いよいよやってまいりました週末。ジャージに着替えて、受け入れの練習生をコースで待っているわけだが、既に見学者は相当数。一般人から子ども、学園内のウマ娘たち。やはり、三冠ウマ娘であるアタシの練習を見れる、というのはなかなかの魅力があるらしい。よーくみてみれば、ナイスネイチャっぽい子や、メジロマックイーンらしい子、トウカイテイオーらしい子の姿も見える。
「…あー、そうだよねぇ。トウカイテイオーがルドルフに『ルドルフみたいにー』って言うのは今年だもんねぇ…」
アニメのルドルフの一年前、それがアタシの活躍した時期だもの。確かに、そういうことになるわけかぁ。ってことは、彼女らがデビューする頃には間違いなくアタシも引退に近い状態になるんだろうか?ちょっとだけセンチメンタルになるかもなぁ。
「ま、明日のことを考えちゃあ鬼が笑うか。まずは、今日の練習を全力で、だね」
さて…そろそろ練習開始の時間だ。手筈ではトレーナーが今日のパートナーというか、練習相手を連れてくるはずなのだけど…っと。
「お、キタキタ。さーて、一体アタシの練習に付き合いたいっていうもの好きは誰かなー」
気軽に構えてトレーナーを待つ。遠くに見えたトレーナーの横には、
「お待たせ。シービー。今日のトレーニングパートナーだ」
「うん。トレーナー。予定より1人多いね?」
「メジロのお嬢様が一人、見学じゃ嫌だと言うことでね。急遽さ」
ふぅん?値踏みするように一人ひとりのウマ娘をじろりと見つめていく。うん。まぁ、私のところに来るわけだから、そりゃ、当然のことながら将来大化けのウマ娘たちだ。
「オッケー。じゃあ、まずは自己紹介だね。アタシはミスターシービー。無敗のウマ娘だ。好きな走り方は追い込み。好きなものはバイクと煙草。じゃ、キミから」
促されたウマ娘が一歩前に出る。そして大きく息を吸うと、はっきりと私にこう告げた。
「スーパークリークです。今日はお時間を割いていただきありがとうございます。教えていただいたことを吸収して、今日は成長させていただきます。よろしくお願いします」
ギラっと目が輝いた。優しそうな笑顔の奥にある闘志が強烈だ。いやぁ…そうですか。では、次。
「タマモクロスや。大阪から出てきてまだ日が浅いから慣れてへんけど、よろしゅうたのんます」
白い稲妻かぁ。言葉は謙虚だけど、めっちゃギラついた目。こりゃあ化けるね。次。
「イナリワン!地元大井からミスターシービーさんの胸を借りにきました!今日はよろしくお願いします!」
これは元気な子だこと。勢いはイイ!ただ、2人に比べれば若干硬いけど、やっぱり瞳が強い。次。
「メジロラモーヌです。右に同じ、ミスターシービーの胸をお借りします。本日はメジロという家名は関係なく、どうか、よろしくお願いします」
いやはやビッグネームよ。家名関係なくっても、君ねぇ…。思わずちょっと頭を抱えたくはなった。でも、そうか。私の練習に付き合えるウマ娘ってことは、このクラスがくるのは当然だよねぇ。なんだろう。逆になんかちょっと楽しくなってきた。今日の練習、どこまで強く踏み込もうかな?ふふーん。
あ、そうだ。一つ確認しておこう。
「さて、それで一つ確認。『いけないボーダーライン』振り付けと歌は頭に入ってる?」
「大丈夫ですよ」
「モチロンや!」
「てやんでぃ!」
「問題ありません」
自信満々に頷く彼女ら。そうかそうかと頷いていく。
「よろしい。練習の後、ちょっと歌って踊るから。ライブ会場は学園のミニステージね」
私がそう言うと、みんな驚きで動きが止まっていた。ははぁん。油断してたね?今日は走りの練習だけだって。でも、アタシの背中を見るならその考えは甘い甘い。
「あはは、でも、そこまでやって中央のウマ娘さ。疲れていても、気分が乗らなくても、アタシたちは全力でファンに感謝を伝えるんだ。じゃ、練習、始めようか」
「よし、じゃあシービー。軽くウォーミングアップでトラック2周。そこからは調子を見てメニューを組み立てる。4人はその背中を無理ない程度に追いかけてみてくれ」
トレーナーがそう言うと、全員がいい声で返事をしてくれていた。さあ、楽しくなってきた。
■
「ヤァアアアアアアアアアア」
「まだ顎が上がっているぞシービー!引け!フォームを意識しろ!」
「判ってる!」
勢いよくトラックを駆け抜けると、トレーナーから激が飛ぶ。どうやら、練習をしなかった期間というのは私の体に結構影響を与えているらしい。ま、そりゃそうだ。例えばピアノなんかでは1日練習をサボると3日分戻ると言われている。私の場合は一週間程度練習をしていなかったのだから、それに照らし合わせれば1ヶ月分の実力が消えている状態だ。
それを示すように、コーナーに入った時にずるりと蹄鉄が横に滑った。踏み込みが浅い。つまりは腕の振りが甘く、顎が上がって上半身が起きてしまっているということ。下半身に力を入れ直し、ぐっと前傾を意識して再加速を行う。
「ハアアアアアアアアア!」
「いいぞー!そのままコーナーを抜けてスパート!」
脚を地面に食いつかせ、一気にトップスピードに体を乗せる。感じるのは風の轟音、吹っ飛んでいく景色、真っ青な青に、芝の青。誰も前に居ない。ああ、やっぱり走るのは最高だ!
