私は転生ウマ娘だよ。   作:灯火011

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雨と告白

「全く君は…相変わらず、と言えばいいのか」

 

 あきれ顔で私の髪を拭くルドルフ。ここは生徒会長室である。雨の中、気持ちよくコースを走っていたわけなのであるが、見事にルドルフに捕まってしまっていた。当然であるが、大雨と言える中で走った私はそれはもう全身びしょ濡れである。水もしたたるいい女という感じだ。

 

「あはは。でも、気持ちよかったよ?」

「そういう問題ではないんだけれどね?」

 

 おどけた感じで言ってみれば、間髪入れずに不機嫌な口調で返された。更に、頭をふくバスタオルが荒々しく私の髪の毛を乱す。うん、下手な事を言うのは止めておこう。それにしても、なぜ雨を見た時に走り出したのか全く自分でも意味が解らない。でも、走っている時の爽快感といったら、筆舌に尽くしがたし、というものだった。

 

「さてと。髪の毛はあらかた拭き上がったが、体はどうにもならないか…。君、とりあえず私の部屋でシャワーを浴びていきたまえ」

 

 ルドルフの部屋?そう思いながら振り返ってみれば、そこに居たのは良い笑顔を浮かべるルドルフであった。

 

「せっかくだ。君、以前の記憶が無いならば、私がウマ娘としての…いや、人としての常識を教え込んでやろうじゃないか」

「ルドルフー?その笑顔はちょっと怖いかなー」

 

 あははと苦笑を浮かべれば、ぐいっと肩を掴まれた。

 

「誰のせいだと思っている。それに話したいこともあるからな」

「はーい。わかったよ、ルドルフ」

 

 降参と両手を上げれば、彼女は私の肩から手を離してくれる。

 

「あと、君さえよければ今日の所は泊っていくと良い」

「いいのかい?」

「ああ、ずぶ濡れの君をそのまま家に帰すというわけにもいかないし、それだけ汚れた制服だ。一度洗わねばならないだろう?洗濯を行って乾かすまで、軽く見積もっても明日の朝までは掛かるだろうからな」

 

 まぁ、道理か。それに制服は私が雨の中コースを走ったせいで、けっこうな汚れが付いてしまっている。簡単に言えば泥んこだ。

 

「お言葉に甘えさせてもらうよ。ルドルフ」

「ああ。じゃあ、早速行くとしよう」

 

 ルドルフはそう言って、書類を纏め始めていた。

 

 

 ルドルフの部屋でシャワーを浴びた後、彼女から寝間着を借りてのんびりと時間を過ごしていた。

 

「どうだ、サイズは大体同じだと思うのだが」

 

 彼女と私はペアルックとも言えるそれを纏い、珈琲を煽る。それにしても、この寝間着は体にしっくりと来る感じがある。どこの服なのだろうか?

 

「うん。丁度いいサイズ。ルドルフはいい寝間着を使っているねー。どこのメーカーの?」

「ソメスだよ。君のバイク用のジャケットと同じメーカーさ」

「そうだったっけ?」

 

 ソメス…聞いたことが無いメーカーだけど。バイク用品はクシのタニを使っているハズなのだけれどね。

 

「国内の有名バイク用品メーカーのジャケットでは体に合わない。オーダーメイドで作ってもらったんだーと私に自慢をしてきたじゃないか。…と、そのあたりの記憶も無いのだったか」

「うん。そのソメスってどんな所なの?」

「ソメスはウマ娘の用具を作っている所だ。日本の中では指折りのメーカーの一つだよ。我々の制服や、オーダーメイドの勝負服も作っている所だ」

「なるほどね」

 

 そうだったのかと頷く。よくよく考えればそういうメーカーもあるよなぁ。ウマ娘の服だっていきなり作られたわけじゃないだろうし。改めて寝間着を撫でれば、非常に触り心地の良い生地であるし、それに尻尾を出す穴もしっくりと来るように出来ている。

 

「それにしても、こう、寛ぐ姿といい、その口から出る言葉といい、本当に彼女そのものだ。本当に君は記憶が無い…というか、男性の記憶を持っているのかい?」

 

 首を傾げるルドルフ。うーん、男の記憶があるという点においてのみはその通りだと言えるけれど…。

 

「男の記憶は確かだよ。海岸で倒れる前は、仕事から帰って自宅でウマ娘のゲームをしていたんだ。でも、その、仕草とか口調がルドルフの知る私と同じっていうのが信じられないかな」

「そうか………ん?ちょっと待て。君、今なんて言った?ウマ娘のゲーム?」

「ん?うん。あ、えーと、ちょっと待ってね」

 

 私のスマートフォンを取り出して、ロックを解除する。そして、アプリを立ち上げる。

 

「これこれ。ウマ娘プリティーダービー。ほら、君も居るんだよルドルフ」

「ちょっと見せてくれ」

 

 画面を彼女に見せながら、軽くウマ娘のプレイ画面を見せてやった。キャラ紹介やら、カード紹介やらを見せるうちに、ルドルフの表情がどんどん硬くなる。

 

「…君、このアプリは学園長には報告してあるか?」

「ううん。特に誰にも言ってないよ」

「……そうか。君、このアプリは君が記憶が無い、という事を知っている学園長、たづなさん、マルゼンスキー、そして私以外の誰にも見せるな」

 

 すごい真剣な顔で、そして剣幕でこちらに迫る彼女。ふむ。大体状況は察せた。

 

「おっけーおっけー。もしかしなくても、このアプリはやばい?」

「ああ、とても。そうだな…簡単に説明すれば、そのキャラクター一覧にいるウマ娘の中で、未だ私が知らないウマ娘が居る」

「ああ…理解したよ。それはまずいね」

 

