模擬レースが終わって数時間後。5人は、学園のミニライブが行われるステージへの舞台裏へと集まっていた。ミスターシービーを含め、全員が共通の勝負服を纏い、まるでG1の舞台袖のような豪華絢爛さだ。
「じゃ、改めて確認。メジロラモーヌがセカンドボーカル、私がメインボーカル、スーパークリークとタマモクロス、イナリワンはバックダンサーとハモリね」
頷く4人。顔はちょっと硬いね。唯一ラモーヌが自信有りげな笑みを浮かべているけれど、隠しきれてない。手がちょっと震えてる。
「ミスターシービーさん。やっぱり、緊張してしまうのですが」
不安そうな声はスーパークリーク。そうだね、まぁ、緊張するのは悪くない。それだけ真剣にやってきたということだから。でも。
「ま、まずは楽しくね?」
スーパークリークの頬に人差し指を当てて、口角を無理やり上げて見せる。ちょっと驚くスーパークリークに言葉を更に重ねてあげた。
「そして笑顔を忘れない事。観客やファンのみんなは私達の輝く姿を、レース場に、そしてライブに見に来てる。だから相手をおもいっきり喜ばせる。その気持ちを忘れないこと」
頬から指を話しても、スーパークリークの表情は笑顔のままだ。ちらりと他の3人をみてみても、なんとか笑顔を保ってくれている。よし、と頷いて見せる。
「それさえできれば、なんとかなるよ。どう?行けそう?」
頷く4人。あ、ならば、ここで彼らも紹介しておこう。
「それで、紹介しておくよ。今日のバックバンド『FB』の方々。リーダーの根付さん、ベースの平井さん、キーボードのバニングさん、ドラムのドレイクさん。アタシも根付さん以外と会うのは初めてなんだけど、腕は確かだから」
「FBの根付だ。今日はよろしくな。ウマ娘の嬢ちゃん達。楽しくやろう」
根付さんがそう言いながら頭を下げた。同時に、他のメンバーも頭を下げる。年齢はだいたい根付さんと一緒ぐらい…とはいえないか。バニングさんとドレイクさんがちょっと年上といったところだけど、でも、その年の差を感じさせないような気安さを感じられた。
「君が根付を動かしたミスターシービー君か。今日は楽しみにしているよ。よろしく」
「こちらこそ。バニングさん。ま、もしかしたらミスるかもしれないけど、そのときはごめんね?」
「大丈夫さ。俺たちはよっぽどのハプニングには慣れてる。任せてくれて良い」
バニングさんと握手を交わす。そして、その流れでドレイクさん、平井さんとも握手を交わしていく。他の4人も私に習って握手と挨拶を交わしていっていた。いいね、そういうのも大切なコミニュケーションだからね。覚えてくれると良いと思う。
『ミスターシービーさん!そろそろ出番です』
スタッフ役をかってくれたウマ娘、アラホウトクが私に声をかけてきた。うん。たしかにいい頃合いだろう。
「お、りょーかい。暗転?」
『はい。SE掛けたら暗転します。先にFBの方々が下手から飛び出してもらってスタンバイ。というか、ゲネプロなしで本番って本気です?』
「うん。だって、普段のウイニングライブだってそうでしょ?この子達には本番を体験してもらいたいから」
『あー…確かに。じゃあ、SE行きますね。それと今日のPAはマルゼンスキーさんです。『合わせるから好きにやっちゃって!』と伝言頂いてます』
「そりゃ心強い」
『ですね!では、FBの方々飛び出しの準備を。MCがコールすると同時にSE、スタートします』
「おう。行くぞ」
根付さんたちの顔が引き締まる。おお、プロって感じだね!そして、登場曲代わりのレックレスファイアのインストがかかると同時に、彼らは舞台へと飛び出し、そして各々の楽器の元へ。すると。
『よう!お前ら!今日はミスターシービーのステージだ!盛り上がっていくぞー!』
根付さんの声だ。音出しを行いながら、ギターを爪弾きながら場を盛り上げてくれ始めていた。ドラム、ベース、そしてキーボードが入り、その熱狂が徐々に徐々に伝播していく。
