私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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春の戦線異常あり

 目標を短距離に定めて練習を始めて数週間。勝負服の靴の開発もある程度完成を見て、さあいよいよ本番に向けての追い込みを始めようかと準備をし始めたとき、よく見知ったウマ娘が私の元に現れていた。

 

「…その、すいません」

「キミは相変わらず律儀だねー。気にする事ないのに」

「いえ。せっかくこちらの土俵に来ていただいたのに、勝負することが出来ない。私が納得が行かないんです」

 

 頭を下げているのはニホンピロウイナーそのウマ娘だ。もしかすると安田記念でぶち当たれるかも、なんて思っていた矢先。彼女はレースで怪我をしてしまったのだ。

 

「ま、わかったよ。その言葉受け取っておく。で、実際どうなの?怪我治りそう?」

「はい。幸い軽い骨折でした。秋戦線には間違いなく復帰できます」

「そっか、それなら良かったよ」

 

 うーん、しかしつくづく彼女とは縁が無いなぁと思う。クラシックも袂を分けたし、今回も彼女の怪我で走れない。とはいえ、まぁ、彼女の事を馬として識っている私としては、そんなことはどうでもいいんだけどね。

 

「じゃあ、まぁ、来年の勝負を楽しみにしているよ」

「来年…あの、今年のマイルチャンピオンシップは」

 

 あー、まぁ、短距離の練習を始めた、となれば私も短距離路線に切り替えたのか、とか思うだろうねぇ。でも、残念。今年はそうは問屋が卸さないんだ。

 

「今年は残念だけど、ジャパンカップを目標にしているんだ。中一週間しかないからね。流石のアタシでも無理かなー」

「そうでしたか。残念です」

「でも、期待していいよ」

 

 満面の笑みで、彼女の顔を見た。すると、戸惑いの表情が浮かぶ。

 

「何を、ですか?」

 

 疑るような声で、私にそう問いかけるピロウイナー。そりゃ、決まってるでしょ。

 

「安田記念。前年度覇者とキミは間違いなく走れるから」

 

 一瞬動きを止めたピロウイナー。どうやら、私の言葉を理解するのに時間を要しているらしい。が、しばらくすると、その目が鋭くこちらを睨んでいた。

 

「…それは、大きな口を叩きましたね、ミスターシービー」

「うん。叩いたよ」

「今まで中距離から長距離を走っていた貴女が、短距離で勝つと?」

 

 ああ、納得し辛いことだろうね。でも、でもさ?

 

「ニホンピロウイナー。来年の事、想像したら楽しくない?」

 

 キミとアタシが全力で走る1600。スピード勝負の最高峰。追い込みも、差し込みも、先行も逃げも関係ない。一番ノっている奴が勝つ。アタシの言葉に、ニホンピロウイナーは同じことを想像したのだろうか。表情が緩む。

 

「はい。楽しみです」

「じゃあ、そういうことで。とりあえずは、その脚をちゃんと治しなよ?」

「ええ。もちろん。治した上で、磨き上げて。貴女の背中を追い抜きますから」

「言ったねー?じゃ、期待しているよ」

「ええ。私も、楽しみに」

 

 そう言いながら、私とピロウイナーは固く握手を交わしていた。うん。一つの楽しみはお預けになったけれど、でも、また一つの楽しみが出来た。エースにルドルフ、マルゼン、そしてピロウイナー。走る楽しみには本当に事欠かないね。

 

 

 3月に入って、私はトレーナーと共に阪神レース場の地を踏んでいた。なんせ今日はカツラギエースの始動レース『鳴尾記念』だ。…本来は大阪杯からのはずだったんだけど、予定を変更したらしい。ま、つまりは敵情視察という名前の応援というやつだ。

 

「や、エース。調子はどう?」

 

 控室に挨拶に行ってみれば、そこにいたのはちょっとだけ緊張の面持ちで出番を待つエースが居た。

 

「よう。シービー。調子はいいぜ?ちょっと、緊張しているけどな」

「見れば判るよ。珍しいね、エースが緊張なんてさ」

「緊張もするさ。なんてったってお前が見てる。不甲斐ない走りが出来ない、ってな!」

 

 そう言いながら笑ってみせたカツラギエース。なるほど、この緊張はどちらかというと武者震いの類だったっぽいね。

 

「そっか。じゃ、アタシは観客席からしっかりと応援させてもらうよ。頑張って、エース!」

「おう。ありがとな!」

 