「ゴール!タイムはベストから3秒落ち。ま、こんなもんだろう」
「ふー…3秒かー。やっぱり練習してなかったのは痛いねー」
「ま、お前ならすぐにカンを取り戻すだろう。で、だ」
ちらりとトレーナーと共にターフに視線をやる。すると、そこにあったのは、ゴールライン手前で倒れふす4人の姿。思わず、私とトレーナーは吹き出してしまっていた。
「あー、ま、こうなるよね」
「だな。ちょうどいい、休憩を入れようか」
ウォーミングアップに1600を2本、その後坂路を3本、そして本気の走りで2400を2本。慣れてないウマ娘にとっては辛いところだろうか。しかもペースが3秒落ちとは言え、重賞で通用するタイムだからねぇ。デビュー前のウマ娘にとっては、ま、異次元だろう。
「みんな限界っぽいから休憩!飲み物はアタシのやつ飲んでいいからね。小腹すいてるならこっちのお菓子も食べてよし」
「…はぁ、はぁ。ありがとう、ございます」
なんとかそう答えたのはスーパークリークだ。なるほど、4人の中では一番スタミナがあるらしい。他の3人はこちらにかるく視線を向けて、頷いただけだ。顔も青白くなっちゃって、本格的にスタミナがなくなってるねー。
「うーん。ま、回復したらまた走ろう。でも、すごいよキミ達。学園のウマ娘でも、ここまで着いてくるのは一握りだ。才能ある。今後がすごく楽しみだね」
しかも無理とは言わなかった。私の背中を追いかけてきているさなかでも、彼らは競い合い、自分を高めている。
『うおおおおおおお!置いていかれてたまるかってんだ!』
『イナリィ!無理すんなや!寝ててええんやでぇ!ウチが行く』
『てやんでぃ!寝ぼけたこと言ってんじゃねぇタマァ!』
強気に競い合う2人がいれば、また。静かに競い合う2人もいる。
『…素晴らしい、ミスターシービー。ああ、素敵、素敵よ!』
『本当ですね!でも、私も貴女に負けませんよー?』
『ふふ。いいわ。どちらが彼女の背中に食らいついていけるか、勝負しましょう』
静か、というのはちょっと語弊があっかもね。ただ、4人の闘志はまさに一流。こりゃあ本当に化ける子ばかりだ。
そうやって物思いに耽りながらベンチで休憩していると、4人も落ち着いてきたようで、その顔に赤みが戻っている。あ、そうだ。
「じゃ、坂路、トラックの使い方は判ったと思うから、こっからは少し自由に走ってみて」
「ええんか?シービーはん」
「うん。せっかくの機会だし、体力のあるうちに学園の練習施設を楽しんで。あと、アタシとトレーナーでキミ達の走りを見てあげる」
「おお!そいつぁ願ってもねぇ!頼んだ!いくぞタマ!」
「あ!ちょまてイナリ!抜け駆けは許さへんでぇ!ほら、ラモーヌもクリークもぼさっとしてたら置いてかれるで!?」
「ふふ。じゃ、お言葉に甘えさせていただきますね。ラモーヌさん、行きましょう?」
「そうね。せっかく三冠ウマ娘に走りを見てもらえる機会。無下には出来ませんからね」
4人はそう言葉を交わしながら、トラックへと出ていく。さてさて。彼女らの走りはどんなもんかな。トレーナーと視線を合わせて頷くと、2人でターフへと視線を向けた。