『すごいですね、根付さん。一瞬で観客を掴みましたよ』
「本当だ。いやー、すごいねー。知らなかった」
『え?そうなんです?学園長からはミスターシービーさんの紹介って聞いてたんで、これを狙っていたのかなと思ったんですが』
「いやいや、そんなことないよ。っと、さて。ではスーパークリーク、タマモクロス、イナリワン、そしてメジロラモーヌ」
右手を差し出し、目配せをする。ライブの前に行うことといえば、円陣にほかならない。それを感じどったのか、4人は私の右手の上に手のひらを重ねていた。
「場は温まった。全力で楽しもう!そして、みんなを楽しませるよ!」
私がそう言うと、彼女らは笑顔を浮かべて。
「はい!」
「おう!」
「はいな!」
「はい」
良い返事をしてくれていた。ならば。
「行くよ!最高のライブにしよう!」
そう言って右手を一気に掲げあげた。そして、ステージを向いて笑顔を浮かべると同時に、スタッフの声がかかった。
『ではミスターシービー、メジロラモーヌ、スーパークリーク、タマモクロス、イナリワン、ステージ入り、どうぞ!』
頷き合い、一気に袖から飛び出す。暗転していた視界が一転、スポットライトの光の下へ。眩しさに視界と音が消えるが、次の瞬間。
『ミスターシービー!!!!!』
『ウォオオオオオオオオオ!』
『本物だああ!かっこいいーーー!』
声援が私達に降り注ぐ。観客席は超満員。入り切らない人たちは校舎の上から見る有様だ。それに向かって手を振る。取りこぼさないように、全員に目を合わせるように。
「今日は急なライブに集まってくれてありがとう!アタシはミスターシービー!無敗の三冠ウマ娘だ!」
「今日はちょっと変わったライブなんだ。後ろの4人のウマ娘。識っているだろうけど、彼女たちはこれからトレセンで上を目指すウマ娘たちだ」
「今日は彼女たちが、私の練習に付き合うっていう日だったんだけど、ただ練習に付き合うだけじゃつまらないと思ってね!」
「レースみたいに、ライブも歌って踊ってもらうってアタシが決めた!いいよね!」
アタシの問いかけに、観客席からは大きな歓声で答えが帰ってきた。よし、じゃあ!
「ありがとう!じゃ、高説はここまで!一曲歌うよ!」
ミスターシービーの言葉と同時に、照明が音を立ててシャットダウンされた。そして、朧火のように、緑の照明が小さく輝き始める。その後ろのバックバンドには、赤色の灯火が輝き始め、全員がポーズを取った。
一瞬の静寂。最初に動いたのは、控えていたギタリストだ。弦をたわませ、ギターのノイズのような爆音がステージを包む。同時に、ミスターシービーが右手を高く掲げ、こう叫んだ。
「いけない、ボーダーライン!」
■
ステージは大盛況のまま終わり、ルドルフから『やりすぎだ』とありがたいお小言を頂きながら、私達の一日は終わりを迎えた。練習の最後は、レースの最後は、ライブの最後は、楽しい楽しい打ち上げのひととき。ま、私とトレーナーのようにビールはやれないので、飲み物はにんじんジュース。そしてここは学園の学食。
ビュッフェをつまみながら周りを見渡せば、エースやルドルフ、それに他のウマ娘たちや、そのウマ娘たちに着いてきていた未来の卵たちが、笑顔を浮かべながら思い思いの時間を過ごしている。うん、素敵な時間だ。
ちなみに根付さんたちFBの面子は既に解散してしまった。打ち上げに誘ったんだけど、にべもなく断られてしまった。曰く。
『あとは嬢ちゃんたちの時間だ』
だそうだ。ただ、それに続くようにこんな言葉も投げかけられた。
『また会おうぜ、感謝祭でな』
「え?じゃあ、バンドやってくれるの?」
『おう。また演奏させてくれ。気に入ったよあんたのステージ。後でセットリスト、送ってくれ』
「うん。必ず!」
感謝祭のバックバンドの約束が取り付けられて嬉しい反面、打ち上げを一緒に楽しめないのは残念だ。でもま、私の思う人たちならば、多分歌うことが何よりの楽しみであるわけだし、きっとこのあとも、どこかで歌うのだろう。約束を取り付けられただけでも、御の字というところか。