 お互いに拳を差し出して、コツンと突き合わせる。さてさて、おじゃま虫はここらへんで退散ということで、トレーナーと共に観客席へと移動していた。

 

「上の席じゃなくていいのか?シービー」

「ん?うん。だってここのほうがウマ娘の走りを感じられるでしょ」

 

 片手にコーヒーを携えて、トレーナーと共にラチ沿いの最前列に陣取った。のだけれど、これはちょっとだけ失敗だったかもしれない。なぜかと言えば。

 

『握手してください!』

「いいよー、はい」

『サインを!』

「うんうん。えーと、この本?…はい、ぞうどー」

『写真を一緒に撮ってください!』

「写真?うん、ほら、横に立って。はい、チーズ」

 

 近くの観客から、正確に言えばファンから色々求められているからだ。まぁ、こういうこともウマ娘としての一つの責務だから問題はないんだけどね。ただ、時間が取られてしまうから、レースが始まったら控えて欲しいとは思うけどね。

 

 と、ふと、そのファンの中にやたらとこちらを眺めるピンク色の髪の、子どものウマ娘がいた。…もしかして?そう思いながら、その子の前に体を滑り込ませる。

 

「やぁ。こっちをずいぶん熱心にみてたけど、何か用?」

「うひゃあ!?本物のミスターシービー!?」

「や、そうだよー」

「うひょおおお!あ、ああ!あ、握手、して頂いても!?」

「いいよ、はい」

「あの、いつもその走りに感動しています!この間のミニライブも見ました!最高です!」

「あははは。楽しんでくれた?」

「もちろんです!ほんとう!最高でした!」

 

 嬉しさ爆発。そんな表現がピッタリの子どものウマ娘に、周りの大人達も笑顔を浮かべていた。

 

「ありがとう。そういえば、君のお名前は?」

「ああ、はい!アグネスデジタルです!」

「そっかアグネスデジタルね。これからも、よろしくね?」

「はい!!!」

「じゃ、せっかくだし一緒に見ようか、レース」

「ええっ!!あたしが!?一緒に!?」

「うん。嫌だった?」

「と、とんでもないです!ご一緒させてください!」

「じゃ、こっちに来て一緒に見よう」

 

 彼女を連れて、トレーナーの元へと戻る。するとちょうどその時だ。ウマ娘たちの本バ場入場が始まっていた。

 

「お、おかえり。ファンサービスは終わったのか?」

「うん。つつがなくね」

「…その子は?」

「ファン。一緒に見ようって声かけた」

 

 私が紹介する前に、アグネスデジタルはトレーナーに向かって口を開いていた。

 

「あの、アグネスデジタルです。本日はおひがらもよく」

 

 結構ガチガチになっちゃってるアグネスデジタル。それを察してか、トレーナーは落ち着いた声を返していた。

 

「アグネスデジタルか。俺はミスターシービーのトレーナーだ。キミもウマ娘だな?」

「はい!」

「そうか、ウマ娘が好きなのか?」

「はい、はい!とても、とーっても大好きです!」

 

 笑顔でそう言い切るアグネスデジタル。なるほど、このウマ娘は、子供の頃からウマ娘が大好きなんだねー。

 

「ははは。その歳でレース場に来るくらいだもんなぁ。俺と一緒だ。今日は一緒に楽しもう」

「はい!トレーナーさん!」

 

 と、ここで大歓声が起きる。ターフに目を向けてみると今日の一番人気スズカコバンがターフへと現れていた。その後ろにはカツラギエースが着いて、実力ウマ娘達の登場に、観客たちが大きなエールを送っているようだ。

 

「トレーナーから見てどう?エースは」

「うーん…。まだ本調子ではない、と言う感じに見えるな」

「そうなんだ」

 

 確かに控室で見た彼女、ちょっと緊張していたしね。

 

「ただ、おそらくは今回は叩きだ。本来は大阪杯から始動して宝塚に向かうという話だったから、今回は様子見なんだろう」

 

 なるほどなるほど。先を見据えて、ジャパンカップから空いたレース感を取り戻すってわけっぽいかな?

