?」
顔を見合わせてたづなさんと学園長はひそひそと何がしかを示し合わせている。が、次の瞬間笑顔でこちらを向いた。なるほど、いい感触だね?
「無論!特に、三冠の君が言うのだ!任せよう!」
「ありがとうございます」
頷きと承認を頂いた。社会人としてはこういうのが大切だ。…多分本来のミスターシービーは苦手だろうけど、そこは私がフォローすればいいだけの話だ。いけないいけない、思考がずれた。ふと、学園長がわかりやすく悩み顔を浮かべていた。
「ただ、問題がな…」
「問題?」
「うむ。この時期、URAのバックバンドやオーケストラは別の仕事が入っているのだ。クラシックやティアラに向けた練習、その他、一般人向けのイベントの練習なのでな。だからスケジューリングが難しいのだ。やってはみるが、最悪は録音の音源でお願いすると思う!」
なるほど。『生音源』が引っかかってるわけね?でも、大丈夫、その点は。
「その点はご安心を。ツテがあるので」
おや?という顔でこちらを向いたたづなさん。でしょうね。いままで、私の曲は私のスマホの音源から渡していたのだから。いつのまにそんなツテを?と言いたげな瞳だ。
「ツテ、ですか?シービーさん」
「うん。ツテ」
「いつの間に。あ、いえ。実力は間違いない、ですか?」
「んー…私の歌にアドリブで合わせてこれるギタリスト、って言えば実力は伝わるかな?」
私が微笑めば、たづなさんは頷いてくれた。よしよし。
「ということでバックバンドはこっちに任せてもらってもいいかな?ま、つまりは部外者を入れるってことにはなるんだけど」
そう。根付さんは部外者だ。ま、悪い人じゃないから問題はないんだけど、学園的にこの点はどうなのだろう?
「その点はご心配なく。ウマ娘による警備も完璧に段取りしていますし、なによりシービーさんの事を信用していますから」
「ありがと、たづなさん」
「いいえ。それで、そのバンドのお名前は?」
バンド。あー…バンドの名前…。そういえば、彼はバンドやってるのだろうか?
「あー、実は個人なんだ。根付さんって人。今のところ一人の知り合いなんだけど、多分、ライブやったことあるって言ってたから、仲間もいるからお願いしようかなって」
「なるほど。では、確定しましたら早めに連絡を」
「うん。って、どうしたの?学園長」
たづなさんと話を詰めている中で、学園長は静寂を守っていたのだが、私が根付、と言った時からなにがしか引っかかるようで、わかりやすく眉間にシワが寄っていた。
「根付、という名が引っかかってな?はて…どこかで…」
「学園長、知ってるのですか?」
たづなさんがいつもの笑みで、学園長にそう問いかけていた。
「うーむ…昔何処かで聞いたような気もするのだが…思い出せん!が、話は承知した!手続きはたづなに一任する。よしなに、話を進めてくれ!」
「かしこまりました。では、シービーさん。よろしくお願いします」
2人に笑顔でそう言われれば、俄然やる気が沸いてくるというものだ。
「任された。ありがとね」
■
「おお、嬢ちゃん」
「どうも、根付さん。すいません、お呼び立てしてしまって」
学園近くのライダースカフェ。そこに置いてあるのは私のCBと、彼の真紅のワルキューレ。大型のクルーザーだ。窓の外の愛車を見ながら、私と根付さんは顔を突き合わせていた。
「はは。気にすんな。俺も暇してたところさ。で、何の用だ?」
笑顔でそう答えてくれる根付さんに、好きな飲物をどうぞと勧めてみる。すると、彼はアイスコーヒーを頼んでいた。私も同じものを頼む。そして、学園長とたづなさんに伝えた内容をかいつまんで根付さんに伝えてみた。
「なるほどな、ライブのバックバンドか」
頷きながらコーヒーを口に含む根付さん。どうだろうか。反応は良さげだけど。
「ええ。不躾なお願いになるんですが、根付さんのギターの腕をお借りしたいなと」
「ほう。俺の腕か。でもよ、俺と君は一度しかセッションしてないだろ。そこまで買ってくれる理由は?」
試すような瞳がこちらを睨む。おお、これはなかなかの迫力を感じてしまう。なんだろうか、百戦錬磨っていう言葉がしっくり来るような感じ。
