中三週間。鳴尾記念が叩きのレースだとしても、エースはよく走る気になったなぁとは思いながら阪神のレース場に私とトレーナーは立っている。
「カツラギエース。伸びに伸びているなぁ。これは脅威だな」
「あはは、おかしなことを言わないでよ。今までも脅威だったでしょ?」
「ああ、でも、ここに来てその成長の速度が1段も2段も伸びている。あれは、秋になれば大本命を張れるな」
「それは楽しみだ!」
トレーナーと軽くじゃれ合いながら、ターフに目をやる。そこに入ってきたのは、第3コーナーを抜けて、第4コーナーを戦闘で駆け抜けてくるエースの姿。
「きたきた!」
「他のウマ娘も上がってきてるな。だが、今日の彼女の敵は居ない」
トレーナーの言う通り。頷きながらエースに視線を送ると、ぐっと首を下げてギアを1段上げ、スパートを掛け始める。盛り上がる観客席、そして必死に走る彼女たち。
『走れー!エース!みんなー!ラストスパートォ!!』
大声を張って彼女たちにエールを送る。すると、それに呼応するように。
『ヤアアアアア!』
『オラアアアアアア!』
『負けてたまるかァ!』
『ハアアアアアアアアアアアア!』
全員から気合の叫び声が上がった。それを聞いた観客たちが更に盛り上がりを見せる。だが、その中でも一人だけぐっと前に出た。独走だ!
「やっぱり、すごいねエースは!」
その勢いのまま、カツラギエースが今日のセンターを勝ち取った。いやはや、なんともかんとも流石としか言いようがない。すると、そのカツラギエースと目が合った。大輪の花のような笑顔で、こちらに親指を立ててきていた。こちらもそれに合わせて、笑顔で親指を立てる。
「ああ、すごいな。これで今年は重賞2連勝か」
「うん。いやー、やっぱりエースは速いねー!」
と、鳴尾記念のときと同じように、満面の笑みのまま、エースがこちらに近づいてきた。
「よう。勝ったぜー?どうだ、速いだろ?」
「おつかれ。流石だね、エース。私も走りたくなっちゃう」
「あはは!いい走りを見せられて良かったぜ!」
お互いに笑い合う。うーん。こうなるとちょっと宝塚記念で一緒に走りたくなっちゃうけど…ま、そこは我慢だ。我慢して、我慢して、秋にケリをつけたい。
「っし、じゃ、アタシはライブの準備があるから行くぜー」
「うん。じゃ、また学園でね?」
「おう」
手慣れた会話。エースとのこの距離感は好きだ。去る背中に手を振りながら、見送る。さて、じゃあアタシとトレーナーはライブを見て、サクッと帰りますか。
■
4月というのは、G1戦線、そしてクラシック戦線の本格化の時期。4月の頭にはエースが重賞大阪杯の冠を被り、私達の世代の強さを世に示してくれている。このままいけば、今年は無敗で宝塚記念に挑むことになるだろう。
「無敗と言えば、シンボリルドルフ」
学園で練習をするさなか、彼女の気迫を肌で感じとっている。私の家に泊めたあの日以来、彼女はまさに一騎当千と言っていいだろうね。無敗のまま迎えた皐月賞に挑むシンボリルドルフの横顔には、不思議と余裕すら見えている。
「私からすれば、無敗のミスターシービーなんだがね?」
「忘れてた。そうだよねー。私のほうが先だったね。で、どう?皐月賞に挑むその心の内なんて」
その余裕の横顔を見ながら、私は練習コースで追い比べを日々行っている。相手からすれば、最高の三冠ウマ娘。アタシからすれば、最強のウマ娘。どちらにとっても、win-winな追い比べだ。
「不思議と余裕がある。少し前の私では考えられないことだ。君のお陰だよ、ミスターシービー」
「面と向かって言われると照れるよ、ルドルフ。でも、私はご飯を御馳走しただけだけど?」
「そんなことはないさ。この恩は、必ず返すよ」
笑みを浮かべてキザなセリフを浮かべたルドルフ。うん。イケメンだねー。しかし、余裕があるとは言っても全くスキはない。本当に、充実しているという言葉がピッタリ。
「しかしだ、君。まさか短距離に行くとはな。京王杯経由のG1安田記念か。破天荒とは常々思っていたが、なんだ、その、君の知るミスターシービーもそんな事をしていたのか?」
怪訝な顔でこちらを見るルドルフ。あー、うーん。
「ううん。全然。私の識ってるミスターシービーは今頃怪我して養生していたはずだよ」
「そうか。と、いうことは、君は今全くの未開の道を往こうとしているわけだな?」
頷きながら、笑顔を返す。そうだ。私は全くミスターシービーとは違う道を歩み始めた。秋口こそ、ミスターシービーと路線は合うけれど。
「まぁ、なぞっても良いんだけどさ。つまんないじゃん、そんなの」
肩をすくめて見せる。すると、ルドルフは力の抜けた笑みを見せていた。
「…全く君らしい。ただ、そんな未開の道を往く君に、私からお願いがあるんだが、聞いてくれるかな?」
「いいよ。ルドルフの頼みなら」
「私と当たるジャパンカップまで、負けてくれるなよ?」
「当然。アタシを誰だと思ってるの?」
「ミスターシービー。…そうか。それなら、安心だな」
「じゃ、アタシからも条件」
「ルドルフも負けないでね。アタシ以外に」
「当然だ。私を誰だと思っている?」
「シンボリルドルフ。私の知る中で、最強のウマ娘!」
私がそう言うと、ルドルフは大口を開けて笑ってくれていた。つられて、私も笑う。
「では、君の言う最強のウマ娘は必ず君を超えよう。そうだな、無敗の三冠は当然として。まだ、誰にも言っていないのだが―」
「来年は、少し旅行を考えているんだ」
「旅行?」
「そうだ。今年の戦績次第ではあるが…」
「花の都にな」
■
そして迎えた皐月賞当日。誰もが待ち望んだ彼女が、4コーナーを抜けて先頭を取った。
『4コーナーを抜けて各ウマ娘上がってくるがしかし先頭はシンボリルドルフ!ビゼンニシキ、シンボリルドルフ早くもこの2人が競り合っている!200の標識を超えてこの2人が抜きん出た!そして3番手はニッポースワローか!?』
余裕すらある表情で、コーナーから先頭を張ったシンボリルドルフ。その背中を必死に他のウマ娘たちも追いかける、だが。
『ここで先頭はシンボリルドルフ!シンボリルドルフ出た!シンボリルドルフ先頭!シンボリルドルフゴールイン!皐月賞、三冠ウマ娘への第一歩は、まずはシンボリルドルフが手に入れました!昨年のミスターシービーに続いて無敗の皐月賞ウマ娘の誕生です!』
「花の都、か」
「どうした?シービー」
「ううん。こっちの話。ルドルフもやっぱり強いね」
「ああ、やっぱりこの世代じゃあ一つ抜きん出ている。これは、ダービーも獲るだろうな」
「やっぱりそう思う?」
「思うさ。今日のレースも一人だけものが違った。今年の年末は、忙しくなりそうだ」
頷く。ジャパンカップ、有マ記念。間違いなく今年の年末は、トレーナーの言う通り忙しくなるだろうね。でも、だからこそ。
「うん。楽しみで仕方がないや」
笑みが浮かんでしまう。ああ、ついに来るか、三冠ウマ娘対決。こころが疼く。私は、アタシは、あの最強にどこまで手が届くのだろうか、と。