■
ということで、まず走りを見たのはタマモクロス。うん、小さい体でよく走る。どちらかというと追い込み型と言えそうかなぁ。ふと、そんな事をトレーナーと語りながら視線を送っていると、タマモクロスがこちらにやってきていた。おや、集中力を切らさせてしまったかな?と首を傾げてみれば。
「あの、ミスターシービーさん、折り入って相談があるんやけど…」
「ん、いいよ。トレーナーは…」
ちらりとタマモクロスに視線を向けてみると、小さく目線を外された。なるほど、私個人にだね?目配せをすれば、トレーナーは小さく頷き、ターフをかけるウマ娘たちの元へ向かっていった。
「それで、相談って?難しくなければ答えてあげるけど」
難しいこと―例えば『早くなるコツ』とかね。ぶっちゃけいえばコツなんてあるかい。練習と、気合いだ。なんてことを思っていると、タマモクロスは意を決したように、語り始める。
「ほらウチ、ミスターシービーさんに比べると小さいやろ?トレセンでやれるのか、少し、いや、少しやないな。めっちゃ心配やねん」
「確かにチビだね」
「誰がドチビやねん!?あんた、そこは気遣いってもんがあるやろ!?」
「あはは、ごめんごめん。でも、それが何か問題?」
チビ。たしかに一つのハードルではある。それに多分、彼女の髪の色もその不安を助長させているのだろう。それを証明するように、彼女はこう続けていた。
「ミスターシービー、シンボリルドルフ、カツラギエース。注目のウマ娘たちはみんなデカイ。しかも芦毛や無い。トレセンに来い言われたときは嬉しかったけど、いざその時が近づくと…正直、不安やねん」
なるほどねぇ。私のようにデカイウマ娘と彼女の一歩の大きさや、繰り出せるパワーは差があるだろう。でも、それは、勝敗の結果には繋がらない。加えると、アタシ自身が、どちらかというと落ちこぼれ側だったわけだしね。
「大丈夫さ。アタシだってトレーナー決まらなくて退学寸前だったんだ。不安も大きかった」
「そうやったんか!?」
「うん。でもそれが見て?三冠だよ?それに、不安なら成ればいいんだよ」
「何にや?」
「G1ウマ娘。そこに大きい小さいもないし色も関係ない。それにさ」
タマモクロスの目をしっかりと見る。そして、笑顔を浮かべてこう告げてあげる。
「それでも君はトレセンの門を叩くと決めたんだ。じゃあ、あとは他人がどうとかじゃなく、自分が全力でやるだけでしょ」
背中を押せる言葉かは判らない。でも、本心を彼女に告げる。揺れる瞳。しかし、私の視線から逃げることはない。そして、つかの間。
「…せや、せやな!」
揺れた瞳が炎に滾る。うん。どうやら、納得の行く答えを見つけたようだ。
「こんな答えで悪いね。アタシは言葉にするのは苦手なんだ」
「いや、あんたの言葉は私の心によー響いたで。ありがとな!」
■
練習に戻っていったタマモクロスと入れ替わるように、今度はイナリワンがこちらに近づいてきていた。おや、どうしたんだろうか?