でも、アタシだってそれなりのウマ娘だ。貴方と一緒にライブをしたい理由なんてただ一つ。
「アタシが気に入った。それだけだよ」
言い切って、根付さんの瞳を見返した。炎のようなゆらぎが、私を貫く。
「―いいぜ。引き受けた」
「ありがと。根付さんならそう言ってくれると思ってた」
笑顔を浮かべ、握手を交わす。ゴツゴツと、しかし、しなやかな指だ。うん。やっぱりこの人は本物かもね。
「さて、じゃ、時間はねぇが準備しないとな。お前はどんな歌を謳うんだ?」
「えーとね、私のライブの曲から一曲、いけないボーダーラインで行こうかなって」
ほう、と根付さんは感心するように小さく頷いていた。
「なるほど。あの曲か。良いぜ。じゃあ、そうだな、こっちからはギターの俺、ベース、キーボード、ドラム。この面子で参加させてくれ」
「モチロン。本当に急でごめんね」
「いいってことよ。日数は少ないが、やれるだけやってみるさ」
そう言いながら、もう一口コーヒーを口に含んだ根付さん。笑顔を浮かべているが、その瞳にはゆらぎではなく、ギラツキが宿っていた。そんな根付さんをみていたら、一つの疑問が頭に浮かぶ。
「そういえば一ついい?」
「ん?なんだ?」
「昔、学園とかURAで歌ったこととかってある?」
学園長が貴方の名前を知っているような素振りを見せていた。となると、貴方は多分、URAに何がしか関係があるはずなのだ。私の確信めいた質問に、根付さんは頭を掻きながら苦笑を浮かべていた。
「あー…ま、一回だけな。あるウマ娘の引退で歌ったことはある。どうしてだ?」
「いや、学園長が根付さんの名前出したら『どこかで聞いた』って言ってたからさ。なるほどね、納得だよ」
そう言いながら私はコーヒーを口に含む。冷たいコーヒーが喉に気持ちいいね。すると、根付さんの表情が嬉しそうな笑みに変わっていた。
「へぇ、あのライブを知っているやつがまだ学園に居たのか。そいつぁ嬉しいね」
どうやら彼にとって、そのライブはいい思い出らしい。なら、ちょっとだけ好奇心を満たすとしよう。
「差し支えなければ、何を歌ったのか教えてもらっても良い?」
彼の歌。そういえば聞いたことが無かったなぁと思いながら、そう聞いてみる。
「ん?あー、俺のオリジナルの歌さ。エンジェルボイス、っていうな」
「へー…エンジェルボイス?」
「ああ、機会があれば聞かせてやるよ」
「そうだね。楽しみにしてる」
エンジェルボイスかぁ。私の頭の中に浮かんだ曲は、あの劇中劇アニメの曲である。と、そこまで思い出したところで頭に引っかかった。
…根付?ギター…小さい眼鏡…。ん?もしかして、もしかする?私みたいな存在がいるわけだし。
「…勘違いじゃなければ、なんだけど、もしかして、この曲って根付さんの?」
ちょっとだけ好奇心を働かせて、曲名をウマホに打ち込んだものを見せた。すると、根付さんの表情が一気に変わった。口角が上がり、へぇ?という試すような視線がこちらを向く。
「…ほお?確かにそいつは俺の曲だ。よく、識ってる、じゃないか」
「好きで聞いてた曲だよ。私のお気に入りの一曲だよ」
試すような視線が満足げな笑みに変わった。なるほど?なるほど。これはどう考えるべきなのか。…ま、詮索はすまいて。そうだな、世界は変わっても、同じ人っていうのはいるもんだと思っておこう。ルドルフにスパムが通じた当たりもそうだしね。アタシも、そういう類だし。しかしそうか。であれば、せっかくだ。行くところまで行ってみよう。
「ね、もう一つお願いがあるんだけど」
口角を上げて根付さんに視線を合わせる。すると、あちらは不思議そうに首を傾げていた。
「なんだ?」
「お願いついでなんだけどさ、こんど行われる学園の感謝祭にも私のバックバンドで出てくれないかな。モチロン、悪いようにはしないからさ」
さ、どうだろう?流石にウイニングライブは無理だけど、どうせなら学園のしっかりとしたステージで一緒に歌いたい。彼のギターで、いろいろな曲を歌ってみたい。その思いが伝わったのかは判らないが。
「面白そうだな。いいぜ、考えといてやるよ」
根付さんは大きく頷きを見せてくれた。よし、じゃ、バックバンドが彼らになるのならば、アタシも気合を入れないとね。