世界というのは結構不思議だ。私とアタシ、君とキミ。見ているものは同じなのに、見ているものが違う。
例えば同じメイクデビューでも、こう、スマホから聞くものと記憶にあるものは結構違う、とかね?アプリのウマ娘をやりながらふと時計を見ると時間が迫ってきていた。喫煙所を出て早足で、とある入り口へと向かう。
「…うーん、どうしたものかなぁー」
季節外れのアイスコーヒーを片手に、中山競馬場のラチ沿いの最前列に陣取る。手元にある馬券は、あるウマ娘に肖って購入したものだ。お祭り娘に一流を自負するウマ娘。彼女らの血がどういう走りを見せるのか、ものすごく興味がある。
「あ、そういえば」
手元のスマホから、ウマ娘のアプリを立ち上げる。待ち受け画面はミスターシービー。ログインボーナス、有馬記念のスペシャルを手に入れてからアプリを閉じる。そうやってぽけーっとターフを眺めながら、出走を待っていると。
「あの、すいません」
声を掛けられた。そこにいたのは若い女性。どうしたのかな?と思いながら首を傾げてみると、一冊の本を差し出される。
「ファンなんです。あの、サインを頂けないでしょうか!?」
ふむ。よく見ればその本は、バイク雑誌。私のインタビューが載せてある最新号のものである。いや、なんというか、あのマシンで表彰台に乗ってからこういうことが増えたなぁとしみじみ思う。関係者には本当に感謝しか無いよ。
「うんうん。えーと、この本のここでいいのかな?…はい、どうぞー」
「わ!ありがとうございます!あの、よろしければ握手もしていただけると…!」
「いいよー、はい」
「わぁ、ありがとうございます!」
そう言うと女性は頭を下げて走り去っていった。手を振りながら見送っていると、それを見ていたまた別の人が私に声をかける。
「あの、すいません。私も実は貴方のファンで。プライベートとご理解はしているのですが、写真を一緒に」
「写真?ああ、うん、ほら。横に立って。はい、チーズ」
競馬に来たけれど、割と私のファンとも会う。ま、こういうこともレーサーの責務だから問題ないんだけどね。そんなに恐縮しなくてもいいんだ。ま、ただ、レースが始まったら控えてほしいとは思うけど。
「いやぁ、憧れの『世界のミスターシービー』と写真を撮れるとは思いませんでした。競馬、楽しんでくださいね」
「ありがとねー。あ、そうだ。キミ、詳しいの?競馬」
「あ、まぁ、ある程度ですけど」
「じゃあ一緒に見ない?私は走るのは得意なんだけど、ほかがどうもね」
肩をすくめてみれば、笑顔を見せて快諾してくれていた。
「そういうことならば。ぜひ」
「よろしく。えーと、君の名前は?」
「ああ、渡辺と申します」
「うん。じゃあ渡辺さん、よろしく。ま、私のことは識っているだろうけど、改めて。安倍だよ。ま、あだ名はなんでかミスターシービー。よろしく」
右手を差し出してみれば、相手からも握手を返される。よしよし、いい感じの好感触。すると、どこか呆れたような顔をされた。
「なんでかって。あなたが筋金入りのCB好きだからじゃないですか。見ましたよ雑誌。国内も国外も、どこの移動も自分のCBで行ってるんでしょ?」
「ああ、うん。好きだからね。今日もCBだよ」
「そうなんですか!?本当に好きですねー。あ、しかも、雑誌に書いてあったんですけど、その愛車で必ずコースを下見するって本当ですか?」
「うん。本当。だって、わかんないしねー」
一度、私の脚と同じレベルでなじんでいる愛車でコースを巡る。それが私のルーティーン。よく読んでるね、この人。そう感心していると、にわかに歓声が大きくなった。
「あ、本馬場入場だ。そういえばこういう馬券買ったんだけど、どうだろ?」
「拝見します…。お、単勝のこれは大本命ですね!でも、三連単が…9-3-5ですか」
「うん。血統?を見た時に見た名前が居てね。あ、渡辺さんはやってる?ウマ娘」
「やってますやってます。ああー、確かにいますね!」
なるほど、このやり取りで話が通じるってことは、彼もなかなかのプレイヤーみたいだね。やっぱり競馬好きでもやってる人はいるんだね。
「それで選んだんだ。どうなるかなーって」
「とはいえ、単勝10万円に三連単20万って。なかなかかけますね?」
うん。でも、私の稼ぎに比べりゃそのぐらいは出しても問題ないしね。それに、私は馬が好きだからさ。
「競馬好きだからね。このぐらいのお布施はするよ」
「なるほど、それなら納得です。あ、ほら、今こっちに来ているのが一番人気ですよ」
「おー…元気がいいねー!」
さてさて、吉と出るか凶と出るか。今日の競馬も楽しませてくれよー。