 なるほどね。このアプリはこの世に存在してはいけないレベルのものらしい。

 

「理解が早くて助かるよ。しかも…」

 

 彼女は自らのキャラクターを指さしながら、有り得ないと呟く。

 

「その上で、私の勝負服はデザイン案こそいくつか出されているが、どの案もまだ公開されていないし、もちろん制作もなされていない。にも関わらず、そのアプリでは私が勝負服姿で存在している。おそらく私の勘違いでなければ、私の戦績すらもこのアプリには入っているのだろう?もし、そのアプリが世に知られれば…」

「大混乱どころじゃないね」

 

 この世界において、未来を差し示すかもしれないアプリ。となると、男の記憶、特に競馬の知識なんかも知られない方が良さそうだ。

 

「そう言う事だ。…そう言えば、君のキャラクターはこの一覧には居ないようだが?」

「うん。まだ未実装。そろそろ実装されるんじゃない?と言われていたんだけどね」

「未実装…ふーむ…そうなのか」

 

 ルドルフは椅子に深く座り込んで、判りやすく悩んでいた。まぁ、確かにこのアプリは彼女の手には余るであろう。明日にでもすぐに学園長とたづなさんに報告をしたほうがいいだろう。とはいえ、ルドルフの悩みようったら、尋常じゃないね。

 

「ルドルフ。悩んでも何も答えが出ない事だってある。私だってなんでこの姿…というか、男の記憶を持っているか判らないんだしさ」

「………そう、そうだな。なぁ、君。一つ質問があるのだが、男の記憶の中でウマ娘とは一体どういう存在なんだろうか?」

 

 そういう質問を思いつくのは、流石聡明なシンボリルドルフと言えよう。とはいえ、この男としての記憶と知識は正直、この世界では劇薬と言えるだろう。

 

「うーん、話してもいいけれど、あんまり気持ちの良い話じゃないと思うよ」

「それでも構わない。今後のためにも知識として知っておきたい」

「…ま、ルドルフになら話してもいいかな」

 

 私は一つ、覚悟を決めた。

 

「男の記憶では、ウマ娘はファンタジーの存在だったんだ。えっとね」

 

 正確に私の知識を彼女に伝える。ウマ娘は存在していない。その代わりに馬という動物が存在している。レースは競馬と呼ばれる賭博であり、その競馬の名馬を擬人化した作品群のキャラクターがウマ娘であると、馬としての戦績すらも私の頭にはある。彼女には正確に、間違いなくすべてを伝えた。

 

「…」

 

 私の話を全て聞いたルドルフは、口元に手を当てて黙り込んでしまっていた。仕方がない事か。キャラクターとしてのウマ娘。競馬としての馬。その戦績をすべて知っているという告白でもあるからだ。

 

「どう?結構衝撃的な告白だったと我ながら思うんだけど」

 

 ひらひらと手を振りながら、あえて、おどけて見せる。さて、ルドルフはどう出るものかな?

 

「…確かに衝撃的な告白だったな。そうか、私が動物…ふふ」

 

 そう言いながら、彼女はコーヒーを一気に煽った。そして、にやりと、どこか好戦的な笑みを此方に向けてきていた。

 

「確かに面白い話だな。それで、君はその知識をどう使う?無論、君自身の戦績も、私自身の戦績も、否、全てのウマ娘の戦績、未来の行く末も男としての君は知っている。ならば、それをどう使う?」

「特に使う予定はないよ。それに、戦績はあくまで私の知識だ。あくまで、陣営の努力の賜物なのさ。ええと、上手くは言えないんだけれど…」

「…」

「つまりはさルドルフ。知識は所詮知識なんだ。努力をするかどうかは、これからの私の全てにかかっている。その結果は誰にも判らない。例え別世界で結果が出ていたとしても、この世界ではそれはきっと違う物になるし、私も知識としての結果に従うつもりなんてさらさらないよ。それは君も同じじゃないの?ルドルフ」

 

 知識は知識。馬としての結果は、決まっている。でも、ウマ娘としての結果なんて、まだまだこれからの話だ。私が私としてこの世界で馬のような戦績を出せるかなんて知らないしね。

 

「ふ」

 

 ルドルフの様子を伺ってみれば、こらえきれないと言った風に、口元を抑えていた。

 

「ふふふ。あははははは!」

「笑う所?」

「ああ、愉快だ。非常に愉快だ。全く。君は、記憶が無いなんて些細な事だった。やはり君は君だな。―ミスターシービー」 

「そう?お褒めの言葉として受け取っておくよ。未来の皇帝、シンボリルドルフさん?」

 

 そう言いながら、私達は固く握手を交わしていた。それと同時に、私の体からふっと、力が抜ける。

 

「おっとっと…」

「おい、大丈夫か?」

「うん、多分ね」

 

 ルドルフに支えられながらも、笑顔でそう答えておく。どうやら、なんだかんだ、私は緊張していたらしい。

 

「気が抜けたって言うかさ」

 

 冷静に考えれば、全く知らぬ場所に知らぬ姿として生きる羽目になっているのだ。ケセラセラ、という心構えで居たとしても、やはり、精神的な負荷は大きかったらしい。それが、一人だけだとしても理解者が得られたのである。気が抜けてしまうのも、無理はないだろう。

 

「そうか。それにしてもこの数日で君はとんでもないものを抱えていたのだな。無理はするな、といっても無駄だろうが、なんでも相談してくれ。話はいつでも聞くよ」

「ありがと。ルドルフ」

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