サクラバクシンオーという名ウマ娘を思い出しながら、スプリンターとしての練度を上げる。やってみると判るんだけど、これがなかなか難しい。
「ただ単純に追い込みを早くすればいいってわけじゃないのが面白いところだねー」
「そりゃあな。ま、幸いお前はマイル適正もあるようだし、やってやれないことはないだろう」
パイプタバコを吹かしながら、喫煙所でだべる私とトレーナー。今日のジャグはまた志向を変えて『飛鳥』というブランドだ。もともと日本のジャグなんだけど、紆余曲折あって、海外生産品に鞍替えしてしまった歴史あるタバコ。その、海外生産品より前の日本生産のものは吸ったことがないんだけど、でも、シンプルで素敵な香りがする。
「このジャグも結構いい香りだな。このコーヒーとよく合う」
「でしょ?ステイゴールドの柑橘系の香りと、このフレーバーが結構好きなんだ。気に入ってくれてよかったよ」
コーヒーを2人で呷りながら、パイプを一服。お互いにコーンパイプで呑むこのひとときが実にたまらない。なんというか、悪友といるときというか、昔からの相棒のような、そんな心地よさを感じるんだよね。不思議だよ。
―コンコン―
なんて事を思っていたら、ふと、喫煙所の扉を叩かれた。
「はーい。いるよー。誰ー?」
私がそうやって声を上げてみると、ドアの向こうには見慣れたウマ娘が一人、その顔をのぞかせていた。
「あれ?マルゼンスキーじゃないか。シービー、合う約束でもしてたのか?」
「ううん。してないよー。どうしたんだろう?」
手招きをしてみると、マルゼンスキーは笑顔を浮かべながらドアを開ける。
「お疲れ様、シービーちゃん。それと、トレーナーさん。お邪魔します」
「おつかれー。どうしたの?こんな時間に」
「ちょっとね。宣戦布告に来たの」
トレーナーと2人、顔を見合わせた。マルゼンスキーが私に宣戦布告?はて。
「あー…これ、俺が居ていいやつか?席、外そうか?マルゼンスキー」
トレーナーも何かを感じ取ったようで、気を使ってそう言葉を告げた。だが、帰ってきた答えは首を横に振るマルゼンスキーの姿だった。
「宣戦布告って、マルゼンスキー。一体どういう事?」
「その言葉のままよ。2人共、聞いてくれるかしら?」
私とトレーナーはマルゼンスキーに向き合った。タバコとコーヒーは机に置き、そして、ちょっとだけ緊張した空気が間に流れる。少しの静寂の後、マルゼンスキーの口が開いた。
「安田記念。シービーちゃんも出るのよね?」
「うん。その予定。京王杯で優先権を取る予定だけど、それがどうしたの?マルゼン」
ギラリ。マルゼンスキーの瞳が怪しい光を放ち始めた。…これはもしかして?
「私も出るわ。安田記念。ジャパンカップでは私が負けたけど、今度は私の土俵、マイルの逃げよ。正面から戦いましょう?」
やっぱり、そう来たか!なるほど、なるほど!最近ナニカしていると思ったけれど、私へのリベンジをずっと考えていたわけか!
「つまり、マルゼンも安田記念走るの?」
「ええ。どうかしら?」
「私は良いよ。トレーナーも、良いよね?」
「ああ、構わない」
頷き合って、マルゼンスキーへと向き合った。
「…あっさり承諾しちゃって、大丈夫?私は結構強いわよ?」
「識ってるよ。でもさ、どういう風の吹きまわし?最近静かにしてたけど」
私がそう言うと、マルゼンスキーはにっこりと笑みを浮かべていた。
「ええ。そうね。そう見えたでしょうね」
笑みが徐々にその意味を変え始めた。それは満足げな笑みではなく、挑むような、いや、刈り取るようなそんな笑みだ。
「でも、時間がたつに従って、貴女に負けた悔しさがどんどん、どんどん私の中で強くなっていったのよ」
「うん」
「そうしていたら、貴女が安田記念を走るっていうじゃない?こんなチャンス、絶対に、逃したくないって思ったのよ」
ぐっと、マルゼンが顔を近づけてきた。
「つまりね。貴女の無敗は、誰にもあげたくない。私が貰いたいの。覚悟してくれる?ミスターシービー」
そう言って、こちらに右手を差し出したマルゼンスキー。ほおう。これは、本気だ。それなら。
「いいよ。でも、安心してマルゼン。君にもその無敗はあげないよ?秋に向けてのステップにするから、覚悟して」
「あら、ずいぶん余裕なのね」
「当たり前だよ。だって、本気の君ともう一度やれるんだ。楽しさが溢れて、誰にも負ける気がしない!」
マルゼンスキーの右手に、私の右手を重ねる。ぐっと、お互いに力を込めて視線を絡ませる。すると不思議とお互いに笑いが溢れていた。
「ふ、あはははは!マルゼン、急に怖いよ!びっくりしちゃった。もうちょっと良い伝え方あったんじゃないかなー?」
「あはははは!シービーちゃんにはサプライズがいいかなって思ったのよ。いつも驚かされてばっかりだから。じゃ、そういうことで」
「もう行っちゃうの?」
「ええ。自主練があるの。安田記念、楽しみにしているわね?」
「うん。またね、楽しみにしているよ」
喫煙室を去る彼女の背中に手を振りながら、再びパイプを咥えた。軽く息を吸って、消えかけていた火種を生き返らせる。トレーナーも同じように、パイプを咥えてコーヒーを口に含んでいた。
「挑まれたか」
「そうだねー。いや、まさかマルゼンスキーから宣戦布告を受けるとは思わなかったよ。強敵だ」
「そうだな。じゃ、明日からの練習はより一層気合を入れないといけないな」
「うん」
そう言って私とトレーナーはお互いに煙を吐く。さてさて、面白くなってきたぞ。スーパーカーの土俵でどこまで通用するかな。楽しみだ。