 

「叩き?」

 

 アグネスデジタルが頭にはてなを浮かべていた。あー、ま、なかなか知らないよね。

 

「叩きっていうのは、そうだなー。エースってジャパンカップのあとレースに出ていなかったでしょ?」

「はい。確かにお休みしていました」

「うん。練習はしているんだけど、レースに出ない間隔が長いとね、どうしてもレースでの勘というか、そういうものが鈍るんだ。だから、その勘を取り戻すってことを叩くっていうんだ」

「はえー…そうなんですね。あ、でも、感覚を取り戻すレースっていうことは、勝てない、ってことですか?」

 

 あー、そういう疑問も浮かぶか。視線を向けて、トレーナーに助け舟を求める。

 

「いや、そういうわけでもないぞ。休み明けがものすごく調子のいいウマ娘も居る。それに、叩きだとしても勝つつもりでウマ娘はあそこに立っているんだ。ただ、実力という意味では一歩劣るかもしれない、っていう感じだな」

「へー…」

 

 感心しながら、アグネスデジタルはターフのウマ娘に釘付けになっていた。なんせ、全員の入場が終わって、各々がウォーミングアップを始めているからだ。その姿に見惚れていると言ってもいいだろう。

 

「…シービー、この子相当ウマ娘が好きだな?」

「だね。アタシたちの声、多分聞こえてないよ」

 

 キラキラとした瞳でターフを見つめ続けるデジタル。なるほど、ウマ娘アグネスデジタル。この頃からほぼほぼ完成されてたのかなー。と、感心している時だ。スターターが旗を持ってステージへと登る姿が見えた。そして、その旗が振られると同時に、ファンファーレが流れる。

 

「お、ついに発走か」

「うん。いやー、やっぱりこの瞬間はドキドキしちゃうね」

 

 走るときも見るときも、この瞬間は本当に緊張が走る。なんせ、あと数分で勝敗が決る。それを証明するように、エースですらも天を仰いで深く息を吸っていた。

 

『さあいよいよ始まります、重賞、鳴尾記念!一番人気はスズカコバン。前走阪神大賞典では2着と好調のウマ娘。そして注目を集めているのはカツラギエース!2番人気まで期待が上がっております!前走はジャパンカップでの激走!ミスターシービーに勝つと気合十分でありました!さあ、有力ウマ娘が集うこの2500メートルの旅路。だれが最初にゴールを潜るのか!各ウマ娘ゲートイン完了!…スタートしました。少しぱらついたスタート。さあ誰が前に行くのか!2500メートルの旅路、まず名乗りを上げたのはカツラギエース!すぐ後ろにはハシローディーが上がって戦闘争いを繰り広げています』

 

 おお、頭を取ったのはエースだ。2500メートルで逃げるか。気合十分だね。一番人気のスズカコバンは比較的後方だ。コーナーを抜けてきて一回目のホームストレッチでも、その順番は動くことはない。

 

「がんばってー!みんなー!」

 

 隣ではアグネスデジタルが大きな声でエールを送っている。じゃ、それに乗ろう。

 

「エースー!頑張ってー!」

 

 観客席からの声援に負けないよう、大きな声でエールを送る。と、一瞬エースと目が合った。にやりと笑っている。おお、言葉はなくても『見てろよ?』という気合が伝わってくる。これは結構楽しみかもしれないね。そしてコーナーへと飛び込んでいくウマ娘たち。順位は少しづつ動いているけれど、やっぱりエースが頭を張っている。後ろにはちょっと走りにくそうにハシローディー、その後ろにはキントタロー、メジロプリンツが続く。

 

「どうだろ、トレーナー。エースは」

「お前の声援で完全にスイッチが入ったように見えたぞ」

「やっぱり?」

 

 うん。あの笑みは明らかに本気の彼女の顔だった。もう叩きとかじゃないよね、完全に。

 

「…え?エースさんと、シービーさん、すごい、つながりを感じ」

「ん?アグネスデジタル、どうしたの?」

 

 何かをつぶやいたデジタル。聞こえなかったけれど、どうしたんだろうか?

 

「あ、いえ!?カツラギエースさん、すごいなって思っただけです!」

「お、判ってるねー。そう、エースはすごいんだ。なんせアタシのライバルだからねー」

 

 そう言いながら、向正面で頭を貼り続けるエースを見る。表情は見えないけれど、気迫は十分に伝わってくる。うん、素敵だ。やっぱりエースは、素敵だ。

 

「だから今日は、いい勝負をすると思うよ」

 

 3コーナーに向かう集団を見ながら、そうつぶやく。ウマ娘たちの動きが激しい。追い込みをかけ始めるもの、位置取りをするもの、前をにらみつけるもの、十人十色の走り方をしながら、ウマ娘たちは栄光のゴールへと進み続ける。4コーナを抜けて直線を向いた。