「あの、ミスターシービーさん。時間あるかな?」
「うん。どうしたの?」
「相談があるんだ。聞いてくれっか?」
いいよ、と肯定の意味を込めて頷いてみると、これまた、何かを吐き出すが如く、語り始めた。
「地方…大井と中央トレセンで迷ってるんだ。どうすればいいか、アドバイスが欲しいんだ」
「ん?んー…何を迷ってるの?」
大井と中央…私的にはイナリワンといえば大井、というイメージがある。だから、この練習会はイナリワン自身の実力をあげるためとかそういう理由で参加したのかなぁ?と思っていたけれど、どうやら思い違いらしい。もうちょっと、深い理由がありそうだ。
「地元を大切にしたいんだ。でも、中央に誘ってもらったのは光栄だろ?どっちに行くか悩んじまってる」
ふーむ。両方とも素敵な気持ちだね。地元で走りたい、中央で走りたい。大井で走るか、中央で走るか。ま、でもこの場合は。
「はーん?じゃあ、簡単だよ」
比べている時点で決まっているんだ、こういうのは。イナリワンの瞳を見つめて、微笑みながらこう伝える。
「自分の心のいくままに決めれば良い。アタシは常にそうしてるよ」
世間で考えれば、栄光を考えれば間違いなく中央だろう。しかし、大井という走りたい場所で走るか迷っている。アタシはそう感じたんだ。
「心の」
つぶやいて、考え込むイナリワン。そう。だったら、本当に走りたいステージで走れば良い。
「うん。義務とか、責務とか、栄光とかは二の次。一番は何をしたいか。アタシから言うことはこれ以上、何もないよ」
「…わかったぜ、ありがとう。ミスターシービー。ったく、アタシとしたことが、何を迷ってたんだか!」
スッキリとした瞳でこちらの瞳を見返してきた。オッケー。どうやらお悩みは解決したみたいだね。それに、大井で走っていても、君は必ず。
「どういたしまして。ま、そうだなぁー。アタシとしてはまたいずれ、中央で会えることを楽しみにしてるね」
アタシがそう言うと、イナリワンは驚いた顔でこちらを見返していた。が、すぐに、鼻を鳴らして笑顔を見せてくれた。
「てやんでぃ!」
■
さて、こうなるとあと一人、スーパークリークも私のもとに来るのも時間の問題であったようだ。練習を続ける3人を尻目に一人、こちらに歩み寄ってきていた。
「お時間、よろしいですか?」
「うん、いいよ」
こちらもまたお悩み相談である。3人目ともなれば慣れたものだ。さて、こちらのスーパークリークは一体どんなお悩みをお抱えかな?
「その、私の走りを見て、何か思いませんか?」
ふむ、なんて抽象的な。でもまぁ、スタミナよしスピードもよし、気になるのはその足か。
「あー…そうだね。ちょっと足元が不安かなぁ。外向だよね、それ」
「はい。その、やっぱり、こういうものがあると中央で走ることは、活躍することは難しいのでしょうか?」
おっと、そう来たか。うーん、でも、十分速いけどね?
「ん?なんで?」
「いえ、今日の練習でも感じたんです。3人の凄さを、そして、貴女の凄さも。私が、それについていけるのか少し不安になってしまって」
ふむ。なるほど、今の自分と他人を比べてしまったわけか。そもそもアタシと今の君を比べるのが間違いなんだけど、まぁ、そうも言えないし。
「でも、トレセンの門は潜れた。ということはまぁ問題はないでしょ。あとは君がどれだけ君を信じられるか、かな?」
自分の限界を決めるのは自分自身だからね。そういう思いを込めて彼女を見つめてみた。すると、その瞳はやはり、揺れている。
「私が、私を?」
動揺が伝わってくる。なるほど、結構図星な感じね。自分が自分を信じられていないというところか?
「そ。自分を信じて本気で走れるか。歩く君の姿は一流のウマ娘のそれだよ。だからきっと、走っても速いはずだ。でも、なぜか今日のトレーニングでは一番遅い。なんとなく感じるんだけど、その原因は、君自身の走りを君が信じられていないからのように見えるかなー」
静かに私の言葉を聞くスーパークリーク。うん。本来は語るべきものでもないのだけど、ま、何かの縁だ。思っていることを素直に伝えさせてもらおう。
「ま、どちらにしても練習を重ねることだね。積み重ねればきっと、その先に
肩をすくめてみれば、スーパークリークの瞳が驚きに染まる。
「あら、ミスターシービーさんも、そうなんですか?」
うん。まぁ、とはいえ自分の走りに自信はあるけどね。でもレースを全力で走れるのは彼が居るからだ。
「まぁね。だって考えてみてよ?こんなに適当で自分勝手なウマ娘の手綱を握ってくれるトレーナーなんて2人といないよ?彼を信用しているから、だからアタシはレースで走れるんだ」
「あららら。すごい、惚気を」
なんとでも言うといいさ。でも、その惚気にも感じられる信頼こそ、アタシの強さの一つと言っても良い。
「羨ましい?でも、大丈夫。キミもそういうトレーナーに出会うよ。だから、今が不安でも、きっと大丈夫さ。だから、三冠ウマ娘の言葉ぐらいは信用してみない?」
アタシがそう言うと、スーパークリークは深く息を吸った。そして、噛みしめるように頷くと、こちらに強い瞳が向く。
「…判りました。貴女の言葉、信じてみます」
「うん。今は苦しいだろうけど、その先にはきっと栄光が待ってるよ」
私の言葉を受けてか、スーパークリークは優しい笑顔を浮かべてくれていた。うん。旨いこと言えたかなぁ?っていうか一日の練習、っていうだけでこれかぁ。後輩を育てるって、かなり難しいねぇ…。
そうそう、ちなみにメジロラモーヌは私への質問はないようで、ちらりと視線を送られるだけだった。ま、三者三様という言葉があるし、違うのもまた個性だ。しかし、この4人の中で一番抜きん出ているのは間違いなくラモーヌ。一つの問題を抱えながらも、間違いなく彼女が強い。てっきり、そのことについて聞かれるかと思ったんだけどな?