「ミスターシービー」
「ん?」
私の名を呼ぶ声がする。と、首をひねってそちらを向いてみれば、そこにいたのは見た目麗しい今日のパートナーのウマ娘が一人。なんであろうかと首を傾げて見せれば、そのウマ娘は見事なカーテシーで私に挨拶を繰り出してくれていた。
「失礼。改めて、私、メジロラモーヌと申します」
改めて。そう言いながら笑みを浮かべるウマ娘、メジロラモーヌだ。んー、スタイルも良い、姿勢もバッチリ、そして声も美しいときた。練習を見ていて思っていたけど、本当完璧だ。すごいね、いろいろな意味で。見た目も美しい。これ、数年立ったら魔性とか言われそうな勢いがあるね。
「丁寧にどーも。何か用?」
おどけて見せれば、ラモーヌは軽く頷いてくれていた。
「楽しかった、とお伝えしたくて」
「そりゃ良かった。ええと、ラモーヌと呼んでも構わない?」
「ええ、もちろんです」
しかし、まだ本格化前のはずなのに、今日のステージの相方。見事な歌を披露してくれていた。まぁ、将来有望ったら間違いない。
「ラモーヌ、キミ、かなり強いね。それで本格化前なんでしょ?」
「ええ。幸い、才能には恵まれているようなの。それで、一つご提案があるのですけれど、聞いていただけるかしら?」
ほう。ご提案と。美人に言われたら断るのは野暮ってもんだろう。
「良いよ。言ってみて?」
「一度、私と2人で、掛け値なしの本気で走っていただけないかしら。練習とか、そういうのを関係なしにして」
ふむ。ギラリと輝く瞳がこちらを向いた。うん。別にいいんだけど、そうだな。
「嫌だね」
「あら、どうして?」
「キミがまだアタシの横に居ないから。それに、足首、痛めてるでしょ」
走る時、君の足の違和感に気づかないわけがない。ただ、それの不具合を持っていながらも今日の私のステージのパートナー。その実力はやっぱり、あのメジロラモーヌだ。
「確かに痛めています。ですが、それは些細な問題ですから」
「些細じゃないよ。嫌なものは、いーやーだ」
「では、どうすれば走っていただけるのかしら?」
「そうだなぁ…」
本当に強くなった君と走りたいってだけなんだよね。牝馬三冠の君とさ。ただ、ストレートに言っても首を傾げられるだけだろう。だから君に伝えるならば、これがいいだろう。
「無敗の三冠を獲ってくれたら、と言いたいけど、いくらなんでも詰まらない。クラシックは私とルドルフが居るからね」
改めてラモーヌの、その深い海のような瞳を見つめて言葉を紡いでみせた。
「無敗のトリプルティアラを獲ってみてよ。そうしたら、勝負してあげる」
「…無敗のトリプルティアラ」
「そ。史上初のトリプルティアラ。しかも無敗。どうかな?」
私が言い切れば、ラモーヌは困ったような顔で口を開く。
「…面白いことをおっしゃるのね?貴女の言った通り、私は足首を痛めていて、いつ、トゥインクルを走れるかもわかりませんわ。その言の葉、根拠はあるのかしら?」
「んー…特に無いよ。でも、想像できたんだ」
「想像?よろしければ、伺ってもよろしいかしら?」
試すような強い光を宿した瞳がこちらを射抜く。いいね、そういう所はすごく好きだ。
「大きな舞台で、三冠ウマ娘としてスタートラインに着くルドルフと、キミと、私の姿さ。面白くない?」
言い切って、ウインクを投げる。呆気に取れるメジロラモーヌだったが、次の瞬間にはクスクスと笑い顔を浮かべてくれていた。
「承知しましたわ。貴女のご期待に応えられるよう、これからも精進させていただきますわね」
「うん。楽しみにしてるよ」
さてさて、どうなることやらね。ま、私がいる時点で実際のお馬さんとは違う戦績なわけだし、多分楽しいことにはなるだろうねー。それに、種はいくら蒔いても多すぎるってことはないからね。よーく育って、熟して、ここに走りに来て欲しい。
「背中はいつでも魅せてあげるからさ」
その代わり、抜かせる気はさらさら無いけれどね。