 

『おおおおお!カツラギエース逃げ切りか!?』

『いや、ハシローディーも来てる!後ろからはスズカコバンだ!』

『いや、ワカテンザン、ミサキネバアーもすごい勢いだ!誰だ!誰が勝つんだ!』

『頑張れー!みんながんばれー!』

 

 歓声がターフに降り注ぐ。全員の行き足が早くなり、その足音が暴風のように私の前を通り過ぎる。熱が伝わる。ウマ娘たちから、観客たちから。その熱に、思わず。

 

『エース!!行け!走れェ!』

『ハアアアアアアアアアアアアア!』

 

 ラストスパートを掛けていたエースに、そう叫んでいた。迫りくるハシローディーとスズカコバン。だが、エースは落ちない。エースは落ちない。落ちないまま―!

 

『2500メートル!カツラギエース逃げ切った!!!!やはり昨年のジャパンカップの激走は伊達ではない!2着ハシローディー、3着はスズカコバン!』

 

「ッシャアアアアアア!」

 

 勝鬨をあげたカツラギエース。私も思わず、合わせるようにガッツポーズを繰り出していた。

 

 

「エースさん、すごかったですね!本当!感動しましたよ!そう思いますよね!ミスターシービーさん!」

 

 アグネスデジタルは興奮冷めやらぬまま、そう叫んでいた。うん。本当にそう思う。アグネスデジタルの頭をなでながら、頷きを返しておいた。

 

「本当だよ。やっぱり、エースだ」

「ですよねぇ!…あ!いけない!そろそろお母さんのところに戻らないと!?」

 

 ああ、そうか。子どもだもんねぇ…。そりゃ、保護者と一緒に来ているわけだ。見回してみると、こちらを微笑みで眺めている女性が一人立っていた。あの人がきっとアグネスデジタルの母親であろう。

 

「そっか。じゃあ、今日はここまでだね。ありがとう、一緒に応援してくれて」

「とんでもないです!あたしも、ミスターシービーさんの隣で応援できて幸せでした!」

 

 そう言って、私の前から去ろうとしたアグネスデジタル。でも、なんだかもったいないと思っちゃった。だから、その背中に声をかける。

 

「あ、そうだ。熱心なファンの君に、これあげる」

「へ!?」

 

 手渡したのは、鉄のアクセサリー。バイクのキーに取り付けているものだ。ただ、こいつはただの鉄のアクセサリーじゃあ無い。

 

「三冠のときに使ってた練習用の蹄鉄。それを加工したアクセサリーだ」

「え!?あ、はい、え!?」

「幸運のお守り。キミがこれから怪我しないよう、そして、キミの夢が叶うように」

 

 そう言いながら、子どものアグネスデジタルにアクセサリーを手渡した。それを噛みしめるように、アグネスデジタルは強く握り込む。

 

「いいん、ですか!?あたしがもらっちゃっても!?」

「うん。ここで会ったのもナニカの縁だしさ。ま、そうだな。例えば、キミがレースの世界に、中央に来る気があるなら、それを見て頑張ってほしいかな。折れず、前を向いて」

「もちろん、もちろんです!家宝にします!」

「あはは、大げさだなぁ。じゃ、またね」

「はい!またどこかで!」

 

 手を振りながら、母親であろう女性の元へ駆け寄るアグネスデジタル。うん。これはいい出会いだったと思う。

 

「よう。勝ったぜ、シービー」

 

 そしてその直後。今日の主役から声を掛けられた。

 

「うん。見てた。やっぱりかっこいいねー、エース」

「よせよ、照れるじゃねーか」

 

 頭を掻きながらそっぽを向くエース。照れてる照れてる。

 

「ま、シービー。礼を言うぜ。お前の声が背中を押してくれた」

「へぇ?聞こえてたんだ」

「ああ。最後の一伸びは間違いなくお前のお陰だ。ありがとな!」

 

 そう言って手を差し出したエース。大げさだなぁと思いながらも、握り返して笑顔を浮かべた。

 

「エース、これから大阪杯に宝塚を走るんでしょ?」

「ああ、今日でレースの感は戻ったからな!勝ってみせるぜ!」

「そっか、楽しみにしてる。見に行くからね」

「おう!じゃ、あたしはライブの準備に行ってくる。見てくれよー!」

「もちろん。楽しみにしているよ、ステージ」

 

 お互いに手を振りながら、エースの背中を見送った。うん、やっぱりレースは最高だね。

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