「ま、メジロのお嬢さんにはまた何か考えがあるんでしょ。難しく考えても仕方がないかなー」
自分に言い聞かせて、ターフを見る。トレーナーの指示の下、トレーニングを行う4人。いいね、実に青春だ。
―と、そろそろ良い時間になってきたから締めと行くかな!ベンチから立ち上がり、彼女らに声を掛けに行くとしよう。
■
「じゃ、最後はレースね」
「はい!」
「はい、わかりました」
「かしこまりましたわ」
「気合入るなぁ…」
最後の締めは、アタシとの模擬レース。手前味噌だけど、アタシと走れるとだけあってか、みんなの顔に気合が入っている。
「あ、ちなみにこのあとはライブあるからね。アタシを含めて一着と二着がセンターで歌ってもらうから、よろしくねー」
「へ?歌うって、ただ歌うんちゃうんか!?勝ったやつがセンターかいな!?」
アタシがそう言うと、タマモクロスが勢いよくツッコミを入れてくれた。いいね、そういうの好きだよ。でも、今回はあまりおちゃらけたりはしないさ。
「そ。だって練習してきたんでしょ?バックダンサーも、メインも」
「ほんきか!?練習はしてきたけど、せやけど、聞いとらんで!?」
そうだね、話してないから。でも、これからキミ達が生きる世界というものを体験するのが、今日の目的のはずだ。
「あはは!だって、今日キミ達はトレセンに来たんだ。レースに来たんだ。だったら、本番みたいにライブまでやらなきゃ。それにほら、このレースを楽しみにしている観客がいっぱいだ」
見渡せば、始まったときよりも多くのウマ娘が私達の練習風景を見ようと集まっている。ま、もちろんルドルフやエースの公開練習目的の人々も多いのだけど、それでも人は多い。
「だから、今日応援してくれて、見に来てくれてありがとうという感謝はちゃんと伝えないとね?ウマ娘のエンターテイメントのプロとして」
にやりと笑みを向けてみれば、全員の顔が一気に引き締まった。よしよし。
「じゃ、並んで。距離はそうだな…
私の言葉に、更に雰囲気が変わる。5秒遅れのスタート。これはかなりのハンデだ。なにせトレセンを目指してくる強者達。ふざけるなと思ったことだろう。でも、もうひと煽り。
「みんな、アタシに抜かれないよう、
■
スタートライン代わりに立ったトレーナーの前に、四人のウマ娘が並ぶ。共に、その目には闘志が燃えていた。なにせ相手はミスターシービー。しかも五秒のハンデである。
「舐められたもんや…ミスターシービーかて、5秒遅れはやり過ぎや」
「舐めちゃいかんよ。相手は無敗の三冠ウマ娘だぜ?」
「そうですよー。きっと、今日の練習を見て今の私達なら抜けると判断したんです。気に入らないですが」
「全くね。でも、ミスターシービーの実力は本物。間近に見れるいい機会じゃないかしら」
ラモーヌの言葉に、タマモクロスが思わずこう言った。
「せやかて五秒やで!?そんだけ自信があるってことやろ…!それに、今日の練習かてウチらが倒れとる中で全然息があがっとらんかった。勝てるビジョンが浮かばへん」
弱気な言葉を告げたタマモクロス。だが、それは他の三人も同じようなものである。その言葉に頷くスーパークリークとメジロラモーヌ。だが、それを振り払うように、イナリワンは大声を出した。
「てやんでぃ!全力でやってやるっきゃねぇだろ!なに弱気になってんだタマァ!」
「イナリ…せやな。せやな!ウチはトレセンに入るんや。全力でやってやるでぇ!」
「その意気です。私も出来る範囲で、一位を狙います」
「あら、3人共目の色が変わったわね。じゃあ、私も出来る範囲で勝負させていただきますわ」
頷き合う四人。それを見たトレーナーが彼女らに声をかける。
「じゃあ、スタートの合図は俺がする。準備はいいか?」
その言葉に、四人はスタートの体勢を整えた。あとは、狼煙が上がるのを待つのみだ。観客たちも息を呑む。
「いくぞ。3,2,1,…スタート!」
ダァン!と勢いよくターフに脚を叩きつけ、一気にトップスピードを出す四人のウマ娘。最初に行ったのはスーパークリーク、そしてメジロラモーヌが後ろにつく。更に後ろにタマモクロスとイナリワン。1600メートルのマイルの旅路だ。練習で体力が削られているとは言えスピード勝負になるのは当然の摂理であった。
「おー、いいねー」
最初から一気に全力疾走の四人を眺めながら、ゆうゆうと準備を行うのはミスターシービー。自然体で、彼女らの背中を見る。
「うん。第一コーナーの侵入もよろしい。やっぱり素敵なウマ娘たちだ」
「さて、じゃあお前のスタートは
「うん。そのぐらいがちょうどいいでしょ」
ミスターシービーは首を左右に伸ばし、軽く伸びをしてからスタートラインに立った。既に6秒。
『…5秒のハンデじゃなかったか?』
『うん。そう聞こえた。でも、スタートしないね?』
観客たちが少しどよめき始める。それを横目に、トレーナーはカウントを始めていた。
「じゃ、いくぞ。3,2,1,スタート」
「はーい」
軽い返事。だがしかし、その言葉とは裏腹に。
―ズダン!―
ターフが捲れ、その場に居たはずのミスターシービーが消えた。観客席から見ていた人々がそう思うほどのスタートダッシュを魅せつけたミスターシービー。気づけば、既に第一コーナーにその体があった。
『え?速っ!?』
『うわ、エゲツナ。見えた?シガーグレイド』
『画面の向こうと生じゃ迫力が違う…すご…』
『わぁ…ルドルフさんもすごいけど、シービーさんもすごいや。ボクもああなりたいなぁ』
『なんて速さなんですの…!?』
観客たちのどよめきが更に広がった。だが、その距離は絶望的とも言えよう。なんせ10秒のハンデだ。ミスターシービーが追いかける。前の4人は逃げる。向正面でもまだそれは追いつかない。それは、四人も感じ取ったようで。
「獲ったで!ミスターシービー!」
最終コーナー出口に向かう頃には、タマモクロスが確信めいた叫びを上げていた。だが、それに対して苦しそうな表情を浮かべるのはイナリワンとスーパークリークの二人。
「まだまだぁ!おおぉおおおおおおお!」
「くっ…脚が…ここまでですか!」
練習の疲れ、そして自身の不調。それが重なり、彼女らはもう足が前に出ない。ずるりと落ちるイナリワンとスーパークリーク。それを後目に加速するタマモクロス。が、その外から更に一人のウマ娘が現れる。
「3人共まだまだね。お先に行かせていただくわ」
「くっ…ラモーヌ!」
「なぁ!?嘘やろ!?」
「てやんでぃ!負けてたまるかァ!」
メジロラモーヌ。麗しいウマ娘が、三人を置いて頭一つ抜きん出る。だが―。
「いい脚だね。4人共」
聞こえるはずのない5人目の声が、彼女らの真後ろから響いてきた。驚きに振り返る4人。そこにいたのは、10秒というハンデが無かったように、ぴったりと距離を詰めていた、涼しい顔の無敗のウマ娘。よくよく耳をすませば、その足音も真後ろから聞こえてきていた。
「これは、将来が楽しみだ」
そして、あっという間にその声と足音は大外に動いていく。
「さて。じゃあ、しっかり見ててね?これが、アタシの脚さ」
地面が揺れた。そう錯覚するような強い踏み込みを見せたミスターシービーは、4人を一気に抜き去り、圧倒的な差でゴールラインを駆け抜けていた。